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だい ななじゅうろく わ ~神体~

 クリスマスカラーで彩られていた商店街があっという間にお正月の装いに塗り替えられた、12月31日――今年も残すところ数時間となった頃。

「おーう、ただいまだぜー」

「ただいま帰りました」

 遠方に転勤になり月波市を離れていた父さんが年末の仕事納めを済ませて母さんを連れて帰ってきた。

 それを僕と姉さんは――


「挨拶はいいから手伝って!!」

「今年はバイトさんが少なくて大変なんですよ!!」


 怒号と共に出迎えた。



          * * *



 穂波(ほなみ)家は今でこそ八百刀流五家の中でも規模が小さいが、街でのお役目としては土地神たるホムラ様の世話係である。さらに裏のお役目でもあった葛葉(くずのは)さんの記憶の欠片の継承も不要となったことにより、街に湧き出る妖魔の駆除を除くとホムラ様の身の回りの世話に専念することとなった。

 とは言うものの、ホムラ様も自分で何もできない赤子というわけではない。根城としている焔稲荷神社から自由に出かけて飯を食いに行くし風呂にも入りに行く。せいぜいが滝のように浴びて飲み乾すお神酒を奉納するくらいが普段のお役目だ。そういうこともあって代を重ねるごとに規模が縮小していったのだが――年に一度、他の四家よりも忙しくなる時期がある。


 年末年始にかけて行われる神事の準備である。


 焔稲荷神社は決して大きな神社ではない。

 小さな社に申し訳程度の手水舎、建屋の管理をしている爺様と婆様が日中滞在している必要最低限の社務所があるだけだ。周囲を竹林に囲まれているため御神木の類もない。

 しかしそこに鎮座ましますは月波の土地を守護する九尾の狐、焔御前(ホムラゴゼン)――人が集まらないわけがない。

 実際に祝詞だのなんだのといった神事自体は爺様がやってくれるのだが、それ以外の装いの準備等は穂波家総出でやらないと年越しまでに間に合わない。さらに事前準備から元旦当日の初詣客をさばくまで、普段ならバイトを雇うところだが今年は色々な事情で人が集まらなかったため天手古舞だ。

 まずあてにしていた、(いずみ)ちゃんや(くれない)くんを始めとした行燈館のメンツが軒並み帰省してしまったというのがある。

 それだけならまあいいのだが、残ったメンバーにしても、ハルさんはクリスマスからご両親が遊びにきているので流石に誘えない。良樹(よしき)さんとあき()さんは手伝ってくれることとなったが、まさかのキシさんが研修を一時中断して冥府に帰ってしまったのだ。


「年末年始は死神と獄卒が過労死しかねんほど多忙なんだ。……忘年会新年会での急性アル中だの、餅喉に詰まらせただの……しょうもない死因が並ぶ書類を眺めるだけで発狂するぞ」


 そう言い残して去っていった彼の背中は何とも言えない悲哀に満ちていた。

「ごめんなさい……手伝えればよかったんだけど……」

 そしてもう一人あてにしていた朝倉(あさくら)も帰省してしまった。彼女は新盆にもかかわらず夏休みに帰省しなかったため、両親から口酸っぱく戻ってくるよう言われたらしい。……まあ、あの事件が終わって日が浅かった夏はともかく、今なら大丈夫だろう。

 だが、予想外の人手も得ることができた。

「いつもお昼のお弁当作ってもらってるし、これくらいはお礼しないと」

『手伝えることがあればじゃんじゃん言ってね!』

 藤村(ふじむら)兄妹が手伝いに来てくれたのは嬉しい誤算であった。藤村先生はたくさんの精霊を従えて社を綺麗に掃除してくれるし、アヤカさんもポルターガイストで重い物でも器用に運んでくれる。

 帰省してきた父さんと母さんを加えた穂波家六人、良樹さんとあき子さん、藤村兄妹、そして――


「おみくじ折り終わったよー、次は何すればいい?」


 ビャクちゃんを加えた十一人で、粛々と年越しに向けて準備を進めていった。



          * * *



『神体』

 アヤカさんが首を傾げながらぽつりと呟いた。

『神様が宿る品物で、石とか彫刻みたいな長期保管できるものとか、お札とか榊の枝葉みたいな何度も交換するものみたいなのがあって、それに祈ることで神様に想いを届けるんだけど』

「……うん、まあ、言いたいことは分かるよ」

 焔稲荷神社の御神体って何ぞや?

 疑問はもっともだ。

「いやあ、今年も色々あったのう」

「……ちっ」

「あひゃひゃひゃひゃ! ミオっち、(あずさ)っちに髪切られたのまだ根に持ってんの?」

「しゅ、執念……執念深すぎ!」

「ショートカットも似合ってんじゃん。ウケるんですけど」

 だってそこに神様本人いるし。僕らがあくせく働いているのをしり目に他四家の神様たちと忘年会と称して飲んだくれてるけど。

「ホムラ姉様って、神格与えられてるけど稲荷神本人じゃないから、ホムラ姉様に祈ってもその祈りが稲荷神様に届くわけじゃないんだよね」

『ん、んん……?』

「あー、なんて言えばいいかな。この神社に初詣に来る人って、あくまで『お稲荷さんにお祈りに来てる』って扱いなんだよね。で、その祈りを稲荷神に届ける媒体となる御神体ってのは別にあるんだ」

 僕は祭壇の中央に置かれた小さな桐の箱を持ってくる。

 これがこの神社における御神体だ。

『盃……?』

 紫色の紐をほどいて中を見せると、中には朱色の盃が収められていた。

「なんていうか、ホムラ姉様らしいよね」

「それについては完全に同意」


「髪は女の命……ていうか神にとっても重要だろうが!? あんな風に切られて早々許せると思ってんのか!?」

「口調崩れとるぞ」

「ぶひゃひゃひゃひゃひゃ! 化けの皮剥がれとる!」

「へ、蛇……蛇だけに!」

「抜け殻ってね。あと神と髪もクソウケるんですけど」


『あはは……』

 タイミングよく社務所の方から賑やかな会話が聞こえてきたのにアヤカさんが苦笑を浮かべた。楽しそうだなあっち。

『でもそうなると、ホムラ様ってどういう立ち位置になるの?』

「ホムラ様は稲荷神様に仕える数多くいる守り狐の中の一体だよ。その中でも高くはないけど神格を与えられて、この土地の守護を任されてるんだ」

『じゃあホムラ様を直接拝む場合は、街の安寧を願うってことになるのかな』

「ま、そうなるね。だからホムラ様本人を拝むのも無意味ってことじゃないんだよね」

 盃を箱に戻して紐で封する。元の場所に戻して、僕らは社務所裏手の小さな厨房に向かった。

 普段は婆様が爺様のお昼ご飯を作るために最低限の設備が整えられているだけだが、今日は蔵の奥から作業用のテーブルを引っ張り出してきて敷地の大半を占拠している。

「ほっ……ほっ……ほっ……」

「いやあ、上手いもんですね」

 そこでは大きなまな板と長い麺棒を使って器用に生地を伸ばしている姉さんと、打ち粉の入ったボウルを抱えた藤村先生がいた。

「姉さん、順調?」

「あ、ユーくん。祭壇の方はもう終わりですか?」

「うん。境内の提灯飾りの方も父さんたちがやってる。藤村先生が精霊を遣ってくれたおかげで予定より順調だよ」

「本当にありがとうね!」

『いやいや、これくらいはお安い御用だよ』

「なんでアヤカが胸を張ってるのさ……まあこれくらいならいつでも手伝うから声をかけてね」

 ありがとうございますと改めてお礼を口にする間にも、姉さんは器用に生地を伸ばしていく。薄灰色の極薄の生地が次々と量産されて行っているが、これはつまりいわゆる年越しそばである。毎年初詣に来る人たちに提供しているのだが、薬味のネギしか載っていないシンプルな手打ちそばはなかなか好評なのだ。

「うん、美味しい」

「こっちもいい感じだぞ」

 少し離れて焜炉の前に陣取っていたあき子さんと良樹さんがこっちに向き直る。二人にはそばつゆと甘酒を用意してもらっていた。どっちもラーメン屋でしか見たことない大きさの寸胴で作られているが、これが日付を回って二、三時間後には空っぽになる。

「あき子さん、良樹さん、準備が出来たら先に休んでてください」

「おう、そうさせてもらうわ」

「今のうちにしっかり休養しないとですね」

 言って、二人は社務所の休憩スペースに消えていった。

 ……そう、僕らは年末年始はまともに睡眠も取れない。

 参拝客はひっきりなしに来る。年越しそばと甘酒の他にも絵馬や破魔矢、御朱印におみくじの販売もしないといけないし、狭い神社ではあるが小さい子が親とはぐれることもある。ピークはやはり今夜から明日の午前中とは言え、それが三が日の間続くのだ。

 母さんを除く女性陣は巫女服に着替えてもらって授与品の対応担当。男性陣はそばと甘酒、それが終わったら女性陣の手伝いと篝火の管理と参拝客のトラブル対応と、やることはいっぱいだ。……やっぱり人、足りなくないか?

「ねえ、アズサとかウイに手伝ってもらうってできないの? 頼めばキョウたちも手伝ってくれると思うな」

「あー……」

 それも少し考えはした。

「梓も次期当主の肩書が取れて自由に動けるようになったけど、聞いたら瀧宮組系の挨拶周りに駆り出されてるっぽい。宇井(うい)さんも右に同じ。うちに次いで規模は小さいとは言え、『隈武(くまべ)』も親戚は多いからなあ」

(きょう)くんたちは?』

「経さんは年末は実家が忙しいんだって。お酒の配達で街中走り回ってる。明良(あきら)さんは『兼山(かねやま)』の方に先越されちゃった。相良(あらい)さんは帰省。ハルさんはご両親と小旅行中だし、フォレストルージュ姉妹は……」

 あ、そうか。

「ライナさんとレイナがいたか……」

「ライナは優秀な魔法使いだし、頼めばいい戦力になると思うよ」

 話を聞いていた藤村先生が、姉さんの打った生地に打ち粉を塗しながらそう口にした。

 何故か頭からすっぽり抜けていたが、確かにあの二人なら頼めば手伝ってくれるだろう。申し訳程度だが謝礼も出すし、たまに戦場(スーパー特売)で果敢に戦っているのを見かけるから食いついてきそう。

「よし、じゃあ早速頼んでみようかな」

 言いながら、僕はケータイに登録されている二人の連絡先を呼び出して耳に当てた。



          * * *



 ――ゴーン、ゴーン、ゴーン……


 遠くから聞こえる除夜の鐘を聞きながら、僕と良樹さんはひたすらそばをゆで続けていた。

 そばと甘酒を販売しているテントは、月波学園中等部のサッカー部が裸参りでくべて行った巨大な篝火の近くにあるし、そもそも焜炉の火に当てられて僕らは額に汗すら滲み出ていた。

「はーい、そば二杯お持ちどう! 熱いから気を付けて!」

「はいはい、こっちは甘酒な! よいお年を!」

 案の定、年末の特番が終わる頃を境に参拝客が急に溢れてきた。まだ年が明けてないのに初詣を済ませてしまった気が早い参拝客がテントの前に参拝列とは別の行列を作り出す。

 とは言え、そばは一杯200円、甘酒は100円と計算しやすいうえに藤村先生と精霊たちががまとめて会計を担当してくれているため今年はかなりスムーズだ。……それはそれとして、ふよふよ飛び交いながら注文を聞いて回ってお金を回収する精霊たち目当てに並んでる人もいる気がする。例年よりもすごい勢いでそばが消えていく。一杯当たりの量は少ないが、日中に姉さんが軽く300人前くらいは用意してくれてたんだけど、これ日付超える頃には半分くらいなくなりそうだ。

「ユタカー」

「あれ、ビャクちゃん?」

 と、社務所の方から巫女服の上からダウンジャケットを羽織ったビャクちゃんがとてとてと駆け寄ってきた。ホムラ様が趣味で着ているのを見慣れているため新鮮味はないかと思っていたのだが、ビャクちゃんが着るとまた違った味わいがあって何故か涙腺が緩んだ。尊いとはこういうことなのだろう。着替えた時にその愛らしい巫女姿は拝み倒したが、また改めて見せてもらいたいものである。

「私は今休憩タイムだよ。ライナたちが来てくれたおかげでシフトに余裕ができたからね。甘酒ちょーだい」

「はいはーい」

「底のドロッとした部分が良いな」

「りょーかい」

 焦げないようにたまにかき混ぜているとは言え、やはり火に近い鍋底の方は固くなってきている。その部分が好きらしいビャクちゃんのために底の方を根こそぎかき集めて紙コップに注ぎ、手渡す。

「わー、ありがとー……んく、んく……」

「…………」

 両手でコップを持ってドロッとした甘酒を小さい口で舐めるように甘酒を飲むビャクちゃん。何故だろう……何故か分からないが、何故か分からないという気持ちになる。何故か分からない。

「――ぷぅはあ! 美味しい! ……あれ、ユタカ、どうしたの? 一心不乱に甘酒のお鍋かき混ぜて」

「いや、除夜の鐘を聞き入りながら色々と打ち払ってた」

「……???」

 などとアホなことそしている間にもそばと甘酒を求める列は増えていく。これ本当にあと一、二時間でなくなるな。

「ビャクちゃん休憩時間まだ長いでしょ? 中で寝てていいよ、ここ寒いでしょ」

「んー……」

 くぴくぴと甘酒をなめながら、不満げに口を尖らせるビャクちゃん。はて、どうしたのだろうとそばを湯切りしながら首を傾げていると、ビャクちゃんは休憩用の椅子を一脚会計用の長机まで引っ張っり、僕の隣に腰かけた。

「はーい、次でお待ちの方ー、こちらでお願いしまーす」

「ビャクちゃん?」

「んふふ、手伝うよ」

「せっかくの休憩時間なのに」

「いーの」

 しゅるっと、ビャクちゃんが尻尾を出して僕の腰に巻き付けてきた。火に近く、熱いと思ていたが背中側は冷えていたらしく程よく腰から温まっていくのを感じた。


「あとちょっとで年が明けるんだから――一緒にいたいって思うのは、我がまま?」

「…………」


 僕はお客に見えないよう、ビャクちゃんの尻尾をそっと撫でた。

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