だい さんじゅうよん わ ~賢者の石~
「……………………(ズズッ)」
「……………………(ムスッ)」
「……………………(ゴクッ)」
「……………………(ムスッ)」
その日の朝、俺はなぜか起きてから、というかここ数日、どこか不機嫌だったもみじの顔を眺めながら味噌汁を啜る破目になっていた。
綺麗な顔に似合わないしわを眉間に寄せ、黙々と飯を口に運ぶもみじ。何か言いたそうな顔をしているが、特に何も言ってこないので俺からも何も言わない。というか言えない。
こいつが不機嫌な時はたいてい俺が悪い、らしい。自覚はないが、下手に口出しすると必要以上の火の粉を被ることになるので黙っている方が得策である。
「……………………(ズズッ)」
しかし相変わらず、もみじの作る料理は味が薄い。別に俺は濃い味の物が好きというわけではないのだが、これは明らかに薄い。まあアンデットの頂点たる吸血鬼の特性上、あまり塩とかに触れたくないのは分かるが……何とかならんかねえ。
「……羽黒」
「ん?」
しばらくお互い黙々と食事を勧めていると、いい加減痺れを切らしたのかもみじの方から声をかけてきた。
「どうした?」
「今日は何の日でしょう?」
「……?」
壁に掛けられたカレンダーを見る。
今日は六月二十一日。何か予定がある日や記念日なんかには、もみじが赤ペンで印をつけているのだが、今日は特に何もない……何の日だ? 見当もつかん。
……もちろん、もみじが何の前触れもなくそんなことを聞くわけがないから、おそらく今日は何かがあって、それを俺が忘れている(のだろう、多分)ため、ここ数日もみじが不機嫌なのだろう。
しかしここで素直にそう口にすれば、俺の夕飯はカップ麺になってしまうことは目に見えている。
ここは何としてでも正解を言い当てなければならない。
さて今日は……いや、今日というか、もみじが不機嫌なのはこの数日……はて……この数日の間にあったことと言えば……。
脳内を駆け巡る思考。
ちなみに、この間約二秒。
そしてふと思い当たることがあった。
そう言えばこの時期は……。
「何の日かって言えば、月波学園の学園祭だな」
「……………………」
ムスッと、さっきとは別な感じで不機嫌になるもみじ。
あれ? 地雷踏んだ? つーか間違えた?
俺が表情に出さないよう努力しながらキョドっていると、もみじが箸を置いて俺に向き直った。
「羽黒」
「お、おう」
夜空色の瞳に見据えられる……というか睨まれる。
やべえ、吸血鬼の眼光、迫力すげえって。そう言えばこいつ、全盛期の化物時代には睨むだけで人一人殺してたっけ。
もみじが重々しく口を開く。
「どうして分かっているのに、一度も顔を見せに来てくれないのですか?」
「……………………」
は?
「どうして学園祭をやっているって知っているのに、見学しに来てくれないんですか!」
「は!? いやいやいやいや!」
無理言うなって!
「俺昼間仕事してんだけど!?」
「それでもお客様が絶え間なく来るわけじゃないでしょう!? 仕事の合間を縫ってちょっと顔を出すくらいしてくれてもいいじゃないですか!」
「いやでもお前、高等部のエリアだろ? わざわざ仕事の合間に見に行くようなもんかねえ……」
「は?」
……あ。
「今、何と仰いましたか?」
「……………………」
凍てつくような視線。それはこいつと初めて出会った時の記憶を蘇らせるには十分な物だった。
「もう一度聞きます。今、何と仰いましたか?」
「……っ!!」
やっべ失言した!
そう言えばこいつ、高等部の生徒会長だった! つまりは今年度の学園祭責任者のトップ!
「もう知りません! 来なくていいです!」
吹っ切れたように置いていた箸をむしり取り、茶碗の中身を口の中に掻き込む。
あーあー、拗ねちまった。こうなると長いんだよなあ……。
「なあ、もみじ……」
「……………………」
無言で飯をかっ食らう。と言っても食うスピードは遅いんだが……。
ともかく。
あーもう、こうなるとこっちが折れてやんねえといつまでもこんな調子だからな……。
仕方ない。
「なあ、もみじ」
「……………………」
ちゃっちゃと自分の分の食器だけ洗い(相当頭に来ているらしい)、制服に着替えて荷物を手にし、玄関に向かうもみじ。
それをいつも通り見送るために俺も玄関に向かう。
「さっきのあれはさすがに失言だった。すまん」
「……………………」
無言で靴を履き、靴紐を結ぶ。
その背中からは未だに怒りのオーラを感じる。
「お詫びと言っては何だが、今日にでも時間を作って見に行く」
「……………………」
ピタッともみじの動きが止まる。そしてどんどんわくわくした感情が全身から溢れ出てきた。
……分かりやすいな。
「……本当ですか?」
「ああ。お前、この半月すっげえ忙しそうだったもんな。泊まり込みまでしてな。俺が現役で通ってた時とは比べ物にならない出来になってんだろうな」
「今までにない完成度であると自負してます!」
パッと急に明るくなって立ち上がり、目を輝かせながら振り返った。
うっわ、すげえ楽しそうだな、おい。
「そうだろうそうだろう。OBとして是非見て見たいもんだ」
「はい! お待ちしております!」
もうニッコニコしてやがる。さっきまでの不機嫌が嘘のようだ……。
「あ、でも……」
と。
急に小悪魔的な笑みを浮かべるもみじ。
……何を企んでる……?
「羽黒って、時々嘘吐きですからね」
「あ?」
「適当に言いくるめて、結局来ないということも考えられます」
「……おいおい」
信用ねえな。
元からだけど。
「それにさっきの失言、まだ私は許すとは言ってませんし……」
「え? そこから蒸し返すのか?」
マジかよ。
「ですから……」
そう言って。
もみじはなぜか目を閉じ、顔をこちらに向けてきた。
「今ここで……して頂いたら、さっきの失言も許しますし、万が一多忙で来れなくなっても『嘘を吐いた』と言って責めたりはしません」
「……………………」
「いわゆる保険です」
「……………………」
いやいや。
「意味分かんねえし」
「あたっ」
軽くデコピンしてやる。
もみじはちょっと痛がったふりをして額を摩りながら、恨めしそうにこちらに視線を向けてきた。
「お前、テキトーなこと言って単純にキスしてもらいたいだけだろ。このキス魔」
「むー……。だって羽黒、ここ最近全然してくれないんですもん……」
「前まで頻繁にしていたみたいに言うな」
そんなしょっちゅうはしてねえよ。
「いいから、さっさと学園行けって。生徒会長が遅刻じゃ示しがつかんだろ」
「そうですけど……」
不満そうに口を尖らせる。
前から思ってたけど、こいつ、成績は良くても別ベクトルでバカだろ。
「……………………」
はあ……。
「おい、もみじ」
「はい?」
不満げな顔を上げる。
「まつ毛にゴミついてるぞ。ちっせえの」
「え、本当ですか?」
ゴシゴシと目をこするもみじ。
「取れました?」
「全然。取ってやるから目を閉じろ」
「はい」
素直に目を閉じる。
……こいつ、変な所で無防備だよな。
「……………………」
「……んっ!?」
「嘘だ、バカ」
ほんの一瞬だけ唇が触れる程度のキス。
しかしその一瞬で、もみじは自分が何をされたのか理解したらしい。
「羽黒! もう一回! もう一回もっとしっかりと!」
「うるせえ、さっさと登校しろ!」
これ以上じゃれあっていては、本当に遅刻させてしまうかもしれない。
しつこく強請るもみじの声を背中に受けながら、俺は自分の食器を洗いにキッチンに向かった。
* * *
「あざっしたー」
会計を済ませ、出て行く客を見送りつつ店内を見渡す。
まあ分かっていたことではあるが、平日の雑貨屋稼業というのは酷く閑散としているものである。置いているのが小物やアンティークが主というのもあるのだが、やはり掻き入れ時は休日になる。
さらに忘れていたとは言え、ここ数日の月波学園の学園祭で客を取られている分、売り上げは落ち込み気味だ。普段なら冷やかしの一人や二人くらいいてもおかしくない時間帯なのに、店内には俺を除き誰もいない。さっきの客も、今日初の売り上げだったりする。
「……暇だな」
何気なく時計を確認する。
時針は午前十一時になったばかりを告げている。
正直、昼飯には早い。
しかし小腹が空いている。
「……………………」
別に、学園祭に行きたくないわけではない。
あれだけもみじに言われて見学を拒むほど捻くれているつもりもない。
確かに、鎌鼬の恩師やら猫又の先輩やら、魔眼と幽霊の兄妹やら、知人がいるあの場所に行くのは何だかこそばゆい気持ちがないでもない。それに俺はあそこの大学を中退している身だし、確かにその辺が躊躇いになっているというのも嘘ではない。
「でもまあ……もみじを怒らせる方が、よっぽど怖え」
居間に戻り。俺はいつものコートを手にし、暑いからやっぱりやめておこうとハンガーにかけ直し、テーブルの上に置いていた財布とケータイをポケットに突っこんで外に出た。
鍵を閉め、店の入り口に『Closed』の札をかけて歩き出す。
そう言えば何だかんだ言って、あの学園に行くのは久しぶりだな。
確か、あの女の依頼で悪魔を探していた時にうっかり標的を見つけてしまい、そのまま理事長のところに協力要請しに行ったんだっけかな。いや懐かしい。
しかし、本当に学園周辺は増改築が多く、俺が現役で通っていた頃の面影はほとんど残っていない。これが時代というやつか。
まあ、六年も前の事だ。六年もあれば、小学生の小娘も小生意気な女子高生になってしまう。
「……………………」
そうだ忘れてた。
あの学園に行けば我が愚妹もいるんじゃねえか。
本気で俺の命を狙っているあの愚妹の事だ。会えばいきなり斬りかかってくることもあるかもしれない。
やべえ、一気に行きたくなくなってきた。
しかし、あの亜麻色の愚妹に命を狙われるのと、後々もみじに殺される勢いで小言を言われるのでは、やはり俺は後者の方を取る。
せめてもの足掻きとして、俺は必要以上にゆったりとした足取りで月波学園に向かった。
とは言うものの、そんな抵抗など、時間が少しかかるというだけで結局は目的地には辿り着いてしまうのだが。
そして。
「「「……………………」」」
敷地境の塀に寄りかかり煙草を吹かしている鎌鼬と、なぜかその塀の上で焼きそばパンを頬張っている黒ジャージの猫又と目が合ってしまった。
「「「……………………」」」
さて。
「えーと、受付は正門だっけな」
「んぐ、んぐっ! ……おい待てそこの黒いの!」
「……………………」
普通にスルーしようとしたら、焼きそばパンを無理やり呑みこんで猫又が塀から降りてきた。それにしても、黒いの? そんな奴、どこにいるんだ?
「わざとらしくキョロキョロすんなし! アンタ以上に黒いのがそこら辺にいてたまるか!」
「……いや、鍋島。お前が言うか?」
気怠そうに煙草の火を携帯灰皿に押し付けて消し、鎌鼬も面倒臭そうにこちらにやって来た。
面倒なら来んな。
「クロ! アンタ、久しぶりに会った先輩と目を合わせておいてスルーか!?」
「は? 先輩? 悪いが嬢ちゃん、俺は見ての通り、中学生を先輩と呼べるほど若くはないんだが?」
「うがーっ!! 何その態度ムカつく!!」
「ああ、思い出した。ナベさんじゃないっすか。全然お変わりなくて逆に気付きませんでしたよ」
「ナベ言うな! うぜーっ! 相変わらずコイツうぜーっ!」
雄叫びをあげながら飛び蹴りをかましてくる猫又……改め、ナベこと鍋島。
その蹴りを適当にあしらい、足首を掴む。身長差もあってか、腕を伸ばしてもギリギリ地面に届かない。文字通りの宙吊りだ。
「相変わらず威勢だけはいいっすね、ナベさん」
「放せバカクロっ!!」
「つーか、久しぶりって言っても、この前のゴタゴタの時に会議室で一回会ってんだろ」
「あんなもん会ってるなんて言わん! 揚げ足を取るな!」
「文字通り揚げ足を取られてる、つか、掴まれてる状態で言われてもな……」
「うっせーっ!!」
ジタバタと暴れるナベ。
それを興味なさげに見ていた鎌鼬――風間が面倒臭そうに口を挟む。
「……相変わらずだなお前らは」
「よう、風間。煙草吸ってたっけか?」
「先生付けろ、瀧宮。吸う時は車ん中か敷地外に出てたからな、お前らが知らんかったんだろ」
「一本くれや」
「やらん。煙草税の増税とかで今高いんだよ」
「いいじゃねえか。教え子に一本くらい恵んでくれや」
「教え子だからこそ、なおさらやれるか、ボケ」
「ちっ」
「とりあえず、鍋島放してやったらどうだ。頭に血が上りだしてんぞ」
「放したら一本くれるか?」
「どんだけ飢えてんだお前。やるわけねーだろ」
「ちっ」
舌打ちしつつも、暴れる勢いが弱くなってきたナベが流石に哀れになってきたので手を放す。頭から落ちるかと思ったが、余計な心配だったようで、猫の身軽さで空中で姿勢を正してしゃがむように着地した。
しかしそれにしても、相変わらず口が悪いうえにケチ臭え奴だな。いいじゃねえか煙草の一本くらい。
「つーか、瀧宮。お前、吸ってんのか」
「たまにな。もみじが煙草の煙苦手だからそんなにしょっちゅう吸ってるわけじゃねえけど」
そう言えば最後に吸ったのいつだっけ?
覚えてねえな……何だかんだで、吸おうとすると邪魔が入るし……。いっそのこと、今ある箱を消費したら止めるのもアリかもな。実際、そんなに好きってわけでもねえし。
「そう言えばアンタ……モミジちゃんと一緒に住んでるんだっけ?」
「まあな」
身寄りのないはずのあいつがこの学園に通えているのも、俺が身元保証人になって学費を払っているからだし。俺がこの街に拠点を構えることにした時、ついでだからと転がり込んできたのだ。
「あの娘、行動力凄かったわよ?」
「何が」
「ああ、確かに凄まじかったな。自分の同棲を正当化するために風紀委員長まで言い包めて、気付いたら校則が変わってた」
「……………………」
それに俺も一枚噛んでいるとは言えない。
いや俺にも言い分はある。笑顔での脅しと涙目の懇願を交互に喰らったら、俺も協力せざるを得ないだろう。
うん、しゃーないしゃーない。
「まあでも、その辺は年の功って奴だろ。あいつ、ああ見えてお前らより年上だぜ?」
「それは知ってる」
「確か、五百歳だっけ?」
「いや、それは奴の体感時間での年齢。実際は何百年と寝てたから千超えてる」
「マジか」
「衝撃の事実ね……」
まあ確かに、あの土地神も実年齢はウン千歳らしいという途方もないスケールだから、ついつい感覚が麻痺してしまうが、冷静に考えて千何百歳の女子高生とか、おかしいだろ。
千年前って、日本何してたんだよ。鎌倉幕府始まってねえじゃねえか。
「……っと、こんな所で油売ってる場合じゃねえな。早く行かねえと姫様が拗ねちまう」
「はいはい行ってらっしゃい」
「……………………」
鬱陶しそうに手を払って「あっち行け」をするナベと風間。
いやお前らの方から近寄って来たんだろうが。
「ああ、そうだ。瀧宮」
「何だよ」
あっち行けと言ったり引き止めたり、どっちかにしろ。
「俺のクラス、フライドポテト売ってっから、買え」
「あ、アタシのクラスはバザーね! 売り上げに貢献しなさいよね!」
「うっせえ。誰が行くか」
久しぶりの再会もそこそこに。
俺は猫又と鎌鼬に背を向けて歩き出した。
* * *
どうにもさっきから奇妙な縁だな。
「お久しぶりです、羽黒さん」
「どもどもー」
「おう」
高等部の校舎に足を踏み入れてものの数分で、藤村兄妹と遭遇した。
相変わらず修二は趣味の悪い色眼鏡で『目』を封印しているし、妹のアヤカは死んでいる自覚がないかのように能天気に笑っている。
修二には例の事件の時にナベや風間同様会ってはいるが、きちんと話すのは久しぶりだ。
「その節は、アヤカがお世話になりました」
「いいっていいって、そんな昔のこと。それに結局、俺は失敗しちまったしな」
「いえ、でも最悪の結末は避けられました。そりゃ、死んでしまったのは悲しいですが、魂の消滅よりかは幾分マシです……」
「それに関しては、ウチからも。……本当にありがとう。ウチを助けてくれて」
「……助けてねえよ」
結局、俺はこいつを生きたまま修二の元に戻してやれなかったんだからな。
本当なら、こいつはこんな風に冬物のコートを着っぱなしで半透明になって宙に浮いているべきではないのに。
「それでも……また会えた」
「……………………」
朗らかに笑うアヤカ。
「……楽しんでるのか」
「もち! 生前までにできなかったこと、色々やり尽くそうとしてるし。一応、友達には事故で死んだってことにしてるけど」
「そうしておけ」
こいつの過去は、なかなかに壮絶だ。
見方によれば、俺たち兄妹よりも、よっぽど凄惨な過去を背負っている。
「っと、何だか暗くなっちまったな」
「……ですね」
修二が色眼鏡の奥の瞳を細めて苦笑する。
「せっかくの学園祭なんだし、どっか連れてけ」
「あ、じゃあ、僕の担当してるクラスの模擬店とかどうですか? 僕も今アヤカと行く途中だったんですけど」
「お前も自分のクラスの宣伝かよ」
「僕も?」
「ああ。さっきナベ……鍋島と風間に会ったんだが、二人にも自分の店に来るように言われた」
「じゃー行かなきゃだね!」
「ヤダよ、面倒臭え」
「えー」
口を尖らせながら、並んで歩く俺と修二の周囲を飛び回るアヤカ。
ええい、落ち着きのないところは生前と変わらんな!
「でもどこのクラスも宣伝に必死なのは仕方ないですよ」
「何でだよ」
まあ売り上げを使って打ち上げとかは楽しいだろうけども。
でも正直、学園祭の露店模擬店の売上なんざそうそう大したもんじゃないだろ。
「いや実はそうでもないんですよ」
「は?」
「ここ数年、一団体の純利益が五十万近くになることもあるんだよー」
「はっ!?」
純利益五十万!? 一週間の学園祭で!?
「多分羽黒さんの現役時代だとギリギリなかった制度なんでしょうけど、今は学園祭での売り上げは全部丸のまま部費として使うことができるようになったんですよ」
「マジか」
確か俺が高等部の生徒会長をやってた時は、売り上げのいくらかは運営費として生徒会と運営委員会に搾り取られてたな。まあある程度援助金を学園側から出していたから仕方がない制度だったんだが。
「その援助金制度を強制じゃなくて自由にしたんですよ。借りなければ返さなくてもいいって感じですね」
「で、頑張れば頑張るほどお金が手元に入ってくるわけー。お金がいっぱいあれば春の新入部員歓迎イベントで大々的に募集をかけられるし、部員がいっぱい集まれば学園側からの部費も多く支給されるんだー」
「……なるほどねえ」
そうなると、人数の少ない弱小サークルとかが不利になるんだろうが……そこはそこで、慎ましく生きるか、援助金を借りて一世一代の大勝負に出るか、ってところか。
「まあでも本当の理由は、また別にもう一つあるんだけどねー」
「あ? 本当の理由?」
「うん、そう。でもま、羽黒さんにはそのうち別ルートでそのお話が行くと思うよー」
「……?」
脳内に疑問符が浮かぶ中、アヤカはニヤニヤと笑って黙り込んだ。
何だこいつ、妙に曖昧な終わらせ方しやがって。
「そう言えば修二。お前のクラスって出し物、何」
「ん? えーと、まあ、喫茶店ですよ?」
「何だ、胡散臭い答え方だな」
「いやいや羽黒さん。立派な喫茶店だってー。どんな感じかは、行ってみてのお楽しみー」
「……………………」
ニヤニヤと笑うアヤカからは、嫌な予感しかしねえんだが……。
で。
数分お互いの近況を雑談しつつ歩いていると、修二が足を止めた。
「ここです」
「……帰っていいか?」
藤村兄妹に案内されたそこは――
「「「いらっしゃいませ~! 1Fコスプレ喫茶へようこそ~」」」
やたらとファンタジーな衣装を身に纏った女子高生が出迎える、アレな喫茶店だった。
* * *
「ねえ羽黒さん。そのガタイでパフェがっつくのやめよーよ?」
「いーじゃねえか、別に。一番盛りの良いのを頼んだらこれだったんだから」
「そもそもここ、お腹いっぱい食べるようなお店じゃないんだけど……」
アヤカの冷たい視線を浴びながら、俺は気にせずファンシーなネーミングで妙にデカいパフェを口に放り込み続けた。
甘いのは嫌いじゃないが、さすがにこの量を一度に食うことはあまりないが、意外と大丈夫そうだ。いやそもそも、こんな場違いな感じの所で飯を食ってる時点で味覚が麻痺しているだけかもしれないが。
というか本当に居心地が悪い。
『ねえあれヤバくない?』
『すげー、イケメン二人! アヤッチそこ変われ!』
『朝倉さん、シュージセンセーじゃない方のイケメンと知り合いなんでしょ? 写真お願いして来てくんない!?』
『え、しゃ、写真……?』
『そーそ! 美少女と写真撮りませんかー、って!』
『アンタそれ自分が一緒に映りたいだけじゃん!』
『おうよ!』
『いっそ清々しいまでに男らしい!? あ、朝倉さん写真ウチもお願い!』
『え、え……? でも、羽黒さんは梓ちゃんのお兄さんだから……』
『マジで!? 梓の奴、あんなイケメンな兄さんがいるなんて聞いてないぞ!』
『でも確かに似てるかも?』
『うん。梓を黒髪にして男顔にして左右反転させた感じ?』
『さすが梓・兄。マジイケメン』
『そしてこれは好機! 身内の身内は身内とは、当の梓の弁!』
『おお!』
『と言うわけで朝倉さん! 写真お願いします!』
『えぇっ……!?』
『『『お願いします!!』』』
『う、うー……わ、分かった……』
薄壁一つ向こうの調理場から欲望丸出しの女の会話が聞こえてくるんだが……。
「羽黒さん、人気ですね」
「いや半分はお前目当てだろ」
「僕は教師として人慕われてるだけですよ」
「そうか?」「そうかな?」
俺とアヤカが同時に首を捻る。
アレは完全に獲物を狙う目……つーか、声音だったと思うんだが。
で、まあ、俺たちに聞こえるということは、他の客にも聞こえているわけで。
『『『……………………』』』
「……………………」
刺すような視線が俺たちのテーブルに集中している。中にはガチの魔力の篭った殺気を放っている者もおり、なかなかに空気が悪い。
そんな中、本当に喧嘩を吹っかけてこないのは、やはり修二が隣にいるからか。
藤村修二。
若干二十五歳にして、私立月波学園理事長を別枠とした場合、最強の魔術師。
俺たち八百刀流五家総動員してようやく完成させるような規模の結界を、一人で作り上げることができる腕前。
まあもっとも、こいつ自身はかつて忌み嫌っていた力なのだが。
ともかく。
こいつのおかげで、この教室が凄惨なことにならずに済んでいるようなもんだ。
いやー、ありがたいことだな。
「あの……羽黒さん?」
周囲への牽制は無自覚な修二に任せておいてパフェの残りを口に運んでいると、見覚えのある少女がこちらにやって来た。
古き良き魔女の恰好をしているが……この眼鏡にオドオドとした口調、そして何よりこの灰色の瞳は……。
「よう、嬢ちゃん。俺の店で買ってったソファーは大事に使ってるか?」
「あ、はい……。とっても座り心地がいいです……ありがとうございました」
「礼ならソファーを作った工場の奴に言ってやんな」
俺がこの街に戻ってくる理由である、悪魔に願った少女だった。
もみじから何とか社会復帰したとは聞いていたが、本当に大丈夫そうだな。
「んで? 大体理由は分かってるが、その手に持ったデジカメは何よ」
「えっと、そのですね……写真、うちの女の子たちと撮りませんか……?」
「やっぱな」
そんなこったろーと思った。
「普通、そう言うのって客から頼むもんじゃねえの?」
「ふ、普通はそうなんですけど……その……」
「あーあー、いいっていいって。聞こえてたし」
「す、すみません……」
申し訳なさそうにペコペコと頭を下げる嬢ちゃん。
何だかこっちが悪いことしてみるみたいになってきた。
「で、どうするよ修二」
「僕は別にいいですよ。あ、でも、確か店員との写真撮影は一枚百円じゃなかった?」
「金取んのかよ」
「い、いえ……! さすがに今回はお金取りませんよ……!?」
そりゃ助かる。
むしろ俺たちが金取ってもいい感じだしな。
「つーわけで、いいぜ? 撮って……もっ!?」
『『『ありがとうございまーすっ!!』』』
セリフを言い終わるかどうかというタイミングで、ドヤドヤとどこにそれだけの人数が収容されていたんだと突っ込みたくなるような女子高生の群れが隣の教室から雪崩れ込んできた。
一気に華やかさが増す店内。
って、これ何人いるんだ……?
「うちのクラスは女子十九人ですが……」
「これ明らかにそれ以上いるだろ!?」
「隣のクラスの子も何人か混じってますね」
修二も苦笑いを浮かべながら、誰が最初に撮るかを決めるじゃんけん大会の経緯を見守っている。
「えっと……すみません、羽黒さん……。さっきはこんなにいなかったんですけど……」
「……気にすんな。さっきのやり取りの間に増えたんだろ」
しかしすげえ迫力と言うか、気迫だな。怖えよ女子高生の群れ。ワーワーと姦しいことこの上ない。正直、このテンションには俺も修二もついていけてない。そりゃ歳を取るはずだ。
「よっしゃ! あたし一番ね!」
「じゃあ次ウチな!」
次々とじゃんけんの勝者が決まっていき、順番に並びだす少女たち。
「あ、じゃあウチがカメラやろうか」
こいつらが雪崩れ込んできた時に空中に浮遊して回避していたアヤカは、ニヤニヤと笑いながらこちらを見下ろしている。
くっそ、完全に楽しんでんなこいつ……。
「てことで、真奈ちゃんカメラパス!」
「あ、うん……」
嬢ちゃんからカメラを受け取り。アヤカは一着を勝ち取った女子を俺と修二の間の席に座らせ、ポルターガイストを用いてカメラを構えた。
「んじゃ、いっくよー」
カメラを向けられても、ポーズをとるようなガラじゃないため、俺はあくまで自然体で少し微笑む程度にカメラに視線を向けた。
そして代わる代わる俺たちの間に座る女子共。
時折菓子を半ば無理やり食べさせられたり、抱き付かれそうになったりと、まあ、周囲の野郎共の殺気も併せてその地獄を堪能すること約二十分。
「あー、疲れた……」
「は、はは……さすがにうちのクラスの子は元気だなあ……」
逆セクハラに耐えつつ結局二十七人それぞれとの撮影会を乗り切り、俺と修二はぐったりとテーブルに頬杖をついていた。
「お、お疲れ様です……」
と、そこに魔女姿の嬢ちゃんがコーヒーを二杯持って来てくれた。
「どうぞ。その……サービスです」
「あざっす」
撮影時に菓子やら何やらを食べさせられて口の中が甘ったるくてしょうがなかったんだ。カップに口を付けると美味い苦みが口の中に広がって心地よかった。
「ところで、朝倉さんは撮らなくてよかったの?」
「そう言えば嬢ちゃん、ずっと他の客相手にしてたよな」
「あ、はい……。藤村先生とは個人指導で放課後毎日会ってますし……羽黒さんは、その、白銀先輩に悪いですし……」
ああ、そう言えばこの嬢ちゃんは知ってるんだっけか。
……そうだ、よく考えたら、これヤバいな。
「なあ嬢ちゃん……」
「はい……?」
「万が一もみじに会っても、このことは内緒にしてくれよ?」
「このことって……」
「たくさんの女子高生と写真を撮ってイチャイチャしてたこと?」
「要約するなアヤカ。だが全くその通りだチクショウ!」
殺される!
ばれたら確実に殺される……!
「頼んだぜ、嬢ちゃん……!」
「あ、あの……分かりましたから、そんな見た事もない表情で震えながらサムズアップしないでください……!」
おっと、俺としたことが少々取り乱しちまったか。
「そう言えば嬢ちゃん、個人指導って何だ?」
「あ、はい……。わたし、改めて立派な魔術師になろうと決めまして……その、藤村先生に、魔法を一から教わってるんです……」
「へ?」
思わず修二を見る。
すると当の本人はコーヒーを飲みながらニコニコと笑っている。
へえ……。
「意外ですか?」
「まあな」
こいつがねえ……。
どうやらこの街にこいつを送り込んだのは正解だったらしいな。
「あ……そうだ、藤村先生」
「ん? 何だい?」
嬢ちゃんが何かを思い出したのか、魔女衣装のローブの懐をゴソゴソと漁って一枚の紙切れを取り出した。
「これなんですけど……何だか分かります?」
「んん? 何これ?」
開くと、A4の普通のコピー用紙に、数字がビッチリと書きこまれている。
「何かの暗号っぽいんですけど……ちょっと気になったので」
「どこで手に入れたの、これ」
「あ、わたしじゃなくて、フィーちゃん……あ、わたしが契約しているシルフの女の子がどこかから持ってきたんです」
へえ、シルフと契約してんのか。修業は順調みたいだな。
「んー……? ん? 何だろうこれ。羽黒さん、分かります?」
「あ?」
言って、修二が俺にも見せてくる。
「おいおい、修二に分かんねえのが俺に分かる分けねえだろ」
「そりゃ、これが魔術系の暗号なら僕の専門分野ですけど、何か違う気がするので」
「ふーん……」
受け取って改めてその数字の羅列を見つめる。
ただの文字化け……にしては、数字だけっていうのは不自然か。魔術系の暗号でないとすれば数列なんだろうが……何か法則はないか? 数字の並び的には法則性はなさそうだが……。
「ダメなのー?」
「まあ待てって」
アヤカも嬢ちゃんも一緒になって紙を覗き込む。
こうしてみると本当に法則性がないな……。
いや、もしかしたらあえて法則性がないように並び替えているのか? だとしたら、並び替えの法則を見つけた上で元の順番に戻さないといけないな……。
「……やっぱり、ダメでしょうか?」
「そんな目で見るなって、嬢ちゃん。こうなりゃ意地でも解いてやるよ」
ここで放り投げたら負けな気がする。
……試しに適当に並び替えてみるか……。
えーと、ここをこーして……タダメだ、よりカオスになった。だったらこっちをこーして……ん? 何か引っかかるような? そうしたなら、ここをこーして……。
「お」
「分かったんですか?」
「いや、何となく法則性の一つが見えそうになっただけだ。ちょっと待ってな」
最初よりは断然見やすくなったな。だがまだ乱雑な数字の並びには違いない。一度戻して、さっきとは微妙に違う感じに数列をあーして……お。より良い感じになってきてね? んで、こーしてみれば……おお!
「手掛かりは見つかった……かな」
「マジで!? 羽黒さん実はすごい人!?」
「おいアヤカ。お前は俺を何だと思ってんだ」
「アブナイ人」
「今すぐ成仏させてやろうか?」
っとにこの小娘は……!
えーと、それで? 残った数列を法則性に則って並び替えて……うん、間違ってはいなかったな。計算しやすい並びになっている。んで、どう計算すればいい? 数字的には解法に似ているが……いや待て、そもそも暗号だとしたら数字の答えだとは限らんか? これがこの学園にあるということは。答えは日本語か、そうでなくてもどこかしらの言語である可能性が高い。だとしたら色々やりようがあるが……。とりあえず数字を百まで削ってみるか。それなら『あ』が『00』って感じの置き換え暗号になるかもしれん。
えーと、削るとすれば……やはりルート計算か? いやでもこの桁数はさすがに製作者側も億劫だろうからな……いっそ初心に帰って円周率で割ってみるとか、そんなアホなことも試してみるか? いやしかし――
「すごい……羽黒さんが集中してる……」
「羽黒さんって現役時代は学年首席で卒業、大学も主席入学らしいからね。自力は凄いよ」
「えー、意外ー」
「あの……藤村先生? さっきからずっと気になってたんですが、お二人はどういった関係で……?」
「昔、兄妹共々助けられたってだけ。その報奨としてちょっと手を貸した。それだけだよ」
「へえ……」
「いわゆる羽黒さんの『空白の六年間』って奴の実行犯とも言う」
「……?」
「まあこれについては、真奈ちゃんは知らなくてもいいことだよー」
「……………………」
横で三人がゴチャゴチャと何か言っているようだったが、俺は気にせず暗号に向かい続けた。
そしておそらくはこれが正解だろうというところまで解いてみたのだが……これは……!
「……なあ、嬢ちゃん」
「あ、はい……?」
修二と話をしていた嬢ちゃんに呼びかける。
「これ……さっき契約精霊がどこからか拾って来たって言ったか?」
「は、はい。正確には、誰かから貰ったらしいんですけど……ちゃんとは覚えていないらしくて……」
「どんな曖昧な情報でもいい。この暗号、誰から貰った?」
「えっと……フードをすっぽり被った小さな男の子だったらしいです……」
その言葉を聞くや否や。
俺は財布から三人分の勘定を引っ張り出して嬢ちゃんに押し付け、教室の外に駆けだしていた。
「あの腹黒兄妹が関係してるってことは……!!」
どうやら俺の解読した暗号は間違いではないらしく。
そして。
どうやら俺が今ここに来ているのも、所詮は奴らの望み通りであるということで。
しかし何よりも。
今俺は、誰かに踊らされてもいいと。
我ながら珍しく、そう考えていた。
* * *
『この暗号文を解読した者へ。
まずはおめでとうと言わせてもらおう。
よくこれだけ面倒な暗号を解読した。
だが残念なことに、君が生ある者であるならば全くの徒労となってしまうだろう。
この俺が用意したこのゲームの賞品は、生者には不必要な物だからだ。
しかしもし君が死せり者、もしくはその知人友人であるのならば話は別だ。
今回、この俺は君たちに仮初ではあるが肉体を用意している。
今一度その足で地を歩き、愛する者と語らい、触れあいたくはないか?
己の未練を、己自身で断ち切りたくはないか?
短期間ではあるが、この俺がその夢を実現させよう。
学園祭中であれば。工学部の三号館四階23406室で待っている。
仮初の肉体を得るためのキーワドは――三つ首犬を手懐ける焼き菓子が欲しい――だ』
* * *
「よう、気付いたか?」
「……うっ……ここは?」
「お前の研究室だよ」
その後。
俺は暗号に書かれていた研究室に足を運び、ちょうどこのゲームの主催をしていた小僧をしょっ引こうとしていた死神と鉢合わせ、何とか撃退に成功した。
あの死神としての誇りを持つ性格からして、早々に退いたのは正直意外だったのだが、どうやらリンの奴が出張ってきたらしかった。僅かではあるが、あの女の気配がしたような気がした。
「そうか……確か……」
「死神の鎌を直視したな? あれは生き物の根本にある死への恐怖を呼び起こすもんだからな」
その恐怖には誰も抗えない。
俺くらいに壊れた人間でなければ。
「極度の恐怖と緊張からの過呼吸。目が覚めたんならもう大事はないだろ」
小僧は目の下の隈を擦りながら、ゆっくりと上半身を起こした。
「そうか……すまない。ところで間取はどうした?」
「おいおい、自分よりも助手の心配かよ。あいつには、俺はこの学園のOBだっつって無理やり帰らせた。人間じゃないとは言え、死神とタイマン張ったんだ。総統消耗したはずだ」
「ああ……。誰かも分からんあんたに迷惑をかけた」
「いいっていいって。気にすんな。それに俺は礼を言われるようなことはしていないし、これからするつもりもない」
「……?」
「さっきは聞こえていなかったようだからもう一度言うが――三つ首犬を手懐ける焼き菓子が欲しい。なるべく、すぐにだ」
「……………………」
その一言に。
ようやく恐怖の呪縛が解けかかっていた瞳に、再び暗い影が差す。
さながら、先程の光景を思い出すかのように。
フラッシュバックしてしまったかのように。
「……無理だ」
そしてそう一言。
重い口を開いて答えた。
「何でだ。俺は暗号を解き、ここに来た。お前はゲームの主催者として出す物は出す義務があるだろう」
「昨日のうちに一人来て……今朝、仮の肉体……ホムンクルスを持って行った」
「……!」
おいおい。
マジか……こんな所で、また振り出しに戻んのかよ……。
今までにも似たようなことはあった。そのたびに期待し、期待の数だけ裏切られた。もう慣れたつもりだったのだが……この月波市という地で、しかもあの件兄妹が関わっている今回こそはと思ったのだが……。
そう簡単に……諦められねえよ……!
「なあ、もう一体のホムンクルスを作ることは可能なんじゃないか? それに今朝受け渡したのは試作品だって、お前の助手も言っていた。だったら今度はもっと完成度の高い――」
「無理だ!」
と。
年齢不相応の落ち着きを見せていた小僧が、急に癇癪を起したように絶叫する。
「もう無理だ! あんな……! あんな奴に目を付けられて……いくらこの俺でも、もうこの研究を続けられるほど図太い神経は持ち合わせていない!」
「……………………」
「錬金術師として、魔術師として、奴には全く歯が立たなかった。下手をしたら死んでいた……! 間取も巻き添えになるところだった……! そこまでして完成させたい研究なんかがあってたまるか!」
「……………………」
「そもそも、我ながら子供じみた考えだったんだ! 幽霊に新しい体? はっ! その幽霊の未練が復讐だったらどうする? そいつは新たに得た肉体を用いて復讐を晴らすだろうよ!」
「……………………」
「倫理観からして問題のある研究だったしな……ここら辺が止め時というやつだろう! 何が天才だバカバカしい! たかだか十歳で教授職を得て浮かれていたのが間違いだ!」
「……………………」
「……そうだ。今からでも遅くない。誰か後釜でも見つけて引き継ぎをしよう。端から無茶なことだったからな、反対する者も教授会にもおるまい。これからは大人しく初等部に通うことに――」
「で?」
黙って聞いていようと思っていたが……そろそろ限界だ。
俺は口を挟む。
「俺はてめえの作るホムンクルスが欲しいと言っている。それは今から作り直したとして、いつ完成する」
「は?」
小僧は。
心底理解できないという顔で俺を見やった。
「何を言っている……? 俺はもう、研究は放棄――」
「ああ、さっきの俺の言い方は語弊があるな。言い直そう」
ウダウダウダウダと……!
俺は。
こういう奴が。
大っ嫌いなんだよ!
「――抜刀、【鬼誅】」
体内に封じてある、この街を出る時に唯一持ち出した八百刀流由来の太刀を喚び出す。
それは、俺の原点。
究極の青が絶対の黒に変わった日。
最悪の始まりとなった、八百刀流史上『最強』の太刀。
柄も鍔もないその一振りを、俺は躊躇うことなく小僧の喉元に突きつける。
「ひっ……!?」
喉の奥から悲鳴を上げる小僧。
寸止めではない。
切っ先が柔肌に微かではあるが触れている。
双方少しでも動いたら、小僧の頸動脈は一瞬で断ち切られる。
「俺はお前に、ホムンクルスを『作ってください』とお願いしてんじゃねえ。『作れ』と命じてるんだ」
「だから……!」
「問答無用」
【鬼誅】を握り直し、小僧の首筋に更に押し付ける。皮膚の表面が裂け、タラリと赤い雫が零れ落ちる。
「何が必要だ。費用、器具、材料、薬品。全て俺が揃えてやろう。お前はただホムンクルスを作ればいいだけだ。寝る間も惜しんで構想を練ろ。錬金術師の誇りを全て賭けろ。この俺に、『最高』の実験結果を見せてみろ」
「……………………」
小僧の瞳から。
恐怖の色が失せる。
代わりに、小生意気な侮蔑と見下しの光が宿る。
「あんた……最悪だな」
「知ってるよ」
「こんな子供に刃物を向けて脅しか? とんだ大人だな」
「ああそうだ。俺は最悪な大人だよ。そして俺は、こうまでしてでも、なさねばならんことがある」
「……………………」
無言で。
小僧は首元に押し当てられている【鬼誅】を、手を斬らないように押し退けた。
「物心ついた時にはすでに、魔術師として生きてきた。しかし誰からも期待されることなく、両親共々慎ましく生きてきた」
語る。
小僧は、幼いながらも、その決して短くはない己の歴史を語る。
「四つかそこらだったか。この俺が錬金術師を目指すきっかけとなったのは」
* * *
「賢者の石」
小僧は語る。
「鉛などの卑金属を金などの貴金属に変える触媒だったり、人間を不老不死とする核となったりと、古来より錬金術師たちが追い求めた物質だ。その特性から、全知の力を与えるともされている」
この俺がその所有者だ、と。
小僧は右目のカラーコンタクトを外してみせた。
そこにあるべき瞳はない。
義眼のように、眼窩に鉱石のような何かが嵌め込まれているのだ。
最初は血のような赤色。しかしそれはすぐに氷のような青、そして今度は若芽のような緑へと絶えず色を変えていった。
「賢者の石だと……!? そんな伝説級の物が本当に……」
「君だって龍殺しなのだろう。伝説級はお互い様だ」
すでに改めて自己紹介は済ませておいている。しかし賢者の石か……この六年間、ろくでもない旅を続けてきたが、そんな物に遭遇することはなかったな。
「どこで手に入れた?」
「……何せこの俺も、この石を手に入れるまでは普通の魔術師の子供だったからな。あまり覚えてはいないが……確か、フードをすっぽりと被った女に手渡された。この俺が四つの時だから、六年前か」
「……………………」
またか。
またあの兄妹か。
しかも、こいつも六年前……。
人丑九弾に人丑九段……あいつらは、何を企んでいやがるんだ?
「んで? どうしてまた、手渡された賢者の石が右目にあるんだよ」
「あー……いや、その、何だ」
急に歯切れが悪くなる小僧。
「何だよ」
「いや……この俺も四つの時は子供だったんだ」
「そりゃそうだ」
「石を貰った時……その、腹が減っていてな」
「……………………」
おい。
まさかお前……!
「飴玉に見えたから食った」
「バカじゃねえの!?」
「この俺も四つだったんだぞ!? 知慮が足りないのは当たり前だろう! 今の教授職も、石から得た知識で着いた地位なのだぞ!?」
「知らねえよ! んで!? 食って体内に吸収された賢者の石が右目に浮き出てきたってのか!?」
「そうだとも! しかもこの右目、石を得てから勝手にこの俺に語りかけるようになったんだ。おそらくは石が己の持つ知識をこの俺に語りかけているのだろうが……昼夜問わず一方的に、気まぐれに語りかけてくるからな。おかげでこの六年間、寝不足なんだよ」
「その目の下の隈は石のせいかよ!?」
寝る間も惜しんで研究してたのかと思ってたよ!
このガキ、すげえのかバカなのかどっちかにしろよ!
「……んで?」
「何だ」
「賢者の石なんて予想外にデカいのが出てきて混乱しちゃいるが、正直俺はお前の出生なんてどうでもいいんだ。問題は、その賢者の石の知識を総動員してホムンクルスを作るのかどうかだ」
「……………………」
無言でガリガリとボサボサ頭を掻き毟る小僧。
こいつ、この期に及んで、何てことはねえだろうな……?
「一つ聞きたい」
「あ?」
「何であの死神は、あんたが来た途端、大人しく退いたんだ?」
「あー……」
まあ正確には、あいつの上司が退かせたんだろうが。
「俺と死神共の頭目との契約でな。……俺と、俺が直接関わった奴には、死神共は無断で手が出せないんだよ」
「……は?」
カラーコンタクトを右目に戻しながら、小僧が呆けた声を上げる。
「それはつまり……お前の周囲の者の生死は、お前の匙加減ということじゃ……?」
「いやそこまで万能な契約じゃねえよ。少なくとも、俺の知らねえ所で野垂れ死んだ奴には俺も干渉できない。せいぜい、俺の目の前では死神は行動を制限されるってだけだ」
それが俺と死神の頭目、リンとの契約。
この街に戻るきっかけとなった、あの悪魔の捕縛依頼の報奨の一つ。
俺の目の前で、もう二度と殺されはしない。
愚妹もユウも宇井も、眼鏡の嬢ちゃんに白狐の嬢ちゃんも、親父殿も御袋も、ミサもショウも、修二もアヤカもミオもホムラも。もちろんもみじも、名前も知らないような奴らも。
全部ひっくるめて、俺が背負ってやる。
もう二度と、我が賢妹の二の舞にはしない。
「まあともかく……そうか。少なくとも、君といれば死神に狙われる心配はないのだな?」
「そうなるな」
「ふむ……」
言って、小僧は改めて自分が寝かされていた部屋を見渡す。
薄暗い部屋の中、至るところに巨大な水槽やらフラスコやらの実験器具らしき何かが置かれ、棚には大量のファイルが溢れんばかりに押し込まれている。
この部屋の手前にあった研究室よりかは幾分マシだが、この実験室もなかなかに乱雑だ。これ、さっきまでいたあの助手が一人で片付けてんのか。すげえな。
「この部屋の実験器具やらデータ資料」
「あ?」
「これら全てを収容できる施設が君の管轄下にあるか?」
「あぁっ!?」
「もちろん、向こうの研究室の方の資料もだ」
これ全部!?
おい一体どれだけあると思ってんだ!
「はっきり言って、今回用意したホムンクルス以上の研究成果を出すのは、あの死神に再び喧嘩を売るようなものだ。この俺でもさすがにそれは極力避けたいところだ」
「そりゃあ、そうだろうが……」
「そのためにも、ホムンクルスを作ってほしいのなら、君の息のかかった施設に俺を匿ってほしい。全てはそれからだ」
「だからって……」
「さっき君は言った。『費用、器具、材料、薬品。全て俺が揃えてやろう』と。まさか偽りだったとは言うまい?」
「……………………」
こいつ……。
「それに、さっきの君の言葉はこの俺を焚き付けた。『錬金術師の誇りを全て賭けろ』? そう言われて、黙っていられるほどこの俺は物分りがよくないのでな。君にはこの俺のスポンサーとして、しっかりと働いてもらおうか」
「……おいおい」
さっきウジウジとしていた小僧とは全く別人だな。
錬金術師の誇り、か。
なるほど。賢者の石のおかげで、年齢不相応の精神が養われているわけか。立ち直りが異様に早い。
「こいつは参ったな。利用するつもりが、逆に利用されちまいそうだ」
「君、忘れていないか? この俺は賢者の石を右目に宿している。いわば、君は全知の存在と取引をしているようなものだ」
「……違いねえ」
俺を乗りこなせるもんなら乗りこなせ。
俺もお前を利用するだけ利用してやる。
「差し当たった問題は、新しい研究施設だが……」
「ああ、それなら俺んちの地下を使え。ここまで広くはないが、十分なスペースはある」
あの店を作る時、どうしてか俺は地下施設を作ってみたくなったのだ。
それも、もみじには内密に。
我ながらどうしてそんな物を作ってみたくなったのか、今まで謎だったのだが……なるほど。人丑兄妹よ。あの地下室は、こう使えばいいんだな?
いいぜ、踊ってやる。
てめえら腹黒兄妹が何を考えてるかは知らねえが、今回ばかりは素直に、てめえらのいう『運命』とやらに従ってやる。
「交渉完了、でいいかね?」
「ああ、問題ない。ここの実験器具は、明日の学園祭のゴタゴタのうちに運び出しておく」
「そうしてくれ。それと、もう一つ頼みがある」
「あ? 何だ?」
「今日ゲームの勝者に与えたホムンクルスの試作品……ここに死神が現れたということは、向こうに接触していてもおかしくはない」
「まあ、そうだろうな」
「そのまま放っておくと、死神に処分されかねん。実際に人間の魂を定着させたのは初めての試みだったからデータが欲しいところだ。何かされる前に奪取して来てくれ」
「……………………」
いきなり人使い荒いクソガキだな。
それってつまり、死神にもう一回喧嘩吹っかけて来いってことだろ?
「余裕だな」
さっきの殺し合いで奴の実力は知れているし、そもそも向こうは俺に手が出せないから全く問題ない。
「んじゃ、今夜にでも奪取してきますかね」
* * *
「ただいまー、っと……」
深夜。
死神から奪ってきた、艶のある黒髪の女の姿をしたホムンクルスを肩に担ぎ店舗兼自宅に帰ってきた。
しかしこのホムンクルス、あの小僧は改悪版とか言っていたが、とんでもない技術で生成されている。姿形はまるで人間そのもの。しかも魂がない、いわゆる幽体離脱状態の肉体そのものなのだ。酷くゆっくりではあるが、呼吸までしている。
「まだ研究途中で魂の定着状況は不安定だと言っていたが……」
これが完成すれば、俺の悲願も達成されるだろう。
「……………………」
店のカウンターの床に微かに彫り込まれている窪みを順序に従って指でなぞる。
すると音もなく床がスライドし、地下へと続く階段が姿を現す。
どのみちあの小僧の研究設備をそっくりそのままここに移動させるのだから、今夜の所はこのホムンクルスはここに安置させることにしたのだ。
階段を下る。
この地下空間は、ただの地下空間ではない。
俺の生家である『瀧宮』本家の地下にある、大広間と同じ技術で作られている。
持ち主である俺の許可なしでは開かないし、感知もできない。
死神共の目を盗んで研究を続けるには、これ以上ない施設だ。
「……よし」
最低限の生活設備しか揃っていない地下室。その中の硬いベッドの上にホムンクルスを寝かせておく。
「今日はもう寝るか」
明日はあのゴミ溜めのような研究室の物をここに運び込まないといけない。
……重労働だな、おい。
「……………………」
しかし、何かを忘れている気がするのだが?
階段を上り地下室への入り口を封印し、自室に戻る廊下を歩きながら熟考する。
そして自室に戻り、ベッドの上のそれを目にしてようやく気付く。
「……………………」
布団をめくると、なぜか俺のベッドで熟睡しているもみじの姿。
顔を壁側に向けているため表情は見えないが……どことなく不機嫌そうである。
「……………………」
そうだよそうだよ……バカじゃねえのか俺。今日はもみじに会いに学園祭に行ったんじゃねえか。ナベやら風間やら藤村兄妹やら死神やら小僧やらホムンクルスやらで、すっかり忘れていた……!
なんて言い訳をしたらいいのやら……。
「んっ……」
「……っ!?」
などと考えているともみじが寝返りを打ってこちらに顔を向けた。
まだ寝ているようだが……ビビらせんな、怖いっつーの!
しかしいくらなんでも、これを起こしてベッドを奪い返すわけにもいかんし、あいつの部屋まで起こさずに運ぶ自信はない。
「……とりあえず、今日は俺がソファーで寝るか……」
「その必要はありません」
「っ!?」
踵を返したところで右手首をとんでもない握力で掴まれた。
そしてそのままベッドに引き摺り込まれる。
「も、もみじ!? お前、起きて……!」
「私は本来夜行性ですからね。夜は眠りが浅いんです」
押し倒され、俺の上に跨るもみじを見上げる。
「さて羽黒」
「お、おう」
もみじの目が爛々と輝いている。
比喩ではなく、本当に。
「今日は私に会いに来てくれなかったようですが、どこで何をしていたのですか? 答えによっては――」
「お、おいおい! 待て! 話が違うぞ!? 確かに今日俺はお前に会わなかったが、学園には行った! 誓って本当だ! 今朝の保険が適用されるはずだ! 責められる言われはない!」
「ええ、そうですね。知ってます。確かに羽黒は今日学園に来ていたようですね」
は?
いや待て、何で知ってんだ?
「鍋島先生、風間先生、藤村先生、藤村先生の妹さん、真奈さん、その他大勢の目撃情報もありますしね」
「だったら――」
「それを踏まえた上でもう一度伺います」
ニッコリとほほ笑むもみじ。
もちろん、目は笑っていないが。
「今日はどこで何をしていたのですか?」
ベッド横の棚の上にあった茶封筒に手を伸ばすもみじ。
その口を下に向けると、見覚えのある男二人に挟まれて座っている、ファンタジーな服装の女子の写真がドサドサと落ちてきた。
これは……!
「今日、学園祭の裏で出回っていた写真を回収してきました。女子生徒の皆さんがやけに騒いでいると思ったら、驚きましたよ」
「……………………」
あー……。
終わった……。
「も、もみじ……さん?」
「はい、何でしょう羽黒」
「俺は一体何をすれば許してもらえるんでしょうか?」
「そうですね……」
俺の頬に手を当て、もみじがズイッと顔を寄せてくる。肌で体温を感じられるほどの至近距離。鼻先にかかる吐息。そして妖しく光る瞳が――ただただ恐怖。
「今日一日、生徒会長としての仕事が山済みでさすがの私も疲れてしまいました」
「は、はあ」
「ですので今夜はゆっくりと眠りたいのです。なので……羽黒には私の抱き枕になってもらいましょうか」
「は?」
「あ、もちろん動きは封じさせて頂きます。私が寝ている間に起きて出て行かれたら嫌ですので」
「はあっ!?」
いやいやちょっと待て!
「何で動きを封じる必要が……!」
「正確にはちょっと意識を奪うだけですよ」
「なおさら悪いわ!」
「羽黒。あなたに拒否できる権利があると思うのですか?」
「……………………」
ねえんだろうな分かってるよコンチクショウ……!
「大丈夫です。羽黒ってちょっと筋肉質で硬いですけど、抱き心地がよさそうなのできっといい抱き枕になりますよ」
「そのセリフから何を安心しろというんだ!?」
「それでは、いただきます」
「何をだ!?」
「んむっ」
「……っ!?」
塞がれる唇。
超至近距離にあるもみじの色っぽい表情。
次の瞬間。
俺は意識、というか気力という気力を全てもみじに吸い取られた。
「お休みなさい、羽黒」
「……………………」