弐 −長州の思惑−
新選組――
幕末最強の剣客集団と呼ばれた彼らは京の都で名を轟かせて行った。
‐長州の思惑‐
「はぁ…」
「どうしたんですか?」
沖田と同じ部屋で寝食を共にする斎藤は、疲れ切ったように自分の肩を叩き首を回す。
「…人が斬りた…」
最後まで言いおわる前に、盛大な音がそれを中断させた。横を見ると沖田が思いっきり転けている。
「…どうした?」
「あのねぇ…そんな物騒な事言わないでよ」
ぶつけたのか後頭部を擦っている沖田はまるで子供のように唇を尖らせる。
苦笑し、刀に打ち粉を打っていると、部屋の前を山崎が足早に歩いていた。
手に握られているのはどうやら調査報告を書き留めてある書、らしい。
「何か、あったのかな?」
「あの方向からすると…副長室だな」
手入れが終わり、刀を鞘に収めると斎藤と沖田は顔を見合わせた。
「山崎…それは本当か」
「はい。調べたところどうやら四条小橋近くの薪炭商である桝屋の主、桝屋喜右衛門は長州浪士と深い関わりを持っているようです」
土方は手に持っていた筆を文机に音もなく置いた。鋭い目が、更に鋭く見える。
ふぅと一つ息を吐き。
「斎藤を連れてこい」
と、空を睨み付けた。
「斎藤組長。副長がお呼びです」
礼儀正しく障子を開け、下げていた面を上げた山崎ははっきりと言った。斎藤もまるで待っていましたとでも言わんばかりに口元を歪ませる。後ろで沖田が文句を言っているのも気にせず、斎藤は副長室へと足を進めた。
「斎藤です」
「入れ」
了承を得て部屋に入ると差し出されたのはどうやら先程山崎が手にしていた書のようだった。
目を移すと達筆で几帳面な字で『桝屋喜右衛門長州ト関係有』と記されている。
「…捕縛、ですね」
「察しがいいな。同行者には…そうだな、左之助と武田を連れていけ」
「承知」
一礼し、斎藤は部屋を出た。
「ここだな」
槍を構えながら、原田はそう呟いた。
体格もガッシリしていながらもなかなかの美男子である原田は別名『死に損ないの左之助』と呼ばれている。
昔些細ないざこざにより、啖呵をきった原田は腹を斬った。しかし手当てが早かったため死ななかった彼。故にこの名が付いた。
「斎藤君に原田君。表を固めておいてくれたまえ」
「あ、武田テメェ!」
悠々と数人の隊士を連れ、武田が中へと乗り込む。開いた口が塞がらない状況になった斎藤と原田は出てきた武田たちと喜衛右門を見て正気に戻った。
「…手柄横取りされたってか…?」
「…だな」
「原田組長――ッ!」
息を切らし走ってきた一人の隊士に目が移る。顔色は青く、脂汗がひどい。
「あ?どうした?」
「炭俵の中から武器弾薬が――!」
「長州の奴らは一体何を考えている!」
ダンと文机を叩いた土方は報告書を投げ付けた。真っ青な顔をしている近藤に目を向けると更なる説明をとでも言うように斎藤に目を移した。
「押収された書簡には長州勤皇党首領である桂小五郎の名、そして多数の武器弾薬に會の文字が入っている提灯…合津を装うものと見て間違いはないと」
「…何ということだ…」
書簡に記されていたモノだけでも重大な事である。
「島田、桝屋―いや、古高は口を割ったか」
「いえ、未だ閉ざしております」
歯軋りをし、立ち上がると部屋を出ようとする。
「歳」
「口を割らせてくる」
長い前髪で表情は読み取れなかったが、恐らくその瞳は刄のように鋭いだろうと
思う。
滑るように、だが何処か豪快な土方の足音が遠ざかると外からは隊士たちの活気
溢れる声が響いていた。
「土方君も、随分手荒だね」
「山南さん…?」
薄暗がりな納屋近くに、彼はいた。穏やかな笑みを浮かべている山南は、うっすらと閉じていた目を開き、中で行なわれているだろうモノを咎めるようにまた目を閉じた。
「こんな方法しか、ないのだろうか」
「…土方さんも…必死なんだと思う」
百姓の子でありながら、武士に憧れていた。
その夢が今叶ったのだから。
「必死、だよ…」
ふと、山南が視界から消える。
…いや、消えたのではない。倒れたのだ。
「や…山南さん!」
驚き山南を支え額に手をあてると掌に熱が伝わってきた。
息苦しいのか乱れた呼吸を繰り返す山南に、斎藤は苦しそうな表情を浮かべた。
「言え。浪士たちは何を考えている」
「…っ…ぅ゛…」
「…言わねぇと…火が灯るぜ?」
にぃ、と意味深な笑みを浮かべた土方の手には…百目蝋燭と五寸釘が握られていた。
四半刻後、漸く土方が納屋から出てきた。手拭いで汗のかいた頬を押さえ、外で
待っていた沖田に言う。
「医者を呼んどけ」
沖田が頷いたのを確認すると納屋に背を向ける。
「…土方さん。少しやり過ぎじゃないですか?」
ふいにかかった声に、土方は振り向きもせずに歩を進めようとする。
「貴方が鬼になるなら…僕もなります」
「…随分と若ぇ鬼だな」
振り向きもせずに、土方は言い放った。
「京を…火の海に!?」
部屋で報告を待っていた近藤は、土方から聞かされた話に我が耳を疑った。土方が古高から聞いた話はこうだった。
『烈風の日、都に火を放ち、其混乱に乗じ幕府要人を襲撃―天皇を奪取す』
「…なんつー事を考えやがるんだ…」
「しかもその計画の話し合いは今日行なわれるらしい」
場所までは分からなかったがなと零した土方に、近藤は向き直る。その目は新選組局長のもの。
「…歳、動ける隊士を総動員させろ」
「近藤さん……」
「出動だ」