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新選組哀華  作者: 凛仙
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四−池田屋事変・後編−




『こんなっ…嫌だ!』

『…ハジ、メ…ごめ…』

苛まれるものは、悪夢

もうそんなモノを、見たくはない



‐池田屋事変・後編‐



祇園の笛の音が、やけに大きく聞こえた。

(死なせるものか)

だがそう思っている心の奥底では、本能が危険信号を発している。

嫌な時に当たるこの信号は、まるで斎藤の気持ちなどお構いなしに現実を受けとめてしまう。

どんなに死なせたくないと、助けたいと願っていてもそれは全て泡沫へと変えて。

(嫌だ)

目の前に、池田屋の灯籠が見えた。


「土方隊只今到着!」

土方はそう叫ぶと、一気に突入を開始した。浪士たちは突然の事態に戸惑い、我を忘れ飛び込んでくる。

「斎藤!」

名を呼ばれ、斎藤は振り向いた。永倉が藤堂を庇いながら必死に交戦している。

完全に上がっている息を察しとると斎藤は二人を庇いながら外に誘導した。

「すまねぇ斎藤…」

「気にするな、それより沖田は?」

藤堂を肩から放すと、斎藤は問うた。

「二階だが…さっきから物音一つしない」


―――どくんっ…


心臓が、まるで早鐘のように動いている。止まらない…止められない。

悪夢。考えたくもない、そんな夢が。

上手く息が出来ない。

「お、おい斎藤!?」

駆け出していた。永倉の制止も聞かずに。走りながら向かってくる浪士を何人斬ったかなんて分からない。ただただ助けたいと。

「沖田っ…」

階段を駆け上がり、部屋を順に見ていく。あと六、あと五部屋、四、三…あと二部屋。

「沖田っ!!」

先程まで早鐘のように動いていた心臓が、停止したように思えた。一瞬停止し、また動きだす。

「沖…田っ…」

膝が震えだす。俯せに倒れているが、見たところ背に傷はない。

しかし沖田の周りに血が広がっていない所を見ると斬られたわけではなさそうだ。

「おい…沖田っ…」

駆け寄って抱き上げるとグッタリとしていた体が少しだが反応する。何度か頬を軽く叩くと薄ら目を開いた。焦点のあっていない瞳が、斎藤を見つめる。

「ハジ…メさん…?」

「沖田っ…大丈夫か…!」

心の奥底から安心している自分がいることに、斎藤は戸惑いを覚える。

何故だ、そう自分に問い掛けても答えてくれる筈もなく。

「あはは…ゴ、メン…」

「ゴメンじゃねぇだろ…っ」

「…!ハジメさん後ろっ…」

はっとして振り向くと、白刃が閃いていた。太刀を抜き、一閃する。刃が浪士の胴を斬り殴った。

「ケホッ…見事です、ね…」

意識が戻ったと思ったのに、沖田はまた斎藤の腕の中で意識を失った。不規則な呼吸、流れている汗、熱い体。

「こんなっ…嫌だ…」

思い出してしまった、悲しい現実。



「頼むからっ…」



「頼むから!」



「俺を一人にしないでくれっ!!」



脳裏に、浮かんだものが。

「……ない…」

重なる、沖田と彼。

「死なせ、ない」

ベルトに流れた、瞳から零れた何か。

「死なせるものかっ…」

沖田を肩に担ぎ、走り出す。浪士達の流した血が、わらじを染めていく。

「死なせてたまるか――!」

もう二度と、同じ過ちを繰り返すものかと。

もう二度と仲間を死なせるものかと。

それだけの、その思いで。


「斎藤どうし…総司!!」

一階で交戦していた土方は、斎藤に担がれている沖田を見て顔を真っ青にした。

駆け寄って来た彼の表情はまるで死人でもみたようなモノ。

「総司!総司!!」

「息はあります。安心してください」

その言葉を聞くと、土方は安心したように息を吐いた。沖田の額に手を当て、軽く撫でる。斎藤はふと、出動前に聞いた話を思い出す。

『一晩中抱き締めて背中を擦ってくれて…暖かかったなぁ…』

(…これか…こういうことだったのか…)

何時も鬼の副長と呼ばれていてもただその優しさを氷の面で隠しているだけで。

本当は誰よりも優しいのに。

わざと冷たく装って。


―――辛く、ないですか?


「悪ィ斎藤…総司を…頼む」

「…はい」




夢を、見た

暖かくて、でも何処か冷たい夢を

たった一人で泣いてる幼い頃の自分

暗闇に、一人っきり

『何で、泣いてるの?』

『……皆が、僕のこと可笑しいって…鬼だって……』

強すぎる人間は、人から疎まれ、憎まれ。

ただ強いというだけで。

『ただ剣術が好きなだけなのにっ…』

『好きなら、それでいいじゃないか』

『え…?』

同じくらいの年の少年が、言う。

『なぁ、そう思わないか?』



『沖田』



「うわぁ!!」

「うおっ!?」

ガツンと、額に鋭い痛みが走った。一瞬目の前に星が飛び、額を押さえる。よく見ると目の前で同じ行動を取っている男。

「永倉、さん!?」

「いっってぇ〜〜…」

自分と同じように額を押さえていた永倉は涙目で沖田を睨み付けた。

「急に起きるな馬鹿野郎!」

「ご…ごめんなさい…そうだハジメさんは!?」

思い出したように辺りを見回してもいるのは怪我人。

永倉は多少の負傷しかしていないようだが、永倉の隣で額に布をあてながら横になっている藤堂の付き添いだと思う。

「平助…?」

「額を斬られたから血はヒドイが…命に別状はねぇよ」

「…良かった…」

「あぁ…そういや斎藤はお前を運んだ後また中に入ってったぜ」

その言葉に目を見開くと沖田は池田屋を見た。中から叫び声や怒声が響く池田屋から交じる刀がぶつかり合う音。

「…無事で…」

「…珍しいよな…お前が近藤さんと土方さん以外に懐くなんてよ」

「なっ、懐いてなんか!」

「懐いてるって。お前最近、斎藤にベッタリだぜ?」

茶化すように言った永倉の頬を軽く叩くと、沖田は顔を真っ赤にした。

唇を突き出しまるで赤子のような表情を見せ永倉が笑う。また怒ったような表情を見せて、直ぐに困ったような表情に変わった。

「もぅっ…茶化さないでください!まるで僕がハジメさんに恋心を抱いてるみたいじゃないですか!!」

「あれ、違ったか?」

「違います!僕に男色の気はありません!」

カッと歯を剥き出しにして怒っている仕草に、永倉はまた笑みを浮かべた。


ふと先程の夢を思い出した。

まるで温い湯の中にいるような、温かいのに何処か冷たい夢を。

僕よりも髪が長くて、多分僕と同じくらいの年なのに何処か大人びている子。

冷たくて、何処か悲しい瞳。

―――君は誰?

問い掛ける前に、夢は終わってしまった。

―――何で僕の名前を知ってるの?

問い掛ける前に、夢は消えてしまった。



「うおぉぉぉ!!」

脂が巻き付き始めている刀を、斎藤は浪士に打ちこんだ。

切れ味が悪くなった刀は戦意が喪失した隊士並みに足手纏いだと斎藤は考えている。実際どれだけ打ち込んでも相手が立ち上がってきてしまうので邪魔で仕方がない。

「クソ…斬れんっ…」

仕方なしに脇差しを抜き応戦するが長さが短いので少しばかり不利である。

相手の太刀を潜り抜けながら正確に急所を斬りつけてゆく。

「デヤァァァッ!!!」

怒声に振り向くと、先程確かに急所を斬りつけたはずの浪士が、白刃を閃かせている。間に合わない、斎藤は思わず目を固くつぶった。

「ハジメぇ!!」

名を呼ばれ目を開ける。頬の辺りに生暖かい物が滴った。

「さ…左之……」

「ったく、ボケッとすんな!殺られんぞ!?」

そう言うと原田は、浪士に突き刺していた槍を力一杯引き抜く。一瞬浪士の体が跳ね、また動かなくった。

「すまない、助かった」

「ヘッ、礼には及ばねぇぜ」

自慢げに鼻を鳴らし、原田は骸となった浪士の刀を手に取ると斎藤に投げ渡す。

「無ぇよりはマシだろ?」

「……あぁ」

小さく礼を言うと、斎藤は刀を振った。




「ハジメさ――んッ!!」

無事帰還した斎藤を出迎えたのは、沖田の突撃だった。任務明けで疲れていた斎藤は、沖田の突撃を避けきれずにモロに態勢を崩す。

「大丈夫ですか?怪我とかしてませんっ?」

「…してないから…離れろ沖田…」

鬱陶しそうに沖田を引き剥がすと斎藤は沖田の額に手をあてた。沖田は不思議そうな表情を見せる。

「…多少熱があるな。ちゃんと養生しろよ」

言い、離した手を己の肩に乗せ、数回叩く。ふぅと小さな溜息を吐くとまるで雑念を振り払うように目を閉じた。

(…考えちゃいけない)

信じたくない可能性を信じそうになってしまう。ちらと横目で沖田を見ると、彼はにこやかに微笑んだ。



「新選組帰還する!」

近藤の声が、京の都に響き渡り、溶けていった。




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