序章
流れるような黒髪を、その男は無造作に束ねた。
‐序章‐
世は幕末。黒船が来航してからの江戸は何時もにも増して騒がしい。人が続々と
港へと走っている。
その流れとは逆の方向へと、その男…斎藤一は進んでいた。
「薬〜。打ち身、打撲なんでも効きますよ〜」
丁度よさ気な岩に腰掛け、自分と同い年くらいの男。ほどけば肩よりも長そうな
髪を高く結い上げ、元気良く大声を張り上げている。
「あ!お兄さん、薬いらない?僕の知り合いが作ってるんだよ〜!『石井散薬』
っての!」
「…『石田散薬』と書いてあるが?」
「え、あっ!!」
あちゃと困ったように舌を出したその男…いや、男というよりも少年と言ったほ
うが正しいのかもしれない。
「ね、買っていきませんか?」
「…じゃあ、一袋くれ」
「はーっい!五文です!」
懐にしまっておいた銭袋から五文出すと、斎藤は少年に手渡す。少年はまいどと
言い、薬を渡してきた。
「ねぇ、お侍さん。名前なんていうの?」
「…何故名乗らなければならない」
「分かった!大五郎!」
「斎藤一だ」
間隔入れずに答えた斎藤に、少年は声をあげて笑う。斎藤は顔を真っ赤にし、横
を向いた。
「ハジメさんか〜…あ、僕は沖田。沖田総司です!」
ヨロシクと差し出された手を戸惑いつつ握った斎藤は、目を見開いた。竹刀ダコ
が、多い。それも半端な数じゃない。斎藤はゆっくりと沖田と名乗った少年に目
を移した。中肉中背で華奢な感じがする。
「あれ、どうしたんです?」
「いや…何でもない」
手を離すと、沖田は無邪気そうににっこりと微笑んだ。
(この男…)
後、幕臣清河八郎が浪士たちを集め、治安を正すため京都へと旅立つ。しかしこ
の浪士隊は京都の治安維持に加え江戸の厄介払いということも含まれていた。
江戸の道場、試衛館から近藤勇、土方歳三、山南敬介、永倉新八、原田左之助、
井上源三郎、北辰一刀流の藤堂平助、試衛館天然理心流師範代…
古の都、京都。
浪士隊を離脱した試衛館一派と芹沢派は壬生村の八木邸に居座ることとなる。こ
こで新たに『壬生浪士組』を結成した彼らはより多くの仲間を集めるために隊士
募集を行なう。
そして…
「あれ。ハジメさん」
「…沖田…」
二人は再会した。
浪士組沖田総司と斎藤一。
この二人は後に
至上最強の剣客集団
『新選組』として名を轟かす。