だい はちじゅうさん わ ~ジズ~
「住人の避難、確認急げ!!」
「市民ホールの状況はどうなってる!?」
「たまたま居合わせた当主と白銀の姐御が突入していった目撃情報アリ!」
「穂波の次期と、焔御前の妹分もその前に入っていくのが監視カメラで確認取れました!」
「羽黒の兄貴は!?」
「依然、迷い家の神域でベヒモスと交戦中! 神域のおかげで周辺被害はなし!」
「よし、引き続き避難の誘導を最優先に、市民ホールの様子を探れ! 一人も死人を出すな!!」
「「「へい!!」」」
「…………」
情報が飛び交う中、上座から一歩下がった座布団に座り、腕組をしてじっと耳を傾ける瀧宮紅鉄。そしてその様子を、澪ノ守は反対側の席から黙って見つめていた。
「案外冷静ね~」
「……この程度で狼狽えているようでは、八百刀流の首長など務めていられん」
「この程度――世界に終焉をもたらす神獣が二匹送り込まれてるのに、本当、肝が据わってるんだから~」
可愛げがない、と呟くと聞こえていたのか「余計なお世話だ」と返ってきた。地獄耳だこと、と澪ノ守は呆れる。そんなところも含めて可愛げがない。昔は武骨だけど純朴な好青年だったのに。
「ところでこんな時に梓ちゃんはまだ帰らないの?」
「ふん。あのじゃじゃ馬が非常時に好き勝手出歩くのはいつものことだ。捨ておけ」
「冷た~い」
「下手に手綱を握ろうとする方が余計にこじれる」
素直に信用していると言ってやればいいものを。
だが確かに、春先ならばともかく今の彼女を心配どうこう言うのは失礼かと納得する。長く自慢であった髪を無造作に切られた恨みは忘れられず、甚だ不本意ではあるが、その際に霊力をごっそりと持って行った太刀を未だに抱えている。アレがあればそうそう妙なことは起こるまいし、何より得物に振り回されるような鍛え方はしていない。
「それよりも、吸血鬼と共にホールに入った当主についての情報が未だに入らん方が気がかりだ」
「あ~、ね。確かに、直前にユウくんとビャクちゃんも入っていったんだよね~? あの二人がいて初動で出遅れるってこと、あるかな~? そもそも封印状態とは言えもみじちゃんも一緒なのにね~……」
「…………」
再び、だんまり。そう言えば、焦燥感を打ち消すために努めて冷静になろうとするのは昔からの癖であった。
そう考えると、あまり余裕はないのかもしれないと、澪ノ守もまた居住まいを正した。
「な、なんだ!?」
「ぎゃあああっ!?」
「き、貴様どこからッ」
「……っ!」
「なに!?」
紅鉄が立ち上がり、声のする方に駆け出す――が、ズドン! すぐに何者かに吹き飛ばされ、後ろの壁に叩きつけられてしまった。
「あ、紅鉄!?」
澪ノ守もたまらず立ち上がり、彼を庇うように立ち塞がる。神は自分から動いてはいけない決まりがあるが、これは十分に動いてもいい事態だ。
「誰……?」
両腕に龍麟を浮かばせ、背に猛禽の翼を背負う。狭い屋内でも最低限力を発揮できるよう人化の一部を解いて待ち伏せると――空間が、揺れた。
「…………」
「え……誰……?」
歪みから姿を現したのは、澪ノ守と同じく背に猛禽の翼を持った、単眼の仮面にフードを被った黒衣の女だった。
* * *
「ジズ」
私は気を失った澪ノ守――応龍の首根っこを掴んで、異空間へと戻る。
「古の神々が創り出したもう一体の神獣。大地のベヒモス、海原のレヴィアタン、そして天空のジズ。見つめる者の別名もある通り、平時は世界を天から見つめるだけで何もせず、他二頭と比べると存在感が薄いが、世界の終焉に際しては三頭で喰い合い、残った一頭が、終焉を生き延びた者に祝福として与えられるという」
うわん、ラナウン・シー、手洗鬼、サトリ、白澤、天邪鬼、犬神、雪女、宗固狸、キマイラ、煙々羅、ふらり火――その他諸々、計画の障害となりえる存在は予め隠した。あと、邪魔になりそうなのは──
「残るはあと一人――どう転ぶか」