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だい はちじゅうきゅう わ ~送り狼~

 次元の狭間に足を踏み入れ、俺はぐるりと周囲を見渡した。

「いないみてえだな」

「何が?」

 白色のペンキをぶちまけたかのようなだだっ広い荒野の中、まっすぐに伸びる灰の道。現世でいう空に当たる空間は道とは対照的に黒一色だ。夜空のようにも見えるが、暗いわけではなく手元はしっかりと見えている。

「次元の狭間には番人気取りのジジイがいるんだが、どうも冥府との狭間はあっちとは別口らしいな」

「どういう縁があればそんな爺さんと知り合えるのよ」

 呆れ顔の(あずさ)に俺は肩を竦める。

 俺くらいあっちこっち顔を出していると自然と知り合えるもんだ。

「まあそのジジイはともかく、修二(しゅうじ)も見つけて回収しねえとなと」

「そういや、藤村(ふじむら)先生は柱の封印をさせられてるんだっけ」

 最悪、そっちはついででいい。むしろこれから俺たちが襲撃をしなければならない相手のことを考えると、この次元の狭間で柱となり、術の基点となっている方が安全まである。

 そう言うと奴の教え子二人組は「「冷たっ」」と声を揃えた。

「先生思いのいい生徒だこと」

「それに藤村先生を回収出来たら戦力増えるじゃん」

「反対側の出口も固定化させないといけないと思うし、手助けしてもらった方がいいと思うんですけど」

 違った。

 冷静で打算的思惑だった。

 いい感じに育ってきているようで何よりだ。

「ま、その通りだな。今後のためにも回収していきたいところだが……問題は、この灰色の道上にいりゃいいんだが」

 この道は東洋の龍の中でも最強種族のミオがその力に任せてごり押しで通った後の獣道だ。案の定、俺たちが入ってきた入口の方から出口と思われる方向に向かって強い魔力風が追い風のように吹き続けている。それに対して、一見すると芸術的にも見える白の荒野の方は風向きがめちゃくちゃで、一歩でも足を踏み入れれば瞬く間に力の奔流に飲み込まれ、どことも知れん空間に飛ばされてしまうだろう。

 そういう意味において、やはり冥府と現世を行き来する死神や天使と言った役職を与えられた人間はその道のプロフェッショナルなのだ。

「どっかに案内してくれる人いないかね」

「そんな都合のいい話が」


 ――オォォォォォン……!


「「「……っ!」」」

 遠吠え。

 並の妖では存在することも厳しい空間では聞こえるはずのないその声に、俺たちは即座に背中を合わせて周囲を警戒する。

 力が吹き荒れる白い荒野のせいで気配がうまく辿れず、正体が掴めない。

 と、道の奥に何かが見えた。

 一方向の魔力風をものともせず、向かい風に着物の裾をはためかせながら歩いてくる仮面を被った背の高い痩躯の男。よもや死神が様子を見に来たのかとも思ったが、どうにもその仮面は髑髏ではなく犬のような獣を模しているように見えた。

「アレって……」

「イツキ様……!?」


「警戒、警戒せずともよいぞ。……久しいね、瀧宮(たつみや)の子らと穂波(ほなみ)の子」


 数多の犬神を引き連れ、月波の地で「大峰(おおみね)」を守護し、神格を与えられた獣は喉の奥でくつくつと笑った。



          * * *



「送り狼」

 俺たちの周囲を取り囲み、どこかへと歩みを進めながら犬神の疾風(はやて)が微笑む。

「夜中に山道を歩いているとぴたりと一定の距離を保ちながらついてくる狼が現れることがあると言います。狼はその者の旅路を守護してくれますが、転んだり躓いたりするとたちまち襲い掛かって来ます。ですが転んでも『どっこいしょ』とその場に腰かければ襲われることはないと言います。無事に目的地まで辿り着けたら『ありがとう』と礼を口にしたり何か品を渡すとどこかに帰っていきますよ」

「本当に、『大峰(おまえら)』一族の守護神らしいというか……」

 忠義と憎悪が同居している犬神を束ねる神獣が、守護と破滅の両方を司る送り狼というのもよくできた話だ。

 先頭を歩き、白の荒野に灰の道を作りながらどこかへと案内するイツキの背中を緊張の面持ちで眺めていた梓が尋ねる。

「皆さん、どうやってここまで来たんですか?」

「どうもこうも、どうもこうも澪ノ守(ミオノカミ)が冥府に現れた時にできた穴からするりと這い出ただけぞ。くくく……向こうに着いたら刮目するが良い。皆この時を待っていたからな、君たちが動き出すのを」

「そりゃゾッとしないな。ゾッとするほどゾッとしない」

 冥府に囚われていた人外の中には、柱にされていた連中を除くと、目の前のイツキを始めとした八百刀流五家の守護神やショウのような埒外の半妖、多様な力を持つ妖たちが揃っていたはずだ。

 現世の人間たちと同じように忘却処理をされていたとしても、妖に人間のことを忘れさせるなど不可能な話だ。元は冥府の名もなき鬼だったとしても、現世に現れた彼らに名をつけ、存在意義を与えたのは人間なのだ。それを今更冥府にまとめたとしても、真奈(まな)のように自力で何とかしてしまうだろう。

 そんな連中ばかりなのに、このひと月半、冥府側から特にアクションがないと思ったら、ずっと待っていたらしい。

 地獄にはとりわけ厳しい刑罰が行われる阿鼻地獄と叫喚地獄があり、それを合わせて阿鼻叫喚という言葉が生まれたわけだが――まさに冥府は今、阿鼻叫喚の地獄と化していそうだ。そうとう鬱憤も溜まっていそうだしな。

「で? あんたらはそっちのお祭り騒ぎに参加しなくてもいいのか?」

「これは、これは不思議なことを言うね、瀧宮の長子よ。某は送り狼――どこかを目指す旅人がいるのであればそれを守護するのが存在意義というものだ。……さあ、着いたぞ」

 イツキが作った灰の道のその先――灰色の球体がぽつんと浮かんでいた。

 アレが修二の魔眼を用いて作った封印の核か。

「事前に疾風たちで調べておきました。あれもまた、冥府に置かれた封印と同じく大して複雑なものではありません。ただの分厚い革の袋です」

「それならあんたらで先に壊してくれても良かったんだぜ?」

「唯一の障害が、人と妖の力を同時に用いなければ干渉できないという点でして」

「またそれか」

 ユウがげんなりと溜息を吐く。

 聞くと、俺たち陰の柱にかけられていた封印も、三か所同時に解除しなければ自動修復されてしまうものだったらしい。確かに、そもそも異能の使い方を忘却させられていた上に解除条件がそんなんじゃ難易度は高い。だからこそ真奈はひと月半の時間をかけて冥府に気取られないようゆっくりと準備を重ね、一晩のうちに一息で作戦を決行したのだろう。

 あいつもあいつで、最初の頃と比べるとかなり肝が据わってきたな。

 ともかく。

「そんじゃ、サクッとこの封印も壊しちゃいましょ」

「だな。この場に人と妖が揃ってる以上、別に難しくもなんともないや」

 梓とユウがそれぞれ言霊を紡いで得物を手にする。二人に呼応するように、疾風たち犬神も封印の周囲を取り囲むように準備を整えた。

「号令は兄貴に任せるわ」

「いつでも大丈夫です」

 頷き、俺も配置に着いた二人と均等の距離の場所で身構える。

「――抜刀、【鬼誅(キチュウ)】」

 言霊を紡いで毒々しい妖刀を具現化させる。

 それをぶらりと下段に構え、声を上げる。


「三つ数えたら行くぞ!」

「オーケー!」

「どうぞ!」

「3! 2! 1! 0!」


 妖刀の刃が、銃弾が、犬神の爪が、封印を形作っていた球体に吸い込まれ――切り裂き、穴を穿った。

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