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だい ろくじゅうろく わ ~キマイラ~

『ご連絡いたします。プログラム十三番、混合団体戦に出場予定の皆さんは、午後一時三十分までに指定のスタート地点に集合するようお願いします。繰り返します。プログラム――』



          * * *



「たいへん長らくお待たせしました! 月波学園体育祭目玉種目! 混合団体戦のお時間がやってまいりました! 私は本競技の実況を担当させていただきます、高等部三年生放送部所属の横山(よこやま)春陽(はるひ)と申します! そして解説にはこの方をお招きしております!」

「はいはいどうもこんにちはですよ。高等部生徒会庶務の須々木(すずき)沙咲(ささき)ちゃんですよ。今日は僭越ながら解説という大役を仰せつかって戦々恐々となんてしてないけれどまあ頑張ってみたいと思っているよ」

「はい、よろしくお願いします! では早速ですが、この競技について教えていただきたいのですが?」

「これは高等部三学年各クラスから選出された三名の選手にクラス・学年の垣根を超えて協力しながら挑んでもらう競技だよ。例年二人一組のペアを組んで挑戦してもらうんだけど今年も先達に倣ってペアで挑むルールを設定させてもらったよ」

「具体的なルールは、実況を担当させていただいている私にも聞かされていないのですが……?」

「これは僕たち生徒会役員と協力いただいた一部の先生方しか知らされていないからね。どんな内容なのか予想しながらペアを組んでもらうところから競技は始まっていると言って過言ではないね」

「昨年は学園の校舎全てを使った隠れんぼでしたねー。不詳私も出場させてもらったんですが、開始10分で見つかってしまいました……」

「二人一組で行動しなければならない隠れんぼというのはなかなか新鮮で良かったというアンケート結果がある一方で鬼役に何でも知ってる白沢(しらさわ)先生を選出するのは如何なものかと賛否が分かれた競技だね。まああの理不尽さは全生徒分け隔てなく襲い掛かったわけだからある意味公平なのかな」

「今年も公平なルールであることを願っております」

「…………」

「え、その沈黙は何ですか?」

「では今年のルールを発表させていただきます」

「ちょっと!?」


「今年のルールは『サバイバルゲーム』です!!」


「うわ、ビックリした!? 須々木さんってそんな大声も出せるんですね……」

「いえーい」

「これ、映像配信じゃないんですからピースしても映らないですよ? え、それにしても……サバイバルゲームですか……」

「いわゆるサバゲーだね。おもちゃの銃火器を使って撃ち合うアレだよ。フィールドは去年より規模を小さくして高等部の校舎三棟の中だよ」

「サバゲーというと、私そんなに詳しくはないんですが、人によって向き不向きが出る競技になりそうなんですが……不利な陣営が出てきたりしないですか?」

「それは大丈夫だよ。僕たち生徒会がちょこっとだけ先導して各陣営に戦闘向きの人が出場するように仕向けたからね」

「結構グレーなことしてるじゃないですか」

「でもその分だけ盛り上がることは保証するよ。さてそれでは詳しいルールを説明させてもらうよ」

「あ、はい。よろしくお願いしますね」

「今回のサバゲーで使用する武器は生徒会で準備させてもらった子供向け魔導具だよ。提供は雑貨屋WINGだよ。ご協力感謝しておくと言っておこう」

「何で急に上から目線なんですか」

「武器は拳銃タイプやライフルタイプやマシンガンタイプなど様々だよ。刀剣などの近接武器も用意してあるから好きなものを各自一つ選んでね」

「えー、はい。各スタート地点に置かれている箱の中に入っているとのことです。ただし数に限りがあるので、誰がどの武器を使うかは相談してくださいね」

「魔導具と言っても魔力内蔵型だから持ち手の魔力量は関係ないからそこは安心してね。使い方も普通に狙いを定めて引き金を引くだけだよ。弾丸の代わりに魔力の塊が飛んでいくよ。素人でも当たるようにある程度の軌道補正が入るらしいから気負わなくても大丈夫だよ。ちなみに近接型の武器も魔道具だけど実質ただの棒切れだね」

「えーと、でも当たれば痛いんじゃないですか?」

「安心してくれ!」

「急にイケメンボイスになるのやめませんか? ちょっとドキッとしちゃった」

「武器が入っている箱の隣にカゴが置いてあると思うんだ。その中にリストバンドが入ってると思うけれどそれも魔導具だよ。武器の魔力に反応して自動的に攻撃を防いでくれる防具だよ。協力は高等部一年F組担任の藤村(ふじむら)先生だよ」

「ご協力、ありがとうございました! 藤村先生には今回のフィールドとなる校舎への防護結界も張っていただいているとのことです」

「ガラスが割れたら大変だからね。さてそのリストバンドだけどいわゆるHPが設定されているよ。攻撃を受けると自動的に防いでくれるけどあんまり当たりすぎると効果がなくなるよ」

「いわゆる戦闘不能状態と考えていいでしょうか?」

「そうだね。そしてHPが0になると自動的に転移魔術が発動して残念賞部屋に転送される仕組みだよ」

「なるほど、それは安心ですね!」

「ちなみに頭など当たり所が悪いと一発で発動するから過信はしないでね。あと指定の武器以外で攻撃した時も発動するよ。転移先は生徒指導室だよ。怖い怖い」

「お仕置き部屋ですね……」

「そしてこれがある意味今回のサバゲーのミソなんだけれど」

「はい、なんでしょう?」

「二人一組で行動するという特殊ルールを忘れないでほしいな。リストバンドにはペア登録機能がついているんだけど二人が離れると各種ペナルティが発生するよ。極端な話だけど相方と100メートル離れたとして敵の頭を至近距離から打ち抜いてもHPはほとんど削れないよ」

「あれ、それだと、相方が先に戦闘不能になったらどうなるんですか?」

「相方が戦闘不能になった場合はまた特殊だよ。ペナルティとして設定されたHPが徐々に減っていくんだけど誰でもいいからもう一人ソロ行動している人がいればペア設定ができるよ。そうすれば減ったHPは元に戻るけどペアを見つけられずにHPが0になれば残念賞部屋に転送されるよ」

「なるほど! 相方が戦闘不能になっても諦めずに逃げ切ってペアを探せばいいんですね」

「ケータイの使用は制限していないから戦略として十分に活用してほしいな。あと注意して欲しいのは各武器の内臓魔力には限りがある点だね。そしてそれは自分では補充できないことになっているよ。いわゆる弾切れ状態や刃こぼれ状態だと思ってくれていいよ」

「そうなった場合の補充はどうすればいいんでしょう?」

「フィールド内に補給用の魔導具を配置しているからそれを見つけてね。あとは誰かが落とした物を拾うかだね。落ちてるものは拾った人の者だから自由に使っていいよ」

「なるほど……あと何か特殊なルールはありますか?」

「特にないかな。指定の武器を使いさえすれば何しても構わないよ。強いて言うならトイレは各自でお願いするよ。トイレの中とトイレの周囲半径20メートルは戦闘禁止エリアだよ。エリア内は魔導具がそもそも使えない設定になってるから外からの狙撃もダメだよ。床にテープを張ってるから目安にしてね」

「体調不良の場合はリストバンドに救援信号を送る機能がついているそうです。発動すると保健室に転移するとのことですので万一の時は使用してください!」

「あとトイレ周辺を休憩ポイントにするのは全然構わないけれどあからさまな芋行為やエリア切り替え地点での煽り行為は注意が入るよ。そのうえで同じ行動をとればペナルティの対象になるから気を付けてね。その辺はレフェリー役の生徒会役員が判断するよ」

「レフェリー役には一年庶務の寺田(てらだ)くん、二年副会長の日野原(ひのはら)くん、三年会計のナンシーさんが就いているとのことです」

「そして基本ルールとして一人戦闘不能にするごとにトドメを刺した人に五点加算されるよ。それまでどれだけHPを削ってもトドメを横取りされたら意味がないよ」

「『陣営に加算』ではなく『個人に加算』なんですね」

「そうだね。そして戦闘不能になった時点でその人が溜め込んだ点数が陣営に加算されるんだ。どうしてそんな加算方法をするかはまた間を置いて説明したいと思う」

「お、これはまた何か理由がありそうですね!」

「制限時間は午後二時開戦の五時終了の長丁場だよ。終了時に生き残っていた人の持ちポイントはボーナスとして二倍されて陣営に加算されるよ」

「そして最終的な各陣営の点数で順位が決まるわけですね! 今年も混合団体戦の配点は高いですから皆さん頑張りましょう!」

「最終的にポイントが一番高かった人には豪華商品も用意しているよ。ついでに陣営にも別途でポイントが入るから積極的に狙ってほしいな」

「そして本競技の様子は校舎内各所に設置してあるカメラで撮影、配信しております! 映像は体育祭のしおりの裏のQRコードからアプリをダウンロードしていただけば視聴することができますので是非ご活用ください! アプリでは各陣営の暫定ポイントも表示されますので参考にしてくださいね!」

「システム開発同好会提供だよ。趣味で作られた費用対効果を度外視したアプリだからむやみやたらと使いやすいよ」

「ありがとうございました! さて、ルール説明をしている間に各魔導具が行き渡ったようですね」

「ペア登録はしっかりやってね。未登録のまま開戦するとHPが減り始めるからね」

「えー、現地の先生方から解説もあったとは思いますが、ペア登録はリストバンドの文様を合わせるだけとのことです。準備はもうお済ですかね?」

「ここまで長々と解説してきたのにまだだったらそれはもう自己責任だね。と言ったところで時間ぴったり。午後二時十秒前だ」

「それでは行きますよ!」

「五」

「四!」

「三」

「二!」

「一」

「開戦です!!」


 赤組……0点

 青組……480点

 緑組……0点

 黄組……0点


「え、は……え!?」

「どうしたんだい実況の横山ちゃん」

「え、これアプリのバグですか!? なんか青組に開幕480点入ってるんですけど!?」

「ふむ。バグではないようだよ。青組のスタート地点のカメラを見てみて」

「え……あれ、青組だけ人数少なくないですか……? 他の陣営は120人いることになってるのに、明らかに30人もいないような……」

「24人だね。開幕で48ペアが脱落したようだ。いやはや考えることがえげつないなあ」

「もう攻撃が始まってるってことですか!? で、でも攻撃を受けた青組に点数が入ってるって、一体……」

「うん。まあ。だからこれは――同士討ち。いや。振るい分けかな」

「ふ、振るい分け!?」

「さっき横山ちゃんも言っていたけれど今回のルールはどうしても人によって向き不向きが出てくる。それも事前にルールは開示されずに当日ぶっつけ本番だ。いくら事前に生徒会で働きかけたとしても完全には拭えない。必ず足を引っ張る生徒が出てくる。そういう生徒は他陣営のカモだ」

「それは、まあ、そうなりますけど……」

「むざむざ敵にポイントとしてくれてやるくらいならさっさと自分たちでもらってしまおうって発想だ。チームメンバーをポイントに変換して確保しておこうという考えだ。少なくとも青組はこれで480点確保で一歩リード。敵ながら本当に恐れ入るよ」

「須々木さんの平坦な口調だと本当にそう思ってるのか全然分かりませんが……」

「それでもやっぱりリスキーな戦略であるには変わらないと思うよ。青組はこれから他の陣営と比べて二割の人数で戦い抜かなければいけないからね。物量作戦はもうできない」

「全滅したら生存ボーナスもないわけですし、確かに危険な賭けですね」

「まあ青組にはその程度のリスクなど意に介さない策士と兵士がペアを組んでいるってことだ。いやはや本当に怖い怖い。ただ。まあ」

「ただ?」

「未発表のルールがあるということも忘れないでほしいな。足元をすくわれても知らないよ」



          * * *



「やりやがったな隈武(くまべ)の!?」

 競技開始5分が経った頃にようやく、青組が開幕早々八割の味方を撃ち殺してポイントを稼いだという情報を得た俺はたまらず絶叫した。

「普通やるかそんなこと!? ありえねえ、一周回って馬鹿だろ!? フレンドリーファイヤーでもポイントになるって知ってたら俺らだってやってたわ、クソ!」

「……確かに『他陣営を撃ち殺すとポイントになる』とは言ってなかったな」

 相方の狛野(こまの)が遠くを見ながらぽつりと呟く。お互い、青組の隈武のとはガキの頃からの付き合いであるためこういうことを平気でする性格であるとは十分知っていたはずなのだが、流石にこの思い切りの良さは予想外だった。

「しかもこの手際、絶対ペアは穂波(ほなみ)のだろ……組み合わせにこの上ない悪意を感じるぞ」

「……生徒会の瀧宮(たつみや)と穂波は同じクラスだったな」

「贔屓じゃん!!」


『まあ、おれらも人のこと言えないコスい手段使ってるけどね……』


 と、腹の中から呆れ半分の声が聞こえてきた。

「おい、あんまり喋んなよ。ルール違反には抵触してないし、今んとこ見逃してもらってるみてえだが、あんまりバレるのも良くない」

『はいはい』

 苦笑しながら、()()()()()()声は沈黙した。

「……出遅れちまったのは仕方ない。オレたちはオレたちで地道に稼ぐぞ」

「へいへいっと……」

 がしゃん、と俺たちは得物(ショットガン)に弾薬を装填する。

 俺たちのペアが選んだのは射程は短いが広範囲に弾丸が拡散するショットガンタイプの魔道具だ。威力は高いが反動はでかいし弾の装填に若干時間がかかる上に、最大火力を出すためには近接武器とほぼ変わらない距離まで近付く必要があるクセが強いものだった。

 しかし、俺と狛野が扱う上ではそういったデメリットはほぼほぼ帳消しにされる。

「……そこの廊下の角、奥から1ペア近寄ってくるぞ」

「了解。俺は右の方をやる」

 まずは人狼たる狛野の嗅覚だ。超広範囲のレーダーを常時発動しているようなもので、索敵なんぞお手の物だ。角待ちからの不意打ちで確実に狩れる。

 加えて。

「……グルルル……!」

 狛野には人化を解かせて身体能力を向上させている。例えあちらも何らかの索敵対策をとっていたとしても、俺たちは知覚外から急接近できる。俺も最初から鬼の身体能力をフル活用させてもらっている。

 なんせ「異能を使ってはいけない」ってルールはないからな!

「三、二、一、GO!」

 合図とともに二人で駆け出す。

 タイミングとしては、角の先の標的がちょうど折れ曲がる寸前だ。

「えっ」

「なに……!?」

 相手さんからすれば俺たちが急に目の前に現れたように見えたのだろう。そもそもこういうゲームに慣れていないというのもあるんだろうが、無警戒に角を曲がってきた緑の鉢巻きの男女のペアのどてっ腹目掛けてショットガンを発砲する。

 ピチュン!

 瞬間、間抜けな音とともに魔法陣が展開され、二人の姿が目の前から消えた。

 どうやら無事ワンパンで来たようで、残念賞部屋行きの転移魔術が発動した。床に二人が持っていた拳銃型の魔道具が残される。

「うっし。この調子でいけば勝てんじゃねえか?」

「……どうだろうな。慣れてないカモならこれで上手くいくだろうが」

「戦闘慣れしてる奴はこの速度のレベルの不意打ちにも対応するってか? ……まあ、確かに穂波の辺りとぶつかったら返り討ちに合いそうだが」

「……他の陣営にも手強い奴はいるだろう。なるべくは避けたい」

「だな。引き続き情報収集も頼むわ」

『はいはい』

 腹の中から短く返事が返ってくる。それを確認した俺は床の拳銃を拾い上げ、()()()、と()()()()()

「狛野、残弾数は大丈夫だな?」

「……ああ。あと十発はある」

「半分切ったら言ってくれ。計画通り、()()()()()()()()()()()()からよ」

 腹には開戦直後に俺たちと出くわして撃ち殺されたペアのショットガンが二丁ある。どちらも俺たちとエンカウントするまでに無駄撃ちしたらしく弾数は半分を切っていたが、さっきの拳銃を呑み込んだらそっちの魔力がショットガンの方へと移動した。

 まるで腹の中で誰かが弾を装填しなおしてくれたみたいだな!



          * * *



「……香川(かがわ)の姿が見えないと思ったら、そういうことか……」

「ねえ、ハル。あなたの友達、ズルくない? いえ、ズルいというか、小賢しいというか」

「……返す言葉もない……」



          * * *



 TIME……00:24:38

 赤組……45点

 青組……540点

 緑組……85点

 黄組……80点


「いやこれ逆転無理じゃね?」

「……当然だが、スタートダッシュ後も同じ速度で走り続ければこうなるな」

 発表された競技開始後20分時点の得点にテンションが下がる。今はさらに差を離されている可能性もある。というか、俺たち結構狩ってるんだがまだ赤組全体では45点しかないのかよ。他の奴ら何やってんだ。

『やっぱり青組の穂波くんが個人賞独走中だね。開幕の同士討ちを除いても、得点の9割ぐらいは彼が稼いでるみたい』

 と、腹の中から聞こえてくる声に耳を傾ける。フシギナコエダナー。

『ただ、他の青組の子たちはそんなに活躍してるとは言い難いかな。戦闘不能者こそほぼ出てないけど、得点も稼げてない。その点、驚異的なのは黄組かな。五ペアワンチームで動いてワンペア行動してる他陣営を数で押してる。緑は単純に個の戦力が高めだね。普段からこの手のイベントに参加してる人が多い』

 まるで体育祭の配信アプリを見ているかのような的確な状況報告に耳を傾けながら、俺たちは周囲を警戒する。というのも、狛野が大人数で歩いてくる一団の臭いを嗅ぎつけたからだ。

 腹からの情報が正しければ、黄組の連中と見て間違いないだろう。

「……どうする?」

「言うて俺たちも戦法としてはヒットアンドアウェイの奇襲だしな。二対十じゃ、良くて半分削っても、残り半分に返り討ちだ」

「……息を潜めるのが吉、か」

 というわけで囲まれる心配の少ない、廊下の行き止まりにある音楽準備室に隠れることにした。本当は音楽室でもよかったんだが、何故かそっちは鍵がかかっていて入れなかった。楽器みたいな高い備品が置いてある部屋は防護魔術が駆けられていても立ち入り禁止なのだろうか?

「どうだ?」

「……臭いは遠ざかっていく。気付かれてはいない」

『うん、カメラでも確認できた。渡り廊下の方に行くみたい』

 狛野と腹の声のクロスチェックができたところでようやく「ふう」と息をついた。やっと警戒を解ける。

「で、どうする?」

「……基本は変えなくてもいいだろう。確実に一人ずつ狩っていく」

「ま、だよな。やっぱ俺らの機動力と瞬間火力は生かさない手はねえ」

「……近くに手ごろな獲物はいなそうだ。今のうちにオレたちもカメラでチェックしておくか」

「おう」

 ケータイを取り出し、事前にインストールしておいた体育祭の配信アプリを起動する。すると高等部公舎の全体地図が表示され、各所に設置されたカメラの位置が記されている。そこをタッチするとカメラの映像をチェックできるというものだ。

「あー、やっぱさっきの一団は黄組の奴らか。知った顔も何人かいるわ」

「……武闘派も混ざっているな。仕掛けなくて正解だったか」

「さすがにこの人数相手はヤバいからな」

 などと休憩がてら情報の共有を進めていると、不意にピンポーンと甲高いチャイムと共に校内放送のアナウンスが流れ始めた。


『はいはいみなさんこんにちはですよ。解説の須々木沙咲です。これより特殊ルールが追加されますのでお知らせですよ』


「……あ?」

「特殊ルール?」

 二人で眉を顰めていると、腹の方から『あれ?』と声が聞こえた。

『アプリの映像が変えられなくなった……これは……ここの廊下?』

 ざわっと、背筋が凍るような気配が壁一枚挟んだ音楽室の方から出現した。


『では準備は良いですか? おほん――「鬼。解放」』


 ギイッと、音楽室の扉が開かれる音がした。そして廊下をドス、ドスと重い足音を立てながら巨大な何かが通過していく。

「「…………」」

 反射的に俺と狛野は身を低くし、万が一にもそいつに見つからないよう息を止めた。

 つけっぱなしだったケータイの画面には、俺たちが隠れている部屋のすぐ外の廊下を歩く一匹の怪物の姿が映っていた。



          * * *



『キマイラ』

 腹の声が小さく唸る。

『ギリシャ神話を原典とする血統書付きの怪物だよね。ライオンの頭に山羊の体、尻尾は毒蛇だっけ。後世には色々とアレンジが加わったけど、要するにいろんな動物が混ざった怪物ってイメージは共通かな』

「ああ、そして魑魅魍魎跋扈する月波市つっても、キマイラなんてマジのバケモンは一人しかいねえ」

 スマホの画面には、両肩に山羊の頭を生やして毒蛇の尻尾を振り回し、炎を吐いて黄組の連中をあっという間に蹴散らして残念賞部屋送りにした怪物が誇らしげに雄たけびを上げていた。

「ありゃあ、生徒会会計の針ヶ瀬(はりがせ)じゃねえか……!」

 何やってんだあいつ!

 と、再び校舎内にチャイムが鳴り響き、須々木の声が聞こえてきた。


『はい。さっそく洗礼を受けたみたいだね。これは一定時間経過ごとに発生する特別イベントだよ。僕たち高等部生徒会役員の誰かがフィールドに乱入して一定時間暴れまわるよ。生徒会も魔導具を装着していて皆のHPを削りに行くよ。頑張って逃げてね。生徒会に倒された人のポイントはペナルティとして最終的に没収されてしまうから気を付けてね』


「おいふざけんな!?」


『もちろん反撃してもいいよ。高めだけど生徒会にもHPは設定されてるからね。倒すことができたら特別ボーナスポイントとしてトドメを刺した人に100点が加算されるよ』


「それ、生徒会の奴が自分のクラスの陣営を贔屓するだろ!?」


『今生徒会が自陣を贔屓しないか心配する声が聞こえてきた気がするからちゃんと説明しておくよ。イベントに参加する生徒会は魔導具のサングラスを付けているよ。これをつけると競技参加者全員が個体識別ができない無個性なモブキャラに見えるようになるよ。声も聞こえないし魔力探知の類も封じてあるから贔屓はできない仕組みになってるんだ。むしろそういった枷がある分戦いやすいかもしれないね』


「針ヶ瀬みたいな真性の怪物に銃一本でどうやって挑めってんだよ!?」


『イベントが発生したら今後もこうやってアナウンスしていくからよろしくね。ちなみに今発動中のイベントはあと五分で終了だよ。時間が来たら生徒会はスタート地点に帰るけど帰り道にエンカウントしたら普通に襲うから油断しないでね』


「って、まずい!? あと五分であいつ帰ってくるのかよ!?」

「……今のうちに移動しておいた方が良さそうだな」

 狛野と顔を合わせ、頷く。

 針ヶ瀬は俺たちがいる裏の音楽室から出て行った。帰り道に音楽準備室を覗き込まれたら一巻の終わりだ。

「つーか狛野、音楽室に待機してた針ヶ瀬の匂いは分かんなかったのか」

「……全く。恐らく術か何かで消しているんだろう」

「クソが! とにかく、ここを離れ――」


 ――コー、フー、コー、フー……!


「「…………」」

 廊下に出てすぐの曲がり角のところに、巨大なサングラスを付けたライオンと山羊の頭がニヤニヤと笑みを浮かべながら待っていた。

 ――ガアアアアアアアアアアッ!!

「何でそんなとこで待機してんだクソが!?」

「……周囲を探知できないって、嘘だろ!」

『いいから走って!!』

 俺も狛野も人外の脚力で全力で駆けるも、追撃者もまた人外である。一向に差が開けない。というか、針ヶ瀬の奴、校舎に防護魔術がかけられていて破損を気にしなくていいのをいいことに、狭い廊下に巨体をぶつけながら全力疾走してきやがる。

「埒が明かん!」

 スピードを緩めないよう気を付けながら銃口を背後に向け、引き金を引く。


 ダァン!!

 ――ガアアッ!!


「ビクともしねえ!?」

 ライオンの顔面に当たったはずなのだが、速度が全く緩まない。それどころか顔面に一発貰って軽くキレたのか、口の周りからバチバチと音を立てながら炎が漏れ出している。

「HP高すぎだろ!? 何発入れれば倒せんだよ!?」

「……騒ぐな! そこの階段、下だ!」

 先を走る狛野が指示を出す。見れば、階下へ続く階段がすぐそこまで近付いてきていた。

 上履きの底からキュィィィィィッ! と不快音が鳴る速度で急カーブを決める。そしてそのまま階段を駆け下りようとしたら、ちょうど階段を上がってくるペアとエンカウントした。

「……跳べ!」

「うおおおおおおおおおおっ!?」

 危機一髪。

 何とか二人の頭上を跳び越え、踊場へ着地する。そしてどこの陣営かは見えなかったが、二人には針ヶ瀬の時間稼ぎをしてもらう!

 しかし。

 ――ガアアアアアアアアッ!!

「何でだあ!?」

 一つ下の階までジャンプで着地したところで、踊り場に針ヶ瀬の巨体がドスンと音を立てて降ってきた。

『なんでおれたちの方に向かってくるの!?』

「絶対あいつ、俺らだって気付いてんだろ!?」

 ふざけんな、あのグラサン壊れてんじゃねえの!?


 ……結局、針ヶ瀬はその後も俺たちを五分間追い回し続けやがった。

 今まで稼いだポイントだけは死守するために全力で逃げ回った結果、何とか生き延びることはできたものの、何発か吐き出された炎がかすって無駄にHPを削ってしまった。結局イベント終了後は減ったHPを気にかけすぎて日和ってしまい、碌な立ち回りができずあっさりと他の陣営の連中に狩られてしまった。

 クソが!!

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