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だい ななじゅうなな わ ~大歳神~

*今回はPCか、スマホ横向きにして読むと見やすい内容になっています*

「あけましておめでとう!!」

「今年もよろしくお願いします……!」

 お正月の三が日も開け、元の日常に戻りつつある日の行燈館、ユっくんの部屋。

「おー、あけおめー」

「今年もよろしくね!」

「…………」

 部屋の中央に置かれた炬燵に入りながら、ビャクちゃんを抱きかかえる格好のユっくんが出迎えてくれた。……何故かその横で、キシさんが卓に突っ伏したままピクリとも動かないけれど。何だか既視感がある。

「ふいー、もう疲れたじぇー。毎日毎日顔も覚えてないおっさんたちに挨拶挨拶。お年玉くれるわけでもないのにやってられっかっての」

「……わたしは、季節外れだけどお墓参りしてきたよ。雪かきして、綺麗に掃除して、造花だけどお花も添えてきた」

 (あずさ)ちゃんと二人で炬燵の空いているスペースに足を突っ込む。ちょっと足を延ばしても五人でまだ少し余裕がある大きな炬燵って、羨ましい。

「……………………」

 うちの寮の部屋は共有スペースが限られているからこんなに大きなものは置けないんだよね。まあ、沙咲(ささき)ちゃんと二人で使ってる部屋だからそんなに大きくなくてもいいんだけど。

「………………………………」

 えっと……。

「これ、突っ込んだ方がいいやつ?」

「ふんっ!」

 炬燵の一角から漂い続ける陰鬱な空気に耐え切れず、梓ちゃんがついに声をかける。すると待ってましたとばかりにキシさんが顔を持ち上げた。やっぱり既視感。

「七十八人だ!」

「何が」

「この年末年始、月波と周辺の街でクソほどしょうもない理由で死んだ連中の人数だ! 餅、急性アル中、餅、酔って凍結路で転倒、浮かれて川で寒中水泳、餅、餅! 阿呆共が!!」

「人の生き死ににかかわるネタは突っ込みにくいからNG」

死神(こっち)は死活問題だ! 冥府に送ってハイお終い、じゃないのだぞ! 事故死は丈量酌量の余地があるやなしやで裁判が煩雑になるし、極卒共から要求される死亡時の書類作成は死神(おれ)たちがやらねばならんのだ! そこに並ぶ多種多様な阿呆な死因の数々!! 餅なんぞもう見たくもない、やっとれんわ!!」

「あ、そういや鏡開きした餅余ってるけど、皆食う?」

「いらん!!」

「私黄な粉ー」

「あたし餡子で」

「えっと……クルミダレってある……?」

「俺は黒胡麻だ!」

「食うんじゃないですか。全部あるからちょっと待ってて」

 よっこいせ、とユっくんが炬燵から立ち上がる。そうしてユっくんが厨房でお餅の準備をしている間、ビャクちゃんが炬燵に足を突っ込んだままぐいっと体を伸ばして棚から小さなケースを引っ張り出してきた。

「ねえ、待ってる間トランプしない?」

「お、いいねえ」

「……貴様ら、また俺がルールと戦略を把握する前に蹂躙するつもりか」

「さすがにもうしませんよ……」

 確かにクリスマスの時は大富豪でキシさんを一方的に打ち負かす結果となったけど、あれは大富豪(いずみ)ちゃんと富豪ユっくんが陰湿な攻撃をしていたからなんだよね……。

「んじゃあ、今回は七並べにしよーぜ」

「「…………」」

 押し黙るわたしとビャクちゃん。また性格がよく出るゲームを……。

「ほう、どういうルールだ」

「最初に手札を配って、7をテーブル中央に並べんの。で、そのマークごとに7の前後――6か8、その次は5か9っていう風に隣り合ってる順番にカードを出していって、手札を無くした人が上がり。最後にジョーカーを持ってた人か、パス3回ルールならパス4回で負け」

「ジョーカーも混ぜるのか。敗北ペナルティ以外に何か役割もあるのか?」

「空いてるスペースに置くとそこのカードを持ってる人は順番関係なく即座に、強制的に出さないといけなくなるわ。で、出したカードとジョーカーを交換しないといけない」

「なるほど。便利ではあるが後生大事に持っていると敗北するわけだな」

「ま、そんなとこ。とりあえずやってみましょ、どんなもんかは慣れて覚えるのが一番よ」

 言いながら、梓ちゃんは慣れた手つきでカードを切り始めた。

 さて、どうなることやら……。



          * * *



「さて、始めるわよ。最初に7持ってる人は出して。あたし2枚ね」

「あ、私1枚ある」

「わたしも……」

「俺はないな」


♠:□ □ □ □ □ □ 7 □ □ □ □ □ □

♣:□ □ □ □ □ □ 7 □ □ □ □ □ □

♥:□ □ □ □ □ □ 7 □ □ □ □ □ □

♦:□ □ □ □ □ □ 7 □ □ □ □ □ □

梓ちゃん:12枚

わたし:12枚 ♠4 ♠9 ♠10 ♣3 ♣8 ♣9 ♣10 ♥9 ♥11 ♦2 ♦8 ♦13

ビャクちゃん:12枚

キシさん:13枚


 う……あんまり強い手札じゃないかな……? ♣8と♦8があるけど、♣9、10と♦13があるから初手で止めるメリットはないかな……。

「とりま、あたしから時計回りに真奈ちゃん、ビャクちゃん、キシの順番でよい? パスは3回ね」

「うん、いいよ」

「構わん」


「じゃあ早速――」

1順目 梓ちゃんのターン

♠:□ □ □ □ □ 6 7 □ □ □ □ □ □

♣:□ □ □ □ □ □ 7 □ □ □ □ □ □

♥:□ □ □ □ □ □ 7 □ □ □ □ □ □

♦:□ □ □ □ □ □ 7 □ □ □ □ □ □

梓ちゃん:11枚 →♠6

わたし:12枚 ♠4 ♠9 ♠10 ♣3 ♣8 ♣9 ♣10 ♥9 ♥11 ♦2 ♦8 ♦13

ビャクちゃん:12枚

キシさん:13枚


「うーん、ここは順当に……」

1順目 わたしのターン

♠:□ □ □ □ □ 6 7 □ □ □ □ □ □

♣:□ □ □ □ □ □ 7 8 □ □ □ □ □

♥:□ □ □ □ □ □ 7 □ □ □ □ □ □

♦:□ □ □ □ □ □ 7 □ □ □ □ □ □

梓ちゃん:11枚

わたし:11枚 ♠4 ♠9 ♠10 ♣3 ♣9 ♣10 ♥9 ♥11 ♦2 ♦8 ♦13 →♣8

ビャクちゃん:12枚

キシさん:13枚


「じゃあ次私ね! ここ!」

1順目 ビャクちゃんのターン

♠:□ □ □ □ □ 6 7 □ □ □ □ □ □

♣:□ □ □ □ □ □ 7 8 □ □ □ □ □

♥:□ □ □ □ □ 6 7 □ □ □ □ □ □

♦:□ □ □ □ □ □ 7 □ □ □ □ □ □

梓ちゃん:11枚

わたし:11枚 ♠4 ♠9 ♠10 ♣3 ♣9 ♣10 ♥9 ♡11 ♦2 ♦8 ♦13

ビャクちゃん:11枚 →♥6

キシさん:13枚


「……む? 置けるカードがないぞ」

1順目 キシさんのターン

♠:□ □ □ □ □ 6 7 □ □ □ □ □ □

♣:□ □ □ □ □ □ 7 8 □ □ □ □ □

♥:□ □ □ □ □ 6 7 □ □ □ □ □ □

♦:□ □ □ □ □ □ 7 □ □ □ □ □ □

梓ちゃん:11枚

わたし:11枚 ♠4 ♠9 ♠10 ♣3 ♣9 ♣10 ♥9 ♥11 ♦2 ♦8 ♦13

ビャクちゃん:11枚

キシさん:13枚 →パス1回


「じゃあ……次ここかな」

2順目 梓ちゃんのターン

♠:□ □ □ □ □ 6 7 □ □ □ □ □ □

♣:□ □ □ □ □ □ 7 8 □ □ □ □ □

♥:□ □ □ □ □ 6 7 8 □ □ □ □ □

♦:□ □ □ □ □ □ 7 □ □ □ □ □ □

梓ちゃん:10枚 →♥8

わたし:11枚 ♠4 ♠9 ♠10 ♣3 ♣9 ♣10 ♥9 ♥11 ♦2 ♦8 ♦13

ビャクちゃん:11枚

キシさん:13枚 パス1回


「スムーズに行けますね……」

2順目 わたしのターン

♠:□ □ □ □ □ 6 7 □ □ □ □ □ □

♣:□ □ □ □ □ □ 7 8 9 □ □ □ □

♥:□ □ □ □ □ 6 7 8 □ □ □ □ □

♦:□ □ □ □ □ □ 7 □ □ □ □ □ □

梓ちゃん:10枚

わたし:10枚 ♠4 ♠9 ♠10 ♣3 ♣10 ♥9 ♥11 ♦2 ♦8 ♦13 →♣9

ビャクちゃん:11枚

キシさん:13枚 パス1回


「順番に出せると気持ちがいいよね」

2順目 ビャクちゃんのターン

♠:□ □ □ □ □ 6 7 □ □ □ □ □ □

♣:□ □ □ □ □ □ 7 8 9 □ □ □ □

♥:□ □ □ □ 5 6 7 8 □ □ □ □ □

♦:□ □ □ □ □ □ 7 □ □ □ □ □ □

梓ちゃん:10枚

わたし:10枚 ♠4 ♠9 ♠10 ♣3 ♣10 ♥9 ♥11 ♦2 ♦8 ♦13

ビャクちゃん:10枚 →♥5

キシさん:13枚 パス1回


「おい」

2順目 キシさんのターン

♠:□ □ □ □ □ 6 7 □ □ □ □ □ □

♣:□ □ □ □ □ □ 7 8 9 □ □ □ □

♥:□ □ □ □ 5 6 7 8 □ □ □ □ □

♦:□ □ □ □ □ □ 7 □ □ □ □ □ □

梓ちゃん:10枚

わたし:10枚 ♠4 ♠9 ♠10 ♣3 ♣10 ♥9 ♥11 ♦2 ♦8 ♦13

ビャクちゃん:10枚

キシさん:13枚 パス2回


「じゃ、じゃあ次はこっちから攻めてみるわ」

3順目 梓ちゃんのターン

♠:□ □ □ □ □ 6 7 □ □ □ □ □ □

♣:□ □ □ □ □ □ 7 8 9 □ □ □ □

♥:□ □ □ □ 5 6 7 8 □ □ □ □ □

♦:□ □ □ □ □ 6 7 □ □ □ □ □ □

梓ちゃん:9枚 →♦6

わたし:10枚 ♠4 ♠9 ♠10 ♣3 ♣10 ♥9 ♥11 ♦2 ♦8 ♦13

ビャクちゃん:10枚

キシさん:13枚 パス2回


「こ、ここはどうですか……?」

3順目 わたしのターン

♠:□ □ □ □ □ 6 7 □ □ □ □ □ □

♣:□ □ □ □ □ □ 7 8 9 □ □ □ □

♥:□ □ □ □ 5 6 7 8 9 □ □ □ □

♦:□ □ □ □ □ 6 7 □ □ □ □ □ □

梓ちゃん:9枚

わたし:9枚 ♠4 ♠9 ♠10 ♣3 ♣10 ♥11 ♦2 ♦8 ♦13 →♥9

ビャクちゃん:10枚

キシさん:13枚 パス2回


「ハートは結構埋まってきたけど……」

3順目 ビャクちゃんのターン

♠:□ □ □ □ 5 6 7 □ □ □ □ □ □

♣:□ □ □ □ □ □ 7 8 9 □ □ □ □

♥:□ □ □ □ 5 6 7 8 9 □ □ □ □

♦:□ □ □ □ □ 6 7 □ □ □ □ □ □

梓ちゃん:9枚

わたし:9枚 ♠4 ♠9 ♠10 ♣3 ♣10 ♥11 ♦2 ♦8 ♦13

ビャクちゃん:9枚 →♠5

キシさん:13枚 パス2回


「貴様らわざとか?」

3順目 キシさんのターン

♠:□ □ □ □ 5 6 7 □ □ □ □ □ □

♣:□ □ □ □ □ □ 7 8 9 □ □ □ □

♥:□ □ □ □ 5 6 7 8 9 □ □ □ □

♦:□ □ □ □ □ 6 7 □ □ □ □ □ □

梓ちゃん:9枚

わたし:9枚 ♠4 ♠9 ♠10 ♣3 ♣10 ♥11 ♦2 ♦8 ♦13

ビャクちゃん:9枚

キシさん:13枚 パス3回


「あー……」

4順目 梓ちゃんのターン

♠:□ □ □ □ 5 6 7 □ □ □ □ □ □

♣:□ □ □ □ □ □ 7 8 9 □ □ □ □

♥:□ □ □ □ 5 6 7 8 9 10 □ □ □

♦:□ □ □ □ □ 6 7 □ □ □ □ □ □

梓ちゃん:8枚 →♡10

わたし:9枚 ♠4 ♠9 ♠10 ♣3 ♣10 ♥11 ♦2 ♦8 ♦13

ビャクちゃん:9枚

キシさん:13枚 パス3回


「……えっと」

4順目 わたしのターン

♠:□ □ □ □ 5 6 7 □ □ □ □ □ □

♣:□ □ □ □ □ □ 7 8 9 10 □ □ □

♥:□ □ □ □ 5 6 7 8 9 10 □ □ □

♦:□ □ □ □ □ 6 7 □ □ □ □ □ □

梓ちゃん:8枚

わたし:8枚 ♠4 ♠9 ♠10 ♣3 ♥11 ♦2 ♦8 ♦13 →♣10

ビャクちゃん:9枚

キシさん:13枚 パス3回


「……あ、パスしようかな」

4順目 ビャクちゃんのターン

♠:□ □ □ □ 5 6 7 □ □ □ □ □ □

♣:□ □ □ □ □ □ 7 8 9 10 □ □ □

♥:□ □ □ □ 5 6 7 8 9 10 □ □ □

♦:□ □ □ □ □ 6 7 □ □ □ □ □ □

梓ちゃん:8枚

わたし:8枚 ♠4 ♠9 ♠10 ♣3 ♥11 ♦2 ♦8 ♦13

ビャクちゃん:9枚 パス1回

キシさん:13枚 パス3回


「……………………」

4順目 キシさんのターン

♠:□ □ □ □ 5 6 7 □ □ □ □ □ □

♣:□ □ □ □ □ □ 7 8 9 10 □ □ □

♥:□ □ □ □ 5 6 7 8 9 10 □ □ □

♦:□ □ □ □ □ 6 7 □ □ □ □ □ □

梓ちゃん:8枚

わたし:8枚 ♠4 ♠9 ♠10 ♣3 ♥11 ♦2 ♦8 ♦13

ビャクちゃん:9枚 パス1回

キシさん:13枚 パス4回→アウト


「ちょっと待ってや!?」

「……一体どういう手札ならそうなるんですか?」

「キシ、見せてみて……?」

「……………………」

 キシさんが無言で空いたスペースに自分の手札を配置していった。それを見て、わたしたちは絶句する。


♠:1 2 □ □ 5 6 7 □ □ □ □ 12 13

♣:□ □ □ □ 5 □ 7 8 9 10 □ □ 13

♥:1 2 3 □ 5 6 7 8 9 10 □ □ 13

♦:□ □ 3 □ □ 6 7 □ □ □ 11 12 □


「……見事に、見事につながるカードがない……!」

「だははははは!? さすがに運がなさすぎじゃない!?」

「誰だクローバーの6とハートの4を持っていた奴は!」

 わたしではない――ということは……。


「くっ……ぷぷっ、クローバーの6はあたし」

「ごめん、ハートの4は私だね」


 おっと、梓ちゃんはともかく、予想外の伏兵がいたみたい。

穂村(ほむら)(びゃく)貴様!! 何でさっきパスした!?」

「戦略としては全然ありでしょ。ハートの1から3出させないために止める手段として」

「貴様が出していれば!」

「だってそういうゲームでしょー」

 プルプルと笑いをこらえながら言い訳を並べる二人。頭とお尻のカードばっかり集まってるキシさんのカード運のなさも酷かったけど、二人の作戦が見事に突き刺さったみたい。


「おーい、餅焼けたよー……って、何してんの?」


 と、タイミングよくユっくんがお餅を持って部屋に戻ってきた。右手にちょっとした山のようになっているお餅が盛られた大皿、左手に色々なタレが入ったタッパーが重ねられている。

 不服そうなキシさんを眺めながらトランプは一時中断し、私たちは一旦お餅タイムに移行するのだった。



          * * *



大歳神(オオトシノカミ)

 自分のお餅に黄な粉を振りかけ、目を輝かせながらビャクちゃんが呟く。

須佐之男(スサノオ)様と市比売(イチヒメ)様の息子さんで、私が仕えてる宇迦(ウカ)様のお兄さんね。宇迦様も豊穣を司ってるけど、大歳様も穀物を司る豊穣神なんだよね。鏡餅は、お正月に大歳様へのお供えする物なの」

「へえ、そうなんだ」

「お稲荷様にお供えする稲荷寿司みたいなものかな……?」

「んー、稲荷寿司って、元々は私たち守り狐に対するお供え物で、最初はネズミだったらしいよ。でもそれがいつからか形が似てる稲荷寿司に変わったの。で、私たちも何度も稲荷寿司を口にするたびにそっちの方が好物になっちゃったんだけどね」

「じゃあ鏡餅も元は違う物なの?」

「んーと、確かその名前のとおり祭事用の鏡が元だったかな? それが豊穣神にお供えする物ってことで鏡に見立てたお餅が使われるようになったとか、なんとか。ごめん、詳しくは覚えてないや」

 お餅を頬張り、びよーんと伸ばしながら苦笑するビャクちゃん。

「ふん、大歳神か」

 と、キシさんが小さく噛み千切りながらゴマダレをまぶしたお餅を口にする。どうやら喉に詰まらせて亡くなった方の事後処理が相当トラウマらしい。

「毎年正月にしか動かん上に、餅ばかり食っとるから大黒天と見間違うほど肥え太っておるわ。冥府ではあの神を何とかして痩せさせようと無駄に議論を重ねているほどだ。貴様らも正月だからと餅ばかり食っていると餅のように丸々と――(ガキンッ!!)」

「一言多い!」

「……歯、歯が……!」

 ビャクちゃんがキシさんが頬張っていたお餅を瞬間冷凍させてキッと睨む。わたしも無意識に眉間に力がこもったが、恐る恐る手を頬に当てる。……大丈夫、わたし元々骨格レベルで丸顔だから、これは太って丸くなったんじゃない……うん。

「食った分動けば問題ないっしょ。真奈ちゃん、一緒に走る?」

「気遣いが逆に痛いよ……!? ていうか、自分で気付いててないだけで本当に丸くなっちゃってる!?」

「いやパッと見は変わらないけど、寒い冬は引き籠りがちじゃん? 魔術師とは言え運動不足は良くないよ」

「梓の言う通りかもしれんけど、僕らの運動量に朝倉(あさくら)を付き合わせると死ぬんじゃないか?」

 たまに梓ちゃんと走っているらしいユっくんがじとっとした目で梓ちゃんを見る。まあ何となく分かってたけど、梓ちゃんの運動量はやっぱり凄まじいらしい。

「ちなみに、どれくらい……?」

「んー、毎朝5キロを――」

「ご、5キロ……? なんか、思ってたより普通……?」

「――5キロをダッシュで時間があれば10本くらい」

「フルマラソンダッシュ……!?」

 いや、流石に身体能力強化とかしてるんだろうけども、それにしても運動量の桁がおかしい。

「普段からかなりの量のご飯を食べてるけど、食べないとどんどんやつれていきそう……」

「や、それでも最近は食べる量減らすようにしてんだよね。効率のいい魔力消費を心掛けるようにしてさ」

 調子を確かめるように手の平をグッパグッパと握ったり開いたりする梓ちゃん。次期当主じゃなくなっても向上心を無くさないその姿勢は素直に尊敬する。

 ……対して。

「そんなことより瀧宮(たつみや)梓、妖刀を出せ。焔御前の神力が込められた方だ」

「はあ? 何に使うのよ? ――抜刀、【陽炎(カゲロウ)】」

 唐突なキシさんの要望に顔をしかめながらも力を練り、金色の狐火がこぼれ出る直刀を顕現させる。それをキシさんはビャクちゃんに凍らされたお餅を近づけ――炙り直した。

「うむ、溶けたな」

「馬鹿じゃないのっ」

「ふんっ」

 直刀の腹でキシさんの頭をはたこうとするも、余裕の表情で箸で受け止められた。梓ちゃんも本気じゃないとは言え、あの刀を箸で受け止めるキシさんも大概だよね……。


 ――バチッ


「お?」

「なんか久々に聞いた気がする」

 キシさんの腕の刺青から棘が一本消えた。これで残り四本。

「確かに今の馬鹿みたいな理由ですごい力の籠もった武器を使うのは人間臭い」

「こんなので進む研修っていうのもどうかと思う……」

 もぐもぐとお餅を頬張りながらユっくんとビャクちゃんが呆れ顔で呟く。確かにその通りだ。

「ふん、何とでも言え。この調子ならば来月には終わるのではないか?」

 ご満悦の表情でキシさんが狐火で炙ったお餅を口に放り込む。もぐもぐとよく噛んで――不意に、動きが止まった。

「…………」

「ん?」

「どうしたんすか?」

「……………………」

 キシさんは天を仰ぐ。そして苦悶の表情で口を開けると、ゴオッ!! と口から金色の火柱が立ち上った。

「「ぎゃはははははははははははははははははっ!!??」」

()(ふひ)()(なは)が……!?」

 お腹を抱えて爆笑する梓ちゃんとユっくん。「そりゃあ、ホムラ姉様の狐火を食べたようなもんだし……」と呆れ返るビャクちゃんの視線からは一切の同情の感情が読み取れない。

「どれどれ……うわ、口の皮が火傷でべろべろですよ」

 激痛で口を閉じられないらしいキシさんの口腔内を覗き込む。ちょっとしたグロテスク画像になっていた患部を仕方なく魔術を使って治癒する。元々の死神としての高い自然治癒力もあってか、ものの数秒で完治した。しかし――


「くそ! 二度と餅なぞ食うか!!」


 お餅に対するキシさんの嫌悪感情は、より深まったのだった。

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