だい はちじゅうご わ ~悪魔憑き~
下校時間をとうに過ぎてしまった薄暗い廊下を、あたしは一人で歩いていた。
もう今年度も残り一週間となり、春休みに入ったというのに一人で何故登校しているかと言うと、来月頭に行われる入学式の準備をするためだ。
通例なら三年生引退後に二年生の中から選挙により会長、副会長及び会計に任命され、一年生の庶務三人から副会長、会計、書記が承認選挙により選出される。そしてこの春中等部から進学してくる子たちから庶務三人が中等部生徒会選挙により事前に選ばれ、加入するのが流れだ。
だというのに、どういうわけか今期の月波学園高等部生徒会はあたし一人しかいない。
一体これはどういうことかと文句を言う暇もなく一年生にして第五十七代生徒会長に任命されてしまい、生徒会活動を一手に押し付けられてしまった。
というわけで入学式の祝辞の執筆やら垂れ幕の点検やら式次第の準備やらしていたらあっという間に日が暮れた。あたしを見捨てて春休みを満喫している奴ら絶対に許さん。
「はあ……」
人望ないのかねえ。
「ちょっとくらい手伝ってくれてもいいじゃん」
結局来てくれたのは、部活の合間を縫って垂れ幕運びを手伝ってくれたユーちゃんだけだった。奴だけは許してやろう。
「梓ちゃん」
「……っ!?」
びっっっっっくりした!?
もう校内に誰も残っていないだろうと思ってクソデカボイスで独り言を呟いていたら、背後から耳元に声をかけられた。一体誰かと思って振り返ると――誰もいない。
「……へ?」
いや、正確にはいる。
あたしがいる場所から遠く離れた廊下の端に、見覚えのある眼鏡の少女が立っている。な、なんでそんなに離れた場所に……それに今の声、もっと近かったような……?
「あー、ひょっとして、入学式の準備手伝いに来てくれた感じ?」
「…………」
「もう大丈夫、さっき終わったから」
「…………」
「でもどうせならもう少し早く来てほしかったなー……なんて」
「…………」
沈黙。
あちらから呼びかけておきながら、近寄って来さえしない。
「あー……」
なんか、妙だ。
普段の彼女らしくないというか……あれ? そう言えば、最近忙しかったから記憶が定かじゃないけど、最後にあの子と直接会話したのっていつ? あたしもあたしで放課後は生徒会室に直行する一カ月だったけど、彼女も彼女で休み時間もずっと机に向かっていて――
「ちょっと、ごめんね」
「……っ!?」
瞬きの間もなく。
その言葉通り、いつの間にか彼女が目の前まで迫り、立っていた。
驚愕に言葉にできない。彼女は運動神経はどちらかというと鈍い方で――そもそも、人間に可能な速度じゃない。
「むぐっ!?」
右手で肩を、左手で口を押えられる。
一体なんだ――そう考える暇もなく、視界が黒く揺れる。
まるで、黒い炎に包まれたかのように。
* * *
「悪魔憑き」
意識が遠のく中、彼女の声だけが鮮明に聞こえる。
「悪魔に心身を乗っ取られ、その人の本質とは大きくかけ離れた害意ある行動をとること。もしくは、そのように見える精神疾患」
今の梓ちゃんにはそう見えるかもしれないね――そう言って、朝倉真奈は困ったように苦笑を浮かべた。