だい じゅうよん わ ~精霊~
「はー……」
俺は溜息をつきながら手首を見る。
そこには、複雑に絡み合った細い鎖が嵌められている。
だがよく見れば、その鎖の一本一本に、黒い文字のようなものが掘り込まれていた。
「これ、引き千切ってもいいか?」
「……いいわけあるか」
「経、それ何回目?」
「うるせえ」
今日も変わらず不機嫌丸出しに見える渋い表情を浮かべている大男が却下し、その隣で図体のわりにどこか穏やかな雰囲気の巨漢がたしなめる。
「そもそも、陰陽師の作った妖怪封じの腕輪がそう簡単に切れるとは思えないのだが」
そして俺の斜め前に座る金髪碧眼の眼鏡美女が呆れ半分で呟いた。
俺は三人の口ぶりに口を尖らせた。
「つってもよー。これ、日常生活においては確かに何ともないけど、風紀委員の仕事には若干支障をきたしてるぞ」
ここ数日、相次いで発生している黒い不審火の調査のためだとかで、月波市に住む全ての妖怪に腕輪着用が義務付けられた。
さすがにその辺にいるような、ヒトとしての意思があるんだかないんだかはっきりしない小妖怪はともかく、市役所の重役から保育園児まで、あくまで人間として生きている妖怪には配られているらしい。
それは月波学園に通っている俺たちも例外ではない。
最初は調査のためとは言え、最初から俺たち妖怪を疑った八百刀流陰陽師に対する反発が学園内でも頻発したが、それもつい先日に収まった。
緊急生徒総会とかで、高等部全員が入れるほど巨大なドームに俺たちは集められた。
そこで俺たちは、すでに腕輪を嵌めていた白銀もみじ生徒会長から直々に説明を受け、今回の件に対して協力するよう要請されたのだ。
白銀先輩は歴代の生徒会長の中でもトップクラスの支持率を持って生徒会長に就任している。
もちろん人望も高い。
そんな生徒会長が自ら頭を下げ、協力を要請してきたら、彼女を支持している俺たちとしても矛先を収めなければならない。
それでも不満は残ったが、どうやら白銀先輩は手回しは万全だったようで、すでに月波学園の全ての団体の責任者を口説き落としていたそうな。
まあ腕輪による力の制御が決定したのは結構前からだったらしく、時間的には余裕だったろうが……白銀先輩、マジパねっす。
生徒会長だけでなく、自分の所属する委員会、部活、サークルの代表からも頼まれたら断れるわけもない。
ともかく。
「何よりこの鎖……カチャカチャって鬱陶しいんだよな」
「……まあ、分からんでもないが」
「みんな我慢しているのだ。君も我慢したらどうだ」
「正論だね」
……くそう。
三人してよってたかって……。
「それに私はミオ様から直接伺ったので、今回の処置には納得しているがな」
「ああ、ハルはな」
「む? その口ぶりだと、まだ納得していないようだな?」
「いや、納得はしてるんだけどな……。でもやっぱ、仕事に――」
その時。
――ブブブッ……!
「あ、ヤベ」
ケータイの電源切るの忘れてた。
マナーモードの震動音がカバンの中から聞こえてきた。
危ねえ。風間が来る前で助かった。
「……………………」
そう思いながらケータイのディスプレイを見て、俺は渋い顔をした。
「……どうした」
「いや……何でもない」
そう、何でもないんだ。
俺は画面に映っていた名前を見なかったことにして、電源を切ろうとする。
が。
――ブブブブブブブブブブッ!!
「あーはいはい分かりましたよ!!」
俺はヤケクソになって通話ボタンを押した。
『なーにメールを見てみぬ振りしようとしただけでなく、電源まで切ろうとしているんだい、君?』
やけに穏やかな口調。
電話口の相手は、まるで俺のことを見ているかのような口ぶりだった。
もっとも、今さらそんなことで驚かないが。
「……委員長。校内はケータイの使用禁止っす」
『大丈夫。風紀委員長が許可する』
「職権乱用だ……!」
『いやいや権力は使うべき時にこそ使わないと』
上司が暴君になりましたよ。
「……で、何の用ですか? 朝のホームルームまでもう何分もないんですが?」
『ああ、そうだった。早いとこ用件を言わないとね』
「はあ」
ゴホンと、電話口にわざとらしい咳払いが聞こえる。
『君、ちょっと第三グラウンドに向かってくれないかい?』
「何かあったんですか?」
『喧嘩。まだ睨み合ってる状態だけど、動き出す前に鎮圧してきて欲しい』
……相変わらず、口調と裏腹に言うことが物騒だ。
「第三グラウンドって……そっちは一年の主要グラウンドでしょう」
『そうだよ。対峙しているのも一年生の二人だ』
「そんなもん一年に任せりゃいいでしょう」
『うん。ぼくもそう思ったんだけどね……今回ばかりは、一年生だけじゃ荷が重い』
「は?」
『あの二人が本気で激突したら校舎が崩壊しかねないからね。だから早いとこ止めてきて』
「あの二人って……。あの二人っすか?」
『そうだよ』
「いや、だったらなおさら、あなたが出ればいいでしょう」
『ぼく、これでも受験生だからね。こんなところで怪我したくないんだ』
「……………………」
ここまで白々しいセリフ、初めて聞いた……。
『と言うわけで、君、行ってくれるね?』
「……アイ、サー。了解っす」
そう短く返事をし、俺はケータイの電源を切ってカバンの中に戻す。
どうせ俺に拒否権はない。
「……どうした」
「ちょっと出る。……狛野、香川。念のため、付いて来てくれ」
「……ふん」
「わ、分かった」
神妙な面持ちで頷く二人。
そしてもう一人。
「私はどうする?」
「あー、ハルは残って風間に説明しといてくれ」
「……分かった」
頷くハル。
俺は狛野と香川を連れ、教室を後にした。
無何有は第三グラウンド。
そこで対峙するは、二人の戦闘狂。
* * *
第三グラウンドはすでに騒然としていた。
二人の一年生がグラウンドの中央で対峙し、それを取り巻くように群れる大量の野次馬を一年の風紀委員たちが抑えていた。
「ちっ、やっぱりか」
そこには見知った一年生が二人、日常生活ではまずお目にかかれない得物を手にして向き合っている。
「瀧宮のお嬢さんに穂波の坊主か」
おそらく、いや間違いなく、辺り一面に何十本もの太刀を突き立てているのが瀧宮ので、何やら厳つい拳銃を二丁構えているのが穂波のだ。
何か言い争っているようだが、遠すぎてここからだと聞こえない。
「……どうする、藤原」
「どうするってもな……。あいつら完全に臨戦態勢じゃねえか」
「下手に手出しすると危ないよ?」
今は口論によって均衡を保っているが、確かに香川の言うとおり、何かしらの要因でいきなり激突、ということもありえる。
「少し手荒だが、どっちか片方だけでも呑み込むか?」
とりあえず提案してみたが、狛野は渋い表情のまま首を横に振った。
「……それができたら苦労はないだろう」
「何だよ」
「……お前、腕輪のこと忘れてないか?」
「……………………」
ホントに邪魔だなあこの腕輪!
「「……………………」」
ああ、二人の視線が痛い。
……ついさっきまで文句垂れ流してたのにしっかり忘れてましたが何か!?
「で、どうするよ?」
「あ、誤魔化した」
「香川うっさい」
「ヒドイっ!?」
えーい、それだけでかい図体持ってる男の癖に細かいことにイチイチと……。
だが本当にどうしたものか。
正直、すでに風紀委員の仕事、と言うか生徒の仕事の範疇を超えている気がする。
委員長も言っていたが、あの二人が本気で激突すれば校舎など、あっという間に瓦礫の山だ。
「あいつら何組だっけ?」
「F組だったと思うけど」
「1Fっつーと、確か担任は藤村だったか? もういい加減学園来てるだろ。とっとと呼びに行ったほうがいいかもな」
「……どうだろうな」
「あ?」
狛野が不意に唸るような声を出した。
「……あの二人がああして対峙しているのに、集まってきているのは生徒だけだ」
「つまり、教師陣の方でも何かが起こってるってこと?」
「……恐らくはな」
「ちっ。つまりこっちは俺たちで何とかしないといけないってか?」
こりゃ下手したら生徒会にも出動要請をかけた方がいいかもしれない。瀧宮のはあれで生徒会メンバーであるわけだから、向こうの副会長とうちの委員長の仲が悪いとは言え、不干渉というわけにはいかないだろうし。
白銀さんが来てくれれば万々歳だが、滝沢さんなら俺たち三人と組めば何とか治めることができるだろう。
本気でそんなことを考えていると。
「あの……」
背後から、どこか頼りないオロオロとした声が聞こえてきた。
「ん?」
振り返る。
するとそこには、日本人形のような艶のある黒髪に牛乳瓶の底のような分厚いレンズの少女が立っていた。
ネクタイの色から察するに、どうやら一年のようだ。が、驚いたことに、その瞳は色素の薄い灰色だった。
そうとう異能の力を使い込んでいるらしい。
「わ、わたしはあの二人の友人の、朝倉真奈です……」
「朝倉真奈?」
どこかで聞いたような?
まあいいや。
「で、あの戦闘狂二人のダチが何の用だ?」
「あの……先輩方は、風紀委員会の方ですよね?」
「……オレは違う」
「おれも」
「……あ」
狛野と香川が否定すると、朝倉は何故か顔を青ざめて何度も頭を下げた。
「す、すみません……! 勝手に勘違いしてしまって……!」
「いや、おれたちは別にいいんだけど」
「で? 何の用だよ」
「あ、はい……」
俺が続きを促すと、ズレ落ちた眼鏡を持ち上げながら朝倉は説明をし始めた。
「あの二人がああなったのは、元はと言えばわたしのせいなんです……」
「は?」
「その……わたし今朝、道をある人に聞かれて……。それで案内をしたらこの学園で、それでそこで偶然梓ちゃんに会って……。そしたら梓ちゃん、いきなり怒って、か、刀も出して……。そしたらユッくんが止めに入って、気付いたらその人はいなくなってて……。それでそのまま、あんな感じになっちゃって……」
「……………………」
分かったような。
分からんような。
……うん、やっぱり微妙に分かんねえ。
どうにも混乱していて説明ができなくなっているようだ。
噛み砕いて今の説明を簡略化すると、
「つまり、お前が連れてきた奴が気に食わなくて瀧宮のが怒って、止めに入った穂波のとそのまま喧嘩でゴー、ってわけか?」
「あ……はい。多分、そういうことです」
「……………………」
……いやいや多分って。
どうも人付き合いが苦手そうだなこいつ……。
そんなことより。
「それ、お前悪いか?」
「……そうは思えんが」
「誰が悪いかって言ったら、うん、誰も悪いとは言えないよね」
強いて言うなら、いきなりドンパチ始めた瀧宮のだ。
「で、お前は何をしたい」
「その……お、お手伝いを」
「手伝い?」
「はい……。あの状態になったのは、わたしにも責任があります。ですから二人を止める、お手伝いを……」
それに、と。
朝倉は続ける。
「友達同士が殺し合う光景なんて……兄妹で殺し合う光景と同じくらい、見たくない」
「……………………」
俺は無言で、その灰色の瞳を見据えた。
どこか頼りない雰囲気はあるが。
その芯は、誰よりも強そうに見えた。
「お前は人間だな?」
「あ、はい……」
「何ができる?」
「ちょっと経!?」
香川が素っ頓狂な声を上げた。
おそらく、二人の戦闘狂の喧嘩の鎮圧に彼女を連れて行くのに反対なのだろう。
だが俺は聞く耳持たず。
朝倉は表情を引き締めた。
「ま、魔法を少し……」
「その少しの中に、あいつらを黙らせる魔法と目くらましできる魔法はあるか?」
「効果は短時間ですが……さ、《沈黙》の魔法なら使えます。その……正確には魔法じゃないですけど、視力を一時的に奪うことなら……」
「よし、十分だ!」
俺は右手で拳を作り、右肩を大きく回す。
「朝倉は魔法で援護! とりあえず連中を黙らせて言霊を使えなくする。その後に視力を奪い、その隙に俺たち三人が奴らを押さえ込む!」
「それ、明らかに朝倉さんの仕事量が多いよね?」
「……無駄だ香川。どうせ聞いていない」
横でゴチャゴチャ言っている香川は置いておいて。
「んじゃ、朝倉! 援護よろしく!」
「はい……!」
神妙な面持ちで頷く朝倉。
そして瞳を伏せ、彼女はおもむろに何かを口ずさみだした。
「――■■、■■■■■、■、■■■■■、■■……」
「……?」
声は聞こえるんだが、聞き取れない。
恐らくはこれが彼女固有のルーンなのだろう。
「――■、■■■■■、■■■、■■、■■■■……」
呪文の詠唱は続く。
その間に俺は二人に指示を出しておく。
「香川は穂波のを頼む。俺と狛野は瀧宮の! どちらかと言えば瀧宮のの方が危険だが、抜かるなよ?」
「……了解」
「任せて」
そして朝倉の方を見ると、準備ができたのか小さく頷いた。
「効果はもって三分です……。よろしくお願いします……!」
「おう!」
「行きます……!」
言葉を区切り、朝倉は両手を前に突き出した。
そこから、薄明るい灰色の光が零れ落ちた。
「――《沈黙》!」
瞬間。
口論を続けていた二人の声がプツリと途絶えた。
見れば二人ともなぜ声が出せないのか不思議がっているようだ。
「行くぞ二人とも!」
号令を出し、俺たちは駆け出す。
その瞬間には、すでに朝倉は動き出していた。
彼女の口から洩れる声を背に、俺たちは走り出す。
だが。
「――ヤ コルドゥーン ドゥフ ウミェールシハ ドゥルグ マナ アサクレ」
ゾ ク リ ――
「……っ!?」
そのあまりにも異質な気配に一瞬、足を止めそうになった。
今度の呪文は聞き取れた。
意味までは分からないが、それは先ほどの魔法とは全くの別物であると言うことは、門外漢の俺にでも分かる。
「――オン スヴェート イ アスヴェシャーチット シャムノーテ」
呪文は続く。
言葉が紡がれるごとに、その異質な気配はさらに強くなっていく。
何なんだあの娘……?
「……行きます! 目を閉じてください!」
だが俺に思考させる暇も与えず、朝倉は叫んだ。
言われた通りに目を閉じる。
「――ィエボ ザブット 《プリーズラク》 ……ヴィーゾフ!」
パンッと、まぶたの外で何かが強烈な光を放った。
目を閉じているのに網膜が焼き切れるかと思ったほどだ。
光が収まり、俺は目を開ける。
すると案の定、瀧宮のも穂波のも何が起きたのかわからないまま閃光に視力を奪われていた。
「狛野! 香川!」
「……分かってる」
「う、うん!」
狛野はあくまで淡々と、香川は少し戸惑いながらも二人に駆け寄った。
「瀧宮の!」
叫び、俺も瀧宮のに近付く。
「……っ!!」
殺気立っていたらしい瀧宮のは、視界を奪われながらも手にした太刀を振りかざしてきた。
だがそんな無茶苦茶な軌道を描く切先は俺たちに掠ることもなく、ただただ無駄な抵抗でしかなかった。
その上、《沈黙》の魔法のおかげで言霊も使えず、新たに太刀を喚ぶこともできない。
「何があったか知らんが、とにかく落ち着け!」
とりあえずは手首と肩を掴み、身動きを封じさせてもらう。
狛野も反対側を抵抗されながらも押さえている。
ちょうどその時、早くも魔法の効果は消えたようだ。
だが瀧宮のは無闇やたらに喚き散らすだけだった。
「離せ! 離せ離せ離せ!! こいつは! こいつはあんな奴を……!!」
「だから落ち着けって言ってるだろうが……!」
まるで猛獣か何かを抑えているかのようだ。
しかも何かの術式で身体能力も強化しているのか、男二人で押さえつけるので手一杯だった。
「離せ離せ離せ! 離せ!!」
「……ぐっ」
正気を失っていると言うか、もう手がつけられない状態だ。
見れば、穂波のの方は落ち着いているらしく、香川に両肩をホールドされながらも普通に会話をしている。
しかも銃はどこかにしまったようだ。
「離せ! 離しなさいよ……!!」
対してこっちはこれだ……。
一体どうすればこれほどまでに落ち着きをなくせるんだ?
「……………………」
と。
朝倉が無言で近付いてきた。
そしてそのまま無言で、
――パンッ
暴れる瀧宮のの頬をはたいた。
その灰色の瞳には、今までの彼女の態度からは想像もできない怒気が伺えた。
その思いもよらない一撃に、瀧宮のどころか俺たちも声を失った。
「……梓ちゃん」
「……真奈、ちゃん……?」
瀧宮のはいまだに何も見えていないだろう視線を朝倉に向ける。
「何でいきなり……こんなことをしたの?」
「こんな……ことって……!」
「何でいきなり、こんなことになったの……?」
「……………………」
「あの人、梓ちゃんのお兄さんなんでしょ……?」
「……………………」
瀧宮のは無言でそっぽを向く。
その仕草はまるで不貞腐れた子供のようだった。
いや、それよりも。
「瀧宮のの兄って……」
あの噂は本当だったのか……。
あの人は昔から良くも悪くも有名だったから、俺も話しだけなら何度も聞いている。
だが数年前にこの町を出て行って以来、全く話題にも上がらなかったのだが。
「何でいきなり、お兄さんに斬りかかったの……?」
「……………………」
「何でいきなり、兄妹で殺し合いを始めるの……?」
「……………………」
「何で、止めに入ったユッくんと……殺し合うの……?」
朝倉の灰色の瞳から涙が零れ落ちていた。
瀧宮のは。
「……………………」
無言を貫いていた。
「……梓ちゃん……!」
そっと、朝倉は瀧宮のの首に手を伸ばす。そしてその亜麻色の髪を撫でるように抱きしめた。
俺と狛野は静かに瀧宮のを離す。もう彼女が暴れる心配はないようだ。
いつしか、瀧宮のが喚び出していた太刀も姿を消していた。
「さ、帰るか」
「……いいのか?」
「いいだろ」
俺は香川にも穂波のを解放するよう伝える。
「こっから先はこいつらの問題だ。先輩が口出しするような事じゃない」
そもそも俺の仕事は派手な喧嘩を未然に防ぐことだ。穂波のが銃をしまい、瀧宮のが太刀を消したのだから任務達成と言っていいはずだ。
それにどうやら、さっきの閃光で視力を持っていかれた連中も何人かいたようで、そっちの処理もしなければならない。
いやまあ、そっちは一年の風紀委員に任せればいいか。
「何よりもまず、いい加減授業が始まっちまう」
風紀委員が遅刻とか、シャレにならん。
* * *
「精霊」
昼休み、意味はないだろうと思いつつも委員長の元を訪れ、今朝の報告を済ませた。
「君たち妖怪とも、ホムラ様のような神とも幽霊とも、ましてやぼくら人間とも違う存在の総称だね。次元が違うと言うか、ズレていると言った方がいいかもしれない。有名所では四大精霊のサラマンダー、ウンディーネ、シルフ、ノームがいるね。ゲームやったことがあるなら聞いたことはあるよね」
「まあ、ありますけど」
委員長は私物化している風紀委員室で優雅にアフタヌーンティーを飲んでいた。
小柄に童顔であるため、その妙に大人びた嗜好には違和感がある。
「それで、君の報告によるとその朝倉さんは魔術師の中でも精霊召喚師に分類されるようだね」
「精霊召喚師?」
「うん。精霊はそのズレた次元――分かりやすく精霊界とでも呼ぼう。その精霊界に住んでいるんだ。それをこっちの次元に喚び出して、その力を借りるんだ。今回彼女が召喚したのは光を放ったという点からしても、ウィル・オ・ウィスプだね」
ああ、日本語だと人魂とか鬼火とか言われるアレ。
「精霊召喚に使われる呪文は、魔術師が固有に持つルーンとは違って、ぼくら一般人にも聞き取れるんだ。ルーンが自分の研究内容を秘匿にするための暗号だとしたら、精霊召喚の呪文は公用語だね。それでも人間には聞き取りにくいらしい。君が意味は分からなくとも聞き取れたのは、ぼくら人間よりも精霊に近い存在だからかもしれないね」
「はあ……」
つまり精霊召喚と普通の魔法は根本的に違うってことか。
『――ヤ コルドゥーン ドゥフ ウミェールシハ ドゥルグ マナ アサクレ』
思い起こすだけで、再び背筋が凍る。
たったこれだけの短い呪文に込められた異質な気配が精霊召喚によるものだとしたら、例えその実力がどうであろうとも俺は金輪際、精霊召喚師とは手を組んで仕事をしたくない。
委員長の言葉を借りるなら、精霊はどちらかと言うと俺たち妖怪に近い存在らしい。
そして朝倉は精霊の力を借りることができる。それはつまり、言い換えれば精霊を駆使しているとも言える。
あの何とも言いようのない悪寒は、その辺の理論に基づいているのかもしれない。
「でも精霊召喚師と言っても、精霊の力を無条件で借りられるわけじゃない。特定の精霊の個体と契約を結んでいるのなら話は別だけど、もし彼女が無契約で精霊の力を借りたのだとしたら、相当な力のある魔術師だと言えるね。いや、そもそも瞳の色が灰色であるという時点で、なかなかの腕前を持って――」
「……………………」
しかし、よくまあこの人は聞いてもいないことをペラペラと……。
しかもちゃっかり紅茶のお代わりまでしてるし。
いや、そんなことより、このままだと昼休みが終わってしまう。
だけどこの人、何でこんな博識なんだろうか。一応は霊感を持つだけの人間のはずなのだが、正体と言うか実態が謎過ぎる。
「――で、あるからして」
「あの、委員長……」
「魔術師の力とは……ん? 何だい?」
「もういいっすか? 報告は済ませたんで、俺はこの辺で……」
「ん、おお。また話が長くなってしまったね。だけど君、報告を昼のうちに済ませてくれて助かったよ」
「え?」
「今日の放課後、緊急委員会議が入ってしまってね。何でも教師陣も顔を出すような大事らしいんだ」
「……………………」
どうやら狛野の予想は当たっていたようだ。
あれだけの騒ぎが起きているのに教師が誰も来なかったのは、やはり向こうは向こうで厄介なことを抱えていたらしい。ハルの話だと、風間もいつもより遅れてきたそうだし。
俺が思案に耽っているにもかかわらず、委員長は一人で喋り続けていた。
「全く、白銀が休んでいる時に限ってこんな事態になるなんてな。おかげで嫌でも神崎の阿呆と顔を合わせる羽目になる。時間の無駄だね」
「え? 白銀さん、休んでるんですか?」
「そうなんだよ。彼女にしては珍しいよ」
あ、ミスった。
「彼女が休んだのって、確か去年の冬以来だったんじゃないかな? 確かあの時も珍しく体調不良とかで――」
ああ、ほらもう……!
新しい話題与えちまった……!
その後、数十分に渡り委員長のウンチク、と言うかもはや雑談に付き合わされた。
昼飯を食べる時間がなくなったのは言うまでもない。