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だい ろくじゅうはち わ ~宗固狸~

「はい、ユーユーはこれね」

「…………」

 混合団体戦――サバゲーのスタート地点で得物を選んでいたら、宇井(うい)さんが問答無用でむやみやたらと巨大なミサイルランチャーを押し付けてきた。え、なにこれ。

 困惑しながら受け取ると、やはり見た目相応の重量があった。とてもじゃないがこんなものを抱えて普段の立ち回りは出来そうにないんだけど……。

「あの、僕としてはマシンガン系かアサルトライフルがいいんだけど」

「大丈夫大丈夫、それはあとでいくらでも手に入るから」

「……?」

 確かに、拾得物や戦利品は自由に使っていいという説明はあったが、それまではこれを使えとでも言うのか。いや、こんな大仰な重火器よりもサブマシンガン一本あれば十分なんだけど。

 しかも一緒に渡された取説を確認したところ、これ、初期状態だと九発しか撃てないそうだ。しかも一発の再装填に必要な魔力は拳銃タイプの魔導具換算でマガジン二本分。確かに一発当たったら周囲を巻き込んで即死級のダメージが入るだろうけど、やっぱり小回りが利く方が性に合ってるというか……。

「てか、あれ。宇井さんの獲物は?」

「ん? ああ、わたしは特にこだわらないからこれ」

 言うと、宇井さんは一本のベルトを持ち上げた。そこには棒状の物体が何本も括りつけられている。

「……手榴弾……」

「これすげーよ。ピン抜いてから爆発までの時間を調整できんの。しかも魔力補充すればリサイクル可能」

「僕らボマー縛りでもするんですか?」

 どっちも火力は段違いだけど、クセが強すぎる。そもそもサバゲーの体なのになんでこんな物まで用意してんだ。

 ……などと考えていると、何か聞きなれない音がしているのに気付いた。


 ――ピー、ピー、ピー


 最初は生徒会が垂れ流している実況解説の放送に混じった雑音かと思った。それにしては小さいながらも妙に鮮明に聞こえるし、なんだか近場からのような気もする。

「ねえ宇井さん、何か聞こえ――宇井さん?」

 確認しようと声をかけるも、宇井さんはその場を離れてスタートを待つ一団から距離を置くように壁際まで移動していた。

「え、なに」

 その時になって、ようやく気付いた。

 さっきからピーピー聞こえる電子音――否、警告音は、僕の手元から発せられていた。

 ひゅうっと血の気が引くのを感じ、僕は恐る恐る魔導具を確認する。


 魔力の残量を示すゲージが赤く点滅していた。


「ちょ、なにこれ!?」

「ユーユー!」

 宇井さんが遠くから声をかけてきた。

「宇井さんなにこれ、なんか――」

 と、宇井さんが口元を人差し指で隠すジェスチャーを取った。あまりにも不意打ちが過ぎて、普段なら対抗できるその沈黙の術式に引っかかり、声が出なくなる。

 何事かと視線で説明を訴えると、宇井さんは身振りでこう伝えてきた。


 ――早く、捨てて、こっち来い、爆発


『――と言ったところで時間ぴったり。午後二時十秒前だ』

『それでは行きますよ!』

『五』

『四!』

『三』

『二!』

『一』

『開戦です!!』


 ちゅどおおおおおおおおおおおおおおおんっ!?


 そこからは記憶が怪しい。

 思わず魔導具を放り投げたところまでは何とか覚えている。

 次の瞬間には背後から爆風が吹き荒れ、それに巻き込まれないよう地面に倒れこんだと思うのだが、気付けばその場にいた味方の大半が消え失せ、わずかな生き残りがドン引きしながら視線を僕に向けていた。

「ナイスボマー!」

 宇井さんだけはあっけらかんと笑ってガッツポーズをとっていたが。

「な、な、な!?」

「いやー、上手くいった上手くいった! 思ったより魔力回路が複雑で間に合うか微妙だったけど、タイミングとしては完璧だったね!」

「何てことしてくれてんのこの人!? いや、人じゃねえ! 鬼か悪魔だ!」

「鬼も悪魔もその辺にいるこの街じゃ罵倒にならんよその言葉」

「そういうこと言ってんじゃないですよ!? なに開幕早々味方爆殺させてんですか!?」

「うーん、でもそういう作戦だからねー。ほら」

 笑いながら宇井さんがケータイの画面を見せてきた。するとそこには僕らの所属する青組の点数が表示されていたのだが、なんか480点とかわけ分からん数字が並んでいた。

FF(誤射)に対する説明が特になかったからもしかして点数入るかなーって試してみたんだけど、ばっちり加点されたね! これで青組は一歩リードだぜ!」

「全滅も目前ですけどね!? 480点って……96人!? 今の魔導具の暴走で八割持ってかれたってこと!?」

「他の陣営の餌にするくらいなら自分で食っちまえ」

「うるさいですよ!? ていうか普通に考えてこんなの反則でしょう!?」


『おっとここで審判三人の判断が出たようだね』

『セーフ、セーフ、セーフ! 三人ともセーフです! 今回は作戦として認められました!』


「うっそだろ!?」

「いえーい」

 宇井さんのどや顔ダブルピースがウザいです。

 ていうか!

「そうだビャクちゃんと朝倉(あさくら)は!?」

「うーん、姿が見えないね。巻き込んじゃったかも」

「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”……!」

 膝をつき項垂れる。

 僕は……僕はなんてことをしてしまったんだ……! もう口も利いてくれないかもしれない……あ、だめだ、鬱だ、死ぬしかない……。

「しかもマナっち巻き込んだってバレたらアズアズに殺されるね! ドンマイ!」

「他人事のように……!」

 せめてもの思いで睨み付けてやろうと顔を上げると、宇井さんが()()()()()()手榴弾をお手玉のように放りながら遊んでいた。

「ちょっ!?」

「ほいほいっと」

 手榴弾を二本、スタート地点から続く廊下に向かって放り投げる宇井さん。すると手榴弾は床に落ちる直前で直径十メートルほどの範囲で青色の煙を放った。

「うわ、なんだ!?」

「何この煙――(ピチュン!)」

「え、おい何が――(ピチュン!)」

 煙の中から悲鳴が響き、続いて脱落を示す転移魔方陣が発動する音が聞こえてきた。

「うーん、そういう挙動するんだ。思ったより範囲広かったなー。一本で良かったかも」

「…………」

 何事もなかったかのように二人爆殺したなこの人。

「それじゃ、行こうぜユーユー」

 何が可笑しいのかにっこりと笑いながら差し伸べられた手を、僕は諦めの境地で仕方なく握り返した。

「ビャクちゃんに嫌われたら責任とってくださいよ」

「そん時は一緒に謝ってあげるって」

「あと(あずさ)から守ってください」

「……そっちはできる限りやってみる」

 不安だ。



          * * *



 スタート地点に残された大量の魔導具の中から使えそうなものを手当たり次第回収した後、僕たちがやったことと言えば、地雷原の作成だった。

「さっきの開幕爆撃で魔導具の魔力回路は弄れるって分かったからね、使わない手はないよね」

「サバゲーってそういうことじゃねえから!?」

 僕の渾身のツッコミは華麗にスルーされ、最初に宇井さんに連れていかれた先は裁縫実習室だった。

 その場に潜んでいた黄組の四人はさくっと退場願って制圧し、宇井さんは裁縫箱から黒いミシン糸と針を拝借した。

「いいんですかね、これ備品の窃盗……」

「備品じゃなくって消耗品だからセーフ」

「何その謎理論!?」

 審判についている会計の玲於奈(れおな)さんが黙ってるし、セーフなんだろうけど……まあこの人がルールに書いてないことは何をやってもいいって思考なのは分かっていたことだし。だからこそ梓も僕と宇井さんを組ませたんだろうけど。

「で、どうするんです?」

「こうする」

 大量に抱えていた魔導具のうち一つを取り出し、何やら指でなぞる。周囲を警戒しながらも一体何をしているのだろうと見ていると、おもむろに部品の隙間に針を差し込み、その針にミシン糸をくくり付ける。さらにその魔導具をその辺にあったガムテープで扉に張り付け、糸の先を机の脚に結ぶ。

「ユーユー、ちょっとこれ触って」

「……触って爆発したりは」

「あはは」

「ちょっと!?」

「大丈夫大丈夫、まだ爆発はしないから。ちょっと触って、所有者設定を上書きして欲しいだけだから」

「はあ……」

 魔導具は最後に触れた人が所有者として設定される。そして所有者設定された魔導具によって敵を撃ち倒すことで各陣営にポイントとして加算されていく仕組みらしい。

「これから先、基本的にユーユーにポイントが入るようにしておきたいんだ」

「何でまた」

「わたしとユーユーだったら、ユーユーの方が生き残る可能性は高いでしょ? わたしはサポート――フィールド作りは得意だけど、表立ってのドンパチは専門外だから」

「まあ……でも万一宇井さんが撃たれても、ポイントは保有したままリタイアすることになるから別にどっちでもいいんじゃないですか?」

「それはそうなんだけどね――たぶん、何らかの手段でポイントを没収するルールが追加されると思う。というか、わたしなら絶対追加する。未発表のルールがあるって言ってたし」

「…………」

「そうなったらわたしが何としてでもユーユーを守るから、その間にユーユーは逃げて、誰でもいいからペアを見つけてね。それが敵陣営でも構わないよ。ユーユーがペア組んでくれるなら敵でも諸手を挙げてペア組んでくれるよ」

「……まあ、そうならないことを願いますか」

「だね。……よし、もう一個完成」

 話しながらも宇井さんは手を動かし、もう一つの地雷を完成させた。それを反対側の扉にも設置し、僕らは実習台の裏に隠れて様子を窺った。

「「…………」」

 息を殺し、沈黙を貫く。

 しばらくすると廊下の方からどたどたと走る足音が聞こえてきた。息遣いも荒い。どうやら素人(カモ)がどこかの陣営に襲われてここまで何とか生き延びて来たらしい。

 足音はどんどん近付いてきて、裁縫室の前で止まった。


 ガラッ


 ちゅどおおおおおんっ!!


 ピチュン!


「……うわ」

 扉を開けた瞬間、魔導具の内蔵魔力が暴走し、どこの陣営ともわからない誰かが消し飛んだ。そもそも殺傷能力のある質の魔力ではないし、ちゃんと転移魔術も発動していたから大丈夫だとは思うけど、あまりにも不憫だった。

「よーし上手くいったわ! この調子で色んな教室に仕掛けていくわよ」

「おー……」

 なんていうか、思ってたサバゲーと違うんだが。

「あ、でもその前にちょっとお手洗いに」

「…………」

 緊張感……。



          * * *



「宗固狸」

 宇井さんがぶつくさと文句を言いながらトイレから出てきた。

「人に化け、人と交わる妖怪の典型例。ある寺の僧に化けてた働いていた狸がうっかり昼寝中に変化が解けてばれちゃったってやつ。結局その狸は長いこと寺に仕えてたからって見逃してもらって以後も寺で働いてたっていうけど」

「まあ、まさかトイレが宗固狸の領域になってるとは思わなかったですね……」

「危うく乙女の危機だったわ!」

 手をハンカチで拭いながら地団太を踏む宇井さん。

 犯人は間違いなく生徒会庶務の寺田(てらだ)だろう。

「トイレに入ると妖怪は眠気に襲われて本性さらしちゃう結界って何よ!? むやみやたらとデカい連中でトイレがぎゅうぎゅう詰めだったんですけど!? しかも耐性低い奴はそのまま寝落ちで引き籠り判定、強制お仕置き部屋行きってなんて陰湿な!」

「ほぼ全部の教室にトラップしかけて回ってる僕らはどうこう言っていい立場にないですけどね」

 あれからちょいちょい得点状況を確認しているが、僕が実際に撃ち倒した人数以上のポイントが加算されているので問題なく地雷は発動しているらしい。しかも何種類か発動条件を変えながら設置しているため面白いように引っかかる。

「あとやっぱりポイント没収ルール来ましたね」

「ね。わたしの言ったとおりでしょ。……流石に生徒会役員直々に襲ってくるとは思わなかったけど」

 つい先ほど、階段を歩いていたら上の階から(きょう)さんと明良(あきら)さんのペアが降ってくるのに遭遇した。二人ともこちらに目もくれずに転がり落ちるように下階へ逃げていったから何事かと思ったら、その後ろをキマイラの本性を解き放った玲於奈さんが猛追してきたから流石にビビった。何故か僕らには目もくれずに通り過ぎていったからよかったものの、あんなのと正面切ってやりあったら危なかったかもしれない。サバゲーが急に狩ゲーにジャンルチェンジしてしまう。

「そうなるとトイレの罠にかかるとやっぱりポイント没収なんですかね?」

「どうなんだろ。さっきはああ言ったものの、回避しようと思えば回避できるから、運悪く引っかかったらやっぱり没収対象になるかも。……でも妙ね。陰湿なトイレトラップといい、玲於奈といい、生徒会の殺意が高い。全滅狙いは間違いないかな」

「流石にもみじさんまで出てくることはないと思いますけど……他の面々も十分脅威ですよ」

 表立って戦闘できるタイプではないのは寺田と須々木とナンシーさんくらいか。寺田はトラップ要因になっていたが、颯太(そうた)さんとか正志(まさし)さんは言うに及ばず、技巧派まで幅広く揃っている。

「玲於奈さんのターンが終わって、残る脅威はやっぱ(みこと)さんと梓ですかね」

「玲於奈は10分くらいで退場してたから、活動時間に縛りがあるっぽい。わたしが連中の立場なら、次に颯太か正志を投入するね。で、その次に尊さん、颯太か正志の残り一方、最後にアズアズ。もしかしたらアズアズは討ち取られない限りずっと暴れまわるかも」

「あー、イベント性を高めつつこっちの全滅狙いならそうするでしょうね」

 廊下を歩きながら各教室のトラップの発動状況を確認して回る。ところどころ発動している形跡があったため、教室内の制圧に時間がかからなそうなところをチョイスしながら再設置をする。その際に宇井さんの指示で今後使うかもしれない小細工も施していく。

「ところで今更ですけど、生徒会にポイント没収されないように自殺してポイント確保するのはなしですか?」

「なし。面白くない」

「ですよね」

 まあ僕も本気で提案したわけではない。

「とは言え、正面切って生徒会とやり合うつもりもないけどね。最後に出てくると思われるアズアズとのバトルは仕方がないかもしれんけど、それ以外はド隠密のトラップ戦で行くから」

「了解っす」

 とは言えだ。

「うーん、エンカウント率減ってきたなー」

「ですね。皆警戒して教室に引きこもってる」

 そのトラップの材料となる魔導具(りゃくだつひん)の在庫が減ってきたからそろそろ補充したいところ。

 ケータイで校舎内の映像を確認するも、廊下のカメラはほぼほぼ機能していない。たまに人影のようなものが映り込むが、連中も死角を意識して行動しているためかすぐにいなくなる。

「これ、盛り上がってるんですかね」

「微妙かな。参加してない奴らは配信映像に評価つけられるんだけど、高評価低評価で6対4くらい」

「び、びみょー……」

「一定以上の戦闘心得のある連中がガチで屋内戦やったらこうなるよね、いやー静か静か」

 だからまあ、と宇井さんは続ける。


「もう少しで開始から1時間――次の鬼もそろそろ来ると思うけど、新しいルールも追加されるんじゃないかな。例えばそうだなあ……活動可能エリアの縮減とか」


 一階が閉鎖されるというアナウンスが響いたのは、その15分後だった。

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