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だい よんじゅうよん わ ~化鯨~




「……藤村ふじむら先生」

「はい、何でしょう、風間かざま先生」

 朝四時。

 砂浜から海の家が建つ高台へと登るために設置された階段に腰掛け、僕は呆然とただソレを眺めていた。

 九十九海岸のある湾内に発生した季節外れの朝霧。朝陽も登り切り、次第に薄れていくそれのさらに向こう側。

 昨夜に突如発生した大量の海女房と思われる妖怪の対処をしていたら、いつの間にか夜が明けてしまった。徹夜による眠気を堪えるためにサングラスをずらして眉間を揉みつつ、隣に座って呆然としている風間先生に応える。

「アレは何だ……?」

「いや、僕だって分かりませんよ……」

 本当は僕の魔力の源である瞳によって、アレの正体は大よそ見当がついてはいる。が。それは風間先生の観察眼でも同じだろう。

 ただアレは、ぼくたちの知っているソレとは大きくかけ離れている。

 主にサイズ的な意味で。

 と、その時、沖の方から残った朝霧を切り裂くように猛スピードでモーターボートが駆けてきた。操縦しているのはここの管理人で大学からの知り合いの俊之としゆきくん。その後ろには僕の恩人でもある羽黒はくろさんだ。

 ボートは船底を浜辺ですらない辺りで止まり、羽黒さんがザブンと海に入るのを見届けてから所定の保管場所があるのであろう方向へと再び奔り出した。

「クロ、どうだった?」

 浜辺に下りて、僕たちと同じくボーっとしていた鍋島なべしま先生が、海から上がってきた羽黒さんに訊ねる。

「どうもこうもねえよ。俺たちの予想通りだ」

「……マジか」

 違う答えを聞きたかったのであろう鍋島先生はがっくりと肩を落とす。

 僕も大よそ予想はしていたが、流石に現実を突きつけられると愕然とする。

 何がどうなってああなるんだ……。

「……は?」

 背後に誰かが立つ気配がした。振り向くと、今回の合宿の参加者であり、昨夜危うく海女房に襲われそうになったハルさんがいた。かなり早い起床だけど、気になって眠れなかったのだろうか。

「風間先生」

「何だ、ハル」

「あの島は一体……? 昨日まで、あんなものありませんでしたよね?」

 島。

 確かに、言い得て妙だ。

 九十九海岸と外洋をと繋ぐ湾口。自然の崖と人口の防波堤によって区切られた湾の出入り口にすっぽりとハマっている巨大な――巨大すぎる何か。

 目測でも、海面から上の部分だけで幅百メートルオーバー、高さ三十メートルはあるだろうか。

 確かにここからだと島に見えなくもない。

 でも残念ながら、アレは島ではない。

「まあ……何かっつーと……」

 自分でも信じられない、信じたくないという口調で、風間先生がハルさんに答える。

「クジラの頭骨だな」



       *  *  *



「化鯨」

 朝食前、合宿参加者が全員起きてきて浜辺に集合した辺りで羽黒さんが説明した。

「大昔の事だが、最初に姿が確認されたのは出雲だ。クジラらしき姿が確認されて漁師たちが喜び勇んで沖に出てみると、そこにいたのは肉も皮も何もなかい骨だけのクジラの化物だったという」

 そこで言葉を区切ると、今度は湾の入り口を指さした。

「で、アレがソレ」

「……マジか……」

 誰ともなく、そんな呟きが漏れ出した。

 まあ、確かに気持ちは分かるけども。

 化鯨は公式の資料では、その出雲で確認されたのが最初で最後の記録なのだ。その後も何度か目撃例は伝承として伝えられてはいるものの、こうして堂々と姿を現したのは未だかつてなかったのではなかろうか。

 まさにレア中のレア妖怪。

 しかもあの個体は、僕たちの知るクジラの何倍もの巨体を誇る、超大物だ。

 さらに、近くまでボートで近付いて確認してきた羽黒さん曰く、今この浜辺から見えているのは頭骨のごくごく一部、ほんの口先の部分だけだという。その話が本当ならば、全長は一体何キロあるのだろう。

「そんで、ここからが本題だ」

 そう前置きして、改めて口を開く。

「あの化鯨に関して、問題が大きく二つ発生している。一つが、昨夜のあの大量の海女房だ」

 化鯨の伝承には続きがある。

 漁師たちが化鯨に近付いて驚いて呆然としていると、どこからともなく異形の魚と鳥が現れたのだという。それはどれもおどろおどろしく、さらに海と空を埋め尽くすほどの大群で、漁師たちは腰を抜かしてしまったのだという。

 しかし潮が引くに連れ、化鯨はさらに沖へと泳いでいき、異形の魚と鳥たちもまたそれについて行くように姿を消したのだそうだ。

 つまり――

「つまり、昨夜の海女房はあの化鯨について来て、この浜辺に上がって来たということですか?」

 そう羽黒さんの説明をまとめたのは、彼の恋人である白銀しろがねさん。

「まあ概ねその通りだが、正確には違う」

 言って、羽黒さんはその辺に落ちていた昨夜の戦闘の痕跡――妖怪化が解けて魚に戻った元海女房を拾い上げた。すでにカニなど海の掃除屋にたかられ、皮の中の肉を食べられてボロボロになっている。

「この魚はあくまで普通の魚だ。妖怪化するにしてもまだまだウン十年の月日が必要だ。それが何で昨夜は海女房の姿になっていたのかっつーと、簡単な話、化鯨の取り巻きの怨霊共が取り憑いたからだ」

 化鯨は巨大な妖怪だ。

 生き物のスペックにおいて、巨大さというのはある種一番の強みとも言える。それは妖怪にも言えることで、図体の巨大さはほぼそのまま個体の力を示す。例えその妖怪が大人しい種族であったとしても、その巨体により何者かに襲われることはまずない。「ちょっと」抵抗しただけで狩る側は命取りとなるからだ。

 そしてそれを利用するのが、さほど力のない怨霊の類である。

 クジラにコバンザメが群がるように、化鯨には大量の怨霊が集まってくる。

 その怨霊が近くを泳いでいた魚たちに取り憑き、海女房となる。

 これが大昔、出雲で確認された化鯨を取り巻いていた異形の魚と鳥の正体である。

「じゃあ黄昏時……妖怪たちが活発になる頃にまた海女房が出てくるってこと? 化鯨の取り巻きの怨霊に憑かれて」

「そうなるな」

 瀧宮たつみやさん……あ、どっちも瀧宮か。妹のあずささんの問いにはそっけなく返す羽黒さん。

「じゃあ日が傾く前にあの化鯨をどかすか退治しちゃった方が良いんじゃないの? 化鯨ってアンデッド系でしょ? もみじ先輩なら瞬殺じゃん」

「まあそうなんだが、ここで二つ目の問題」髪の毛をガリガリと掻きながら、羽黒さんにしては珍しく困ったような表情を浮かべた。「なんせあの巨体だ。どこかの海の名のある主の可能性もあるし、場合によっちゃ神格化してるかもしれん。退治しちまうと俺たち全員神殺しのレッテルを貼られることになるぞ」

「う……」

「じゃあどかせばいいかって言うと、それもまた難しい。さっき見てきた感じだと、ガッチリ湾口に頭がハマってるし、湾の外の岩礁に体が乗り上げちまってて簡単に動かせない」

「じゃあ……打つ手なしですか?」

「……………………」

 朝倉あさくらさんが呟く。一緒に化鯨を見に来た風間先生の娘さんも不安そうに朝倉さんの手を握っていた。

「ところがどっこい」

 と。

 羽黒さん暗くなりつつあった空気を払拭するように明るく――そして軽薄そうに笑った。

「俺たちは運がいい。アレを力ずくでどかすための手段がしっかりとある」

「何よ、あるんならもったいぶらないで先に言いなさいよ」

 梓さんが不平を口にすると、羽黒さんは「まあ待て」と窘める。

「もうそろそろ来るはずだ」

「え? 何が――」


 どおおおおおぉぉぉぉぉんっ!!


 梓さんが何かを口にしようとした時、耳を劈くような爆音が轟いた。

 何事かと音のする方――湾口の化鯨の方に自然と視線が集まった。

「んなああああっ!?」

 そう叫んだのは藤原ふじわらくんか穂波ほなみくんか、はたまた別の誰かか。

 そんなことは些細なことだ。

 今目の前に広がっているトンデモ光景に比べたら、吹けば飛ぶようなどうでもいいことだ。

「俺も奴の本性を目にするのは初めてだが……。おいおい、予想以上だな」

 羽黒さんも思わず苦笑を浮かべる。

 爆音とともに巨大な水柱が立つ。

 それが収まると、そこには世界樹もかくやというほど巨大な赤黒い柱が何本もそびえ立っていた。柱はウネウネとやけに滑らかに動きだし、化鯨の頭骨に絡みついていく。そしてギシギシと骨が軋む音がここにまで聞こえてくるほどの強引さで、化鯨を湾口から引き抜きにかかった。


「すげえすげえ。ヲタクの奴、ただのドMのデブじゃなかったんだな」

 ……いや羽黒さん、その言い分はさすがに如何なものかと。




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