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だい ななじゅう わ ~地獄~

「お久しぶりです、羽黒(はくろ)

「…………」

「……よくまあぬけぬけと」

 ここ最近の出張によりたまっていた事務処理を一人で片付けていると、不吉な気配を発するローブ姿の男女が店に入ってきた。

「リン、俺たちの協定はまだ生きていると思っていたが?」

「もちろん生きています。(ワタクシ)たち死神は瀧宮(たつみや)羽黒とその周囲の人物に接触しないこと――もちろん覚えていますとも」

「じゃあなんで堂々と入店してきてんだ」

 群青の瞳を細めて、癖の強いウェーブがかった長い黒髪の女――冥府直轄死神局の長はにっこりと笑った。

「不可避の事態であれば接触しても構わないと考えておりましたが?」

「要件によるだろうが。いきなりポンと湧いて出るな。まずはアポ取れアポ」

「どうせ無視するのでしょう?」

「ったりめーだ」

「……貴様、黙って聞いていればリン様に何という口の利き方を!」

 と、リンが連れていたもう一人の死神が眉間にしわを寄せて一歩前に進み出る。おや、と首を捻って改めてそいつを観察する。この短気さと眉間のしわ、どこかで見たことがあるツラだ。

「ああ、思い出した。ホムンクルスん時の若造か。そういえばこの街の担当だったか? あん時は世話になったな」

「……ッ!」

 フッと姿が消える。またぞろズレた異空間に潜り込んで不意打ちを仕掛けようってんだろうが、一度破られた技に固執するとは芸がない。

「ほら」

「ぐぅっ……!?」

 適当に腕を伸ばして振り下ろされた拳を受け止める。流石に広くはない店内でクソデカい鎌を振り回すような輩ではなくて安心したが、所属長が見ている前での暴挙は頂けない。

「おい、リン。てめぇの部下だろうがちゃんと見とけ」

「それについては素直に謝罪させていただきます。……こら、キシ。これからお世話になる相手に無礼ですよ」

「リン様! 俺は――」

「おいちょっと待て」

 今こいつ、なんて言った?

「場所を変えさせていただいてもよろしいですか、羽黒。流石に(ワタクシ)と貴方との対話に立ち話というのは流石にナシでしょう?」

「……どこだ」

「実はすでに『迷子』を予約させていただいております。御足労願えますか」

「…………」

 こちらの予定などお構いなしに話を進めるリンに溜息を吐きながら、俺は手早く卓上の資料をまとめてファイルに閉じる。そして店のカギを取り出しながら二人に外に出るようシッシッと手で追い払う。……当然のように突っかかってきた若造をあしらいながら、俺は店の扉に臨時休業の札を掲げた。

 実際問題、こいつがわざわざ自分の足で俺を訪ねてくるような事態は無視できない。休日の昼間とは言え、「迷子」であれば誰かしら名のある神か妖がたむろしているだろうし、滅多なことは起こるまい。

 一体どんな無理難題を吹っ掛けられるのか、気を引き締めながら件の迷い家へ向かって歩き出した。



          * * *



「トレーナー研修ぅっ!?」

 想像以上にどうでもいい依頼だった。

「想像以上にどうでもいい依頼などと考えているところ申し訳ないですが、とても重要なことです」

「さらっと心を読むな」

 出された紅茶の香りを上品に楽しみながら、リンがしれっと答える。

「ぶひゃひゃひゃひゃひゃ!!」

「と、トレーナー研修……研修!」

「死神が? クソウケるんですけど」

 たまたま近くの席に座っていた「兼山」「大峰」「隈武」の各家を司るガク・イツキ・スズの三守神が聞こえてきた単語に爆笑する。誰かしらいるだろうとは思っていたが想像以上の大物がたむろしていた。これはそのうち残る二柱も合流しそうだ。

「とても重要なことです」

 リンが重ねてそう口にする。

(ワタクシ)達死神の業務の一つに、貴方達異能者の魂の管理が含まれているのは周知のことだとは思います。また、貴方達に巻き込まれてしまった無垢なる魂も死神の直轄となります」

「そうだな」

 死神局は冥府でも若い組織に分類される。

 元々はこの国で死者を司っている荼枳尼天が戦国の世から近代にかけて爆発的に増えた死者人口に対応しきれなくなり、地獄の獄卒に管理権限の一部を委譲したのが起源だと聞いている。そこからさらに十王の裁判でも判断が困難であった俺たちのような異能者の処遇を専ら請け負うこととなったのが、通称「死神」と呼ばれる役職を充てられたこいつらである。

 その統括がリンへと代替わりしてから途端に制度そのものが人間臭くなったと聞いていたが、ついに研修と来たか。……まあ、大本があの俗世に塗れたような荼枳尼であるし、爆笑しながら承認したのが目に見える。

「彼らを導くのもまた(ワタクシ)たち死神の務め――ですが、ここのキシを始め、元異能者である死神は人の心の機微に乏しいのもまた事実」

「…………」

 キシと呼ばれた死神が苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべる。そういえばこいつ、頭に血が昇ってホムンクルスに取り憑いた嬢ちゃんよりも俺の始末を優先しようとしていたな。

「特にこの子のような旧い死神はその傾向が顕著でしてね。新しい死神を指導する立場にありながら、逆に諭される始末。少し前は泣きじゃくる幼子の魂を引きずりながら冥府まで連れてきて正座で説教されていましたね」

「…………」

「つきましては一部対象の死神に現世で人と交わって暮らさせ、人の心を学ばせ――取り戻させようというのが今回の制度の目的です」

「……なんでこの街なんだよ。他にもあんだろ、あんたのオトモダチが噛んでるあの街とか」

「人と妖だけでなく神までもが入り混じるこの街でなら、死神の一人二人混じっても大きな騒ぎにはならないでしょうから。それにあの街は(ワタクシ)も軽々に口出しできない土地柄ですので」

「勝手なことを。それにあの女狐が素直に良いと言うとは――」


「良いぞ」


「…………」

 振り返ると、いつの間にやら長身の金髪赤目の女神が酒を仰いでいた。

「あひゃひゃひゃひゃひゃ!」

「そ、即答……即答!」

「焔御前? 器でかすぎクソウケるんですけど」

 あと三神がウザい。

「別に構わぬだろう、死神が人の心を学びたいというのであれば拒絶する理由もない」

「流石は焔御前殿。話が早くて助かります」

「…………」

 ニコニコと笑いながらホムラの盃に酒を注ぐリン。その光景に何だか頭痛がしてきた。

「……んで、俺に何の話なんだ」

「市井に死神が混じることとなりますからね。あの協定がある以上、貴方にも話をしなければならないというのが一点。それと研修参加者の住まいの確保をお願いしたく」

「ガキじゃねえんだから自分でやれ!?」

「機械的に魂の輸送に勤しんできた死神なんて子供みたいなものですよ」

 さらっと恐ろしいことを言いやがる。

「それに貴方、この数箇月だけでもエルフ二人にドラゴンゾンビ一体、魔王級の鬼二匹と様々な妖に住居と仕事の斡旋をしているでしょう。慣れていますよね」

「エルフに関してはこっちの思惑もあったが後半三匹に関しては已むに已まれずだクソが!?」

 まさかこんなところであの雑務が響いてくるとは思わなかった。やっぱ拾ってくるんじゃなかった。

「ああ、また役所に嫌味言われんのか……」

「世界を跨いで悪名轟く最悪の黒が役所の嫌味を恐れるとは滑稽ですね」

 もう話は終わりだと言わんばかりに紅茶に続きクッキーに手を伸ばすリン。それを横から掻っ攫い、口に放り込むと尋常ならざる強烈な甘みに思わず息が止まった。

「ぐほっ!? ……なんつーもん食ってんだ」

「無糖の紅茶に咽るほど甘いものを合わせるのが好きでして」

「貴様、リン様の味覚に不満でもあるのか!」

「なんでてめぇはそんなところに突っかかってくるんだ」

 さっきまで大人しくリンの話を聞いていたと思ったら急にキレる。これは確かに研修が必要かもしれない。情緒不安定すぎる。

 はあと溜息を吐き、甘ったるくなった口内を洗い流すために水を煽ごうと手を伸ばすと、コップに指先が届く寸前に古臭い黒電話に置き換えられた。

「…………」

 ジリンジリンとけたたましくベルを鳴らす黒電話に再度溜息を吐き、その受話器を手に取る。

「はい、もしもし?」

『ああ、良かった、繋がりましたか』

「もみじ?」

 耳当たりの良いソプラノに首をかしげる。

 今日は少し前にあった体育祭の打ち上げに参加しているはずのもみじからであった。商談前にケータイの電源を落としたため、この店にあたりをつけて直接電話をかけてきたのだろうが、いったい何の用だ。

『あなたにお客様ですよ。とりあえずお店に案内させますから、急ぎ対応お願いできますか?』

「あぁ? 俺も今外で接客中なんだが」

(ワタクシ)は構いませんよ。おおよその用件はお伝えしましたので、後で正式な文書にて依頼させていただきます」

『……あの女の声がします。よもや羽黒、接客とはリンと二人で――』

「店だな今すぐ行く! お前は打ち上げ楽しんで来い!」

 慌てて受話器を置くとヂン! と甲高い音が響いた。

 恨みを込めてリンを睨むも、本人はどこ吹く風で紅茶とゲロ甘クッキーを楽しんでいる。むしろその横のキシがまた絡んできそうであったため、俺は早々に荷物をまとめる。

「ったく、今度は誰だ?」

 黒電話の代わりに再び出現したコップの水を今度こそ口に運び、文句を垂れ流す。そして目の前に降ってきた請求書に書かれていた金額をトレーに釣銭なしで叩きつけ、俺は「迷子」を後にした。



        * * *



「地獄」

 冥府へと戻る扉を開きながら、リンが呟く。

「罪深き魂たちの刑場にして、その罪を雪ぐ救いの場――八大と八寒に分けられ、そこからさらに八つに区分される。その最も深き場所では一日一夜が現世の五十五兆年に相当し、さらに刑期は六万四千年、あわせて約三百五十京年に渡り責苦を味わうこととなる。それほどに、人の罪とは深いもの」

 視線の先には、一人の死神が冥府への道を先導するように歩いている。

 リンの声は、彼には届いていない。


「そんな深淵からやっとの思いで拾い上げることが出来たのに、既に全てを失っていたなんて――認められない」


 しかし既に万策尽きて久しい。

 おそらくはこれが最後の足掻きになるだろう。


「駒は揃ってしまった。もう時間がありません――疾く、疾く、取り戻さなければ。これ以上(ワタクシ)を絶望させないで」

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