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だい ななじゅうよん わ ~人化~

 一週間に及ぶ期末テスト――さらに一週間に及ぶ期末評価赤点対象者に向けた補習期間が終わり、高等部全体の気が緩んだ頃。

 ホームルームが終わり、自習となった授業枠でみんなのんびりとしていた。


『えー、それではこれで第五十六代生徒会就任式を終わります』


 体育祭で好評だった配信アプリを使った新生徒会就任挨拶中継をクラスの誰かがケータイから垂れ流しにしているのを聞きながら、わたしは隣の机で突っ伏しているキシさんを見ないようにしながらユっくんビャクちゃんたちと雑談に花を咲かせる。

(あずさ)ちゃんたち、無事に生徒会続投だね……」

「まあ今年は対抗馬でなかったからね。平和平和」

「あ゛-……」

「いつもは出るの?」

「メンバーによる、としか。今年のメンツは春の部活勧誘から学園祭、体育祭でも安定した運営力を見せてくれたからね。ま、もみじさんが裏でいろいろやってくれた結果だろうけど。これで来年モタつくようなら対抗馬出るかもだけど」

「う゛-……」

「な、なるほど……」

「それでも新生徒会長の颯太(そうた)さんは三枚目だけどそれゆえの人徳はあるし、副会長はあの梓だし、大丈夫だと思うよ」

「や゛-……」

「「「…………」」」

 さ、流石にこれ以上は無理かな? というかいい加減鬱屈した空気が重い……。

「えっと……どうしたんすかキシさん」

「ふんっ!」

 よくぞ聞いた! とばかりに机に突っ伏したまま顔をこちらにグリン! と向けてきた。動きがホラー映画のそれでかなり怖い。

「どうしたも何もあるか! 何だったのだ先週までの地獄のような補習は!」

「死神が『地獄のような』って言うほどかいな。そもそも自業自得だし」

 呆れ顔のユっくんは冷たく言い放つ。まあ確かに、ユっくんはキシさんに振り回されてひどい目に遭ったしね……。

「結局獏のお肉、意味なかったもんね」

「くそっ……こんなはずでは……!」

 ビャクちゃんも心なしか口調に棘があるが、気にせずキシさんは吐き捨てる。

 キシさんは編入してからしばらくの間の授業態度と根底の学力の低さから、期末評価での赤点による補習授業を回避するためにある策を打ったらしい。それが知識と経験の塊である夢を食べる獏のお肉を食べて期末テストに備えるという、オカルトにオカルトをかけたような方法だったそうだ。

 そしてその調理に巻き込まれたユっくんは獏の呪いで悪夢に魘されながら三日三晩眠り続けたのだが――結局、期末テストまで獏のお肉を食べ続けても効果はなく、キシさんは普通に全教科赤点でめでたく一週間の補習送りにされたのだった。

 補習と言っても、今この時期、月波大学以外受験予定の三年生が受けているカリキュラムの一年生版らしいんだけど。確か普段の一日七時限授業に加えて三時限分追加の十時限授業だったかな。生徒の強制下校時刻の夜七時には帰れたはず。家で勉強するのとほとんど変わらないのに、そんなに疲れるものなのかな?

「そもそも獏って夢は夢でも悪夢を好んで食べるんじゃなかったですか……? ユっくんも悪夢に魘されたわけだし、相当悪食の獏だったのかな……」

「それ以前に死神が獏食って夢を取り込めるのかって話だよな。精神干渉系の魔術とか効きそうにないのに」

「はっ……!?」

 その反応、やっぱり効かないんだ……。

「…………」

 そしてユっくんの目がさらに冷たく……もはや死神を完全に見下している。


 ――バチッ


 電気が弾けるような音がした。

「あ、研修が……」

「本当にどういう基準で進展するんだこれ!?」

「補習を乗り切ったから、かな?」

 キシさんの刺青の棘がまた一本消えていた。研修の進行条件は呪いを開発した彼の上官さんと藤村(ふじむら)先生、呪いをかけた張本人の羽黒(はくろ)さんのみが知る。それにしても謎が多いと思うけど。

「残り七本ですか、結構順調なんじゃないですか?」

「これまでの進行条件が『クラスに歓迎される』『己の無学の自覚』『補習授業の乗越え』だったとすれば、今後碌な目に合わんのは目に見えているがな」

「歓迎されたのは良いことじゃない」

 ぶうと口を尖らせるビャクちゃん。まあ普通に考えればいいことなんだけど。今でこそクラスのみんなに揉みくちゃにされて大分柔らかくなってきたけど、気位が高く人間を下に見ていた死神だったキシさんにしてみればトラウマのような歓迎会だったろう。みんな気付いたうえでわざとやってた節があるけど。


『続いて、生徒会からの連絡事項です』


 と、ケータイから梓ちゃんの声が漏れ出る。あれ、就任式は終わったけど、まだ何かあるのかな?


『――お前ら!! これから球技大会やんぞ!! バスケとバレーは第一、バドミントンとドッヂは第二体育館に集合! テニス、サッカーと野球はそれぞれのグラウンドへ!』


 ガタッ!!


 その言葉が聞こえた瞬間、クラスのみんなが立ち上がった。ストレッチしながら廊下に出る人、大胆にもその場でスカートを脱いで下に履いてた短パン姿で駆け出す人、様々だ。え、何事?

「キシさん、朝倉(あさくら)、行くぞー」

「……穂波(ほなみ)(ゆたか)、これは何事だ」

「えっと……?」

「今日は午後終業式で終わりってのは聞いてると思うけど、午前中は球技大会だよ」

「聞いてないよ……!?」

「新生徒会恒例のゲリライベントだよ。恒例化しすぎてもはや古参連中からしたらゲリラになってないけど」

 言いながらユっくんも制服を脱いで下に着こんでいた半袖短パンに着替える。流石にそれだけだと寒いと思ったのか、カバンからジャージの上だけを引っ張り出して羽織る。

「わたし、今日体操服持ってきてないよ……?」

「強制参加じゃないから大丈夫。参加者の応援してたらいいよ」

「良かった……」

 よく見ればチラホラと制服のまま手ぶらで廊下に出ていくクラスメイトも多い。彼らが応援組らしい。

 と、キシさんが腕組みしながら「なるほど」と頷いた。

「ふむ。では俺も応援に――」

「あ、キシさんは参加で」

「何故だ!?」

「いや、研修中でしょあんた。今までの流れだと何らかのイベントごとに参加したら研修が進っぽいし」

 ああ、確かに言われてみれば。

 編入からの歓迎会、テスト、テスト後の補習――最後はちょっと毛色が違う気がするけど、全部学校定番のイベントだ。「人の心を学ぶ」研修で学園に放り込まれたキシさんにとってはうってつけかも知れない。

「学校定番イベントと言えば学祭とか体育祭とかあるけどそっちは全部終わっちゃったからな。あとは部活に参加とかだけど、今から大会とかコンクールがあるところなんてほぼないし。せめて球技大会くらい出ないと」

「はあ……仕方がない。分かった、出よう」

 眉間に力いっぱいしわを寄せて渋々頷くキシさん。

 こういうリアクションは変わってないけど、やっぱり丸くなったよね。最初の頃なら断固として拒否して力づくで引っ張って行くか騙して連れて行くかしないとだったと思う。……諦めている、という見方もできるけど。

「んじゃ、行きましょう」

「待て。先に更衣室に行かせろ。貴様と違って下に着てこなかった」

 言うとユっくんを連れてキシさんが立ち上がる。このまま大人しく参加してくれるらしい。

「ねえ、マナ」

「ん……?」

 ドロンと制服を体操着に変化させたビャクちゃんがこっそり声をかけてくる。

「やっぱり、キシって元は人間だったんじゃないかなあって思うんだけど、どうだろう?」

「え……?」

 ビャクちゃんの問いかけの意図が掴めず、聞き返す。

「キシは自分では生まれながらの生粋の死神って言ってるけど、それにしては人間に馴染むのが早すぎるから」

「そうなの……?」

「うん。ホムラ姉様見てたら分かると思うけど、この街の何らかの神はみんな昔っから人との距離が近いから、妙に人間臭かったりするでしょ? でもキシが言うような『生粋の神』って、そう簡単にはいかないの――基本彼らは、人間の個体識別ができない」

「え?」

「例えが悪いけど……マナ、蟻の個体識別ってできる?」

「う……無理、かな」

「本当の神ってそれと同じ感覚なんだ。十把一絡げの普通の人間の区別なんてできないし、マナとかユタカとかアズサ……なんなら、ハクロみたいな強い人間も『他より大きい蟻』くらいの認識しかないのが普通なんだ」

 わたしとあの人が同じ大きな蟻……でもそれが、本来の神様から見た人間の認識なんだという。

「例えば、私が仕えてた宇迦之御魂神様なんかは心優しくて積極的に豊作を与えようとするんだけど、人の区別ができないから偏った恩恵を与えちゃって、むしろ土地が腐っちゃったりすることがあるの。逆に元悪鬼で宇迦之御魂神様と一緒に稲荷神として組んでる荼枳尼天様は、苛烈で厳しい方なんだけど人をよく見ていて、飢饉と豊作のバランスをとるのが上手いの」

 それがたった一ヶ月程度人間と暮らしたからって、生粋の神があんなに人間らしくなるかな? とビャクちゃんは首を傾げる。

「死神って、死後の裁判で判断が難しい異能力者の魂の判決が下るまでの時間稼ぎ的な処遇だったり……その、懲役だったりするって聞いたけど」

「うん、そう。ホムラ姉様もそう言ってた。でもそれって割と新しめの制度らしいんだよね。でも、だからと言って――旧い旧い異能力者の魂に適用されないとは言われてないんだよね」

「あ……」

「もしかしてキシって、生前の記憶がなくなるくらい昔の人の魂を死神化させたんじゃないかなって、思っちゃったんだ。じゃなきゃこんなに早く『人間らしさ』を取り戻せるとは思えない」

「…………」

「まあだからと言って、特にキシに対する接し方を変える必要はないんだけどね」

 変なこと言っちゃってごめんね、と。

 ビャクちゃんは苦笑を浮かべながら立ち上がり、球技大会の会場である体育館に向かった。



          * * *



「人化」

 どこか知らない所で、知らない誰かが呟く。

「文字通り、人と化すということ。元は人喰いの妖が人に化けて獲物に近づく手段だったはずなのだけど」

 この街では少し意味合いが違う、と続ける。

「朱に交われば赤くなる――人と交われば人となる。思い切って送り出してよかったですね。今のところ順調のようですが、でも――」

 足りない。

 まだ、足りない。

 磨り潰された記憶を取り戻すには、全然足りないし、時間も残りわずか――知らない誰かはそう独白して、消えた。



          * * *



「ん……?」

「キシさんどうしました?」

 ユっくんがキシさんと二人で柔軟体操していると、キシさんが怪訝そうな表情を浮かべて体育館の天井を見上げた。

「いや……気のせいだったようだ。気にするな」

「? そうですか?」

 首を傾げながらも、とりあえずは気にしないこととしたらしいユっくん。わたしの感覚でも何かあったようには感じられなかったし、本当に気のせいだったのかもしれない。

「マナも出れればよかったのにねー」

「うー……でもわたし、みんなの足引っ張っちゃうから、審判することにするよ……」

 この球技大会、ゲリライベントなだけあって体育祭の時ほどしっかりとしたルールがあるわけではない。チーム分けもその場で適当に気の合うメンバーが集まって組んで、午後の終業式までにトーナメント形式でさくっと優勝チームを決めればOKということらしい。審判も有志を募るみたい。チーム分けもクラス学年ごっちゃごちゃだから優勝しても何かあるわけじゃない。終わった後、生徒会から「よく頑張った!」って言われるだけらしい。緩い。

 これが新生徒会最初の仕事だというから、なんとも微笑ましくすら思える。

 そしてユっくんたちが出るのはドッヂボールだった。球技のルールを理解していないキシさんに一から説明するのが面倒とのユっくん判断で、「ボールを相手に当てて、自分は避けるか受け止める」というシンプルな競技を選んだのだった。


「よーし、頑張ろうぜユーユー!」


「「「…………」」」

 しかし一抹の不安が……何故かいつも組んでるメンバーから外れて、二年生の隈武(くまべ)宇井(うい)さんがユっくんたちのチームに入ってきたのだ。

「何だ貴様は……いや、思い出した。この地の術者の家の一人だったか」

「ふっふっふ、隈武の宇井ちゃんだ。よろしくキシっち」

「……ああ、俺たちのチームに入るのか。よろしく頼む」

 体育祭を経験していないキシさんが無警戒に宇井さんと挨拶を交わしているが、宇井さんと言えば混合団体戦を滅茶苦茶に引っ掻き回してくれたA級戦犯である。わたしとビャクちゃんだけでなく、その時組んで暴れ回ったユっくんさえも微妙な表情を浮かべている。

 今度は一体どんな汚い手を使うつもりなのか――それがわたしたちの共通認識である。


「はっはー! 隈武の!! てめえが別チームとは都合がいい!! 体育祭ん時の汚名を挽回してやる!!」


 と、相手チームの方から威勢のいい声が聞こえてきた。見れば、いつもなら宇井さんと一緒にいる二年生の藤原(ふじわら)(きょう)さんがいた。まあ、宇井さんがこのタイミングでこっちに来たってことはそう言うことだよね。

「経。汚名は返上するものだぞ」

「……そんなだから現文補習になるんだ」

明良(あきら)、逃げずに大人しく受けただけ成長だと思おうよ」

「そんな甘やかすと彼、付け上がるわよ」

「お前ら!?」

 当然、経さんと一緒にいるメンバーもいた。ライナさんを見かけるのは体育祭以来だけど、もうすっかり馴染んでいるようで経さんを弄っている。

 しかしそれはそうと、経さん一行か……宇井さんがこっちについているとは言え、パワータイプ三人に加えて身軽そうな人魚のハルさんとエルフのライナさんもドッヂボールでは厄介そうだけど……ユっくんたち、大丈夫かな?

「ふっふっふ、我に秘策あり!」

 と、宇井さんが怪しげな笑みを浮かべる。やっぱり何か企んで――


「あらあら、賑やかですね」

「ふん……いい面構えの奴らが揃ってんじゃねえか」


『『『……!?』』』

 その場にいた宇井さんとキシさんを除くメンバー全員が驚愕に目を見開いた。

「ほう……噂の元魔王級吸血鬼と埒外のうわんか」

 体育館に現れたのは、三年生の白銀(しろがね)もみじさんと、神崎(かんざき)(みこと)さん――誰もが認める、月波学園高等部最強妖怪ツートップだった。

「あらかじめお話しして助っ人に来てもらうことになってました☆」

 しれっと言い放つ宇井さん。本当にこの人は……!

「ちょおっ!? 三年がこんな遊びに参加してていいんすか!?」

 反対側のコートで青褪めながら経さんが突っ込む。球技大会は自由参加とのことだから、本来自習であるこの時間は三年生は教室で受験勉強してるはず。

「俺ぁもう就職決まってっからよ。後は卒業できるだけの出席日数回収しに出てきてるだけなんだが、毎日毎日自習でクソつまんねえと思ってたところだ」

「あなたは授業があっても碌に聞いていないでしょう? ……まあ、私もそもそも進学の予定はありませんからね。卒業したら羽黒と世界中旅する予定なんです♪」

 しれっととんでもないことを聞いた気がする。

 まあそれは置いておくとして、つまり――

「暇なんですね……?」

「ええ」

「そういうこった」

「暇だからってこっち来んな!?」

 対戦する経さんとしてはたまったものではないだろう。そしてそれはメンバーたちにも言えることで……。

「あの吸血鬼が向こうにいるなら、私もあっちに行くわ」

「ライナあああああ!?」

「絶対イヤよ、遊びとは言えアレとまた対峙するなんて」

 ライナさんがこっちのチームに入りました。

「…………」

「ハル!? ハルさん!? 悩む素振り見せないで!? どっち付こうか考えないで!?」

 経さんが愛想を尽かして出て行こうとする女性にすがりつくヒモ男みたいな構図になっている。流石に同情したのかハルさんは「分かった分かった」と経さんの頭を撫でながら陣地に留まった。あの二人、いろんな意味で大丈夫かな……?

「大丈夫? そっち人数足りる?」

「クソが! ちょっと待ってろ!!」

 ヘラヘラと可笑しそうに笑う宇井さんに悪態を残して走り去る経さん。今のところこっち七人向こう四人しかいないから、このままだと数の暴力になってしまう。……数だけじゃなく、質でも一方的な蹂躙になりかねないけど。

 しばらく待って経さんが半ば引きずるようにして連れてきたのは、針ヶ瀬(はりがせ)先輩と日野原(ひのはら)さん、白川(しらかわ)さんの三人――新生徒会の三幹部だった。運営で忙しいだろうに……あ、敵陣(こっち)にもみじさんと神崎さんを見つけて三人と揉め始めた。何も教えずに連れてきたらしい。

「経お前ふざけんな!?」

「あの二人がいるなんて聞いてねえぞこの馬鹿!」

「帰る! 今すぐ帰るぞこっちも忙しいんだ!」

「食堂のタダ券受け取っといて今更ごちゃごちゃうるせえ!! アホみてえな速度で飛んでくるボールに当たるだけの簡単なお仕事だ手伝えこの野郎!! 一緒に地獄に落ちるぞ!!」

「「「一人で落ちてろ!!」」」

 しかも買収らしい。新生徒会、本当に大丈夫かな……?

「ほう、以前会ったキマイラか。他二人は……ふらり火に煙々羅か? どちらも種族を逸脱した霊力を持つ個体のようだ。相手にとって不足はないな」

 柔軟体操を終え、いきさつを黙って見守っていたキシさんが好戦的な笑みを浮かべる。もうこのチーム、優勝まで突っ走る気がする……。



          * * *



挿絵(By みてみん)

「……がはっ!?(ぼんっ)」

「開幕耳良い奴を声量でビビらすのは卑怯だと思いまーす!?」

「えっと……駒野(こまの)さんアウトです」


「ふふ……えいっ(ズドンッ)」

「ぎゃあああああぁぁぁぁぁっ!?」

香川(かがわ)の巨体が外野まで吹っ飛んだぞ!?」

「えっと、ボールは床に落ちたので一応アウトです……」


「っしゃーどんどん行くぜ!(ぽーん) ……ありゃ?」

「おっと(ぽすっ)」

「へっ、何だ隈武のそのひょろひょろ玉! よっしゃハル! 行け! ぶん投げろ!」

「そう言われてもな……ふっ」

「ほっ(バシッ)、はっ(ギュンッ)」

「うっ……!?」

「ハルさん、アウトー……です」

「隈武の!? なんだその反撃速度っ!?」

「油断大敵火がボーボーつってね」


「こうなりゃヤケだ! 覚悟しな宇井!」

「へっ、やれるもんならやってみな玲於奈(れおな)!」

「おらぁっ!!」

 ――パリィン トン、コロコロ……

「え?」

「ごめんね?(ひょいっ)」

「あ(ぽむっ)」

「針ヶ瀬先輩……アウトですー」

「おいこら!? 幻術使うな!?」


「術まで使われちゃどうしようもねえ! リアルケモミミ美少女相手に心苦しいがあの子から――」

「ビャクちゃん狙うヤツ、コロス……!(ぎゅおんっ!)」

「おんぎゃあああああぁぁぁぁぁっ!?(ぎゅるるるっ!)」

「白川さんアウト……というか大丈夫ですか? お腹、抉れてません?」


「おいあっという間に俺たち二人しか残ってねえぞ藤原!?」

「分かってたけどな!! おい日野原、せめて一人くらい当てるぞ!」

「分かってる! 唸れ俺の変化球!!(びゅおんっ!)」

「おおっ! 流石鳥妖怪、風を操ってボールに変化を!」

「――風よ(ストン)」

「あ」

「――唸りなさい(びゅんっ)」

「ぎゃー!?」

「ライナあああああ! 本家風魔法は流石にアウトじゃないかな!?」

「……日野原さん、アウトですー」

「朝倉の審判ザルぅっ!!」

「もうここまで来たら何でもいいかなって思って……」


「くそ……一瞬で俺一人に……! せめて、せめて一人くらい! 散っていった仲間たちのためにも!」

「……おい、あいつ勝手にオレたち殺してるぞ」

「あはは……」

「まあさっきから外野(こっち)にボールが届かないからな」

「おい馬鹿経! 高く投げてこっち寄越せ!」

「無理だ針ヶ瀬、あの馬鹿もうヤケクソだ」

「藤原ー! ヒト無理やり巻き込んどいてこれ以上醜態さらすなよー!!」

「っしゃあ! 追い詰められた鬼の一撃を喰らいやがれ!!」


 ――ぎゅおんっ!!


「ふん」


 ――すぽん


「え……え!? ボール消えた!?」

「返すぞ」


 ――ズドム!


「ほぎゃあああああぁぁぁぁぁっ!!??」


「え、何が起きたの?」

「経さんが投げたボール、背後から飛んできたように見えたけど!?」

「恐らくはキシさんが亜空間を開いてボールを取り込んで、そのまま経さんの背後の空間に繋げたんでしょうね」

「ほう……面白ぇ術使うじゃねえか」

「空間系の魔術――いえ、異能? どこかの蛇みたいな技を使うのね」

「うーん、色々応用が利きそう! 二回戦も楽しみね!」


「経さん、アウトです……ゲームセットー」



          * * *



『よく頑張った! えらい!』


 想像以上に投げやりな賞賛のお言葉を生徒会(梓ちゃん)から頂き、無事球技大会は幕を下ろした。

 結局あの後ユっくんたち――というか、宇井さん率いるドリームチームは決勝戦まで一人のアウトも出さずに圧勝を続けるという快進撃を見せ、会場に爆笑と歓声をもたらした。圧倒的な力を前に観客は笑うしかないし、挑戦者たちもみんな自棄気味にコントロールを無視した剛速球を投げるため割と盛り上がるのだ。

「いやー、勝った勝った!」

「術使った私が言うのもなんだけど、勝って当たり前だよ……」

「一方的な蹂躙ほど愉しいものはない」

「世界のオンラインゲームからチーターがいなくならないわけですよ」

 ビャクちゃんとユっくんが苦言を呈すも、宇井さんには全く響かず可笑しそうに笑っている。この人はもう何言っても直らないタイプなんだろうなあ……。

「…………」

 そして一人、運動後のストレッチをしていたキシさんにわたしは声をかける。

「どうでした……?」

「どうとはどういう意味だ、朝倉真奈」

「楽しかったですか……?」

「…………」

 しばし、無言。

 首の柔軟をしながら――するふりをしながら、顔色を隠して「まあ……気分転換にはなったな」と小さく呟くのが聞こえた。

「少なくとも、あの補習よりは断然マシだ」

「ふふっ……良かったです」

「ふん……」


 ――バチッ


 電気が弾けるような音がキシさんの手首から発せられた。

「……これで四本目。折り返しも目の前か」

「このまま順調に……とは、流石にいかないかもですけどね」

 ユっくんが苦笑しながら近寄ってくる。

「うん? どういう意味だ穂波裕」

「今日の午後には終業式――つまり、明日から冬休みです。夏ほどじゃないですけど長期休暇に入るので、研修もお休みですね」

「ふん……それはどうかな」

 にやりと意味深な笑みを浮かべるキシさん。どういう意味かと二人で首を傾げると、キシさんはこう続けた。


「冬休みは冬休みで何かしらあるのだろう? せめて俺を楽しませろ」


「……ははっ」

「ふふ……ええ、もちろん!」

 笑うユっくんとわたし――その後ろで、ビャクちゃんは「やっぱり元は人間だと思うんだけどなあ……」と一人首を捻っていた。


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