だい きゅうじゅうよん わ ~魂~
「梓、その前に少しいいか」
「何よ」
「ちょっと確認なんだがよ、お前、親父殿から妖刀はどういう風に引き継いだ?」
「はあ?」
俺の問いかけの真意が分からないのか、梓は首を傾げる。
「どうって言われても、普通に……古い方から、一本ずつ」
「それじゃあ、一番古い妖刀は、お前が持ってるんだな?」
「……一応、そうなるわ」
それを確認すると、俺は梓に一本の妖刀を差し出した。
「――抜刀【龍堕】」
「…………」
「その一番古い妖刀を俺に寄越せ。代わりにこれを持っていけ。白羽が柱にされてる場所には、レヴィアタンがいる。役に立つはずだ」
「何で分かんのよ」
「龍殺しの勘」
「…………」
梓はむっつりと顔をしかめ、少しばかり反抗的に、それでもしっかりと大太刀の柄を握った。
その瞬間、ぐらりと体がバランスを崩し、前かがみに倒れる。
「あ、兄貴!? ちょっと!?」
「……ん、ああ、悪い。大丈夫だ」
梓が咄嗟に受け止めてくれたおかげで転ばずに済んだ。
ある程度予想は出来たことだが、初めての体験に流石の俺も調子を崩した。
「大丈夫って……大丈夫じゃないから倒れんでしょ!? 一体何なのよ!?」
「まあ、そりゃそうか。そうだな、うん」
俺はゆっくりと肉体を起こし、誤魔化すように頭を掻いてみせた。
「その妖刀な、俺のありったけの殺意と、魂が封じられてんだわ」
* * *
「魂」
リンが慄くように呟く。
「人間が生きているうちは肉体の内にあり、精神的思考や活動の根幹を司る非物質的存在。死後は肉体を離れ、冥府へと渡ると言いますが」
震える指先を、俺に向ける。
「何故……何故、魂が存在しないのです……!?」
「はあ……」
俺は想像以上にくだらない質問に溜息を吐く。
「そんなもん、この世で俺が最も信頼してる奴に預けたからに決まってるだろ。俺が死神たるお前と対するのに、魂なんて重要なもん持ったまま来るわけねえだろ」
「ふざけないでください! 人間が魂なしで活動できるはずが――」
そこまで口にし、ようやくリンは気付いたのか、あらぬ方向を睨みつける。
「そうか、白き妖の柱……白銀もみじ! 彼女は、貴方の下僕にして主人でしたね……!」
「ま、そういうこった。力を完全に取り戻した上に冥府なんて魂の在り処が曖昧な場所なら、俺の死体を動かすこともわけねえわな」
まああくまで思考や言動の主導権は、肉体にこびりついた俺の人格が操ってるわけだが。人格から発せられた命令を、もみじを介して肉体に送り込んでいるため、どうしてもラグが起きる。この状態でリン相手にまともな殴り合いにならずに済んで良かったと言わざるを得ない。
こきこきと首を捻る。そこには、何度ももみじに血を吸われ、四本の歯形の痕が残っている。これは、俺がかつてあいつの下僕であった証であり、それを覆してあいつを下僕にし、対等の関係になった契約痕でもある。
「貴方、正気ですか!?」
「正気なわけねえだろ。自分で言うのもなんだが、こんなもんは狂気の沙汰だ」
だが。
「俺にこんなことまでさせたのはお前だぞ、リン」
「……っ!!」
「室長が月波市を実験場にしようと企んだ、お前さんは弱みを握られ、協力せざるを得なかった――それが何百年前のことか知らねえが、何で誰にも相談しなかった。計画ぶっ潰すにしても、もっとやりようはあったろう」
言うと、リンは想いの堰が切れたように、吐き出した。
「言えるわけないでしょう! あの方の魂を人質に取られ、またいつでも地獄に落とせると脅され! それでも目の届く場所に置けるように靴を舐めるよう従順に、指示に従うしかなかった私の気持ちが貴方に――」
そこまで口にし、はっとして上空を見上げる。
空には、本来の姿に変化した巨大な猛禽――ジズが、世界を見渡すように旋回している。
「あの方って言うのは、キシのことか?」
「…………」
沈黙。
しかし、その苦渋の表情が答えだった。
「やっぱり、あいつは元人間か。それも、地獄の底で記憶を失うほど人格のすり減った」
「……ええ。あの方を地獄の底から救う対価として、計画に協力していました」
「誰なんだ、あいつは」
「…………」
リンは一瞬、口にするのをためらった。
「リン様!!」
視線が動く。
その先を追うと、破壊された街の向こうから、一人の死神が――キシが、駆け寄ってくるのが見えた。
「……夫です」
リンは重い口を開く。
「彼は、私のかつての夫です」
「……そうか」
俺は、手にした妖刀を構える。
それで、あいつに人間性を――人間だった頃の記憶を取り戻させるために、室長に目を付けられる危険を冒してまで現世に送り込んだのか。計画を覆す布石は打ったものの、万が一術が成功してしまえば死神という地位はなくなり、キシに人間性を取り戻させる手段はなくなる。そして計画が覆れば、その報復として何をされるか分からない。今回が最後のチャンスだったわけだ。
だが的外れというしかない。事を急いていたのだろうが、リンは大きな間違いを犯している。
俺も一度は、次期当主として手にした瀧宮家最古の妖刀――【鬼哭】。伝承が正しければ、この妖刀に封じられているのは……。
「待ってください……駄目、駄目です……! その太刀は、その太刀だけは……!!」
「リン様!!」
キシが、リンを庇うように俺とリンの間に割って入った。
俺は構わず構え続ける。
「……リン、この太刀はお前が目を背け続けてきた過去だ。取り戻せ!!」
瀧宮流対人剣術〈一想い〉
地を蹴る。
俺はキシとリンの二人を貫くように、太刀を突き出した。