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あなたの埋もれた才能見つけます㉑

「クソが」

はじめて会ったとき、あなたは社員食堂のテーブルで言いました。

「北だ。北へいく」

中央線の駅のターミナルでサイコロを振った田中さんは言いました。

「私たちはこの山の手線に乗って、いけるところまでいくの」

ぐるぐるとひたすら路線を回りつづけ、なにがあっても止まろうとしない車両の座席でキャシーさんは言いました。

「あなたの埋もれた才能見つけます!」

水晶生命の名刺にはそう書かれてありました。


「クソだ」

目深にかぶった迷彩柄のフードの奥から田中さんは言いました。

「タコが」

私は言いました。

「私たちは子供たちをたくさん呼ぶの」

キャシーさんは言いました。

「あなたに呪文を唱えてほしいのよ」

母は私にお願いしました。

「ピンキー」

姉は私をそう呼びました。

私が胸にとめた真珠色のペンダントにいちいち録音した言葉たちは、本社のマザーコンピューターへと送信され、大切な情報としてすべて記録されます。

私はいまになって思うんです。その言葉と記録の関係は、かの街と子供たちとが築いてきた関係に似ているのではないかしらんと。その場合、子供たちは言葉になり、かの街はマザーコンピューターになります。私たちヘッドハンターと水晶掘りの面々は、サイコロ片手に言葉の森へと迷い込んだ記憶の採掘隊といったところでしょうか。


しばらくはなにも起きませんでした。新参者の言葉は、かの街にはまったく歯が立たないようでした。もしかしたら私は、スーパー小学生だったころを思いだしてちょっといい気になっていたのかもしれません。私には特別ななにかがやどっていると勘違いして。

穴があったら入りたいとはこのことです。やってしまったんです。やらかしてしまったんです。世界を滅ぼすはずが、静けさの中にさらなる静けさをつくりだし、ついには完璧な夜を演出してしまったんです。

とはいえ、あらかじめなにが起きるのか知らされてはいなかったわけですから、本来ならなにも起きなくても平然としていてよかったんです。誰も私を責めたりはできないはずです。

ただ、それまでの経緯からいって、山の手線が突然七周するぐらいの突発的な事件が、駅前の巨大プレハブ工場が突然稼動をはじめるような予想外のハプニングが、起きてもよさそうなものでした。それなのに私が精一杯に叫んだ滅びの呪文は、かの街の中に秘められていた特性をさらに突出したものへと導いただけのようでした。その特性とは、「静けさ」とか「静寂」などの言葉で呼ばれているものです。


あるいは私が吐いた呪文は想像以上の威力を発揮して、かの街を束の間甦らせるどころか、逆にかの街の息の根を止めてしまったのかもしれません。なにしろ滅びの呪文ですから。謎の小学校の校庭で、私の戦闘能力はスーパー小学生並みに増殖してしまったわけなのです。でも本当にそうなら、それはまったくの不可抗力です。やはり私にはなんの責任もありません。

どちらにしても私は校庭の真ん中に突き刺さったナイフの、外にでている木製の柄を見つめるよりほかはありませんでした。それもかなり後ろめたい気持ちで。私の両親はさぞかしガッカリして、二人で肩を落としていたでしょう。「こんなはずではなかった」と、なかば呆れ顔で。


「もしかしたら私はヘッドハンターのテストに落第したのかも」そんな不安が頭の中をよぎりました。田中さんのFワードがいまにも襲いかかってきそうでした。私は怖くてうしろを振り返ることができずに、目下のナイフの柄に向かって心の中で必死に願い事をつぶやきつづけていました。今度は滅びの呪文ではなく、「助けて、助けて、助けて」と、まるで殺人鬼と化した夫に追われる『シャイニング』の奥さんみたいな心境で。

そしたら白墨の実をなめたおかげでしょうか。やっぱり私はスーパー小学生の出身で、小学校のグランドの土が味方してくれたのでしょうか。かの街が私を見捨てずに、もう一度うけ入れてくれたのでしょうか。うしろに立った田中さんは、四つのFワードの怪人から三つの呪文からなる校庭の番人へと姿を変えたようでした。おかしな小学校の校庭の番人は、客人の到着を今か今かと待ちわびていたかのように言いました。


「来た」と田中さんは言いました。それはイントネーションからいって、「北」ではなく、あくまで「来た」の方の「きた」でした。その証拠に隣のキャシーさんもまた「来たわね」と、すぐに水晶掘りの言葉に応じるのが聞こえたからです。

誰より驚いたのは私です。「来たって、なにが?」といった心境です。私はついにうしろを振り返って水晶掘りとヘッドハンターを恐る恐る見上げたのでした。

二人は夜空の星々を仰ぎ見ていました。まるで星の地図にしたがって行き先を決める旅人の夫婦みたいに。私も娘になったつもりでそれにならって顎を上げると、さっきまではとどまって瞬いていたはずの星々が、図鑑に載ってる天体写真のごとく、夜空のだだっ広い空間をぐるぐると時計回りに弧を描いている様子が見えました。


それはかの街の夜空に大きな天体写真が突然貼り付いたかのような光景でした。ただ一つ違うのは、それは写真らしく止まってはいないでゆっくりと動いているのです。あたかも満点の星々が弧を描きながら、目には映らない透明な北極星を中心にして、一斉に回転しはじめたかのようなのです。同じ方角に向かってぐるぐると。私たちが乗ってきた外回りの山の手線みたいに。


つづく

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