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だい きゅうじゅうさん わ ~神獣~

「やはりこちらに来ましたね、羽黒(はくろ)

「よう」

 あくまで気さくに、兄貴は軽く手を振る調子で死神の長――リンに声をかける。それに対してリンは、封印の縄でがんじがらめにされたミオ様を背後に置きながら一歩前に出る。

『黒き人の柱、瀧宮(たつみや)羽黒……リン、随分と手の込んだことをしたものですね』

 と、リンの肩の上にとまっていた黒翼の猛禽がばさりと翼を羽ばたかせながら呟く。

「何のことでしょうか」

『室長殿の陰陽分離の計画の細かい箇所を詰めていたのは貴女です。見つめる者たるワタクシにも悟らせることなく、計画に綻びを作り、最終的に全てが覆るよう仕込んでいたのでしょう?』

「私には何のことやら」

『……まあいいでしょう。ワタクシは見つめる者――この破綻した計画の行く末を見据えるだけです。せめて、室長殿を退屈させないだけの結末まで導いてみせてくださいね』

 言うと、猛禽――ジズはその黒き翼を大きく羽ばたかせ、冥府の全てを見つめるように、上空へと飛び立った。

「お待たせしました」

「もう少し話してても良かったんだぜ? 何だかんだ長い付き合いだったんだろ?」

「皮肉だとしたら上等です。私たちは観察者と観察対象者。私が死神となり、室長殿に彼女を混ぜられたその時以来、それ以上でもそれ以下の関係でもありません」

「……想像以上の長い付き合いだったみたいだな」

「ええ、まあ」

 話しながら、兄貴はポケットに突っ込む。構えのない構え――兄貴の常套手段だ。

 対して、リンもまた亜空間から己に与えられた死神の大鎌を取り出す。

 真っ当な生者であれば、それを目にしただけで死を自覚し、恐怖し、身動きが取れなくなる。しかし兄貴はそれを直視してもなお、あくまで軽薄に笑う。

「それじゃあ茶番を始めようぜ。お前さんの絵図通り、計画は破綻した。後は侵攻した俺たちに完膚なきまでに打ち負かされたら幕引きだろう?」

「さて、何のことやら。私はただ室長殿の計画に従っただけ。この結末は私が至らなかっただけですよ」

「ああ、そう。まあいいや。とりあえず、このまま殴り合ってもいいんだが、どうせなら手短にいかねえか?」

 兄貴が大仰に腕を広げる。

「お互い一発ずつ、これは! という渾身の一撃を相手に交互に加える。それで最後まで立ってた方が勝ちってのはどうだ?」

「……正気ですか?」

 無表情のリンが、わずかに顔をしかめる。

「私が本気でこの鎌を振るえば、いかなる魂も肉体から切り離されます。貴方がいかに最強の盾を持っていようとも関係ありません」

「やってみんと分からんぜ? 先手は譲ってやるからよ」

「…………」

 あからさまな挑発。何かしら対抗手段を用意しているつもりなのだろうが――しかし、無理だ。死神の長たるリンの大鎌に例外はない。生者であれば分け隔てなく、平等に、魂を刈り取る呪具だ。人間の規格から外れている兄貴も同じこと。

 しかしこの話の流れに乗らないという選択肢はない。兄貴は宣言通り、動く気配はない。

「はあ」

 どうか恨まないでくださいね。

 リンはそう呟き、大鎌を構える。

 そして。


 無音の、横薙ぎ。


 全てを切り裂く死神の一閃が、兄貴の肉体を、龍麟をすり抜ける。

 肉体と魂のつながりを刈り取るその一撃を真正面から受け、兄貴は、それでも――


「ははっ」


 軽薄に、笑っていた。

「……羽黒!? あなたは、一体……!?」

「じゃあ、次は俺の番だな」

 言うと、兄貴は言霊を紡ぐ。


「――抜刀【鬼哭(キコク)】」



          * * *



 その頃。

「ここに、白羽ちゃんが……! でも……」

 事前に大峰(おおみね)家の犬神たちが調べたポイントに到着したあたしは、聳え立つ巨大な箱状の建屋を前にしてどうしたらいいのか呆然としていた。

 この建築物、扉もなければ窓もない。

 どうやって中に入るのか見当もつかない。

 ここに来るまで、月波市の妖たちが派手に暴れまわってくれたおかげで警備の天使たちとはエンカウントすることなくスムーズに来れたのに、ここで詰まるとは思わなかった。

「――抜刀【陽炎(カゲロウ)】【澪標(ミオツクシ)】」

 ホムラ様とミオ様の神力を封じた妖刀を二振り具現化させ、構える。

 とりあえず、壊せるものなら壊してみようか。

 そうして二刀を振りかぶった――その時。


 轟っ!!


「……っ!?」

 探知が不得手なあたしでも感じられるほど強大な力の塊の接近に、慌てて横に避ける。

 するとあたしが立っていた場所に青白い炎球が降ってきて、爆音とともに壁を破壊した。

「だ、誰……!?」

 炎が飛んできた方向を見る。

 すると、青いドレスの女がしかめっ面で宙に浮いていた。

 知らない顔――いや、そう言えばポスターで見た。確か、バレンタインの日にコンサートで呼ばれていた歌手があんな雰囲気だったはず。

「……瀧宮羽黒、じゃあねエよな?」

 女――レヴィアタンは、あたしを睨みつけながらゆっくりと下降する。

「なによ、兄貴の知り合い?」

「兄貴? ……兄貴! ああ、クソが!! ジズの奴、ふざけんじゃねエぞ!!」

 レヴィアタンは唐突に声を荒げ、餓鬼のように地団太を踏む。彼女が足を地面に叩きつけるたびに、周囲の建物が崩壊し、瓦礫が発火して地面に落ちる前に炭も残らず消滅した。

「俺のところには瀧宮羽黒が来る手はずだったんじゃねエのかよ!? ふざけんなあのクソ鳥!! よりにもよって()()()を寄越しやがって」

「…………」

 気付いたら駆け出し、あたしは手にした二刀を振り抜いていた。

 しかし。


 ――ガキン!!


「……っ!!」

 首筋に入った二刀を通して両腕に跳ね返る衝撃。

 この感触は、龍鱗……! しかも、下手したら兄貴のソレより硬い!!

「あ? なんだ、ハズレ」

「くっ……」

 レヴィアタンが血のように赤い瞳でこちらを睨む。あたしは咄嗟に【陽炎】の時空歪曲を発現させ、大きく距離を取る。


 轟っ!!


 再度爆音を立て、青白い巨大な火柱がレヴィアタンの周囲を覆った。

「危な……!」

 一瞬でも時空歪曲の発動が遅れていたら、周囲の瓦礫同様、炭も残さず死んでいた。

「チッ……逃げるのばっかりいっちょ前のクソ雑魚が!!」

 火柱を割り、レヴィアタンが憤怒の表情を浮かべて前に出る。

「俺はなア! あの瀧宮羽黒とヤり合えるって聞いたからジズの話に乗ったんだ! なのに待てど暮らせど奴は来ねエし、ようやく来たと思ったらテメエみてえなハズレだ! ふざけんじゃねエぞ!!」

 両手に火球が浮かび上がる。

 サイズは小さいが、太陽をも彷彿とさせる密度と熱量が込められているのが見て取れる。

 その火球二つが放られ、あたしを狙って追尾する。

「くっ!」

 時空を歪ませ、迫り来るそれを避ける。しかし火球は次から次へと生成され、幾度となく放たれ続ける。

「避けるだけか雑魚が!! テメエの妹ちゃんは真正面から切り込んできたし、吸血鬼は全身焼かれても気にせず突っ込んできて、ちったア歯ごたえあったぞ!!」

「嘗めんな!! ――抜刀、三本!!」

 レヴィアタンの周囲に妖刀を三本具現化させる。そして手にしていた【澪標】を地面に突き刺し、陣を生成する。

「――水陣《揚清激濁》!!」

「あぁ?」

 レヴィアタンの頭上に大瀑布が発生する。

 しかしそれを億劫そうにちょいと指を振り、レヴィアタンは小さな火球一つで受け止め、蒸発させて消し飛ばした。

 周囲に爆発的に熱気と共に霧が発生する。それに紛れ、歪めた時空を維持しながら二刀を合わせる。【陽炎】の火気が、【澪標】の水気が、お互いを喰い合おうと暴走気味に力が高まる。それを刀身に纏わせたまま、あたしはレヴィアタンに突っ込む。

 もう一度、首を狙う。

 視界を霧で覆われ、さらに時空を歪めての瞬間的な接近。

 それをレヴィアタンは――


 ガキン!!


「はっ」


 鼻で嗤って、指の腹で受け止めた。



          * * *



「神獣」

 レヴィアタンが面白くなさそうに吐き捨てる。

「神が創りし、または神に等しい獣のこと。聖獣、瑞獣も言っちまえば同類なのかもしんねエが、俺から言わせりゃ、俺は格が違う」

「…………」

 あたしは首に食い込む指先に、全身の力を奪われる。

「チッ……もう終わりかよ」

 青いドレスに鋭い目つきの女――の、姿をした怪物。ひと月半前、月波市に歌手として招待されて侵入し、白羽(しらは)ちゃんともみじ先輩を攫った張本人。

 視界の隅には刀身の真ん中からへし折れた直刀と太刀が転がっている。あの二人を一人で相手し、攫って行った最強の生物と言われるレヴィアタン相手では、ベヒモスには通じた神力が込められた妖刀も、その鎧に弾かれ刃がたたなかった。

 結果として、あたしは何のドラマもなく、なす術なく、ただいたずらに蹂躙されただけだった。

 最初の一撃で白羽ちゃんの柱を封じていた建物が吹っ飛んだのだから、相手をせずさっさと白羽ちゃんを救い出して逃げればよかった――クソみたいなプライドがそれを邪魔して、結果、何も叶わず、ただただ甚振られ続けた。

「暇潰しにもならねエわ」

「……ぎ、ぃっ!?」

 首が熱い。

 視界が燃える。

 この世の全てを焼き尽くす、レヴィアタンの憤怒の業炎――それが喉を焼き、全身に回る。

「ふん」

 壊れた玩具を捨てるように、レヴィアタンはあたしを放る。

 瓦礫の山に埋もれるあたしの体。辛うじて、五感は残っている。指一本動かす気力は残っていないけど。

「俺はレヴィアタン!! 能無しベヒモスや傍観者ジズとは違エんだよ! 壊し、踏みにじり、焼き尽くす! それが俺の本懐!! 現世も冥府も俺から言わせりゃ雑魚の吹き溜まりだ!! クソほども面白くねエ!! それでも瀧宮羽黒とかいう面白そうな奴がいるって言うから協力してやったのにこの仕打ち!! アー、クソが!! おい聞こえてんのか瀧宮羽黒!! 龍殺し!! どこで遊んでっか知らねエが、とっとと来ねエとこの最強のドラゴン・レヴィアタン様がオメエの可愛い可愛い妹ちゃんをクズ炭にしちまうぞ!!」

 空に向かって吠えるレヴィアタン。

 しかし、兄貴が来ることはない。

 当然だ。兄貴はあたしが何とかすると信じて、こっちをあたしに任せたんだ。


 ()()()()まで、押し付けて。


「……ふう、はあ……」

 空気を吸う。

 焼けた喉が痛む。

 しかし、声を発せられないほどじゃない。

 兄貴の計画に乗るのがなんとなく嫌で、独力で何とかしようとしたがこの有様だ。

 全く……どこまで行っても、兄貴に追いつける気がしない。

 こんなものに頼らないといけないなんて、自分が情けない。情けなくて情けなくて、はらわたが煮えくり返る。


 そのありったけの劣等感を籠め、あたしは言霊を紡ぐ。


「――抜刀【龍堕(リュウオトシ)】」


「……は?」

 この世の闇をかき集め、丁寧に煮詰めたような漆黒の大太刀が、レヴィアタンの頭上に出現し、なんの抵抗もなく、左肩から貫通して地面にまで突き刺さる。

 ぐらりと、レヴィアタンがバランスを崩す。その拍子に自重で傷口が抉れ、ぶちぶちと嫌な音を立ててうつ伏せに倒れた。

 レヴィアタンの赤い瞳がこちらが向く。

 何をした――そう問いかけているように見えるが、生憎とその瞳には生気は感じられない。

「はあ……」

 溜息。

 レヴィアタンの背中から鮮血が噴き出し、雨の様に降り注ぐ。それを虚ろに見つめ、全身に浴びながら、あたしはぼうっと思考する。

 神が創り出し怪物――創りし神と、世界の終焉で喰い合う運命にあるベヒモスとジズにしか殺せない、最強の()()()()

 龍種である以上、兄貴が文字通り、()()()()()()()()龍殺しの太刀も通用する――その予想通りとなった。

 掠り傷一つで、龍を殺す異業の大太刀。それにレヴィアタンは脈絡なく、唐突に、不意打ちで貫かれた。

 神獣(レヴィアタン)の血を浴び、見る見るうちに傷が修復されていく。

 白羽ちゃんを救うためとは言え、こんな、なんのドラマもなく、なす術なく、埒外の武器に殺されてしまったレヴィアタンには申し訳ないが――


「これが、龍殺しか……」


 あたしの中に浮かんだ感情は、思ったよりも最悪だな、ということだけだった。

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