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だい ろくじゅうご わ ~煙々羅~

「――プログラム第二番、理事長挨拶」


「えー、児童生徒皆並びに保護者の皆さま、おはようございます。こうやって表舞台に出てくるのは入学式以来となってしまいました、理事長の菅原(すがわら)と申します。皆さん覚えてますか? ……苦笑い一つ起きませんね。理事長悲しい。ほんとはね、もっとじゃんじゃん色んな行事に首ツッコミたいんですけど何分忙しくてね。その分、各部生徒会員や顧問の先生方にはいつも助けられてね、もう本当に優秀。我々経営陣の出る幕なしっつってね。まあそれがある意味一番いいんでしょうけども。まあともかく、今日私から言うことなんて、だからそんなないんですよね。皆仲良く、怪我なく、今日の体育祭盛り上げていきましょう! 以上!」


「――ありがとうございました。続きましてプログラム第三番、選手宣誓。男子代表、高等部2年M組斎藤君。女子代表、高等部2年A組木村さん」


「「はい!」」


「宣誓!」「我々、選手一同は!」「スポーツマンシップに則り!」「日頃の鍛錬と!」「技術の切磋の成果を!」「今日この日に惜しむことなく発揮し!」「正々堂々と!」「戦い抜くことを誓います!」



          * * *



「と、まあそれっぽく始まったわけだけど、うちの体育祭って割と緩いんだよね」

 ビャクちゃんと朝倉(あさくら)を連れ、僕はのんびりと学園内のメインストリートを歩いていた。

「緩いっていうと……?」

「初等部から中等部、高等部合わせて児童生徒3000人以上。この規模の団体行動なんて訓練された軍隊でもない限り無理だからね。初等部のいい子たちならともかく、中等部以上のやんちゃ共にこんなお祭り騒ぎの中じっとしてろなんて端から諦めてるんだ。だからちゃんと出場種目に集合して学園の敷地外に出なければ基本的に自由行動が許されてるんだ」

「それは確かに緩いかも……」

 ついでに言うと開会式を行ったドームはともかく、他にも4つのグラウンドを並行使用して各種目を実施している辺り、団体行動を諦めるどころか開き直っている節もある。まあドームに全生徒閉じ込めて2日に分けて開催すれば、もしかしたら3000人規模の団体行動も可能かもしれないが。

 ともかく。

「僕らの出番までまだだいぶ時間あるし、テキトーにグラウンドまわって競技見物するのもアリだけど」

「あ、それなら行燈館の皆の写真撮りにいかない?」

 言うと、ビャクちゃんが肩掛けかばんの中から小さなデジカメを取り出した。

「今日ミノリは午後からしか見に来れないんでしょ? でも結構午前の種目に出てる子が多いから、ヨシキから借りて来たんだー」

「あれ、当の良樹(よしき)さんとあき()さんは?」

「二人とも、運営の手伝いのバイトだって」

「あー」

 そう言えば、毎年生徒会と体育委員会、それぞれの顧問だけじゃ手が回らないからOBOGにバイト扱いで手伝ってもらってるんだったか。最近あの二人、他のバイトで夜帰ってくるの遅いからちゃんと話せてなくて知らなかった。

「それじゃあ、ちゃんと撮ってあげないとね」

「うん!」

「そうなると最初は……あ、中等部1年生の徒競走が第2グラウンドで始まるみたい」

(いずみ)ちゃんと(くれない)くんがクラス代表で出るって言ってたな。あんまり時間もないし、急いでゴールの辺りで待ってようか」



          * * *



「……よう」

「あれ、明良(あきら)さん」

 第2グラウンドのゴールテープ付近に行くと、ごっつい人影が無愛想な表情のまま小さくこちらに手を振ってきた。高等部2年で、行燈館のハルさんがよく一緒にいるグループの一人である狛野(こまの)明良さんだった。画板を片手に佇んでいるところから、順位の記録係らしい。

「そう言えば明良さん、体育委員会でしたね」

「お、お疲れ様です……」

「行燈館の子たちがゴールするところ写真撮りたいから、この辺にいてもいい?」

「……そこのラインから後ろが撮影場所だ」

 指さす先には既に何組もの保護者が「どこの業者?」と突っ込みたくなるような本格的な機材やカメラを展開しながら、我が子のスタートを今か今かと待ちわびていた。

「……体育祭の様子は映研や放送部が撮影してるし、終わったら編集したやつが配られるんだがな」

「でもやっぱり、我が子の活躍は編集なしで記録したいんじゃないかな」

「……そんなもんか」

 等と話していたら、遠くからパァン! と破裂音が聞こえてきた。見ると、さっそく一組目のスタートが始まってしまっていた。

 僕らも慌てて指定の撮影ラインまで下がり、ビャクちゃんがたどたどしい手つきでデジカメを起動する。

「泉ちゃんたちは何組目……?」

「えーと、泉ちゃんが6組目、紅くんが8組目だったかな」

「イズミは一番小さいし、クレナイは背がおっきいから分かりやすいね」

 ほら、とビャクちゃんがデジカメの画面を見せてきた。ズームしてやや画質が落ちたその画面を朝倉と二人で覗き込むと、スタート地点で待機している生徒の中で、一人やけに背が高い子が緊張した面持ちで遠くを見ていた。

「分かりやすい」

「紅くんおっきいねえ……わたしと同じくらいあるんじゃないかな」

「マナ、今何センチ?」

「んーと……165かな」

 確かに、朝倉も高1女子としてはなかなか背は高い。春の身体測定で聞いた紅くんの身長が163くらいだったと思うが、今はそれよりもさらに伸びている。下手したら朝倉を超えているかもしれない。これは、中3からきっちり身長が止まってしまった172センチの僕は早々に抜かれてしまいそうだ。

「もうちょっと頑張ってほしかったなー、僕の身長」

「そうなの?」

「180なんて我儘は言わないけど、せめてあと3センチ欲しかったかも」

 僕の個人的な考えだけど、175センチが「お、でかいね」って感じるラインな気がする。

「……そう言えば、ビャクちゃんは何センチなの?」

「うーん、この姿だと148かな? おっきいほうだと160ないくらい。ちゃんと測ったことないから分かんないけど」

「ふーん……」

 と、朝倉がケータイを取り出し、何やら操作をする。一体なんぞやと思いつつも覗き込むのも失礼な気がしてぼんやりと眺めていると、ビャクちゃんにだけ見えるよう画面を差し出した。

「…………」

 静かに画面を追うビャクちゃん。そして最後の方まで読み終えると少し無言で考え込み、唐突にポン! と煙を纏い、大人の姿に変身した。

「ふむふむ」

「え、なに?」

「……ほーほー」

 腕を組んで体を密着させてきたと思ったら、顔をふいっと上げてこちらをじっと見つめてきた。いつもよりも近くなったビャクちゃんの綺麗な青い瞳にドキドキしていると、朝倉の方に向き直ってぐっと親指を掲げた。

 それに対し、朝倉もあまり見ない自信たっぷりな表情で親指を掲げる。

 何だというのだ、一体。

「さて、そろそろイズミの番だね」

「……だね」

「え、本当に何だったの今の」

 大人の姿のままデジカメを構えるビャクちゃんと、スタート地点に目を向ける朝倉。僕は困惑しながらも踏み込んでいいのかよくわからず(大したことではない気もするが)、とりあえず二人に倣ってスタート地点を眺める。

 流石に遠くて肉眼では表情までは見えないが、一人だけやけに小さいのが泉ちゃんだろう。

 パァン! とスタートの合図が鳴る。

「……って、速い!?」

「え、待って待って、カメラで追えない!?」

 ズームでスタートからアップで撮影していたらしいビャクちゃんが、一瞬で画面内から消えた泉ちゃんに混乱する。慌ててズーム機能を解除するが、既に泉ちゃんはコースの半分まで来ていた。

 そこからさらにカメラの自動ピント機能が動き出す間に、泉ちゃんはすぐそこまで辿り着いていた。

「ゴーーーーーールっすーーーーーーっ!!」

 他の走者と圧倒的な差をつけて一着でゴールテープを切った泉ちゃんは、そのままの勢いで僕たちの方へ突っ込んできた。前のめりになると身長的にちょうど僕の鳩尾に突っ込んでくる形となった泉ちゃんをなんとか両手で受け止め、朝食リバースを回避する。

「ユー兄ぃ! 見に来てくれたんっすね!」

「あー、うん。速いねー……」

「へっへっへ、中等部一年の韋駄天ったあボクのことっすよ!」

 確かに、この身長だと歩幅的に不利だろうにこの速度、才能と努力を感じる。

「あぅ……でもゴメンねイズミ……あんまりちゃんと撮れなかった……」

 耳と尻尾をペタンと伏せながらビャクちゃんがデジカメの画面を見せてくる。覗き込むと、きちんとぶれずに画面に収まっているのはスタート直前の一枚のみ。そこから先は画面端に靴だけ映ってたり、ぼんやりとした何かの影しかなかったり、ピントがはるか後方の子に合っていたりと、散々だった。

 これはさすがの泉ちゃんもショックだろうかと顔色を窺うと、逆に泉ちゃんは自信たっぷりに「ふっふっふ」と怪しげな笑みを浮かべていた。

「これはつまり、ボクのスピードはカメラ如きじゃ捉えられないって証明されたってことっすね」

「あ、そう受け止めるんだ」

 ビャクちゃんのカメラ操作がおぼつかなかったのが一番の理由だと思うけど、言わぬが花だろう。

「これはボクたち緑組の勝利は決まったようなもんっすね!」

「お、言うじゃん。まだ1種目目だってのに」

 緑色の鉢巻きを指さしながら自信たっぷりに笑う泉ちゃんに対し、僕も凄み返す。確かに1位の配点は高いものの、まだまだ体育祭は始まったばかり。これからさらに配点の高い団体競技がたくさん控えているため、こんなところで小銭を稼いで勝ち誇っていると足元をすくわれるぞ。

「負けないっすよー!!」

 などと笑い、泉ちゃんがぶんぶん手を振りながらクラスの子が集まっているらしい方へかけていく。それに手を振り返しながら、ビャクちゃんが「よーし」と意気込みながらカメラを弄る。

「クレナイの撮影は失敗しないんだから」

「お、こっちもやる気だ」

「……あ、スタート地点に並んだよ」

  パァン!


「……あ、皆来てたんですね」


「「「……え?」」」

 いつの間にか、目の前に紅くんがいた。

「え、あれ……?」

「いつスタートしたの!?」

「??? さっきの合図でスタートして、たった今ゴールですけど」

「いやいや!? 速いとかそういうレベルじゃないって!? 何その瞬間移動!?」

 当然ながら撮影も何もできていない。あんなの撮れるわけがない。

 と、近くの運営テントからツインテールに黒いジャージの小柄な先生が駆け寄ってきた。中等部の頃の担任だった、鍋島(なべしま)先生だった。

「く、クレナイちゃんクレナイちゃん! ちょっとちょっと、徒競走では能力禁止だって!」

「先生、お久しぶりです」

「あ、ユタカちゃんやっほー。元気してるー?」

「元気でーす」

「それより、ダメだよー。徒競走は走るだけ! 能力使っちゃダメって、聞いてなかった?」

「え……あの」

 紅くんが言い淀み、赤ら顔がさらに赤くなっていく。どうやら今の瞬間移動は天狗の力を使ったらしい。

 確かに、この体育祭は一部の技能走や団体競技を除いて妖怪の力や異能の使用は禁止されている。今みたいに徒競走で瞬間移動なんてされたら、見えるだけの人間なんて勝ち目はない。

「……そう言えば、言ってました。すみません、忘れてて……」

「もー……ルール上、今のゴールは認められません。時間もないからやり直しもなし」

「す、すみません……」

 大きい体の紅くんがしゅるしゅると小さくなっていく幻覚を見た気がする。まあ、だいぶ緊張していたみたいだし、「全力で走らなければ」ということで一杯になってルールが頭からすっぽ抜けてしまっていたのかもしれない。

「紅くんのアホー!? 何やってるんっすかー!?」

 遠くから、泉ちゃんの罵倒が聞こえてきた。



          * * *



「…………」

「…………」

「…………」

 他の行燈館のメンバーが出場している競技の写真を撮ってまわっていたら、ハルさんが出場予定だった障害物競走に若干遅刻してしまった。とは言えゴール地点に到着した時にちょうどスタートの合図が聞こえてきた程度で、スタートの瞬間は撮影できなくて残念だった、くらいだ。そもそもハルさんはあの長い綺麗な金髪のおかげで遠くからでも一発で識別可能だから、スタート地点で探す必要はない。

 ……はずなのだが。

「……え、アレ、ハルさんでいいよね」

「うん……あってるはずだけど……」

「…………イメージ…………」

 文化祭で二大美声と称されミスコンに出場させなかったこと多方面から悔やまれた赤い鉢巻きの美人留学生が、額にバットを押し当ててその場で回転し、フラフラの足取りで平均台から落下して人口の水溜りでずぶ濡れになり、濡れたまま小麦粉に顔を突っ込んで口に飴を咥え、むやみやたらと綺麗なフォームで駆け抜けて一着でゴールを決めた。

「…………」

「…………」パシャー パシャー パシャー

「…………」

 ビャクちゃんが無表情で押し続けたカメラのシャッターが虚しく響いていた。

「ん? ああ、3人とも、写真を撮りに来たのか?」

「…………」パシャー

 と、顔を小麦粉塗れにしたままハルさんがこちらに気付いて近寄ってきた。それを無言で撮るビャクちゃん。……アレ、本当にハルさんだよな。

「えっと……色々突っ込みたいんですけど……」

「ん、何かあったか?」

 腕を組み、首を傾げるハルさん。

「何でハルさんがこんなコッテコテの障害物競走出てるんですか!? こういうの(きょう)さんの仕事でしょ!?」

「む、それはクラスメイトの皆にも言われたな。だが私は何としてもこの障害物競走に出たかったからな、強引に志願させてもらったのだ」

 頼むから、その恰好でいつもの美声とイケメン口調で喋らないでもらいたい。シュールすぎる。

「このような愉快な競技は母国にはなかったからな」

「だからって……」

「皆、私の日本語が流暢なせいで忘れている気がするが、私はこれでも留学1年目だからな。こういう分かりやすい日本っぽい物には興味津々なのだ」

「……まあ、ハルが楽しそうならそれでいいんだけど……」パシャー

 微妙な顔をしつつもシャッターを切る手は止めないビャクちゃん。ハルさんの白塗りの写真が無駄に増えていく。

「海外にはこういう障害物競走ってないんですか……?」

「さあ、どうだろう。競技としての障害物競走はあることはあるが、アスレチックの公式競技とかで大人が出るイメージが強いな。そもそも、私からすればこの体育祭というものが物珍しい」

「え、海外に体育祭……っていうか、運動会ってないんですか?」

「近いものはないわけではないが、ここまで大々的なのはないな。卒業生が遊びに来て、パーティーを開きつつ球技に興じるといった感じか」

「いえ、この規模は日本でもあんまりないです……」

 と、ごく普通の小中学校を卒業した朝倉が苦笑する。

「あ、いたいた。ハルー」

「うわ、なんでその顔のままなのよ」

 後ろの方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。振り返ると、宇井(うい)さんと例の一件の後に月波学園へ編入することとなったエルフのライナが近寄ってきていた。二人とも額に青い鉢巻きを巻いている。

「ああ、宇井とライナか。どうした?」

「うーん、何その顔。小麦粉?」

「うむ。名誉の負傷だな」

「白塗りに名誉も何もないでしょう。あーもう、シャツまでびしょ濡れじゃない。冬服の厚い生地だからいいけど、夏だったらこれ透けるわよ」

 言うと、ライナは魔術で水球を生み出してハルさんの顔に押し付ける。人魚故に水中で呼吸ができるハルさんは特に慌てる様子もなくなすが儘に顔を洗われ、続いて生み出された小さな火球で全身を乾かされる。

「やっぱ魔術って便利だな」

「ユッくんも習ってみる……?」

「んー、実は前に藤村(ふじむら)先生に見てもらったことがあるんだけど、僕ってビックリするくらい適性がないらしい」

 そしてその後に祖父さんに聞いたら、穂波(ほなみ)家には代々西洋由来の魔術の才能がこれっぽっちもないらしかった。元々が葛葉(くずは)さんの記憶を継承するためだけに生まれた血筋だし、不要なものは極力避けて通り続けた弊害なのかもしれない。

 まあその分、穂波の術式は過剰なほど火力が有り余っているんだけど。

「で、どうしたんだ? 私に何か用だったんじゃないのか?」

「ああ、そうそう。お昼どうする? 集まってお弁当広げられそうなところ探そうと思ったんだけど」

「なるほど。もうそんな時間か。実は(みのり)さん――下宿先の管理人さんが全員の弁当を持ってきてくれることになっていたんだが」

「あ、そう言えば忘れてた」

 思い出し、僕はポケットに突っ込んでいたケータイを取り出して画面を開く。すると案の定、いくつか通知が届いていた。確認すると、あと少しで学園に到着しそうだからどこに行けばいいのか教えてほしいとのことだった。

「……正門の近くの一般入場受付集合……っと、これでよし。ついでに他の連中にも通知入れて……。ハルさん、そこに行けばお弁当が待ってるので」

「おお、ありがとう。ではさっそく受け取りに行くか。ユー介も行くだろう?」

「はい、ついでなので」

「ちょっと遠回りになるけどマナも一緒に来る? ていうかお弁当どこに置いてるの?」

「あ……私はお弁当用意してなくて。適当に食堂で食べようかなって……」

「姉さん、個人用の弁当以外にも大量におかず作ってきてるみたいだから食べてってよ。むしろ消費手伝って、この量やばい」

 言いながら朝倉にケータイの画面を見せる。そこには重箱にぎゅうぎゅうに詰め込まれた子供の夢のようなメニューのおかずが映っていた。写真に写っている限り、八段分はある。興に乗ってしまったとメールに書いてあるが、限度を知ってほしい。

「こ、これはすごいね……」

「あ、じゃあユーユーたち一緒に食べようぜ! わたしとライナで場所探しとくから!」

「妹も誘っていいかしら。貴方達に久しぶりに会いたがっていたから」

「もちろん! じゃあ場所は僕のケータイに連絡お願いしますね」

 手を振りながらその場を離れる宇井さんとライナ。その背中を見送りながら、僕らは連れ立って正門の方へと歩き出した。



          * * *



 正門の近くまで行くと、待っていたのは姉さんと意外な組み合わせだった。

「あれ、羽黒(はくろ)さん……と、卯月(うづき)さん!?」

「よーう、ユウ。綺麗どころ連れ歩いて、いい気なもんだな」

「…………」

 左頬に横一文字に奔る火傷のような刀傷を拵えた目つきの悪い長身の男――(あずさ)白羽(しらは)ちゃんと実兄の羽黒さんと、三人の実母である着物姿の卯月さんがのんびりと手を振ってきた。

「ユーくん、ケータイはちゃんとチェックしてください。お姉ちゃん、こんなおっきな荷物持ったまましばらくこの辺ウロウロしてたんですよ?」

「それはごめんだけど、いや荷物がでかくなったのは半分は姉さんのせいだと思うけど」

 ちらっと近くのベンチに置かれた巨大な風呂敷包みに目をやる。案の定、写真に写っていたもの以外にも用意したらしく、物凄い高さになっている。個人用の弁当は僕が通知を流してすぐに全員取りに来たらしく、僕とビャクちゃんとハルさんの三人分しか残っていないが、行燈館のメンバー全員分のを加えるととても一人で持ってこれる量ではないと思うんだが。

「ま、これ運んできたのほとんど俺だけどな」

「羽黒さん、しーっです!」

「やっぱり」

 ちょいちょいと僕らの後ろの駐車場を指さす羽黒さん。少し離れたところに見覚えのある羽黒さんの黒いスポーツカーが留っていた。どうやら羽黒さんの運転でここまで運んで来たらしい。

「すみません羽黒さん、うちの姉がご迷惑を」

「別にいいぞ。知らん仲でもないし、俺も用があったからな」

 言って懐から取り出してきたのはハンディカメラだった。

「親父殿は軽々にこういう場に来れんからな。お袋はこういう機械に弱いし、撮影担当だ。ほれ」

 羽黒さんはそう言いながら再生ボタンを押す。そうして僕らに画面を見せてきたので覗き込むと、


『――第一グラウンドプログラム六番、初等部三年生による、ダンスパフォーマンスです。テーマは「もりのくまさん」です。息の合ったダンスを、ぜひご覧ください』

『なんで白羽がこんな幼稚なお遊戯に付き合わなければならないんですの!?』

『しらはちゃん、がんばろうねー』

『おー!』

『……ええい、こうなればヤケですわ!?』


 むやみやたらにキレのあるダンスで周囲から浮きまくっている白羽ちゃんの雄姿がそこに映っていた。

「「「「…………」」」」

「精神年齢は九歳だが、蓄積された知識量は三十年分近いって考えると、ウケるよな」

「白羽ちゃんダンス上手いですねー」

「…………」

 のほほんと画面を眺める姉さんと、にこにこと音楽に合わせて首を振る卯月さんには涙目の白羽ちゃんが見えていないのだろうか。

「あとまあ、梓と白羽ともみじの弁当も届けに来たんだがな」

「あ、そう言えばその三人も誘おうと思ってたんですけど」

「あー、なんか梓ともみじは午後の準備があるとか言って弁当だけ掻っ攫ってさっさと校舎に帰っていったぞ。白羽もさっき弁当受け取って、クラスの連中に押し流されていったから戻ってこれねえだろ」

「あの白羽ちゃんを勢いで押し流すクラスメイトたちのポテンシャルやばくないですか」

 流石にエネルギーの塊みたいな子供たちは格が違う。

「つーわけで、俺の仕事はほとんど終わったわけだが、お袋、どうする?」

「…………」

「最後まで見る? まあいいけど。梓も白羽もそれぞれ飯食うみたいだが、俺たちはその辺の食堂で済ませるか?」

「あ、羽黒さん、卯月さん。どうせなら僕らと食べませんか? この弁当の山、どうにかしないといけないんで」

「え、これまだ配ってない弁当じゃねえのかよ」

「いっぱい作っちゃいました。えへっ」

「可愛くごまかしてもダメだよ姉さん。というか、個人弁当以外にこんだけ作ってどうすんのさ。朝倉と羽黒さんと卯月さんの分を差し引いても、まだかなり多いよ」

『それなら、ウチのにーちゃんにも食べさせてやってくれない?』

「お?」

 頭上から少女の声が降ってきた。見上げると、冬用コートに身を包んだ半透明の少女――藤村先生の妹である幽霊のアヤカさんが宙を漂っていた。

『ウチのにーちゃん、ホントにご飯に頓着しなくてさー。今日も職員室でカップ麺とか食べるとか言ってんの』

「おやまあ。修二(しゅうじ)の奴、変わってねえなそういうとこ」

『出されればなんでも食べるけど、自分で用意したり食べに行ったりって滅多にないんだよねー』

「藤村先生が痩せてる理由ってその辺が原因だよね……」

 魔術の個人指導を受けていてかかわる機会が多い朝倉も苦笑を浮かべる。心当たりはあるらしい。確かに藤村先生に肉付きが良いイメージはない。夏休みの学習合宿の時に見た水着姿もひょろかった。

「むむむ、食べ盛りの男の人がそんな食生活ではいけないと思います。どうでしょう、私がお弁当作りましょうか?」

「え、姉さんが?」

『何それメッチャ助かるんですけど!?』

「行燈館の皆さんのお弁当を作るのもお仕事ですからね。十人二十人に一人増えたところで手間は変わりませんよ」

『やったぜ! それじゃあウチはにーちゃん連れてくるねー』

 そう言い残し、ふよふよと宙を飛んで離れるアヤカさん。その背中を見送っているとケータイに着信が届いた。中を確認すると、宇井さんから「教育学部A棟前の噴水広場で場所確保中!」との連絡が入っていた。

「教育か、すぐそこだな。ほら、ユウ。半分持て」

「あ、はーい」

 ケータイを覗き見ていた羽黒さんが風呂敷包みの一つを僕に押し付け、自分はもう一つを手に取る。思ったよりも人数が増えてしまったランチ一行をぞろぞろと引き連れながら、僕らは宇井さんが待つ教育学部の方へと歩き出した。



          * * *



『よーうオマエラ! 待ってたぜー!』

「お弁当楽しみだなー」

「…………」

 そりゃ、教育学部ならいるよなー。

 噴水広場にあった休憩用のテーブルと椅子を掻き集め、ちょっとしたパーティ会場を設営していた射撃部部長のイヴさんが白ウサギのぬいぐるみ(ルーイン)の手を振って出迎えた。これには流石のコミュ力お化けの宇井さんもどうしていいのか分からず苦笑を浮かべ、あからさまに妖しい人物の登場にライナは妹のレイナを庇うように立っている。

「イヴさんは体育祭の運営のバイトはないんですか?」

 いつも通りのゴスロリドレスを身に纏ったイヴさんはとてもじゃないがグラウンドでの立ち商売に向いていない風に見える。

 すると案の定、「そんなわけないじゃーん」とケラケラ笑いながら首を振った。

「アタシはああいうの好きじゃないからねー」

『割は良いみてぇだが、オレたちゃ別段金に困ってるわけでもねぇからよ!』

「…………」

「すごーい、魔術を使ってるわけでじゃないよね?」

 腹話術で会話をするルーインに不審そうな視線を向けるライナと素直に感嘆するレイナ。僕はこのノリに慣れるまで半年くらいかかったが、レイナはだいぶ受け入れるのが早そうだ。

「お待たせしましたー」

『にーちゃん連れて来たよー』

 と、職員室から引っ張り出されたらしい藤村先生とアヤカさんも合流した。それを確認した宇井さんが「よし、これで全員かな」と頷いた。

「あれ、ねえウイ。キョウたちは来ないの?」

「あー、あのバカは『敵と昼飯は食えん!』つって野郎だけで集まってたわ」

「あはは……なんか、ぽいですね……」

「ハルはどうなるのよ、それ。ハルも彼らと同じ赤組じゃない」

「ん? 私は気にしないぞ。……まあ、少し寂しくはあるが、仕方ないさ。経と狛野は午後の混合団体戦に出る予定だし、だいぶ気合が入っていた」

 げ、あの二人が組んで出てくるのか。

 ハルさんからもたらされた情報に顔をしかめる。あの高等部二年屈指の脳筋二人が相手となると、ルール次第でだいぶ旗色が悪くなる。

「…………」

 ちらりと宇井さんの顔色を窺うと、特に気にした風もなく、分かりやすい行動を示した経さんたちにありったけの罵詈雑言を並べているだけだった。一応ルールは未発表なのだが、どんな競技になるか大よそ見当をつけているのかだいぶ余裕に見える。

 ……まあ、梓が僕らを強制的に組ませた時点で、競技内容はだいぶ絞れるが。

「はーい、準備できましたよー」

 と、テーブルの上に弁当を広げていた姉さんが手を叩いて視線を集めた。

 重箱に詰められた色とりどりのおかずたちに、羽黒さんを含めて「おお」と感嘆の声が漏れた。重箱に詰めてまだ時間も経っていないためか、まだ湯気も昇っている。

『はいはい、皆箸をどーぞー』

 アヤカさんがポルターガイストを利用して全員に割り箸を配る。それを受け取り、各々席に座ると何故か全員の視線が僕の方へと流れ始めた。

「え、何?」

「ではユッキュンから一言もらおうかなー」

「ええっ!? 何で僕なんですか!?」

『そういう空気出来てんだから諦めろよ! ウケケケ!』

「イヴさんやってくださいよ、部長で慣れてるでしょ!?」

「アタシは射撃部の部長であってこの集まりの代表じゃないもんねー。むしろお客だしー?」

「じゃ、じゃあ羽黒さん……」

「おいおい、俺も客だぜ? 年少者なんだから先輩の無茶振りに応えてなんぼだろ」

「そういう前時代的なノリ良くないと思いまーす!」

「だがそうなると、真奈がやることになるがいいのか?」

 急に名前を呼ばれ、びくっと震える朝倉。

 た、確かにこの中で最年少は僕と朝倉だ。ビャクちゃんは高等部一年ってことになってるけど、年齢がはっきりしている面子の中だと断トツの年上だし、レイナは中等部二年だけどそもそもエルフだ。

 ……僕がやるしかないか。

「えー、じゃあ、ご指名がありましたので」

 諦めて空を見上げる。ああ、雲一つない快晴だなあ……。

「今日は素晴らしい晴れ空で絶好の体育祭と弁当日和となりました。このお弁当を作ってきてくれた姉さんと、晴れ空を維持するために奔走したらしい生徒会の皆さんに感謝をしつつ――」

「「いただきまーす」」

『『『いただきまーす』』』

「僕の挨拶は!?」

「いや、ユウ、思ったよりしっかりした挨拶だったうえに長ぇんだもん」

「こういうのは手っ取り早く『合掌、いただきます』でいいんだよユーユー」

 挨拶の締めを掻っ攫っていった羽黒さんと宇井さんが弁当の唐揚げを奪い合いながら、ニヤニヤと笑っていた。



          * * *



「煙々羅」

 藤村先生が空を見上げながらぽつりと呟いた。

「万物に魂が宿り、様々な物に意思が宿るこの国でも珍しい、煙や雲がモチーフの唯一妖怪だね。煙をぼんやりと見るような心にゆとりのある人にしか見えないと言われていて、煙に人の顔が浮かび上がった姿で描かれることが多いね」

「今年はそいつがこの『晴れ』を作ってんのか」

 卵焼きを齧りながら羽黒さんが不思議なものを見る目を藤村先生に向けている。

「昔っから体育祭に晴れるように何かしらの手段を使っていたがよ、煙々羅使うのは聞いたことねえな」

「珍しい妖怪だからじゃないんですか?」

 尋ねると、羽黒さんはイヤと首を振った。

「それもあるだろうが、そもそも非効率だろ。何のために魔術師を教員として大量に抱えてんだ。こういう時にパパッと術を発動させるためだろう」

 そう言えば、藤村先生も学園祭の時は率先して設営の準備を手伝っていた。

 視線を藤村先生に向けると、にこにこと笑いながらアスパラのベーコン巻きを食べていた。

「煙の妖怪が周囲の雲食って雨が降らんようにしてるんだろうが、絶対術使った方が楽だろ。雲の水分で体が膨れ上がるぞ」

「うん、まあ僕は理由は知ってるんだけどね。教えられないかな」

「あ、何でよ」

 首を傾げる羽黒さん。しかし何やら事情を知っているらしい藤村先生は僕と宇井さん、ビャクちゃんと朝倉を見ながら笑うばかり。

「何ですか、教えてくださいよー」

「えー。一応口止めされてるんだけど……」

 まあ強いて言うなら、と何やかんやヒントをくれるのが藤村先生の優しいところだね。


「午後の混合団体戦、『廊下に気を付けて』って感じかな」

「ますますわからないです……」

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