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あなたの埋もれた才能見つけます㉒

ぐるぐる回る山の手線の車両と化した星々が、夜空に何重もの螺旋模様を描いていました。

それはこれまで私が見た中で断トツに巨大な曼荼羅の騙し絵でした。騙し絵というのは、もちろんそんな風景は現実の世界には存在するはずがないからです。星々の山の手線に外回りしか存在していないのは、私たちが乗ってきた電車のサークルにそっくりです。


普通なら目が回ってしまい、見知らぬ学校の校庭でふたたびラメ入りのゲロを盛大に吐きそうなところでしたけど、白墨の実を粉薬みたいに舌先で舐めていたおかげで、ふたたびの醜態はどうにか回避できました。

白墨の実は、乗り物酔いする人たちへの朗報となり、ひとときの旅人たちの行程をつねに良き思い出へと改善させてくれる効能がありそうです。


普通、夜空の星は止まって見えるものです。それが動いて見えるのは、長い時間をかけて天体観測したときだけです。流れ星が貴重なのはそれが滅多に起こらない現象だからです。

もしも夜空のどこを見上げても流れ星だらけになってしまっては、人々は願い事をかけるのに困ってしまうどころか、そうすること自体を諦めてしまうかもしれません。あるいは、逆に狂ったように、ここぞとばかり願い事をかけまくるかもしれません。下手な鉄砲も数撃てば当たるように。そのうちの一つぐらいなら夢が叶うかもしれません。

〈かの街の願い事ツアー〉ができそうです。でも参加の際には、白墨薬の服用をお忘れなく。さもないと〈ゲロまみれの『星に願いを』ツアー〉になってしまいます。


信じられないような光景が遥か頭上で展開する最中、さらに信じがたい物音を私はすぐ間近で耳にしました。灯台下暗しのごとく。

それは田中さんの履いた登山ブーツの底がこすれる足音でした。物音一つ立てず、怪盗か忍者か、月面をスキップするかのように忍足の駒で歩をすすめるはずの水晶掘りが、このときばかりはようやく地面に両足をおろすつもりになったのか、盛大に足音を鳴らして、なにかの季節の到来を告げるかのように私の目の前を横切るのです。一歩一歩確実に、長い呪いを解き放ち、ついにはこれまでの足音を取り戻して、生身の人となって地面を踏み鳴らす王の帰還にも似た。ただしそれも呪いのごく一部の開放に過ぎなかったのかもしれません。


もとから小柄な田中さんは、さらに身を屈めて登山ナイフの木製の柄を握ります。もう一人の私の父は、もう一人の母と同じ種族で、深い眠りについていた、かの街に命を吹き込みます。春の到来を告げます。

それは地面からナイフを引き抜き、約束のマスターキーを鍵穴から抜き取り、子供のころからつづいた長い長い呪いを解き放ったときに、はじまります。私は登山ナイフの刃に、王様の剣の刃に、人気のない夜の校庭に広がる空間に、突然鳴り響く教会の鐘の音にも似た、小学校のチャイムを耳にします。

寝静まった校舎に電気のリレーが走っていきます。真っ暗だった教室に次々と明かりが灯っていき、チャイムの音がゆっくりと二度繰り返す間に、すべての窓という窓が輝きはじめます。まるでこれから秘密の夜間授業がはじまるみたいに煌々と。

「さあ子供たちのお出ましよ」

キャシーさんはそう言って、私の手を握って立たせます。とっておきのお祭りの引き出物を見せるかのように。その視線は明かりの点いた校舎の入り口に向けられています。

膝の砂を叩いて落とす私の耳に、子供たちの黄色い歓声が聞こえてきます。校舎の入り口の方から。それも大勢の。


かの街に名前がないように、私たちを出迎えてくれたかの街の子供たちにも名前はありません。もしかしたらあるのかもしりませんけど、あったとしても私たちは知りません。私たちは彼らをただ〈子供たち〉と呼びます。しかも大人の部外者である私たちには、彼らの言葉を正確に聞きとるのが不可能で、その声はただ、キャーキャー、ケラケラ、コソコソといった擬音として耳に入ってくるだけなのです。

その鉄則ははじめてかの街を訪れた、社長女史のボスであるところの初代田中屋にとっても同じらしいです。私たち水晶掘りとヘッドハンターのコンビには、ただつかの間かの街にとどまり、数冊の本を借りて、数個の水晶を持ち帰ることのみが許されているだけです。かの街を管理しているのはあくまで子供たちであり、私たちは電車に乗ってやってきた訪問者に過ぎないのです。


本当に小学校の校庭をゲロで汚さなくてよかったと心底思いました。もしそんな失態を犯していたら、校舎から姿をあらわした子供ギャングに取り囲まれて、ヤイノヤイノとこのときばかりは理論整然とした口調でもって責めたてられたあげく、雑巾掃除を命ぜられ、おまけに今後一切の出入り禁止令を申し付けられていたかもしれません。

なにしろそこは子供たちの土地であり王国なのです。召使いはいません。つつがなく立ち去るのが大人であるよそ者たちの掟です。

もしも私が出入り禁止をくらっていたら、あなただって最初からもう一度べつのパートナーのヘッドハンターを探しださなければならなかったかもしれません。もっともその方がじゃじゃ馬娘を放りだせて、かえってあなたには好都合だったかもしれませんけど。


山の手線に乗って私たちと一緒にかの街に到着した大勢の子供たちは、一つ一つの光の塊となって小学校の校庭へと降り立ちます。そのために彼らは夜空の向こうでぐるぐる回りながら、今か今かと地上の準備ができるのを待ちわびているところです。言ってみるなら彼らは新入生であり、全員がはじめてかの街を訪れたのに違いないはずです。ただそのより現実離れした登校方法には、校門の扉を飛び越えて忍び込んだ私たち採掘隊とは雲泥の差がありそうです。


校舎からでてきた、新入生に対する、はやくからかの街に住み着いていた上級生であるところの子供たちは、男の子たちも女の子たちも校庭に一列に並んで、夜空の星の仲間たちのお出迎えの準備をはじめます。彼ら上級生たちの服装はバラバラです。制服姿の子供たちもいれば、私服の子供たちも、なにかのユニフォーム姿の子たちも大勢います。彼らはみんな好き勝手な格好をしています。

校庭の北側に上級生たちが並び終えると、いよいよ校庭の南側には光の落下傘部隊である新入生たちが、ヒューヒューと音を立てて順々に降り立ちます。その姿はちょうど夜空にかけられた長い長い光の滑り台を、足の方から降りてくるみたいな調子です。高所恐怖症でなければとても楽しそうですけど、勢いあまって尻もちをついて地面に不時着する子供たちもたくさんいるみたいです。


地上に着陸した一人一人の新入生たちは、もう見たところ新入生たち変わりはありません。彼らの違いはランドセルを背負っているかどうかで判断できます。新入生たちはみんな、山の手線車両の座席にこすりつけていたランドセルを背負ったまま、かの街にやってくるのです。あと片手には、より小柄な新入生は両手で抱えるようにして、電車で一斉に朗読した一冊の本を全員が持っています。

「あの子たちは本の運び屋なの」

キャシーさんは言います。

「みんなが同じ背表紙の本を持ち寄るんだけど、あの本たちは図書館の棚の間で長い長い時間をかけて、やがて表紙から中身までべつべつの本に生まれ変わるの」


それはなんだか蔵の奥で、樽に入ったワインが熟成されていくようなお話です。いったい図書館という蔵の中で、それはどんな味をした本に変身するのでしょう。偉大な名前をもった立派な古典作品でしょうか。それとも本屋さんの一番目立った場所に並べられているベストセラーの花形でしょうか。はたまた私たち大人を生まれ変わらせるための秘伝のハウツー本でしょうか。

「さあ、いまのうちにさっさとテントをたてちゃいましょ。時間がないわ」

冷蔵庫サイズのリュックの扉を開けながらキャシーさんが言います。田中さんは校庭でサイコロを振り、採掘する場所を目指して足音を立てます。子供たちはというと、上級生たちが新入生たちの手を引きながら、みんなで校舎に入っていこうとしているところです。


つづく

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