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だい きゅうじゅうご わ ~魄~

 私は生まれた時から、いないものとして扱われてきた。

 生まれながらにして牙まで歯が生え、波のようにうねる髪を持ち、青い瞳をしていた――いわゆる鬼子というやつだ。

 それでも最低限、人として育てられたのは、本家の当主が代々受け継いできたとある術式を「見ず知らずの妖狐の記憶など何になる」と蔑ろにし、直接血の繋がりのない分家の出である私に押し付けたからだ。

 生家としては跡継ぎには困っていないし、鬼子の女児などとっとと捨ててしまいたいが、本家から術式を預かってしまったため無碍にするわけにもいかない。そういうことで、人として最低限に扱いつつも、存在しないものとし、さらに術者として育てることであわよくば勝手にくたばれば御の字、という答えに行きついたのだった。

 しかし事はそう上手くいかないもので。

 私は術者として並々ならぬ才能を持っていたらしく、齢八を数える頃には都の夜道を一人で駆け回り、人を襲おうと闇に潜む妖を狩っていた。

 無論、独力ではない。

 私がひとえに夜の都で生き永らえることができたのは、私を一人の人として対等に扱い、周囲に疎まれながらも私に刃を供してくれた異能の鍛屋――瀧宮(たつみや)識涯(しきぎし)がいたからだ。



          * * *



「また折ったのか」

「私は悪くありません。折れるような太刀を作る識涯が悪いのです」

「減らず口を」

 それが、私が彼の工房を訪ねる時に交わす決まり文句だった。

 識涯は私よりも十ほど年上で、二十を数える時には既に自分の窯を抱える一人前の鍛屋であった。しかし彼が作るのは地侍が手にするような太刀や槍でも、豪農が振るう鉄製の鍬でもない。

 鉄に妖の肉体を溶かし混ぜ、鋼とする、妖刀専門の鍛屋だった。

 その異色の才能故に、私が生まれ落ちた家からは懇意にされてはいたが、他の鍛屋連中からは気味悪がられ、窯にくべる薪も山から切ることができず、妖の吹く焔を何とか利用して鎚を振るっていた。それでまた疎まれ、鉄を入手することも難しくなり、今度は鬼の持つ金棒を溶かすようになった。

 そうしていくうちに、次第に生家からも疎まれるようになり、彼の工房を利用するのは、私が十六になった頃には私しかいなくなった。

「また派手にへし折ったものだ」

 私が手渡した折れた太刀を目にし、識涯は呆れ顔で受け取る。

 それを鬼火で熱した炉に放り込むと、折れた太刀だったそれは瞬く間に赤く溶けた鉄に姿を変える。

「また見ていていいですか」

「……何度も言うが、三日はかかるぞ。飽きないのか」

「三日間飲まず食わずで鎚を振るう貴方に言われたくありません。それに万一貴方に倒れられたら、誰が私の刃を研ぐのですか」

「自分勝手な奴だ」

 言いながらも、識涯が手を止めない。

 炉を傾けて溶けた鉄を型に流し込み、打ちやすい形に整える。冷えてある程度固まったら型から外し、鉄の鋏で握り、鬼火で燃え滾る窯に突っ込む。

 再び赤々と燃えた鉄の塊となったら窯から取り出す。その期を狙い、私は先日狩った妖の鋼鉄のような爪を差し出した。

「ほう、雷獣の爪か。どうやって倒した」

「どうも何も、正面から斬り伏せました」

「……奴はその名の通り、己を雷と化して走り回るのだがな……どういう無茶な振るい方をすればそんな実体のないものを斬れるのだ」

「斬ろうと思えば斬れる、それだけです」

「それで刃の方がついていけずに折れるわけだ」

 溜息交じりに爪を受け取り、鉄の塊に押し付ける。それを鎚で上から叩き、混ぜ込んでいく。

 識涯に師はいない。鍛屋としての技術は、様々な工房を窓から覗いて覚えたという。故にその手順は他の鍛屋からすれば間違いだらけなのだが、本人は毛ほども気にしていない。最終的に妖を斬り伏せることができる業物が仕上がればそれでよかろうと考えている節がある。

 真っ当に師事し、技術を身に着けていればもっと高名な鍛屋になれたろうに。

 そう思わなくもないが、私の刃を作れる者がいなくなるので決して口にはしないが。


 ――トン、カン、トン、トン、カン、トン


 鉄の塊と鎚がぶつかり合い、小気味よい音が工房に響く。

 窯にくべられているのが鬼火ということで独特のうすら寒い気配が充満しているが、鎚を振るっているのが識涯というだけで、不思議と心地よく感じる。

「あにさま、おゆうげのじゅんびができましたよー」

 識涯の鎚の音に耳を傾けながらぼうっとしていると、工房の扉が控えめに開かれた。

 その隙間からひょっこりと顔を覗かせる、齢十にも満たない少女と目が合った。

「りんさま!」

 顔を輝かせ、とことことこちらに駆け寄ってくる少女。彼女の無邪気な法要を受け止め、抱きかかえてやる。

「あお、こんばんは」

「りんさま、いらしてたんですね!」

 子猫のように目を細め、頬ずりしてくる少女――識涯の年の離れた妹、あお。そして彼女は兄が鎚を握り、振り下ろしているのに気付いて「あっ……」と寂しそうな声を上げた。

「あにさま、おしごとでしたか……」

「本当に、ああなると、本当に飲まず食わずで鉄と睨めっこするのがあにさまの悪い癖ですね」

「あうう……おゆうげ、ごいっしょしたかったです……」

「あお、よろしければ私といかがです?」

「よろしいのですか!」

 ぱあっと陰っていた表情に光が戻る。それを見て、ちらりと識涯の方を確認してからあおを床に下ろす。無言で鉄を打ち続けているその背に「よろしいですね?」と念のため声をかける。しかし既に聞こえていないのか返事はない。

 本当に、悪い癖だ。

「行きましょうか、あお」

「はい!」

 あおと手を繋ぎ、私は二人が普段寝食を共にするあばら家へと向かった。



          * * *



 八年ほど前になる。私が一人で歩く都の夜道にすっかり慣れ、識涯も鍛屋の工房を盗み見し、あおが乳飲み子だった頃だ。

 二人の母親はあおを産み落としてしばらくすると病に倒れ、既にこの世にいなかった。父親は腕のいい炭職人ではあったが、まだまだ手のかかるあおを育てるためあくせくと働いた。識涯もまた、あおの世話をしながら炭の配達をし、その隙に鍛屋の工房を覗き見る毎日を送っていた。

 ある夜のことだった。

 普段は識涯の仕事であるはずの炭の配達を、珍しく自分で行ったまま帰ってこない父親を不審に思い、識涯はあおを背負ったまま夜の都へと足を運んだ。折り悪く、その頃の都は夜な夜な鬼が歩き回る時風となってしまっており――よくある話で、二人の父親は、鬼に喰われてしまっていた。

 その鬼を狩ったのが、私という話だ。

 首だけとなった父親を一飲みにした巨大な鬼に単身立ち向かい、斬り刻む私を目にした識涯は、光を失った瞳で見据え、私にこう問うた。

『俺がお前に刃を作れば、お前は鬼を狩り続けるか?』

 今もそう変わらないが、私はよく得物を壊す質であった。刃が欠け、へし折れるたび、普段はいないものとして扱う癖に、そう言う時ばかり正確に頬を打ち据えてくる家の者に飽き飽きしていた私は『貴方が満足するまで狩りましょうか?』と尋ね返した。

 それが、私たちの出会いであり――ありとあらゆる者たちから疎まれ続ける鍛屋と術者の関係の始まりだった。

「完成したぞ」

 へし折れた太刀と雷獣の爪を持って識涯の工房を訪れてきっちり三日後、鎚と砥石の音がやんだ。

 その頃を見計らって再び工房に向かうと、識涯は新しい太刀を私に差し出してきた。

 見よう見まねでこしらえた鞘と柄、鍔の太刀は見るからに不格好。だがしかしその内に秘められた刃だけは、どんなに厚い鬼の皮でも断ち切ってみせる異業の刃だ。

「…………」

 私はその太刀を受け取ると、即座に太刀を鞘から解き放ち、慣れた手つきで柄と鍔を取り外した。

「また気に入らんのか」

「気に入らない、というわけではありません。私にはこのような装飾は不要なだけです」

「柄くらい残してもいいだろう。絶対にあった方が握りやすいはずだ」

「不要です」

「何故だ」

「…………」

 私が太刀の装飾を捨て、刃だけ持ち帰るのはいつものことだ。しかし今までと変わらないように見えたそれが、今回は自信作だったのか、妙に食いついてくる。

 私は小さく溜息を吐き、理由を述べる。



          * * *



「魄」

 抜き身の刃を撫でながら、答える。

「肉体の内にあるとされる要素で、魂が精神的な部分を司るのに対して、こちらは肉体の活動を司る物です。魂を陽、魄を陰とし、人間は魂魄あわせて陰陽二つの属性で動いているとされます」

「妖も同じだと?」

「妖の場合は、人間とは比べ物にならない膨大な霊力や妖気を練り固めて肉体を形成しているので、厳密には違いますが、それでも人間でいう魂魄と同等の器官を以て活動していることには変わりありません。まあ今回は、妖にも魂魄があると考えてください」

「ああ」

「そして貴方の作る刃には妖の肉体――つまり魄が混ぜられています」

「……そうだな」

「識涯、貴方は怒るかもしれませんが――私は、妖に罪はないと考えています。罪のない魂魄を、鞘と柄で封じ、鍔で飾るのは私の本意ではないのです」

「…………」

 識涯の肩が振るえる。

 父親が喰われたあの夜のことを思い出しているのか。

「山犬は狐狸を狩って喰うでしょう。そこに罪はなく、自然の摂理です。妖と人も、それと同じです」

「俺たちは狐狸ではない」

「そうですね。ですが狐狸もまた、ただ喰われるだけではありません。時として山犬を化かすこともあるでしょう――それが、私たち術者です」

「…………」

 識涯はむっつりと眉間に力を籠める。理解は得られなかった――しかし、私の考えを受け止めてはもらえた。

「喰われた人には申し訳ありませんが、それは運がなかった、仕方がなかったと割り切るしかありません。妖は人を喰うものなのですから。ですが私は黙って喰われているつもりはありません。それが、(術者)の存在意義です」

「…………」

「識涯、貴方が妖を憎むのは自由です。ですが私は憎みません。ただ自然の摂理として、喰らおうとする妖に抵抗するだけです」

 貴方はそんな私を利用すれば良いだけです。

 そう締めくくり、私は抜身の刃を手にぶら下げ、識涯に背を向ける。

「待て」

 と、識涯の声がかかる。

 その声音には先ほどまでの剣呑な空気はない。

「あおが夕餉の支度をしている。食っていけ」

「……ご相伴に与ります」


 ――納刀。


 言霊を紡ぎ、妖刀を自身の魂魄と同化させる。妖刀の毒により魂魄に多少の負荷がかかるが、とっさに出し入れできるこの術式を、私はよく用いている。負荷については、今後改良が必要ではあるが。

「行こうか」

「ええ」

 私たちは、並んで工房を後にし、二人の寝床のあばら家に向かう。


「…………」


 それをじっと見つめる者に気付いていれば、それから起きることを、もしかしたら避けられたのかもしれない。

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