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あなたの埋もれた才能見つけます㉓

あなたはテントの数え方を知っているでしょうか。もし知らないなら、いい機会ですから、いまここで教えてあげてもいいんですけど、あなたたち水晶掘りの男はみんな晴れ男らしいですし、実際の採掘の夜ともなれば一分一秒の時間がすべて作業にあてられるわけで、眠る時間も休む時間さえも必要なく、あなたたちはナイフ一本勝負の、サイコロ振りの、穴掘りマシンとなって、そうなると『楽しいテントの組み立て方』みたいなお子様向けのお気楽な説明は、あなたたちの荒々しい肉体作業の前にはまったくの無用な知識になるのかもしれません。まさにそれはナイフやサイコロの扱いとは真逆な、女子供のためのアイテムになるわけです。


どうぞ好きなだけ校庭の土を掘り起こしてください。四本足の穴掘り虫になってください。その間に私たちは文明人らしくささやかな我が家を建て、火を起こし、お湯を沸かします。自分たちの夜のためにコーヒーを淹れます。

それでも水晶掘りであるわけですから、穴掘り虫は穴掘り虫でも、あなたたちがたどり着くのは、やはり小さな人間の子供たちであるのに変わりはありません。

その子たちはとりわけシャイな子供たちです。彼らは大人たちに見つからない場所に隠れているんです。そのくせあなたに見つけてもらいたくて仕方がないのです。丸い形をした透明なカプセルの中に、「見つけて、見つけて」と、ひっそり身を隠しています。


「ヒントは外回りにあるの」

一日の終わりの反省会みたいに、夜の校庭でキャシーさんは言います。布地とポールを器用に扱う曲芸師よろしく、自分用のテントを組み立てながら。

キャンプ初心者の私にしてみれば、山の手線の謎の運行も、テントの設置も、どちらも同じ程度に難問です。特筆すべきなのは、そこが森のキャンプ場ではなく、かの街にある小学校の校庭だという特殊性です。

「採掘の日には、私たち採掘隊は必ず外回りの山の手線に乗る決まりなの」

キャシーさんはつづけます。あっという間に赤いテントをこしらえます。無味無臭なかの街の空間に、使い込んだギアから南国風のほのかな甘い香りが漂ってきます。頭にかぶったカウガールハットをテントの中に放り入れ、豊かな髪を揺らします。

「間違って右回りに乗ったらどうなるんですか?」

私は尋ねます。なるべく文化的な生活を心がけている私たちですけど、初心者のヘッドハンターに時間がないのは水晶掘りと大差ありません。しかもキャシーさんとの共同作業は今回が最初で最後なのです。解いておきたい疑問は聞けるうちに済ましておかないといけません。

「みんな浦島太郎になっちゃうんじゃないかしら」

キャシーさんは私の質問に笑って答えます。ちなみにハワイ生まれの先輩によりますと、テントの数え方は、英語だと「1テント、2テンツ」になるのだそうです。合理的ですよね。日本語では、「一張り、二張り」です。


ゴジラに雄と雌があるように、山の手線には外回にと内回りがあります。どうして外回りが正解なのかはよく分かっていないのだそうです。

七という数字は、人が身体を使って数えられる十以下のうちの最大素数を意味しているそうですが、なぜかの街へと通じた山の手線の連続周回数が七でならないといけないのか、どうして六周や八周ではダメなのか、それについてもまだまだ謎が多いようです。

一、四、八、十二と、人や社会にとって特別な数字というのはたしかに存在します。七はそのうちのトップであり、無数の数字にあって今後も王者でありつづけるでしょう。


どうもかの街に関しても、子供たちについても、分かっている事実より分かっていない謎の方がずっと多いみたいです。採掘隊の仕事は謎だらけです。私たちはそれを了解しながらやっていくしかないようです。さながら遠いよその惑星に不時着した宇宙飛行士の探検隊です。

先方の探索機にあたる田中さんは、到着以来ずっとあちこち穴を掘りつづけています。私たちベースキャンプ隊は二つのテントを並べ、お父さんには悪いんですけど、夜になって冷えてきたので、コーヒーで体を温めながら携帯コンロの火でソーセージを焼くなどしています。

夜空には山の手線の子供たちが降りてきたあとにもとの星々が輝きはじめました。でもそれはきっとよその惑星よろしく、私たちには縁遠い見知らぬ星座たちを模っているのに違いありません。道なき夜の砂漠をいくキャラバン隊が迷ってしまうような。


世の賢人たちは稀に、「大人たちもかつは子供だった」なんて口にします。少しばかり懐かしげに。

当たり前といえば当たり前の話です。私もあなたもかつては子供でした。みんなそうです。たしかにそれは一つの真実です。

ただ、かの街ではそれが逆転するようなのです。それは普通ではあり得ない状況です。私は大勢の子供たちを眺めたあと、あなたに向かってこうつぶやかずにはいられません。「信じられないでしょうけど、彼らはちょっと前までは大人だったんです」と。

それは時間が巻き戻ったかのような不思議な光景です。いったい「あの子供たちはどこからやってきたのだろう」と思います。小学校の校舎からでてきた上級生たちから、空から降ってきた新入生の子供たちまで。

大人から小学生へ変身した彼らは、永遠の子供たちみたいです。全員が映画館のスクリーンから脱けだしてきたベンジャミン・バトンみたいです。


「彼らは自分の子供時代をやり直してるの。もう一度、かの街で。ここはそれが可能になる唯一の場所」

キャシーさんはキャンプファイアの小さな炎を見つめながらつぶやきます。それは小さな命です。小さくもたしかに脈打ってる命です。私たちはそれを感じます。不思議なのはそれがどこからやってきたのだろうという話です。薪は紐で結ばれた束になって、校舎のわきに沢山積んでありました。まるで小学校の校長が透明な管理人でも雇っているみたいです。

「私たちと子供たちは持ちつ持たれつの関係なの。私たち水晶生命が一方的に彼らを搾取しているわけではないの。それだけは誤解しないで。彼らはみんな子供の姿をした大人たちなのよ」

「はい」と返事してうなずきたいところでしたけど、そうするのを私はすっかり忘れていました。

「お迎えがきたわよ、ピンキー」

キャンプファイアから顎あげてキャシーさんが言います。その視線の先を追うと、校舎の明かりに三人の女の子たちの影がこちらに向かって小走りにやってくるのが見えます。

「あなたはこれから第一校舎の図書室に招かれるの。ヘッドハンターにとって、これ以上重要な仕事はないくらいに重要な仕事。でも楽しんでね。そこはとても素敵な図書室なの」

キャンプファイアの炎が、うっとりして微笑むキャシーさんの横顔を映しだします。


つづく


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