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だい さんじゅうろく わ ~ブラウニー~




『はいはーい、どーもどーも! 学園祭の片付け中にちょーっと失礼しますよー! いつもお世話になってる方々はこんにちは! 「誰だお前」って感じの方々は初めまして! アタシは私立月波学園高等部二年C組所属、高等部生徒会会計の針ヶ瀬(はりがせ)玲於奈れおなっでーっす! 巷じゃ三年生の会計のナンシーさんと合わせて「悪鬼羅刹の会計コンビ」なんて呼ばれてるけど、そんなおっかないモンじゃないわよー。誰だ最初にこんな呼び方した奴は。怒らないから後で高等部第二校舎裏まで来るよーに!』

『ちょいちょいちょいちょい! も一つおまけにちょい!』

『あ? 何よ白川しらかわ

『いつになく饒舌な所悪いけど、いきなり開始十秒で台本ガン無視して喋り捲らないでくんない!? 台本通りなのが「学園祭の片付け中に失礼」の下りだけってどーよ? 後なんで今更あだ名の発生源探しだすかな』

『あの物騒なあだ名のせいで演劇部の中等部の子たちがアタシに寄り付かないのよ』

『演劇部なら台本無視すんなし』

『アドリブは重要っしょ』

『最初のセリフの八割がアドリブじゃねーか……。あとあだ名の発生源は2Sの藤原ふじわらだから』

『あの野郎っ!!』

『ちょっとどこ行くんだよ生放送中! あとあいつのことだからこの放送聞いた瞬間に逃げ出してるよ!』

『ちっ』

『わーお清々しいまでの舌打ちありがとうございます。そんなんだから中等部の子たちが寄り付かないんじゃねーの?』

『うっせ』

『言葉遣いひっで……。あ、いい加減話進めろ? さーせーん。うちの庶務がおっかない目でこっち睨んでるので話進めまーす。それでは改めましてこんにちは。オレは高等部二年H組所属、高等部生徒会書記の白川正志(まさし)っすー』

『ぶー、白川ぶー』

『ブーイングやめれ。いちいち茶々入れっから話が進まないんだよ。さて、今回なんでオレたち高等部生徒会の面々が放送部のスタジオを間借りさせてもらっているかと言いますと!』

『はい! 毎年恒例「今年の学園祭MVP」の発表のコーナーです! ……ぶっちゃけ、エスカレーターで進学した一年と二年以上の面々はもう知ってるわよね』

『そういうこと言わない。今年から月波学園に入って来た面々が「何だ何だ」ってなってる時に』

『んで、「学園祭MVPって何ぞ」ってなってる方々に一応説明! 白川ヨロシク』

『いやここ、台本だとお前の解説……あー、分かった分かった。ったく……えー、まあ簡単に言いますと、各露店・展示・舞台発表を分野ごとに集客・売上・アンケート結果などで評価しましてですね、そのトップに輝いた団体には特別賞を贈るという物ですね』

『具体的にどんな物が贈られるかと言いますとー……去年MVPに輝いた面々は分かってるよなー』

『やめれて』

『まあこの放送の最後に発表しまーす。楽しみにしててねー』

『全然楽しみじゃねえな……もう少し言いようがあんだろうに……』

『んじゃあ早速MVP発表行きますか!』

『お、もう行っちゃいます? 言っちゃうんですか?』

『行っちゃいますよー。言っちゃいますよー。だってさっきからあずさが「早く発表しろ」すっげえ睨んでんもん。あれ先輩に対する目付きじゃないっしょ。妖怪を狩る陰陽師の目よ』

『まさにその通りだと思うけどな。ま、オレも狩られたくないんで、さっさと発表に移りましょーか!』

『あ、言い忘れてたけど、去年MVPになった団体は今年は自動的に選ばれないのでご了承ください。毎年同じところだとつまらないでしょ?』

『説明乙。ではまず、露店部門から!』

『最初は惜しくもMVPを逃した、総合三位の発表です! ダララララララララララ……』

『え、ドラム口で言うの? 効果音とかないん? しかも無駄に上手いし』

『ジャン! レスリング部「俺たちに腕相撲で勝ったら焼肉食い放題!」』

『おっとこれは意外な結果が出たな。去年の覇者がここで三位とは!』

『レスリング部の焼肉屋は集客・アンケートともに高得点でしたが、売り上げで上位二つと差が出てしまったようですね。出版委員会と新聞部の情報によると、初日に腕相撲で勝った一行が、向こう二日分の材料が食べ尽くしてしまったとか……』

『とんだ大食いがいたもんだな……その辺、お金を扱う役職についてる身から見てどう思う?』

『やっぱ一団体一勝利で食べ放題は危険かな。今回みたいに一団体でものすっごい食べられちゃったら採算が合わないし。その辺も踏まえて、来年に期待ですね。それでも総合評価三位に食いついてきたのはやはり流石っすね』

『はーい、ありがとーございまーす。オレとしては針ヶ瀬がちゃんと働いてくれてることに安心して進められて嬉しいっす。それじゃあ続きまして露店部門第二位!』

『ダララララララララララ……』

『ジャン! ドイツ語研究会……これ何て発音するん?』

『ドイツ語研究会「Gekrösewurst」……つまりは腸詰』

『無駄に発音いいのがムカつく。てか何で読めるんだよ』

『放送開始前に台本読んで予習したからよ』

『あ。そ』

『で、続けて』

『えー、で、ドイツ語研の評価ですが、本場仕込みの美味しい焼きソーセージやフランクフルトがとにかく大好評で、アンケート評価がトップクラスでした。さすがは毎年の上位入賞常連っすね。オレも実際に食べましたけどジューシーでもうヤバかったです。思わず自腹切ってクラスの奴らにも買ってっちゃいました』

『サラッと嘘を言うんじゃねーわよ。後でお金回収したくせに』

『なぜ知っている』

『今年は特に、店頭で実際にウインナーを作って集客を伸ばしていたのが大きな要因でしたね。やっぱり、実際にどんな風にして作っているのか見せるとお客さんは集まりますね』

『さて、続きましてそんな強豪団体を押し退け、今年の露店部門のMVPに輝いた団体の発表です!』

『ダララララララララララ……ジャン!』

『月波大学農学部畜産科! 「豚三昧」!』

『串焼き、ベーコン、中華まん等、様々な豚肉料理が人気を集め、アンケート評価と売り上げがトップでした。アンケート結果を見る限り、豚足やミミガーなどの珍味もウケていたようですね』

『さらに名物の子豚の丸焼きのインパクトでも集客を押し上げ、堂々のMVPと相成りました!』

『いやほんと凄かったわ。アタシも色々回ったけど、ホント畜産科のお店は常に行列! それに丸焼きに付ける甘じょっぱいタレが焦げる美味しい匂いがね、もー堪んないの!』

『あ、ひょっとして丸焼き食べたん?』

『食べた食べた。さすがは畜産科の人たちが丹精込めて育てた豚さんです。美味しい命をありがとう』

『合掌』

『さて、露店部門の総評ですが、今年は全体的に食べ放題系のお店は例年と比べて弱かったわね』

『確かに、過去の記録だと食べ放題店が上位三つを独占なんて年もあったよな』

『一般公開初日にレスリング部を襲ったという大食漢が食べ放題荒らしをしていたという噂もありますが……まあ、そんな年もありますよ。ドンマイ』

『軽っ。ノリ軽っ』

『あと同じ露店でも娯楽系が伸び悩んでたわね』

『娯楽系……金魚すくいとか、輪投げとか?』

『射的とかくじ引きもね。結構な額の資金投与して、いい景品を揃えたところもあるようですけど、どうしてもインパクトでは食べ物に劣っちゃうんですよね。特に最近は変わった食べ物を出すお店が増えてきてますし』

『なるほど』

『でもその分、安定した売り上げを出すのも娯楽系の特徴ね。売り上げだけを見るならトップテンの内、四団体が娯楽系よ』

『なるほど……来年の系列選びがどうなるか楽しみですね』


『さてさて! それでは次は展示部門のMVPの発表です!』

『ちなみに展示部門とは、校舎内での作品展や学習発表、喫茶店や娯楽施設全体の事を指します。今年は屋内団体が多かったため、展示部門をさらに「展示系」「喫茶店系」「娯楽系」に分類し、それぞれMVPを決定いたしました』

『そんじゃー早速行くわよ! 展示系MVPは! ダララララララララララ……』

『ジャン! 天文部の「プラネタリウム ―四季の星々―」です!』

『アタシ個人としては、やっぱりか、って感じね』

『その心は?』

『天文部は過去十年近くコツコツよ部費を溜めていたらしいのよ。何に使うのかなーと持ってたら、高等部第二部室棟の屋上に本物のプラネタリウムを建設しちゃったのよ』

『マジで!? え、教室を暗くしたナンチャッテじゃなく!?』

『ドーム型のガチモンのプラネタリウムよ。去年の段階で申請書は出てたんだけど、アタシも目を疑ったわよ。それが先月末にようやく完成したの』

『はー、なるほど。言われてみれば何かやってるなーって思ってたけど……』

『でもこれ、アタシらの代の生徒会の初めての大仕事だったはずなんだけど。何で白川知らないのよ』

『……………………』

『ラジオで沈黙すんな。放送事故放送事故』

『……………………』

『はい、白川の生徒会でのサボりが露呈したところで次の喫茶店系の発表に――』

『待って待って待ってください針ヶ瀬さん弁明させて下さ――』

『ダララララララララララ……』

『聞いて!?』

『ジャン!』

『スルー!』

『高等部一年F組の「コスプレ喫茶」です!』

『あれ? 1Fって……瀧宮たつみやのクラスじゃね?』

『不正はないわよ?』

『あってたまるか!』

『アンタ知らないの? 1Fのコスプレ喫茶、衣装もメニューも女の子もすっごいレベル高かったんだから! アタシ五回も行った!』

『息を荒げるな! つーか、女の子目当てで行ったのか? そんなんだから演劇で百合の役が回って来るんだ』

『「子猫ちゃん、今夜は寝かせないぞ」』

『無駄にイケボで乗るな! あと廊下から黄色い歓声が聞こえてきたぞ! 何あれお前のファンクラブ!?』

『いやあ、アタシはノンケだって何度も言ってるんだけどねー』

『信憑性うっすいなオイ……。つか、さっさと1Fの解説しろよ。瀧宮がさっきから「巻け」ってカンペ出し続けてんだけど……』

『あーゴメンゴメン。えっと、実は1Fのコスプレ喫茶は一般公開三日目までは喫茶店系だと三位だったのよ。店自体の評価は高くても、来客数は伸び悩んでたのよねー』

『え?』

『それが一般公開四日目で謎の追い上げを見せてブッチ切りの一位独走。そのまま最終日まで逃げ伸びた感じね』

『おい本当に不正はなかったんだろうな!?』

『ないわよしつこいわね。三日目までは客層が男性中心だったんだけど、四日目からは急に女性客が増えだしたのよ。で、もともと評価が高かった分、一気に口コミとかで広まって、首位に躍り出たって感じね。んで、そのまま最終日まで逃げ切った』

『四日目に一体何があったし……。後で瀧宮に聞いてみよ……って、何だ瀧宮その嫌っそうな顔は。あ? さっさと次行け? はいはい了解しましたよー。んじゃ、次は娯楽系のMVPの発表です!』

『ダララララララララララ……ジャン!』

『化け学研究会の「幽霊病院 ~アナタハモウカエレナイ~」です!』

『これも正直、やっぱりな、って感じよね。こんなクオリティーのお化け屋敷を毎年完成させるんだもん……』

『だな。さすが月波市って感じだよな。何て言ったって本家本職の驚かし系の妖怪と幽霊がガチで驚かしてくるんだもんな』

『同じ妖怪の身でも、アレは怖かったわ……年甲斐もなく悲鳴あげちゃった……』

『普段からそのテの連中とつるんでるオレらをもビビらせるんだから、よっぽどだよな……』

『一体何人の子供たちが泣きだしたことか……おー思い出しただけでゾッとするわ』

『と言うわけで化け研おめでとー』

『また来年も期待してます!』


『さて! お次は最後の部門! お待ちかねのステージ発表です!』

『ステージ発表部門も展示部門と同じく、様々な団体が参加しているので各系列ごとにMVPを選定しました。具体的には音楽、ダンス、演劇、お笑い・のど自慢・ミスター&ミス月波コンテストね』

『なお、音楽、ダンス、演劇はアンケート結果と集客率、他の各コンテストは審査員による厳正な評価とその場のノリとテンションでMVPを決定しました』

『ちょっと最初に喋りすぎちゃったわね……もう結構時間がシビアなことになってるんで巻きで行きます!』

『主にお前が悪いけどな』

『音楽系MVP! ダラララララララ……ジャン!』

『ん? 口ドラム少し短くなってね?』

『バンドチーム「アウトブレイクパニック」! メンバーは……何よ、藤原のとこじゃない』

『嫌そうな顔すんな。いやでも、あそこはかなりレベル高かったからな。何よりも留学生のハルのボーカルがヤバかった』

『マジで? へえ、ハル目当てに行けばよかった』

『色々誤解生みそうなセリフだなオイ。んじゃ、ちゃっちゃと次行きますか』

『うぇーい。次はダンス系! ダララララララ……ジャン!』

『やっぱ短くなってる……』

『初等部ダンス部「ピンポンダッシュ」の皆!』

『危うくロリに目覚めそうな可愛さで――』

『キメエ!? 滅びろ!』

『冗談だから今すぐその毒針を下ろしてくださいお願いしますオレは二次元一択だから!!』

『それはそれでキメエ!』

『理不尽な!』

『だけど可愛かったのは認める。……男の子も女の子も』

『おまわりさんコイツです!』

『んじゃ次行くわよ』

『ホント無駄話しないとサクサク進むな……ラジオ的にはアレだけど』

『次! 演劇系! ふっふっふ、アタシの分野じゃない語って良い? 語って良いわよね?』

『良いわけあるか。サクサク進まないとホントにオレら瀧宮に狩られるぞ』

『むう……台本無視してこっちを最初に持ってくるべきだった』

『おい』

『ダラララララ……ジャン』

『うっわ、やる気なっ』

『月波大学学生主体の「劇団おっぽ」! 題目は「クレイ」!』

『……っ!!』

『何でいきなり泣き出した白川!?』

『まさか……あの個人的泣きゲーランキングダントツ一位の「クレイ」を演劇で見れるとは思っていなかったんだよ……! しかも何だあの完成度……! オリジナルのストーリーも交えているのに原作の感動を全く崩さないとは……今期「劇団おっぽ」の脚本家は神か!?』

『……次行きまーす』

『ちょっと待ってくれもう少し語らせてくれ!』

『一分前のアンタのセリフ、そっくりそのまま返してあげようか?』

『ぐぅ……!』

『さて、次は各コンテストの結果発表を兼ねているわけだけど、各コンテスト優勝者がそのままMVPに選ばれる形となっております』

『……ぐすっ……えー、それでは、まずはお笑いコンテストから!』

『ダララララ……ジャン!』

『やっぱ短いよな……』

『高等部3Cの太刀川たちかわ涼子りょうこと中等部2Aの太刀川(ひろむ)の漫才コンビ! 「キホンサンカク」です!』

『姉弟息の合った掛け合いが素晴らしい! 審査員をやっていた日野原ひのはらが抱腹絶倒して呼吸困難に陥ったとの情報あり』

『どーでもいい情報あざっす』

『一応同僚だぞ?』

『あの熱血バカはそれぐらい冷めた対応で十分』

『さいですか……んじゃま、次行きますか』

『次はのど自慢コンテストね! 今年の学園一の歌い手は!? ダララララ……ジャン!』

『高等部3Eの米倉よねくらかなで先輩!』

『さっすが合唱部キャプテン! 圧巻の歌唱力でした! ちなみに、米倉さんは一年生の時ものど自慢MVP! 去年は連続MVP獲得防止のルールにより選ばれませんでしたが、一位と並ぶ評価を受けていました! それが今年再びMVPに返り咲き!』

『後でサインもらってこよ……』


『さあさあお待たせしました!』

『ある意味学園祭の最大の目玉企画!』

『ミスター&ミス月波コンテスト!! 結果発表!』

『一応ルール確認。このミスター&ミスコンテストは自薦他薦問わず、学園祭前一週間で参加者の募集を行いました。その結果、女子四十五名、男子三十一名の参加者が集いました』

『皆応募ありがとうね!』

『たまに明らかなネタでの募集もあったけどな……女装男装タチネコエトセトラ……』

『二次元なんてのもあったわよね』

『んで、応募のあった計八十六名の写真を学園祭一般公開四日目まで正面玄関に公開。そこで来校者の方々に写真投票してもらい、男女トップ五人を予選』

『そこからさらに、学園祭一般公開最終日、つまりは昨日に本選を開催。自己アピールや審査員からの質問への回答などから評価していきました。ミスコンの水着審査と着物審査が眼福でした御馳走様』

『おいお前本当にノンケか?』

『ちなみにミスター&ミスコンテストは他のMVPとは違い、過去に受賞経験のある方は出場は認められていませんのでご了承ください』

『つまり、二年前の受賞者である我らが高等部生徒会長、白銀しろがねもみじ先輩と出版委員会委員長、佐藤さとう理久りく先輩、去年の受賞者のアーチェリー部部長のたちばな優希ゆうき先輩、1F担任の藤村ふじむら修二しゅうじ先生は審査の対象外です』

『審査の対象外だっつってんのに、他薦が絶えないのよねえ』

『それだけ魅力的ってことで、ここは一つ』

『さ、早速気になる結果発表! 今年のミスター月波学園の発表! ダララララララララララ……ジャジャン!!』

『母性本能をくすぐる小柄な体躯と童顔、爽やかなイケメンボイスに反した毒舌&長い解説! むしろそれがいいと大学のお姉さま方からの熱い支持! 高等部三年A組! 風紀員会委員長! 表の統治者こと和田わだ光輝こうき先輩!』

『何その厨二臭い紹介』

『他薦紹介文をそのまま読み上げております』

『誰よ紹介文書いたの……』

『さてお次は! 今年度のミス月波学園の発表です!』

『一応もっかい言っとくけど、もみじさんは一回ミスになってるから参加資格ないからな!? 非公式ファンクラブの奴ら暴れんじゃないわよ!? アタシら潰しにかかるよ! いい!?』

『必死だな』

『ダララララララララララ……ジャジャン!!』

『月波学園農学部演習林の隠れた名店! 栴檀食堂の女将さんこと、氷室ひむろ美由紀みゆきさんだ!』

『マジで!? って声が聞こえてきそうね。主に本人から』

『やっぱりと言おうか何と言おうか、これも他薦な。演習林の技官さんが推薦したらしいぜ? 加えて、栴檀食堂のファンの票も集まりーの、写真写りがいいから外来者の票も集まりーの、って感じに本選出場』

『大人っぽい水着が色っぽかったっす。ぐうぇっへっへっへ』

『誰だお前』


『さて、これで全部のMVPが出揃ったわね』

『一応ここでMVPの確認をします』

『露店部門MVP! 月波大学農学部畜産科! 「豚三昧」!』

『展示部門展示系MVP! 天文部の「プラネタリウム ―四季の星々―」!』

『展示部門喫茶店系MVP! 高等部一年F組の「コスプレ喫茶」!』

『展示系娯楽系MVP! 化け学研究会の「幽霊病院 ~アナタハモウカエレナイ~」!』

『音楽系MVP! バンドチーム「アウトブレイクパニック」!』

『ダンス系MVP! ダンスチーム「ピンポンダッシュ」!』

『演劇系MVP! 「劇団おっぽ」による「クレイ」!』

『お笑いコンテストMVP! 「キホンサンカク」!』

『のど自慢コンテストMVP! 3E米倉奏さん!』

『ミスター月波学園! 3A和田光輝先輩!』

『ミス月波学園! 栴檀食堂の氷室美由紀さん!』

『以上の八団体三名の方々が、第四十八回月波学園学園祭のMVPです!』

『おめでとー! いぇーい!』

『いぇーい!』

『それでは、MVPに輝いた方々に贈られるご褒美の発表です!』

『まあ最初に言った通り、毎年恒例のアレなんだけどな』

『MVPの方々は十七時までに教育棟隣のドーム……前夜祭を行った場所に集まってください。そこで超豪華! 式典パーティーを開催します!』

『月波学園料理系サークルの方々提供による豪華な食事を始め、音楽系サークルによるミニライブも開催いたします。毎年、ドレスアップでの参加が通例となっていますが、衣装はレンタルしております。ご利用の際は十六時までに高等部第三体育館一棟までどうぞ!』

『また、惜しくもMVPを逃した方々も、本日十八時から学園全体で後夜祭が行われます。各学食メニュー半額フェア&立食式オードブル食べ放題他、大学ではビアガーデンも! どうぞごゆっくり、学園祭の余韻をお楽しみください!』

『なお、アルコール類の購入には年齢確認が必要となりますのでご了承くださーい』

『それでは、我々も会場設営の準備に参戦してきますのでこの辺で!』

『また後夜祭でお会いしましょう!』

『じゃーねー!』



       *  *  *



「と! 言うわけで! MVPおめでとう! いぇーいっ!!」

『『『いぇええええええええええいっ!!』』』

 教室に入り声高らかに祝辞を口にした途端、待ってましたとばかりに歓喜が怒号の如く返ってきた。アルコールでも入ってるんじゃないかって言うテンションの高さだったが、教室の隅で担任の藤村先生も微笑を浮かべながら手を叩いているから大丈夫そうだった。

「まさか本当にMVPとるとはなあ。なあ梓、本当に不正はなかったのか?」

「ねーわよ」

 なぜかビャクちゃんを後ろから抱きしめ、彼女の頭の上に顎を乗せながらやってきたユーちゃん。何かもう、この二人の公開イチャイチャも見慣れてきたわ。

「一昨日からの()()()()()()から首位独走。そのまま逃げ切り。オーケー?」

「まあ、切っ掛けはアレだろうけどな」

「黙らっしゃい」

 クソ兄貴と藤村先生との写真撮影会以降、女子の集客が伸びたなんて断じて認めん。

「まあいいけどね」

「……はふぅ」

「ところで、さっきからそれは何よ」

「昨日までの反動が来たみたいなの……」

 イチャイチャし続ける二人の背後から、真奈まなちゃんがやってくる。灰色の瞳が苦笑で細くなっている。

「反動?」

「うん。ほら……二人って、自由時間ずっと宣伝してたじゃない? それで、梓ちゃんが『過度なイチャイチャは禁止』って言ったから……ずっと守ってたんだって」

「え? あたしそんなこと……あー……」

 言った気がする、そういや。

 うちのクラスの看板娘が旦那持ちだとバレたら客が来なくなるからって、公然とイチャつくなって釘を刺し――いやいや。

「あんたら住んでるとこ一緒でしょうが! 補充し合うんなら帰ってからやれ!」

「「えー」」

「えー、じゃない!」

 何か最近、ユーちゃんのバカがビャクちゃんに移ってきた気がする。何という伝染力。危険だ。

「ところで片付け終わったの?」

「もちろん」

 言って、ユーちゃんが教室を指さす。

 そこには、整然と並んだ机と椅子が。そして窓も綺麗に磨かれており、昨日までここで華やかな格好をしたクラスメイトたちが接客していたとは思えないほど、整頓されていた。

「兵どもが夢の跡……っていうのは、ちょっと違うか」

「どうだろ。でも、ま、寂しがるにはまだ早いんじゃない?」

 私はにやっと笑い、今まで後ろ手に持っていた箱をクラスの全員が見えるように掲げた。

「ジャジャン!! MVPリボン! きちんと我がクラス四十二名分あるわよ!」

「おお、それが……!」

「これつけてないと会場に入れないからねー。はーい、配るから一列に並べー」

 うぇーい、と気の抜けた返事がクラス中から聞こえる。

 アタシの近くにいたビャクちゃんとユーちゃん、真奈ちゃんを先頭にワイワイと雑談しながら並びだす。それにあたしは一人一人、白い造花を彩った紫色のリボンを手渡ししていく。

「これが……?」

「そ。まあ、パーティーの招待状だと思ってね」

「へえ……」

 物珍しそうに眺めた後、おもむろにリボンの安全ピンを外して制服に付けようとする真奈ちゃん。

「ああ、待って待って」

「……?」

 首を傾げる真奈ちゃん。

「どうせつけるならちゃんと着飾ってから」

「……?」

「さっきのラジオでも言ってたっしょ? パーティーは基本、ドレスアップでの参加よ」

「そう言えば、そんなこと言ってたっけ……」

「と言うわけで、早速みんなで衣装借りに行くわよ! 自前である人はそれでもオーケー!」

 最後の1人にリボンを渡し、声をかける。

「それじゃあ、僕は先に会場設営の方に行ってるね」

 と、藤村先生が笑いながら近付いてきた。

「あ、先生ありがとうございます!」

「いえいえ。それじゃあ、衣装選び楽しんできてね」

「はーい。あ、先生、これ、先生のリボン」

「ん?」

 忘れるところだった。

 もう一つ、個人的に預かってきていたリボンを藤村先生に渡す。あたしたちとは違う、赤いリボンだ。

「え、僕もいいの?」

「当然です! それと、それは成人証明のカラーですんで、つけてないとお酒飲めません」

「あ、そうなんだ。んー、僕、お酒そんなに飲まないけど、ありがとう」

「いーえ。それじゃ、会場設営お願いしますね」

 お辞儀をし、先に教室を出て行った藤村先生を見送る。

「何? 藤村先生に会場設営手伝ってもらうの?」

「うん。ほら、藤村先生ってたくさん精霊いるじゃん? ここに赴任してから毎年精霊に手伝ってもらってるんだって。働き者だし、手際はいいし」

「へえ、なるほどね」

「確か藤村先生、五百二十八体の精霊と仮契約しているらしいよ……」

「「すごっ!?」」

「先生個人がちゃんと契約している精霊を合わせれば……もう少し多いかも」

 真奈ちゃんがどこか自慢げに藤村先生の精霊について語る。そう言えば真奈ちゃんは藤村先生から魔法を教わってるんだっけ。やっぱり、師匠のスゴイことは誇らしいのかな。

「……っと、雑談してる場合じゃなかった。早く行かないと」

 こうしている間にも他のMVP団体が衣装を借りに行ってるんだ。特に畜産科の人たちは人数が多いからすぐにいいのがなくなってしまう!

「というわけで! 今すぐ三体一棟にGO!」

『『『うぇーい!』』』



       *  *  *



 高等部第三体育館一棟は、全部で八つある高等部の体育館の中でも最も大きい。今回の学園祭のMVP団体の一つである化け学研究会が主催したお化け屋敷も、ここの体育館を大々的に装飾して行われていた。

 今、そこには大量のパーティー用の衣装が所狭しと並んでいる。

「「うわあ……!!」」

「クスクスっ! 二人とも、口開いてるよ」

 体育館に足を踏み入れた途端、クラスの女性陣が歓喜の声を上げた。スタンダードなタイプのものから中世ヨーロッパのお姫様のような豪奢もの、はたまたフリルたっぷりの可愛らしいものまで、恐らくは、あたしたちが想像できる限りほぼ全てのドレスが揃っていた。

 まさに圧巻。

 特に真奈ちゃんとビャクちゃんのリアクションがすごく美味しかった。二人とも可愛いのは大好きだしね。

「ここにあるほとんどは衣装制作系のサークルの作品だったんだけど、コンクールとか、演劇部の衣装とか、学園祭のレンタルで使い終わったのを生徒会で保管してたのね。で、数年前から始まったこの式典パーティーの開催に合わせて、毎年レンタルさせてもらってるんだ」

「すごいすごい! これ、何着あるの?」

「五百は軽く超えてるはずよ? 一部はバザーの売れ残りとかを生徒会が毎年コツコツと買い取った物だけど、きちんと手入れしてるから十分綺麗でしょ」

「わー……!」

 二人とも色とりどりのドレスに目を奪われながらフラフラと巨大な衣装室の奥へと消えていく。

 その背中を苦笑しながら見送るユーちゃん。

「対して、我ら男性用衣装コーナーの狭さよ」

「仕方ないじゃん。どうせ野郎共はスーツなんだから」

 体育館の端っこの妙に黒いコーナーに、クラスの男子たちが集まっている。そこだけ、紳士服店よろしく、スーツばかりが集められている。

「ま、女子と違って衣装選びで悩まなくていいって言うのは利点なのかな」

「バーカ。女子は衣装選びも楽しんでんだから」

「さいですか」

「てか、そこのスーツコーナーにだって選ぶ余地はあるじゃない。ほら、白いダブルとか、中世ヨーロッパっぽいコートとか」

「あれを着こなせる奴はウチのクラスにはいない」

 うん、知ってる。

 演劇部の衣装として作成されたと思われる、その異彩を放つ派手派手なスーツとコートは、着るのに……というか、手にするにもかなりの勇気が必要となるだろう。

「あ、でもスーツに混じって執事服とかあんじゃん」

「僕に執事服を着ろと? パーティーのスタッフと間違えられたらどうする」

「それ面白そうね。ちょっと着てみてよ」

「おい」

「ユーちゃん、厨房担当だったからコスプレしてないじゃん。案外似合うと思うんだよねー」

「……ったく」

 呆れながらも、スーツに混じってハンガーに掛けられていた執事服を手に取る。それを見て「……これ、どうやって着るんだ?」と呟く。

 と。

「おやおやお困りですか?」

「へ?」

「おおっとお目が高い! その執事服を手に取るとは!」

「えっと」

「着方が分からない? 分かります、執事服とは意外とパーツの多い衣装ですからね!」

「その」

「ですがご安心を!」

「我ら着付け研究会の手にかかれば!」

「どんな衣装も完璧に着こなせます!」

 突如現れた三人の謎の女子生徒に捕まった。揃いも揃ってアブナイ目をしている。

「「「さあさあさあ! 試着室までご一緒に!」」」

「ちょ、まっ!? まだ着るって決めたわけ――ぎゃあああああっ!?」

「「「さあさあさあ! 遠慮なさらずに! 移動式試着室! カモーン!」」」

「はーい! ただいまー!」

 ゴッと鈍い音を立てて、車輪の付いた巨大な試着室……試着室なのか? あれは? まあ巨大な箱にカーテンがついて上に『試着室』って書いてあるから試着室なんだろう。とにかく、やはり何だかアブナイ目をした女子生徒によって、移動式試着室なる物があたしらの目の前に姿を現した。

 それを、とても女子とは思えない腕力でユーちゃんを神輿のように担ぎ上げると、三人は頭上で暴れるユーちゃんを物ともせずに試着室へと連行していく。

 ……あれが、人を着せ替え人形のようにして遊ぶのが三度の飯より大好きな着付け研究会か……普通の物よりも遥かにデカいとは言え、あんな試着室で揉みくちゃにされながら執事服を着させられるとは、何と恐ろしい。

 時折「変なとこ触らないでください!? わざとですよね!? ちょ! 脱ぐのは一人で出来ますから!」と、悲痛な叫びがカーテンの裏から聞こえてくる。

 合掌。

 ネタで変な服を着ようとしていたらしいクラスの男子共も、ユーちゃんの哀れな悲鳴を耳にし、各々ごくごくありふれたスーツを手に取っていた。

 犠牲となったユーちゃんに、重ねて合掌。

 そして数十分後。

 何度か違う執事服を手に試着室を往復する着付け研の姿が目撃されていたが、ようやくユーちゃんの悲鳴が収まった。

「「「完成しました!」」」

 試着室から出てきたすっげえ顔色の良い三人組の後ろを、何だか心なしかやつれて見えるユーちゃんが付いて来る。

「お、おう……これは……」

 その姿が、何というか……。

「正直、我々もここまでとは思いませんでした!」

「やりがいのある仕事でした!」

「満足満足です!」

 げっそりとしていて顔色は悪いが、その姿はまさに執事。

 さながらユーちゃんのために仕立てられたかのような執事服を完璧に着こなし、少しボサついていた髪の毛も綺麗に整えられ、おまけに伊達のモノクルまでかけられている。

 普段ならこんな格好は浮いて見えるのだろうが、なぜかとっても馴染んでいるように見えた。

 というか。

「似合いすぎてムカつくんだけど」

「原因は梓だよね!?」

「「「まあまあまあ」」」

 執事なユーちゃんを着付け研三人が宥める。

 と、移動式試着室を押してきた四人目の娘がハッと気づいたように三人に呼びかける。

「代表! 副長! 隊長! 向こうに見るからに着るのが難しそうなドレスを手に悩んでいる眼鏡の女の子が!」

「なんですって!」

「それは一大事!」

「今すぐ行って着付けを手伝って差し上げないと!」

 移動式試着室の娘が指さす先には、確かに、着るのが難しそうな中世ヨーロッパを意識したフリルがたっぷりのドレスを手にした女生徒が悩ましげに立っていた。

 というか、真奈ちゃんだった。

 そうか、そういうのが趣味か。

「それでは我々はこれで!」

「「「何かありましたらお呼びくださいね!」」」

「さあ出入りですよ!」

「「「おー!!」」」

 雄叫びを上げ、着付け研の四人は嵐のように去ってい「お困りのようですね!」「ここは我ら着付け研にお任せを!」「見事そのドレスを美しく着付けて差し上げましょう!」「え、な、何ですか……!?」「「「移動式試着室! カモーン!」」」「はーい! ただいまー!」った。そして新たな犠牲者が……。

 まあ、着付けは完璧でいい仕事はしてるんだけどね……。

「で?」

「で? って何だよ」

 真奈ちゃんが試着室に拉致られるのを遠目で見ながら、少しずつ正気に戻ってきたユーちゃんに話しかける。

「結局どうすんの? それで行くん?」

「あー……まあ、もういいかなって。もう一回脱いで違うの探すのも、何だか億劫だし」

「そ。まーいいんじゃない? 似合ってるし」

「ありがとさん」

「それに良かったじゃん。嫁とペアよ?」

「へ?」

「ユタカー!」

 巨大な衣装室と化している体育館の奥から、白髪の小柄な女の子が手を振って走ってくる。

 言わずもがな、ビャクちゃんだった。

「って、ビャクちゃん!? どしたのその恰好!」

「何かさっき、マナが急に連れて行かれて――あ、これ? 似合うでしょ?」

「そりゃもちろん」

 着物にスカートを合わせてフリルをあしらい、ゴシック調にしたメイド服。ビャクちゃんは、ここ数日ですっかり見慣れてしまった衣装に身を包んでいた。

 ユーちゃんがビャクちゃんのために作った服だ。似合わないわけがない。

「色々悩んだんだけど、やっぱりこれかなーって」

「それ持って来てたんだ」

「うん! 念のために、って思ってたんだけど、やっぱりこれが一番好き! えへへ」

 頬を桜色に染め、満面の笑みを浮かべるビャクちゃん。

 いやホント、ユーちゃんにはもったいないできた子だわー。

「梓。声に出てる」

「おっと、これは失敬」

「絶対わざとだろ……」

 そんなことはございませんよ。

「「「できましたー!!」」」

 お。

 真奈ちゃんを拉致っていった着付け研の三人がこちらにやって来た。三人とも仕事をやりきった清々しい笑みを浮かべている。

 が。

 その後ろには……。

「お、おう……」

 呻くユーちゃん。

「うわー……」

 感嘆するビャクちゃん。

「うっ……ぐす……」

 そして、すすり泣く真奈ちゃん。

 そこには、一体どこかのお嬢様のような、華やかな、という言葉すら霞むような豪奢なフリルたっぷりのドレスをまとった真奈ちゃんの姿が。日本人形のような艶のあるまっすぐな黒髪も、軽くパーマをかけているらしく、普段の大人しいイメージとはかけ離れた姿になっていた。

「いやー、今日一番の出来栄えですよ!」

「我々の総力を注ぎました!」

「このまま舞踏会に行っても恥ずかしくありませんよ!」

 でしょうね。

 そのまま絵本の主人公になれるような格好だもん。

 それにしても、ウェディングドレスより華やかってどうよ。

「それで、マナはなんで泣いてるの?」

「「「コルセットが思ったよりもきつくてショックだったそうです」」」

「ああ……」

 寮のご飯って美味しいからつい食べ過ぎちゃうって、いつだったかこぼしてたっけ。

「梓ちゃんもビャクちゃんも、わたしより食べるのに何で増えないの……?」

「あたしは食べた分以上に動いてるから」

「ごめんマナ……私は体質」

「うっ……うわあああああん!!」

「トドメさすなよ……」

 ウェイトだけならあたしの方が上なんだけどね。筋量と骨密度的に。

 泣きだす真奈ちゃんを宥めるユーちゃん。同時に話題を変えようとしたのかこんなことをあたしに聞いた。

「そう言えば梓。お前は着替えないの?」

「……あ」

「あ?」

 ……………………。

「忘れてた……!」

「「「……………………」」」

 三人が何とも言えない表情を浮かべた。

 そしてその視線の先には……。

「……………………」

「「「……………………」」」

 ニッコニコと輝かしい笑みを浮かべる着付け研の三人娘。ていうか、まだいたんかいあんたら。

「い、いや! あたしはもう着るのは決めてるから!」

「お前今忘れてたってぐふぁっ!?」

「……黙ってろ」

「ユタカあああああぁぁぁぁぁ!?」

 余計なことを言い出しそうなユーちゃんを沈黙させ、改めて着付け研と対峙す「どうしましょうか?」「背は低めですし可愛い系の物がいいかと」「では向こうにあったゴスロリ系を持ってきましょうか」る……って、ぎゃあああああ!? もすうでに何を着せようか相談始めてるし!?

 どうする!?

 このままではフリフリヒラヒラの衣装をあてがわれることは必至!

 かと言ってそんな服を着るのは性に合わない!

 そうする……!?

 考えろ、考えるんだ……!

「……はっ!」

 その時、あたしの目に飛び込んできた、黒い衣装の山!

 これだ!

「あたし、今日はスーツ着る予定だから!」

『『『……え?』』』

 何だその反応。

「いやほら、あたし今日はパーティーの司会進行とかもやらなきゃだから、あんまり派手な格好はアレなのよね! 主役はあくまでMVPのみんなだし! フォーマルな格好じゃないと逆に浮いちゃうし!」

「ふむ……」

「なるほど……」

「確かに……」

 考え込む着付け研。

 言訳成功……か……?

 と思ったら。

「了解しました!」

「それでは我々が!」

「パーティーの司会もこなせるような!」

「「「完璧なスーツの着付けを施させていただきます!!」」」

「はいぃっ!?」

 二人に両腕をガッシリと掴まれる。くっ、このあたしの腕力をしても振りほどけない……! さてはこの二人、妖怪だな!?

「移動式試着室! カモーン!」

「はーい! ただ今参りまーす!」

 そしてゴウッと音を立ててやってくる試着室。

「さあ」

「さあ」

「さあ」

 ズルズルと試着室に引き摺られていく。

「ちょ、誰か……!」

「御武運を」

「が、頑張ってね?」

「梓ちゃん……」

 ええい、重要な所で力にならん友人たちだな!! って、ぎゃあああああぁぁぁぁぁっ!?

「まずはこちらのストライプ柄から着てみましょうか」

「ワイシャツはダークカラーの方が雰囲気出るかもしれませんね」

「それではネクタイは少し明るめの色で試してみましょう」

「あ……あ……!」

「「「そーれ! とりあえず脱ぎましょうねー!」」」

「きゃああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」



       *  *  *



「ブラウニー」

 のんびりと缶コーヒーを飲む藤村先生の横でぐったりと座り込み、あたしはその声に耳を重ねた。

「茶色いボロを着ているから茶色い奴(ブラウニー)。家に人がいない間に家事をやったり家畜の世話をしたり、人間の手伝いをしてくれる妖精のことだね。日本では座敷童とか、少し変則的だけど影女に似てるかな。でも実はサンタクロースの弟子なんて呼ばれてたりもするんだ」

「はあ……」

 背後のドームから、ひっきりなしに金槌やらヤスリがけやらスプレーの音やらが聞こえてくる。しかし、さっきちょっとだけ中を覗いてみたが誰もいなかった。

 藤村先生によると、藤村先生が個人的に仮契約しているブラウニーと、そのお仲間さんたちが現在進行形で会場設営を行っているらしい。あたしにも見えないけど。

 でも誰か人がいると仕事できないそうだから、こうしてドームの中を無人にする必要があるらしい。

 うー……それにしても、ネクタイ苦しい。解いちゃえ。

「何か疲れてるね」

「はい、なんか、服選びで初めて疲れたかもしれません……」

「そ、そう……」

 苦笑する藤村先生。

「あー……」

 沈黙。

 会話が止まってしまった。

「先生は……」

「うん?」

 何となく、話題を探す。

 一瞬に思考の末、最初に思い出したのがあの写真だった。

 あたしたちのクラスがMVPにまで躍り出るきっかけとなった、あの写真。

「藤村先生は、うちの兄貴とどんな関係なんですか?」

「え?」

「あの写真で、割と仲良さそうだったので」

「あー、うん、何て言うかな」

 誤魔化そうとしているのか少ししどろもどろになったが、じっと見つめていると諦めたかのように溜息を吐いた。

「口止めされてるから詳しくは言えないけど、簡単に言えば、恩人、かな」

「恩人」

「そう。恩人。羽黒はくろさんには、兄妹共々助けられた」

「へえ……」

 意外。あの兄貴が自分から他人のために動くとは思えないんだけど。昔から、あたしら姉妹のためにしか力を使わなかった、あの兄貴が……。

 いや、藤村先生と兄貴が出会ったのは、兄貴がこの街を出て行ってからだろうから、あり得ない話ではないのか。

「と言っても、キッチリとお礼を要求されたから、ただ助けられたって言うより、羽黒さんとしては利害が一致したから助けたのかもね」

「お礼?」

「そう」

 何だろ?

 あの兄貴が要求するような物って……。

「うん、ちょっとね」

 藤村先生は苦笑する。

 色眼鏡の奥にあるはずの瞳が、困ったように細くなったような気がした。

「扉の鍵を開けてくれってね」

「……扉?」

 何のだ?

 もちろん、ただの扉でないことは明らかだ。兄貴の性格的に、鍵を開けるより扉をぶっ壊すだろう。何より、最高位クラスの魔術師である藤村先生と、あの兄貴が言うような「扉」が、ただの扉だったら逆に拍子抜けだ。

 扉の鍵を開けるということは、まあ、その扉を開けたかったんだろう。

 扉を開けたら次は、もちろんその扉を潜るはず。

「……………………」

 兄貴は。

 その扉を通って、どこに入ったんだろう?

 逆に、どこに出たんだろう?

 この六年間、どこに行っていたんだろう?

「……っと、話すぎちゃったかな。後は、ご本人から直接聞いてね」

「アレが素直に話す人間に見えますか?」

「はは、全く見えないね。それに瀧宮さんも、素直に聞くような子には見えないかな」

「うっ……」

 それを言われちゃ……。

「本当に、そっくりな兄妹だよね」

「……分かってますよ」

 それを一番理解してるのは、あたしたち本人だ。

 どんなに憎もうと、嫌おうと。

 憎まれようと嫌われようと。

 あたしたちは、血を分けた兄妹なんだから……。

「さて、長話し過ぎちゃったかな。会場設営、終わったっぽいよ?」

「え? もうですか?」

 藤村先生が立ち上がり、ドームの中に入っていく。言われてみれば、さっきまで聞こえてきた作業の音もしなくなっている。

 あたしも続いてドームに入る。

 するとそこは、ドームの見慣れた殺風景はすでに面影もなかった。

「うわあ……!」

 一言で言い表すなら、お伽噺。

 小さな村のお祭りをイメージしたような素朴な石畳の広場。中央に設置された大きな噴水。それを囲うようにたくさんの料理が乗ったテーブルがいくつも並んでいる。

 上を見上げれば、屋内なのに夕日で照らされた赤い空が見え、より一層雰囲気を出していた。

 普段は複数のスポーツ競技が同時に行われるような殺伐とした広さのドームに、お伽噺のような幻想的な広場が完成していた。

 とても、今日作業を始めたとは思えない完成度だ。

「テーブルとか噴水とか、実際に手で触れる物はブラウニーたちのお手製。空とか周りの背景は大体僕の魔法の幻影ね。後は残念ながらハリボテ」

「いえいえ! スッゴイですこれ!」

「そう言ってもらえると、製作者としては嬉しい限りだね」

 笑う藤村先生。

「それじゃあ、僕はクラスの方と合流してくるね」

「はい! ありがとうございました!」

「運営頑張ってね」

 おそらくはまだ衣装選びをしているだろうクラスのみんなとの合流に向かう藤村先生。その背中を見送りながら、あたしは改めて仮想の広場を見渡す。

 今までMVPに選ばれたこともないし、運営側として関わるのは今回が初めてだったから、毎回このパーティーがどんな風になっているのか知らなかったけど、ここまでとは……!


「うお! すっげえ!!」


 入口の方から声がした。

 振り向けば、今回MVPに選ばれたきょう先輩とそのバンドメンバーが立っていた。経先輩と明良あきら先輩はスタンダードなスーツ姿。ウッちゃんとハル先輩はシックなデザインのパーティードレスだ。

全員口を開けっ放しで会場の様子に感嘆している。

 そうか、もう入場の時間だ。

「よ。瀧宮の」

「何かすっごいことになってるねー」

「……本当に同じドームの中なのか……?」

「凄い技術だ……」

 口々に広場の出来栄えを褒めながらこちらにやってくる四人。全員きちんと正装しているのを確かめた後、あたしはちょっとだけ真面目な表情を使って恭しく一礼した。

「ようこそおいで下さいました。リボンの確認をいたします」

「お? おお! ほれ」

 男二人は胸ポケットにつけたものを、ウッちゃんは腰回りの装飾に紛れ込ませていたものを、ハル先輩は髪飾りにしていたリボンをそれぞれあたしに見せた。

 はい、確認オッケー。

「リボンの確認が終わりましたので、開催までしばしご歓談ください」

「おー。なんか、それっぽいな」

「そーですか?」

 一応の挨拶が終わったので、いつもの砕けた口調に戻す。

「うーん、スーツ着てるからかな。何か普段よりカッコ良さが二割増しね」

「ちょっとウッちゃん、女子に格好良いとか、それ褒め言葉?」

「褒め言葉褒め言葉。アズアズには褒め言葉」

「どういう意味よ、全く……」

 愉しそうに笑う彼女に、私は苦笑で応える。

 それにしても……。

「ハル先輩、似合ってますね」

「うん? そうか?」

 いつものストレートの金髪をゆるくパーマをかけてハーフアップにしている。着ているのは薄水色を基調としたマーメイドライン。ウェディングドレスとかではよく見かけるタイプだけど、パーティー用も綺麗だなあ……。

「これ、ハルの自前らしいぜ?」

「そうなんですか!?」

「ああ。母国ではこのテのパーティーは結構あったからな」

「へえ……!」

 なるほど。それで着慣れているのか。というか、ハル先輩は背も高いしスタイルも良いから、何着ても映えそう。

 ……それにしても、薄着になって改めて分かる、その欧米体型。もみじ先輩も大概日本人離れしてるけど、ハル先輩もすごいな……。

 対してあたしは……。

「……くっ」

「D……いや、E以上は……!」

「う、宇井うい? 梓? ど、どうした?」

 ウッちゃんも同じことを考えたのか、ハル先輩のある一部分を凝視しながら涙目になっている。つか、ウッちゃんはまだいいじゃん、スレンダーなだけだし。あたしなんか結構ガッチリ筋肉ついちゃってるからスーツとか男装のよく似合うこと……!

「……そう言えば、瀧宮」

 八百刀流が殺気立ってきたためか、明良先輩が話を逸らす。危ない。もう少しでハル先輩のアレを斬り落とす所だった。

「……お前、今日も司会進行やるのか?」

「え? はい、そうですけど」

「……スーツ着て司会やるなら、ノーネクタイはまずいだろう」

 言って、自分の胸元を指で叩く明良先輩。

「そう言えばさっき、苦しくて外したんだっけ。ご指摘ありがとうございます」

「……いや」

 ポケットに突っこんであったネクタイを取り出し、首に巻く。

「……………………」

 が。

 そこでふと気付く。

 ……これ、どうやって巻くんだろ? さっきは着付け研の三人に付けてもらったから……。

「……………………」

「うーん? どしたのアズアズ?」

「ウッちゃん……」

「何?」

「ネクタイの締め方、分かる……?」

「「「「……………………」」」」

 お願いだから残念な物を見る目をしないで……。

 でも今までネクタイなんて一度も付けた事なかったんだもん……。

「瀧宮の……お前……締め方分からないなら外すなよ……」

「ですよねー……」

「はあ……ほら、アズアズ。締めてあげるから、後ろ向いて」

「はーい……」


 何だかなあ……。

 こうして、何だか締まらない感じに、あたしの初めての後夜祭が始まったのである。




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