だい じゅうきゅう わ ~鎌鼬~
「――と、言うわけでして」
アタシたちは生徒会長、モミジちゃんからの報告を受けていた。
その報告内容に、ショウヘイちゃんはイライラと貧乏揺すりをしていた。
「おたくの二年S組の生徒さん四人が、隈武宇井さんの護衛に、こう言ってはあれですが、無断で護衛についているようです」
「……………………」
貧乏揺すりが止まらない。
あのガキ共、と口汚い悪態が時折聞こえてくる。
「誰か、宇井さんたちのところに増援として向かって頂けないでしょうか?」
「それで、真っ先に何で俺のところに来るんだ、白銀」
「だって、あなたの生徒でしょう? 風間先生」
「そーだけど」
変わらずイライラとした声を上げる。
アタシは溜息混じりにショウヘイちゃんを見やった。
「ちょっとちょっと。ショウヘイちゃんの生徒がヤバイっていうのに、何でそんな態度なのよ」
「うるせー、鍋島。出るなって言われてんのに勝手に外出て窮地に陥った奴らのことなんか知るか。面倒臭い」
「……………………」
モミジちゃんは、黙ってショウヘイちゃんを見つめた。
「……………………」
それを黙って睨み返すショウヘイちゃん。
しばらくの沈黙の後。
ふう、とモミジちゃんは首を振りながら溜息を吐いた。
「……分かりました。私にも出陣要請は出ていますが、先に宇井さんのところに向かってからにするとしましょう」
「おーおー。そーしてくれ。俺たちはここでのんびりと人払いの結界の核の警備をしてっから」
やる気なさげにヒラヒラと手を振るショウヘイちゃん。
その仕草にモミジちゃんは諦めたような表情を浮かべ、「失礼しました」と職員室から出て行った。
「「……………………」」
再び、しばらく無言が続いた。
ショウヘイちゃんもアタシも、別段仕事をするわけでも何をするでもなく、無言で虚空を見つめていた。
それが数分間続く。
「……ちっ」
おもむろにショウヘイちゃん舌打ちし、ギシッと音を立てて椅子から乱暴に立ち上がる。
そして何を思ったか窓を開け、桟に足をかけた。
「どしたの?」
「……便所」
フワッと。
ショウヘイちゃんの体が風に包まれながら窓の外に落ちていく。
ちなみにここは四階。さすがの妖怪も、まともに落ちたら危険な高さではあるが、まあ大丈夫だろう。念のために確認したが、やはり全身に風をまとってゆっくりと降下していっていた。
「さて……」
全く、心配なら素直にそう言えばいいのに。
「モミジちゃん? 上手くいったみたいだよ」
「そのようですね」
ガラッと扉を開けてモミジちゃんが入ってくる。
その表情は、どこか手のかかる弟妹の世話をするお姉さんを彷彿とさせた。
……まあ、実年齢的にはアタシやショウヘイちゃんの何十倍も上なんだけど。
「ここの守りは他の先生方に任せて、あなたも行っていいよ」
「そうさせて頂きます。鍋島先生はどうなさるのです?」
「アタシ? うーん……」
どうしよっかなあ。
チラッと窓の外を見る。
ショウヘイちゃんが怒気を孕んだ風をまといながら走り去る背中が見えた。
「……うん、あの様子じゃ四人を殴り飛ばしかねないから、付いて行くわ」
「では、私はお二人とは反対方向から回ってみますね」
「うん、そうして」
「それでは」
言いながら、モミジちゃんもなぜかショウヘイちゃんが開けっ放しにしていった窓から外に出た。
しかしショウヘイちゃんのように落ちることはなく、まるで滑るように空中を移動していった。
……って。
「モミジちゃーん? スカートなんだから、そういうのは止めときなさーい」
バッと慌てたようにスカートのお尻を押さえるモミジちゃん。
そして周囲を見渡しながらゆっくりと降下していった。
「いやいや……」
変なところでガードが甘いんだから。
「……あれ?」
そう言えばモミジちゃん、まだ腕輪したままじゃなかった?
……………………。
ま、いいか。
「……黒のバカによろしく」
呟き、ウンと伸びをする。
さて、アタシも行きますか。
着ていた黒ジャージの腕をまくり、二人に続いてアタシも窓から飛び降りた。
「すう……っ!」
落下しながら、大きく息を吸い込む。
だんだん地面が近付いてくる。
そして。
「うにゃんっ!!」
着地の寸前に、吸った息を一気に吐き出した。
同時に、ゴオッと音を立てて炎が現れる。
「久しぶりー」
ゴウゴウと音を立てる火柱。
その中から、古めかしい牛車が姿を現す。
「火車、ちょっと公園までよろしくね!」
炎をまとった牛車に飛び乗ると、返事代わりにギシリと大きく軋んだ。
瞬間。
「きゃーーーーーっ♪」
ガラガラと喧しい音を立てながら火車は猛スピードで走り出した。
やーっぱこのスピード感は病み付きになるわー。
「……おっ」
前方百メートルにショウヘイちゃん発見。
火車のスピードをさらに上げ、アタシはショウヘイちゃんに追いついた。
「やっほー」
「……何しに来た」
「連れション」
「ちっ……」
「乗ってく?」
「いらん。そいつは乗り心地最悪だ」
言って、ショウヘイちゃんはいきなりトップスピードで飛んでいった。
それに触発されたか、火車も車軸が折れるのではないかという速度で走り出した。
基本、走り屋気質だからなー、こいつ。もうガタガタどころではない、ガコンガコンと騒音を撒き散らしながらショウヘイちゃんの後を追う。
これ、普段なら騒音被害とかを気にするレベルだ。
だけど。
今回ばかりはそんなことを気にする余裕はない。
何だかんだ言ってショウヘイちゃんも、もちろんアタシも結構焦っている。
なぜなら。
「はあっ……」
掛け声とともに、ショウヘイちゃんを取り巻いていた風の一部が前方に飛んでいった。
そして、その辺でたむろしていたゾンビの群れを細切れにする。
「もうこんな市街地の方にまで沸いてきてるなんて……。火車、急いで! ゾンビは撥ね飛ばしてもいいから!」
ギシリ、と返事が返ってくる。
ここにまでゾンビがいると言うことは、柱がある公園にはどれほどの数がいるというのだろう。
急がないと……。
「……いた」
ショウヘイちゃんが呟く。
ここからだとまだ少し距離はある。
だけど、それははっきりと見えた。
街灯の数倍の高さにある頭部。
巨大な鬼が何度も何度も地面に向かって拳を振り下ろしていた。
「アライちゃん……!」
普段は温厚な彼まで、ああまでして本性を出さなければいけない状況。
これはもう、その数は百や二百では済まないかもしれない。
「テメーら……!」
ふと。
怒気を孕んだ声が、併走していたショウヘイちゃんの口から聞こえてきた。
公園の入り口にたどり着く。
やはりそこは地獄絵図のような状況になっていた。
ひしめくゾンビ。
その奥で、巨大な鬼と一頭の人狼が拳を唸らせていた。
だがこの場で最も恐れるべきは、鬼でも狼でも、屍でもない。
たった一匹の、鼬である。
「テメーらあああああぁぁぁぁぁっ!!」
ゴオッと、暴風のような風が吹き荒れた。
「うちの生徒共に、手ぇ出してんじゃねええええええぇぇぇぇぇっ!!」
一瞬。
一掃。
一陣の風。
瞬きの間に、群れをなしていたゾンビが跡形もなく消え去った。
* * *
「鎌鼬」
アタシは火車から飛び降り、そう呟いた。
「その名の通り、鼬のような姿をしてて、旋風を巻き起こしながらやってくる。鎌のみたいな爪で人を切りつけるけど、不思議と痛みも出血もないんだって」
それと、鎌鼬は正確には三匹一組の妖怪だ。
一匹目が風で転ばせ、二匹目が切りつける。そして三匹目が傷口に薬を塗って出血を止めるのだそうだ。
ショウヘイちゃんは、そのうちの二匹目。本来は奥さんのリョウコちゃんが転ばせ、娘さんのフウカちゃんが薬を塗る、と役割分担されている。
けれどブチギレのマジギレなショウヘイちゃんが本気を出した今、ゾンビは見る影もなくズタボロにされた。
文字通り、跡形もなく消し飛ばされた。
切り刻まれた。
そして残ったのは、柱に手を添えたままブツブツと何か呟いているウイちゃんと、何が起きたか理解できていない三人組だけだった。
「……あれ?」
三人?
もう一人……ハルちゃんはどこに行ったんだろう?
「……………………」
無言で近付いていくショウヘイちゃん。
「香川」
「は、はいっ」
ショウヘイちゃんの呼びかけに、アライちゃんは頭上から上擦った声を上げた。
「人化しろ」
「はい……」
シュルシュルと、文字通り身を縮めるアライちゃん。そして人並みサイズ(それでも二メート近い)になったところで、男三人を無言で並ばせた。
そして。
「歯ぁ食い縛れ」
「おごっ!?」
「……ぐぅっ!?」
「ごはっ!?」
ショウヘイちゃんは風の拳で三人の鳩尾を思いっきり殴り飛ばした。
三者三様の悲鳴を上げ、うずくまる三人。
そしてキョウちゃんは気持ち悪そうに口元を押さえる。しかし我慢できなくなったのか、ゴバッと音を立てて何かを吐き出した。
何かと言うか、ヒトだった。
金髪碧眼眼鏡美女。
つまりはハルちゃん。
「……………………」
なるほど、呑み込んでいたのか。
「……はっ」
一瞬だけハルちゃんは呆然と周囲を見渡していたが、すぐに振り返ってキョウちゃんたちの方を見た。
「大丈夫か!? 怪我はしてないか!?」
「おわっ!?」
悲鳴を上げるキョウちゃん。
それもそのはず。触診のつもりなのだろうが、ハルちゃんはキョウちゃんの全身をくまなくあちこち触りまくったのだ。
いきなりのその行動に度肝を抜かれたキョウちゃんだったが、すぐに冷静さを取り戻して「大丈夫だ」とハルちゃんを押し返した。
「つーか、呑み込まれたことに対する怒りよりも、真っ先に俺らの心配か?」
「当たり前だ。君たちの力になろうと思ったのに、いきなり暗闇の中に放り込まれて手も足も出せなかったことに関しては、もうこれ以上ないくらい怒っている」
だが、とハルちゃんは続ける。
「……だがな、それ以上に、君たちが無事だったことが、何よりも嬉しい」
そう言って。
ハルちゃんはキョウちゃんの胸に額を押し付けた。
キョウちゃんは、小さく「悪い」と呟き、ハルちゃんの肩を抱いた。
「……………………」
その光景を、ショウヘイちゃんは不機嫌そうに眺めていた。
大方、自分が言おうとしたことを先にハルちゃんに言われて不貞腐れているんだろう。
そういう奴だ、昔から。
「あの、風間先生……?」
「……………………」
鳩尾パンチから何とか復活したアライちゃんとアキラちゃんがショウヘイちゃんの顔色を伺う。
それに対し、ショウヘイちゃんはあくまで面倒臭そうに髪をバリバリと掻き毟った。
「言いたいことは山ほどあるが」
「は、はい……」
その眼光に、四人は竦みあがったように姿勢を正した。
そしてショウヘイちゃんは静かに口を開く。
「無事で何より。だが命令違反に対する厳しー罰はしっかり受けてもらうから、そのつもりでいるよーに」
「は、はいっ!!」
「具体的にはトイレ掃除一週間」
「こ、古典的な……」
「教室の掃除もしばらくお前ら四人だけでやれ」
「甘んじて受けます……」
「日直もだ」
「……ぬう」
「ついでに俺の肩を揉め」
「はい……っておい!? 何かいきなり罰を私物化し始めてねえか!?」
「昼飯の時に飲み物かって来い」
「やっぱ気のせいじゃない! それはパシリと言う!」
「それと――」
「まだあるのかっ!?」
吠えるキョウちゃん。
まあ、最後の二つは冗談だとして。……冗談だよね?
ショウヘイちゃんはキョウちゃんとハルちゃんの頭を荒く撫で、自分より高いところに頭があるアキラちゃんとアライちゃんに関してはポンと肩を叩いた。
「――よくやった」
「へ……?」
その時である。
――ドンッ!!
爆発音にも似た轟音が響き、四人の背後から巨大な白い光の柱が夜空に向かって立ち上がった。
「お待たせ、みんな……『伍角天石』、完成よ」
遠くにもあと五本、光の柱が見える。
やり切った表情を浮かべて、ウイちゃんが柱から離れた。
「この柱を頂点に結界を狭めていく。後は八百刀流関係者なら誰でもできるから、この柱さえ守りきれば大丈夫」
「つーわけだ」
ゴキンゴキンとショウヘイちゃんは指の関節を派手に鳴らした。
「面倒極まりないが、ここの柱の守りは俺がやってやる。今からお前らだけを家に帰すのも逆に危険だから、鍋島と一緒に隈武の護衛に付け」
「え、風間、いいのか?」
「いいも何も、元から結界が完成した後の柱の警備は月波学園が担当することになってたんだよ。あの最悪の要請でな。あと藤原、先生つけろ」
「いやそうじゃなくて……。一人でいいのかよ」
「むしろお前らがいると邪魔だ」
「……………………」
キョウちゃん撃沈。
まああれだけの数のゾンビを一瞬で一掃してしまったわけだし、ここは素直に頷くしかないだろうなあ。
「あ、もしもし。こちら『隈武』です」
ウイちゃんがケータイを取り出して報告をしていた。電話口の相手はおそらくアズサちゃんだろう。
「……うん。風間先生と鍋島先生と合流したよ。風間先生が柱の警備をしてくれるらしいから、わたしは次の地点に鍋島先生と行くね。……うん、あ、そうなの? うん、アズアズも気を付けて」
「あーもしもし。藤村か? 俺俺」
「……………………」
対してこちらは、ショウヘイちゃんが同僚相手にオレオレ詐欺をしていた。
「気付いてんだろ? 結界ができたから、人払いの有効範囲を狭めていいぞ。結界の外にはゾンビも出れんからな。……んじゃ、そーゆーことで」
一方的に報告して一方的に電話切りやがった。
本当にもう、さっきまでブチギレてたのに、すっかりいつもの調子だ。
「さて。つーわけで、オラ。ガキ共はさっさと行った行った」
「はいはーい……って! アタシは大人です!」
「お前この前、映画を中学生料金で見たって話してたじゃねーか」
「冗談に決まってるでしょ!」
免許見せたら正規料金になったもんっ!
って!
こんな雑談に興じている場合じゃない!
「みんな、これに乗って」
アタシは近くまで火車を呼び寄せ、五人に乗車を促す。さすがに炎をまとっていたため少し怖がられたが、大人しく乗ってくれた。アライちゃんとアキラちゃんが乗り切れるか多少不安だったが、まあギリオッケー。
……その最中、ショウヘイちゃんが微妙な表情を浮かべていたのは無視した。
「じゃ、行くよ。ウイちゃん、次はどこ?」
「えっと、三丁目の交差点です。コンビニが近くにあるところ」
「了解! 火車、お願いね!」
ギシリ、と大きく軋む。
そして。
「きゃーーーーーっ♪」
「「「「「ぎゃあああああぁぁぁぁぁっ!?」」」」」
火車が嬉々として猛スピードを出した途端、五つの悲鳴が聞こえた。
そんな悲鳴の中、アタシは火車の外に、猛スピードで反対方向に走っていくアズサちゃんの姿を見た気がした。