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だい ななじゅうご わ ~サンタクロース~

「――抜刀、四本!」


 言霊に呼応して魂蔵から四振りの妖刀が喚び出され、あたしの身長の三倍はありそうな鬼の巨体に突き刺さる。さらにその妖刀を基点に陣を組み上げ、術を発動させる。


「――水陣《揚清激濁》!!」


 ズドン!


 瀑布の如き水量が範囲の狭い陣の中に凝縮されて発現する。放たれた剛槍の如き硬さと勢いを得た水流は鋼のような鬼の皮膚を穿ち、一言の悲鳴を上げさせることなく絶命させる。

「……ふう」

 両手にぶら下げたビニール袋が揺れないよう静かに肩を上下させる。まさかお使いの途中にあんなでかい鬼と出くわすとは思わなかった。

「お嬢! ご無事ですか!?」

 と、通りの奥からドヤドヤと走ってくるやたらと人相が悪いサンタクロースの群れが現れた。新手の妖怪に見えるが、全員見知った顔――あたしが小さい頃から良くしてくれている瀧宮家の下級術者(若衆)たちだ。

「おー、お疲れちゃん」

「すいやせんお嬢……お手を煩わせました」

「いーのいーの、気になさんな。放置したらあたしの方が親父に怒られる。それより人払いあんがとね、被害は?」

「へい、お陰様で怪我人一人おりませんぜ!」

 サンタ術者の一人がごつい顔をくしゃりと歪めて笑う。

 12月23日というクリスマス・イヴを翌日に控え、イルミネーションに彩られた商店街――つい数分前まで多くの人でごった返していたが、そこに突如鬼が現れたのだ。それをサンタ衣装で地域貢献に出ていた術者たちが手早く避難と人払いを済ませ、たまたま通りかかったあたしが始末をつけたという運びだった。

「しかし最近多い気がするなあ」

「そうっすね……年末で街全体が浮足立って境目が曖昧になってるのもありやすが……」

「今年は妙に多い気がしますぜ」

 顔に傷のあるサンタが腕組みしてうんうん唸りながら額を突き合わせる光景は軽くホラーである。


「おー、終わったかい?」

「毎年のことだけど、物騒ねー」

「野良鬼との喧嘩は月波夜の華ってなあ! かんぱーい!」


 と、安全が確保されて人払いの術が解けたとたん、どこからともなくさっきまでの人混みが戻ってきた。既に酔っぱらっているダメな大人たちは不謹慎ネタを口にしながら酒を煽っている。あたしらはともかく一般人が慣れすぎるのもどうかと思うけどね。

「……っと、こんなところで油売ってる場合じゃねえや。あんたたち、悪いんだけど」

「へい! 後の始末は俺らでしときやす!」

「お嬢はお先にどうぞ!」

「クリパ楽しんできてくだせえ!」



          * * *
















挿絵(By みてみん)

「……よく来たな瀧宮(たつみや)(あずさ)(プピー)」

「ぶっふぉ!?」

 行燈館の玄関を潜ってすぐの廊下に何かいた。

「……何してんの、キシ」

「罰ゲームだそうだ」

 イルミネーションでぐるぐる巻きにされたクリスマスツリーの着ぐるみ(?)を身に纏い、吹き戻しを口に咥えるその姿からは死神の尊厳の欠片も感じられない。

 いや、うちのクラスの面々も大概扱いが軽いが、ここまでではない。行燈館の住民は蛮勇が過ぎる。相手はこれでもれっきとした死神だぞ。

「罰ゲーム……」

「大富豪というのか、あの遊戯は。ルールを把握し戦略を理解する前に袋叩きに遭い、五連続最下位で罰ゲームをすることとなった。この格好で面子が揃うまでここで待っていろとのことだ」

「えぐい」

「しかも」

 ぐいっと着ぐるみから腕を伸ばし、右手首を見せてきた。そこには人間らしさを学ぶ研修の進行度を示す呪術の刺青が刻まれているのだが、前に見た時より鋳薔薇の棘が一本減って五本になっていた。

「甚だ不本意ながら、おかげで研修も折り返し地点だ」

「……実はこの状況楽しんでたりしてない?」

 少なくとも死神業務に従事している間は絶対に体験できないことを今やっている。

 尋ねるとキシは眉間のしわをさらに深くするだけで答えず、無言のままのそのそと踵を返して歩き出した。どうやらあたしが最後の一人だったらしい。

 ゆさゆさ揺れるクリスマスツリーの後を追い、会場らしいいつも食事をしている大広間に案内される。

「来たぞ」

『お、待ってましたー!』

「待ってたっスー!」

「ど、どうも」

 襖の向こう側はクリスマスツリー(本物)とリース、紙テープなどで綺麗に飾り付けられていた。主催者はあの(みのり)姐さんだから気合の入りようが半端じゃない。

 そしてすでにいくつかの料理が並べられている中央のテーブルに一角で、藤村(ふじむら)先生の妹のアヤカちゃんと(いずみ)ちゃん、(くれない)君の中等部コンビが何やら古めかしいボードゲームで遊んでいた。おや、三人だけ?

「他の人らは?」

「今ちょうど料理運びに厨房に」

『あんまり行くと逆に邪魔になるからウチらはお留守番ー』

「アズ姉ぇも一緒にどうっスか?」

「おい(さわ)泉。それよりこれはもう脱いでいいな」

「あ、もうオッケーっすよ」

 律義に許可を得てからキシが「全く……何故俺がこんなことを……」と文句を言いながらクリスマスツリーを脱ぎ始めた。つーか発案はやっぱり泉ちゃんか。豪胆というか何というか……。

 それはそうと全体的に緑色だから蝶の脱皮にも見える。中から出てくるのはオサムシみたいな無骨な死神だけど。

「ていうかこんなのどこで売ってたのよ」

『穂さんの手作りなんだってー』

「労力の無駄遣い!?」

 本当に意味分かんないところで器用だなあの人!!

「お、梓来たか」

「やっほー、待ってたよー」

 声がして振り向くと、両手で大皿を抱えたユーちゃんとビャクちゃんが立っていた。覗き込むと、彩たっぷりのローストビーフと色々な海鮮のフライ料理が盛られていた。

「おおー、美味そう」

「姉さんが昨日の昼から仕込み頑張ってたよ」

「私もちょっとだけど手伝ったんだー!」

 ブンブンと尻尾を振りながら笑みを浮かべるビャクちゃん。それはそれは実に楽しみだ。

「あ、そうだ。はいこれ」

 テーブルに料理を配膳したユーちゃんにあたしは手にしていたビニール袋を渡す。

「注文のクリスマスケーキ二個受け取ってきたわよ。……一応、崩れてないと思うけど、確認して」

「ん? なんだ、走ってきたのか? 別にそんな急がなくても良かったのに」

 言いながらビニールから箱を取り出して蓋を開けるユーちゃん。あたしも気になって覗き込むと、片方はちょっといちごが倒れていたけど幸いなことにもう片方は無傷だった。ふう、やれやれ。

「これくらいなら全然大丈夫ね」

「なんかやけに気に掛けるな。道中何かあった?」

「ちょっと鬼を一匹倒してきた」

「あー、最近多いよなー」

 ユーちゃんも何度か出くわしてるらしく納得気に頷いた。毎年のこととは言え、やはり今年は多い気がする。

「貴様らのその妙に小慣れた雰囲気はいずれ事故を起こさんか不安になるな」

 脱ぎ捨てたクリスマスツリーを部屋の隅っこに押しのけながらキシさんが微妙な表情を浮かべる。

「地獄から漏れ出した悪鬼の送還――討伐は死神でも上級任務なのだがな」

「そうなんですか?」

「あたしら十歳くらいからやり合ってない?」

「……この戦闘民族が」

 呆れられたが事実なもんで。

「それより、事実この数ヶ月は悪鬼を始めとした妖魔の発生件数多いぞ。この数百年でも類を見ない頻度だ」

「え、そうなんですか?」

「体感では『ちょっと多いかな』くらいだけど」

「その『ちょっと多い』が異常事態だと自覚を持て。今のところは貴様ら土着の術者で対応しきれているが、このまま増えれば俺たち死神も手を出さざるを得んぞ」

 まあ今の俺は手を出せんがな、と不貞腐れるように吹き戻しをぷびーと咥えるキシ。

「……そう言えば、死神の方って妖魔の管理もなさっているんでしたっけ」

 と、真奈(まな)ちゃんが食器類の載ったお盆を抱えて大広間に入ってきた。アヤカちゃんも先についてたし、藤村先生たちと一緒に来たのかな。

「一口に妖魔の管理と言っても様々だがな。現世の瘴気溜から発生した鬼は専門の部署があるしな。そしてこの街のように古くから術者が逗留しているような地では基本的にそいつらに管理権限は譲渡されている。……よっぽどのことでもない限り死神の方から口出しはせん」

 ちらりと真奈ちゃんを見ながらキシが小さく呟く。

 そういや、あの悪魔の時も死神は手ぇ出してこなかったな。月波市でも結構な事件だったけど……ああ、なるほど。

 真奈ちゃんの前だから口に出したりはしないが――春先、それまで寄り付きもしなかった兄貴がこの街に戻ってくるきっかけになった依頼の雇い主って、死神だったりすんのかな。そもそも興味もなかったから気にしたことなかったけど、キシが兄貴を毛嫌いしてることからも、兄貴と死神の因縁が深そうなのは想像に難くないが、本来死神が請け負うはずだった仕事を押し付けられてても不思議じゃない。

 まあ、あくまで想像だけど、大きく外れてはいないと思う。

 どうでもいいや。

「で、何の話だっけ。妖魔の湧く頻度多いって話だっけ」

「そうだ。小さくとも平時と異なる事象は何か大きな流れの予兆だ。馬の耳に念仏だろうが注意はしておけ」

「釈迦に説法の間違いじゃない?」

「馬の耳であってるだろう」

「なんだとコノヤロー現文48点が」

「期末テストの点数は関係ないだろう!!」

 唯一赤点を回避した現文でさえあの点数。しかも結局授業態度悪くて補習食らってやんの。

 ちなみにあたしは現文92点だった。ふふん。

「はーい、お持たせですよー」

「皆席についてー」

 と、奥からお鍋を抱えた穂姐さんと、たくさんの精霊に残りの料理を持たせた藤村先生が出てきた。精霊たちがイルミネーションばりにちかちか光ってて一層クリスマスっぽくなったけど――はて。

「人数少なくない?」

 冬休みに入って多くの行燈館の住人が帰省しているとは言え、いつものメンバーも揃っていない。具体的にはハル先輩と良樹(よしき)さん、あき()さんがいない。

 ……いや、そうか。

「良樹さんとあき子さんはデートだろ」

「正解です」

「クリスマスっしねえ。今日は帰ってこないんじゃないっスかあ?」

 赤ら顔をさらに赤らめる紅君とニヤニヤと下卑た笑みを浮かべる泉ちゃん。紅君は純真で可愛いなーって思うけど、このエロガッパはなんちゅー……そうか、エロガッパって言葉がある通り、河童ってエロいのか。

「で、ハル先輩は?」

「この前、商店街のくじ引き当ててさ。クリスマスイベントやってる水族館のペアチケット当たったからそっちに行ったよ」

「へー、いいなー……ん?」

 ちょいと待てよと思考が加速する。

 ペアチケットということは、ハル先輩は誰かと出かけたということになる。ハルさんの周囲のメンバーを思い出すと、まず女性陣ではウッちゃんは料亭(実家)が書き入れ時だし、あたし同様本業の妖怪退治も忙しくて街を離れられないから一緒に行けない。ライナを誘うという線も薄いだろう。むしろライナに譲って妹のレイナと行っておいで、くらいはやるヒトだ。そしてそれを言うなら、最もチケットを譲られそうなユーちゃんビャクちゃんが目の前にいるというのも違和感だ。

 つまりハル先輩には友人姉妹やこの二人を差し置いてでも一緒に行きたい誰かがいるということ!

 そして三人の野郎共の中から真っ先に候補から消えるのは相良(あらい)先輩だ。あのヒトは最近街に現れたラミアに取っ捕まっているはずだ。次に消えるのは明良(あきら)先輩。未だに初恋を引き摺っていたあの狼男は最近ようやくウッちゃんとの絶妙な距離感に落ち着いてきている。あと一歩どっちかの背中を蹴り飛ばしてやりたい気もするが、ともかくそれはハル先輩が一番近くで見ているはずだから、除外。

 と、なると――

「…………」

 あたしは手早く、残るちゃらんぽらんな鬼にメールを入れた。


『今何かしてんの?』

『家でバイト』


「なんでやねん!」

「どうした梓」

 速攻で既読がついて返事が来たケータイを思わず床に叩き付けそうになった。

 あたしのトキメキを返せ!!

(きょう)先輩じゃねえのかよ! 何だかんだ良い感じじゃんあの二人!!」

「……ああ、ハルさんが経さんと水族館に行ったと思ったのか」

「あはは、それもちょっと考えたみたいだけどね」

 笑いながらビャクちゃんが自分のケータイを操作する。最近ようやく慣れてきたらしいフリック操作で一枚の写真を表示させ、あたしに見せた。

「え、うわ! すげー美人にすげーダンディ!」

 そこに映っていたのはハル先輩と、ハル先輩をそのまま大人にしたようなしっとりとした雰囲気の金髪碧眼の美女。そして二人と仲良く肩を組むお髭が渋いナイスミドル。

「ハルのお母さんとお父さんだって! お母さんそっくりだよね」

「クリスマスだから長期休暇取って来日したそうだ。それで三人で遊びに行ったよ」

「なるほどねー」

 そういや帰省の予定はないって聞いてたけど、向こうが来るってことだったか。確かにこれはあんな残念鬼放置せざるを得ない。

「さて、皆さん揃いましたね。はいはい、飲み物の準備は出来ましたか?」

 ぽんと手を叩きながらサンタ帽子を被った穂姐さんがほやんと笑いながらグラスがみんなの前に行き渡ったか見まわす。しかしなんでそんなにサンタ帽子似合うんだ。服ももこもこの赤いワンピースだし、全力でクリスマスを楽しんでいる。

「はい、それではグラスを持って……かんぱ――」


「ちょっとお待ちくださいな!!」


 スパン!! と襖が開き放たれ、白髪に白いサンタワンピ姿の幼女――我が妹君が乱入してきた。

「酷いですわユー兄様! フィアンセたる白羽を招待いただけないなんて、あんまりですわ!!」

「え、白羽しらはちゃんは今日クラスのクリスマス会に出るって聞いてたんだけど」

「あんなお子様お遊戯会、5時には解散になりましたわよ! 聖夜はまだこれからが本番! さあユー兄様、白羽としっぽり大人の夜を――」

「はいはい、シラハはこっちねー」

「――はふん」

 ドロンと大人の姿になったビャクちゃんが胸に白羽ちゃんを抱きかかえる。圧倒的母性に瞬く間に陥落した白羽ちゃんはぼけっとゆっくり瞬きをしながら大人しくなり、ビャクちゃんの隣(もちろんユーちゃんの反対側)に座らされた。

 ……あと何故か、穂姐さんが影のある表情でビャクちゃんの胸を凝視していた。まあ、この形態のビャクちゃんはもみじ先輩にも比肩しかねないから、羨むのは無理ない。

「そう言えばこういうことに率先して首突っ込んできそうな兄貴はどうした」

羽黒(はくろ)お兄様なら……捕食者の目をしたもみじに夜の街に拉致されていきましたわよ……」

 ぽんぽんと背中をさすられながらほやんとした表情のまま白羽ちゃんが答える。そういや最近多忙らしくて色々ほったらかしであっちこっち飛び回っていたそうだが、ついにもみじさんブチ切れたか。明日には干物になってそうだな。

「まあいいや。穂姐さん」

「え、あ、はい。何でしょうか梓ちゃん」

「急遽一人増えましたけどいいですよね?」

「もちろん歓迎ですよ。今グラス持ってきますね。白羽ちゃんは確かいちご牛乳が好きでしたよね?」

「はい……お願いいたしますわ……」

 当然のように白羽ちゃんの好みを覚えていた穂姐さんがグラスと飲み物を取りに立ち上がる。穂姐さんが戻ってくるのを待ってから、パーティがようやく始まった。



          * * *



「……はっ」

 しまった寝てた。

 暗い部屋の中目をこすりながらのそりと上半身を起こすと、ずるっとかけられていた毛布が落ちる。誰かが気を遣ってくれていたらしい。

「……おお」

 思わず声がこぼれる。

 寝落ちる前に食い散らかしたテーブルの上は綺麗に片付いており、その代わりに炎をまとったトカゲと小さな女の子の形をした水の塊が抱き合うように眠っていた。藤村先生の契約精霊だろうか、枕こそないものの、おかげで部屋は暖かく乾燥もせず快適に寝ていたようだ。

 時計を見るとちょうど日付を跨いでクリスマス・イヴとなっている。周囲を見渡すと他の面々も似たような感じだった。

 紅君は大きな体を小さく丸めて横になり、隣の泉ちゃんは逆に小さな体を大の字に広げて爆睡している。あーあー、毛布がはだけてる。

 その毛布を掛け直そうと立とうとしたが、あたしの隣で真奈ちゃんが眼鏡をかけたまま眠りについているのに気付いた。先にこっちを外してあげるか。

「……ん、そういや」

 キシとアヤカちゃんはどこいった?

 ビャクちゃんと白羽ちゃんに両腕を枕にされてうなされているユーちゃんと、壁に寄りかかって眠る藤村先生、さらにそれに寄りかかる穂姐さんはすぐ見つけられた。しかし眠らない幽霊であるアヤカちゃんとそれを導く存在たるキシが見当たらない。

 ふいに背中が冷たくなる。

 今のキシは死神に力が使えないとは言え、同僚の死神とは定期的に連絡を取り合っている。彼らに連絡してアヤカちゃんを成仏させていたら――

「どこ……?」

 たまらず立ち上がり、あたしは皆を起こさないように襖を開ける。

 廊下に出ると、奥の方で薄明かりのついているのが見えた。確か、あそこは……。

「アヤカちゃん?」

 駆け寄り、中を窺う。

 その部屋――厨房で、厚手のコート姿で向こうが透けてみる少女の幽霊と、ジーパンパーカー姿の死神が並んでいる。並んで――皿を洗っていた。

『あ、梓ちゃん起きた?』

「ふん、あんなところで眠りこけおって。風邪ひいても知らんぞ」

「あー……うん」

 曖昧に返事をし、なんとも奇妙な組み合わせの二人を黙って見つめる。それに眉を顰めながらキシが「起きたなら手伝え」とこちらに布巾を投げて寄越した。

「貴様らが食い散らした片付けを俺たちだけでやっていたんだ。感謝しろ」

「あー、ごめんごめん」

 それについてはありがたく思う。というか起こしてくれても良かったのに。

『ふんふんふーん♪』

 鼻歌交じりにポルターガイストでスポンジと洗剤を操って汚れを落とすアヤカちゃん。そのお皿をさらにキシが水洗いし、あたしが受け取って布巾で水気を拭う。

「……あんさ、聞いていい?」

「なんだ」

「あんた的にアヤカちゃんってどう思ってんの」

「何だ藪から棒に」

 怪訝そうに眉間のしわを深めるキシ。しかしそれ以上の間は置かず、「当然『導き』の対象だ」と回答した。

「だが現状、俺たち死神にはどうしようもない。歯痒く思うがな」

「え、どゆこと?」

『ウチが羽黒さんとがっつり絡んでるから、死神は手が出せないんだよねー』

 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるキシに変わり、アヤカちゃんが苦笑しながら答える。

「貴様も何となく察してはいるだろうが、貴様の兄・瀧宮羽黒と俺たちの因縁は深い。深すぎて、今現在は不可侵協定が結ばれるほどだ。その協定の中には『やむを得ない場合を除き、瀧宮羽黒の周辺人物に対する死神の不干渉』というものがある」

「……なんだそれ」

「今なら分かるが、瀧宮白羽――禁忌に禁忌を上塗りしたようなあの存在に俺たちが干渉しないようにする協定だろう。そして貴様ら瀧宮羽黒の関係者、つまり瀧宮白羽の周辺人物に無用に死神が関与できなくなることで『日常』を保つ……そんな身勝手な協定が結ばれている」

 俺の研修は特例だそうだ、と最後にキシが付け加えた。

「……ったく」

 あたしは肩を竦める。

「昔っから無茶苦茶だったけど、ホントあのクソ兄貴は何てことしてんのよ……」

 あたしらの見えないところ、知らないところで死神相手に丁々発止渡り合っていたらしい。無論そんな協定が対価もなしに結ばれたとは思えない。

「一人で背負いすぎだっつーの」

「それは本人に直接言ってやれ」

「今頃干物になってるだろうからまた今度機会があったらな」

 今夜のもみじ先輩との「デート」にしたって、どうせ一人で色々背負い込んで裏でこそこそやってもみじ先輩をほっといた結果だろう。あたしらを巻き込む時でさえも、いつもギリギリ対処できる事案ばっかりだ。少しはこっちにも投げて寄越せや。

『あとまあ、技術的な話もあるかな?』

「ふん」

 忌々しく鼻を鳴らすキシ。技術的?

『梓ちゃんにはウチがこうなった経緯って言ったっけ?』

「え、いや……事故に巻き込まれたとしか」

『そっか。まああんまり話してて楽しいことじゃないからそう言うことにしてるんだけど――ウチね、一回悪魔に食べられたんよ』

「え!?」

 初耳なんだが!?

『詳しくは省くけど、その悪魔に完全に取り込まれる前に兄ちゃんと羽黒さんが駆けつけてくれてさ、悪魔ぶっ飛ばして魔界に追い返したんだけど、その残りカスがめちゃ強でさ。兄ちゃんが悪魔の残りかすを自分の右目に封印したんだけど、それにウチも巻き込まれて、兄ちゃんから離れられなくたったのよ』

「……そんなことが……」

『守護霊って言えば聞こえはいいけど、悪魔に半分くらい取り込まれて、そのまま兄ちゃんに封印されてる状態だからちょっとやそっとじゃ切り離せなくってさー、死神も手ぇ出せないわけよ』

「ふん、いつか冥府への引導渡してやるから待っていろ」

『へっへっへ、兄ちゃんが死ぬまでに上手くいけばいいね』

 あくまで楽観的に笑うアヤカちゃんと、苦い表情を浮かべるキシ。あまりにもいつも通り。……いつも通り過ぎる。自分の中ではもうケリがついてることなんだろうけど、関係者の関係者たる第三者が流石にそのまま受け止めるには時間がかかる。

『肉体的には間に合わなくって死んじゃったけど』

 と、あたしの顔を覗き込みながらアヤカちゃんが笑う。

『羽黒さんに助けてもらって感謝してるんだ。梓ちゃんはお兄ちゃんの負担を少しでも背負ってやろうって思ってるのかもしれないけど、ウチのことまでは背負い込まなくてもいいんだよ? ウチはのんびり、ゲームクリア後のおまけストーリーみたいな余生を過ごすだけなんだから』

「別に、兄貴の負担とか……」

『ウチも十何年と妹やってるからさ』

「…………」

『ちなみに羽黒さんがこの街から出てって一年後くらいらしいよ。あの頃の羽黒さんバチバチで怖かったよー? 今めっちゃ丸くなってんじゃん』

 笑いながらもポルターガイストを止めずにお皿を洗い続けるアヤカちゃん。キシも手を止めないものだから、あたしの前には濡れたお皿が山積みになっていた。

 慌ててお皿を拭く作業を再開する。

 それからは無言で、アヤカちゃんの即興の鼻歌を聞きながら皿洗いに集中した。おかげで山のようなお皿と食器をあっという間に片付けることができた。

『さて、お片付け完了!』

「居間の飾りつけはどうすんの?」

「アレは明日でいいだろう。それよりも阿呆のように眠りこけている連中を部屋に運ぶぞ。藤村修二(しゅうじ)の精霊が暖房となってはいるが放置もできまい」

 ぶっきらぼうに言いつつ真っ先に厨房を後にするキシ。やっぱこの死神、人間相手だと根っこの部分優しいよな。

「白羽ちゃんと真奈ちゃんと藤村先生どうする? 空き部屋あるの?」

『兄ちゃんは別にあのままでよくない?』

「いいわけあるか。瀧宮白羽は穂波(ほなみ)穂、朝倉真奈は穂村(ほむら)(びゃく)の部屋に放り込め。藤村修二は穂波(ゆたか)の部屋だ」

「あたしは?」

「……貴様も泊まるのか」

「もう日付回ってんじゃん。年頃の女の子に深夜歩いて帰れと?」

「悪鬼を単身で薙ぎ倒す戦闘民族が何を言っている。……穂村白でも穂波穂でも澤泉でも、好きな部屋を選べばいいだろう」

 雑談しながら廊下を歩き、パーティ会場となっていた大広間に移動する。

 そして寝ている面々をいたずらに起こさないようにそっと襖を開け――


「…………」

「「『…………』」」


 巨大な袋を背負って赤い服を着た、めっちゃ筋肉質な白髭の老人と目が合った。



          * * *



「サンタクロース」

 目を抑えながらキシが呟いた。

「元々はニコラオスという名の聖人と言われている。それがオランダ語圏に伝わった時に『聖ニコラウス(シンタクラース)』と発音されるようになり、現在のサンタクロースの語源となったそうだ。暖炉に吊るした靴下にプレゼントを入れる下りは、娘を身売りに出さなければならなくなった貧しい家族を救った時、ニコラオスが窓から金貨を放ったら暖炉で乾かしていた靴下に入ったというのがルーツらしい」

「今はそんな関係ない情報いいって……」

 あたしもチカチカする視界を必死で押さえながら悪態を吐く。クリスマスで浮かれた家に現れた不審者をとっ捕まえようと駆け出した瞬間、不審者は「サンタフラーーーーーーーーーーッシュっ!!」とか謎の掛け声とともに怪光線を放ちこちらの視覚を奪ってきた。ただ者ではない。

「いや、関係ないことはないだろう」

「え?」

「アレがサンタクロースだ。次元の狭間で何度か目にしたことがある」

「……マジ?」

 ちらっとしか見えなかったけど、なんかイメージとちょっと違うような……。

『まあ妖怪やら幽霊やら神様がいる街だからね。本物のサンタさんくらい来ても今更驚かないけど』

 笑いながらアヤカちゃんがテーブルを指さす。

 そこには巨大なクマのぬいぐるみがデデン! と鎮座しており、首に巻かれたリボンの隙間に「泉ちゃんへ」と書かれたクリスマスカードが挟まっていた。



 翌朝、泉ちゃんに贈られたぬいぐるみを羨まし気に眺めながら、白羽ちゃんが「やっぱりサンタさんは実在するんですわ……それなら今夜はあの街で……!」と不穏な台詞を吐いていた。


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