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魔法の靴のための広告⑪

慎重に、ユーザーに誤解を与えないように、語らなければいけません。

「これは素晴らしい。かけがえのない経験だ。泣く子も黙るカンフーマスターのパフォーマンスをこの目で見られるなんて。おじさん、感激だな」

私はそんなふうには思いませんでした。メッセージ付きの置き土産を見せられたところで。そもそもカンフーマスターて誰なんでしょう。どこの誰だか分からない人物によるショータイムとは?ミスターノーバディの格言と同じぐらいに意味不明です。

私は手にした朝刊を紙のコーヒーカップと一緒にそそくさと店内に設置されたゴミ箱に捨てて、ノートパソコンの扉を閉じ、急ぎコンビニの外へとでました。


なにしろ世の中はようやくシン尖りサラリーマンの誕生を迎えたばかりでした。ミスターノーバディもカンフーマスターも、いまだにどこそこの馬の骨以下ではあったとしても、以上では決してなかったのです。私が朝刊の一面に書かれた名前に疑惑の矛先を向けたのは無理のないことでした。

「見張られている」

私は心底思ったものです。若い頃から干渉されるのが大嫌いな性分なんです。非尖りである私は、尖りサラリーマンのような幻視する者ではありません。イートインの窓の先に目撃したオレンジ色の男は、決して幻でも他人の空似でもないでしょう。何者かが、あるいは何者たちかが、明確な目的をもって非尖りである私をターゲットとして狙っているのです。

先日まで小学生たちのヒーローだったスリーフィシャーメンの価値は暴落し、謎の構成員へと成り下がりました。彼らは子供たちを餌にして組織の拡大をはかり、あらたな尖りサラリーマンを配下におさめようと、私のような非尖りを狙っていたわけです。例えるなら、スリーフィシャーメンたちはショッカーであり、アンドロ軍団であり、カンフーマスターとは死神博士であり、ブライキングボスであるわけです。

すべての謎が解けた思いでした。こうなったら君子危うきに近寄らずです。死神博士やらブライキングボスやらの怪しい集客にとことん無関係でいたい私は、その足で地下鉄の駅へと向かいました。


すっかり被害妄想の営業マンと化し、地下鉄に乗って帰宅するつもりでいました。どうせ会社にもどったところで、お婆さんは川に洗濯に、お爺さんは山に柴刈りに状態よろしく、無人と化したオフィスが待っているだけと確信があったのです。

ただその確信はまるで休日のビジネス街を歩いているかのような日中の人気のなさに、タイムパラドックスにも似た魔法パラドックスの白日夢を肌に感じ、こんな事態を招く原因になった、過去に起きたはずの重要な出来事をなにか忘れているのではないかと、はやくも揺らぎはじめているのでした。


「探しものは見つかったかね、全体論的探偵くん」

「探しものをしてるのは私ではなく、むしろあなたの方ではなかったですか、Q部長」

もちろん私はそんなふうには答えませんでした。私はただ驚いていました。彼が口にした名前は、他人は知る由もない、私が私自身に付けたニックネームだったからです。もしもほかに知っている人間がいたとしたら、それはあと一人の全体論的探偵に値する人間にほかなりません。

その張った声は歩道の横を走る、交通量の激しい国道の方向から聞こえてきました。足を止めて見やると、高架橋が作りだす長い影の下、Q部長が横断歩道の中央分離帯に一人でポツンと立っているのが見えました。尖りサラリーマンたちのパレードのお仲間たちはどこへいったのでしょう。

どうやら部長は私の予想よりもずっと早い段階で魔法の靴を手に入れられたようです。誰かの祈りが届いたのでしょうか。ちなみに私はQ部長の幸運を今も昔も祈ったことはありません。彼に限らず、私の祈りがほかの誰かに幸福をもたらすとはとても思えないからです。むしろ祈らない方が身のためですらありそうです。


それはそれとして、Q部長が履いている噂の靴は、私が東京紳士靴協会のホームページで見たものとはだいぶ形が違っているようでした。(それはどちらかと言ったら、魔法の靴というより、魔法使いが履く靴に近いものでした)。しかしその真意を取引先の人間に問うのは野暮というものです。

「どうしてその名を?」

私は魔法の靴にはあえて触れずに、全体論的探偵の名の出処について尋ねてみました。国道の走行音に負けないように声を張って。

ただしQ部長は私の質問には答えずに、ただ残念そうに首を横にふってみせるだけでした。その無言のリアクションに私は少々傷つきましたけど、そんな弱音はどこ吹く風とばかり、部長は発言をつづけます。

「では私から二、三質問させてもらおうかな。なに、簡単なクイズさ。朝は四本足、昼は二本足、日が暮れたら三本足になる生き物とはなにかな?」


私がQ部長のスフィンクスばりに世界で一番有名なクイズになんなく答えると、部長はうなづいて次のクイズをだします。

「それでは、ある時は月曜日よりの使者と呼ばれ、またある時はおかしな三人組の釣り人、またある時は靴磨き職人と呼ばれる男たち、果たして彼らの実体は何者かな?君は知ってるかな?」

私にはその答えが誰よりもさっぱり見当がつかないので、部長の真似をして残念そうに首を横にふってみせます。Q部長は当然傷ついた様子などみせず、むしろ取引先の勤め人を諭すように自信たっぷりにつづけます。

「君は答えを知ってるさ。知ってるんだ。ただ気がついていないだけなのさ。そこのコンビニに入ってみたまえ。きっと答えが見つかるから」

「いえ、コンビニならさっき入りました」

もちろん私そんなふうには答えませんでした。クラーク博士ばりに指し示すQ部長の指先の方向を眺めてみせるだけでした。

「答えを見つけるときにはうつむいてはいけない。上を見るんだ。それははっきりと言葉で印刷されてある。イッツ、ショータイム!行きたまえ。中に入りたまえ。答えを見つけるんだ。そしてそれを見つけた暁には、ひきつづき私の幸運を祈ってくれたまえ!」

「だから祈らないっていうのに」

私は今度ばかりは小声でつぶやき、Q部長がオレンジ色のパーカーを着ていないのをむしろ不思議に思いつつ、さっき入ったのとはまたべつのコンビニの店舗に向かって歩いていきました。


運の悪いコンビニ店員にしてみれば、あるいは防犯カメラにも、私はサラリーマンふうの要注意人物として映ったかもしれません。

世界に誇る日本のコンビニには、ありとあらゆる商品が店内に所狭しと並んでいますけど、そのとき私が目指す代物はただの一つだけであり、それはかつては商品であっても、そのときにはすでにゴミと化したものだったのです。

ほかの商品棚には目もくれず、ただ一直線に店内の隅に設置されたゴミ箱に向かいました。そしてそこで私は見つかるはずのないもの見つけたのです。かつては商品であって、そのときにはすでゴミと化した、折り畳まれた朝刊を。


朝刊の第一面には、それが正真正銘の、私が捨てた朝刊であることを証明すべく、赤マジックの手書き文字でサインがされてあります。無理に匂いを嗅げば、まだマジックインクの香りがしてきます。

私はクラーク博士のアドバイスを思いだし、さらに校正係よろしく誌面の上部に注意深く視線を移します。Q部長に言わせると、答えは「イッツ、ショータイム!」の赤マジックとはべつの印刷文字で記されてあるはずなのです。

でもそれはなかなか見つかりません。終いに私はありきたりの一面だけを何度も上へ下へ、右へ左へと、視線でもって舐め回します。そしてようやく発見します。その朝刊の日付けは明日になっていたのです。


つづく

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