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蒼穹の月  作者: 夏村千早
前章
1/7

00.滝壺



「ミズ!」


 美しい月を背にして、精悍な顔立ちの男が言う。

 声が聞こえたわけではなかった。そもそも、聞こえるはずがないのだ。

 辺りに充ちる水飛沫と轟音は、人の声など簡単にさらってゆく。声だけではない。命も、人の想いも、だ。

 だから、ミズはその呼び掛けに答えることが出来なかった。


「ミズ、まだ遅くはない!一緒に生きるんだ!」


 次に男の声を揺れる水面越しに読んだのは、ミズがその長いとは言えない生の、最期の息を吐き出している時だった。

 残酷な嘘だ。ミズは微笑んだ。


「ミズ!待て!俺は……昔から……っ」


 その先は言わせない。

 男が歯を食い縛る。押さえ付けた胸から、花が咲いたように鮮血が迸っていた。

 ミズは男の体から長剣を引くと、そっと目を閉じた。


 数多の想いが、言葉が、脳裏を過ぎる。その中の一つ、渦巻くような過去へ、ミズは指を伸ばした。


 懐かしくはない。

 戻りたいとも思わない。

 ただ、よく薫る思い出だったと思うだけだ。


 かつてはこんな想いがあった。

 こんな言葉を知っていた。


 得ることも与えることもなかったその言葉を、想いを、ミズは沈んでゆく意識の中、しっかりと抱き締めた。


 その言葉は、守るべき人を作る。その想いは、人を弱くする。



 ――――だからミズは、男を憎んだ。





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