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だい じゅうさん わ ~刺青呪術~




「一本っ!!」

 バンッと畳が盛大な音を上げ、審判の声が高らかに響いた。

「まだ腰が軽いわ。だからこんなに簡単に投げられるのよ」

「お、押忍っ!!」

 襟を掴み畳に相手を押し付けたまま、ウチはそう言って訓辞した。

 立ち上がり、枠線の外側まで歩き、頭を下げる。

「はい次! 誰来る?」

 枠線の反対側に正座する門下生たちの顔色は、お世辞に言ってもあまりよろしくない。

 ……よく考えたら、全員一回以上ウチに投げられた後だ。

「えー。マジ? 誰も来ないの?」

「かははっ」

 唇を尖らせると、背後から嫌みったらしい笑いが聞こえてきた。

「女とは言え、こんな怪力相手に組み手したい奴なんていねえわな」

「あによっ」

 キッと、ウチは声の主を睨み付ける。

 そいつは床に腰掛け、道場内は禁煙だと言うのに堂々と煙草を吸っていた。どことなくイヌ科の猛獣のような顔つきの男だった。

「じゃあショウちゃん、久々にやる?」

「遠慮しよう」

 そう言ってショウちゃんは一気に煙草を吸い上げ、たちまち一本を灰にしてしまった。

「醜悪相手じゃ、遊び半分じゃ()り合えねえ」

「何で言うことがイチイチ物騒なのよ、アンタは」

 それより。

「人のこと、醜悪とか呼ばないでよ。ウチ、これでも女の子なんだけど?」

「女の『子』?」

「うるさい!」

「まあ確かに背はちっせえな」

「重ねてうっさい! アンタがでかすぎんのよバーカ!」

「かははっ」

 笑い、ショウちゃんはもう一本の煙草を箱から取り出した。

 待てい。

「禁煙だって言ってんでしょーが」

「いいじゃねえか別に」

「よくない」

「ちっ」

 憎たらしげに舌打ちし、渋々といった具合に箱に戻す。

 それより、とショウちゃんはウチの後ろを顎で指した。

「いい加減、足、痺れてきてんじゃねえの?」

「あ」

 振り向けば、門下生たちが足をさすりながら苦痛の表情を浮かべていた。

「あーっ、ゴメンゴメン! 崩していいよ!」

 瞬間、待ってましたとばかりに足を伸ばす面々。

「んじゃ、今日はこれまで! お疲れ」

 押忍、と威勢のいい掛け声が道場に木霊し、門下生たちは緊張の糸を緩め、雑談しながら更衣室に引っ込んでいった。

「着替えたらいつも通り、居間に集合ね。ご飯にするから」

 はーい、と更衣室の向こうから気の緩みきった声が返ってくる。

 ……まあ、引き締める時と緩める時のメリハリは大切か。

 ウチも軽く伸びをしながら更衣室に向かう。

 が。

「ちょっと待ち」

「あ?」

 一人先に居間に向かおうとしていた男を呼び止める。

「何で当たり前みたいな顔してご飯食べに行こうとしてんのよ」

「いいじゃねえか。いつも通りなんだろ?」

「アンタがいつも勝手にタダ飯食べていってるだけでしょうがっ! そもそも何でウチがアンタにご飯作ってやんなきゃいけないのよ?」

「さも自分で作ってるみたいに言ってんじゃねえよ。門下生全員分の飯作ってんのはお前のお袋さんだろうが」

「う……」

「そもそも、お前の飯は食えたもんじゃねえ」

「むがあっ!」

「おっと」

 怒りに任せて殴りかかるも、そもそも(はなはだ不満なことに)ウチとショウちゃんじゃリーチに差がありすぎるわけで。

「むぐっ!」

「おら、一本」

 ウチの額に、一枚のお札が張られていた。

「って、危ないじゃない何すんのよ!?」

「別に何も書いてねえし。ただの紙切れだぞそれ」

「アンタがやるとただの紙切れでもシャレになんないのよ! 自覚あんの!?」

「かははっ。んじゃ、今日はお代わり自由ってことで」

「ううっ……」

 ショウちゃんは嫌みったらしく笑い、そのまま居間に向かおうとする。

「……誰よ。この道場でウチから一本取ったら好きなだけ食べていいってルール作ったの」

「いやお前だから」

 言いながら、ショウちゃんは扉に手をかける。

 だがその扉はまるで自動ドアのように勝手に開いた。

「おっと」

「あ、ここにおられましたか!」

 扉を開けたのは、一人の妙齢の美女だった。

 そのまま挙式を上げても問題ないかのような美しい白い着物をまとい、栗色の髪を腰まで伸ばしている。

 だが慌てて走ってきたようで、着物の裾が若干乱れ、髪も所々はねている。

「どうした疾風(はやて)。何かあったか」

 普段の落ち着き払った態度を知っているだけに、ウチもショウちゃんも無意識のうちに身構えた。

 主であるショウちゃん問われ、疾風さんは一度大きく深呼吸をして落ち着きを取り戻した。

「……昌太郎(しょうたろう)様、美郷(みさと)様。お二人に、お客様です」

「客?」

「ウチらに?」

 いぶかしむ間こそあったが。

 ウチらは一度張った緊張の糸を、その時ばかりは緩めてしまった。

 結果としてそれ自体には何の問題もなかったわけだが。

 その『客』とやらが現れた瞬間、ショウちゃんはどうだかは分からないけど、少なくともウチは、アイツの前で一瞬でも気を緩めたことを後悔した。

「よう」

 そう言って。

 疾風さんの背後からヌッと現れたそいつは、相変わらず異様な雰囲気を醸し出していた。

 黒。

 絶対的な、黒。

「久しぶりだな。狂悪、醜悪」

「最悪……!」

 顔をしかめ、ウチは吐き捨てるようにそう呟いた。

 疾風さんも背後を取られ、ゾッと青ざめる。

 だがショウちゃんだけは、嫌みったらしい笑みを狂悪に歪めていた。



       *  *  *



 兼山(かねやま)美郷。

 大峰(おおみね)昌太郎。

 そして、瀧宮(たつみや)羽黒(はくろ)

 ウチら三人は八百刀流の本家と分家の関係だったが、歳も近かったからか昔から仲が良かった。仲が良かったと言っても、基本的に三人揃って悪ガキ体質だったため、日々イタズラに明け暮れ、大人たちはあまりいい顔はしなかったけど。

 秘密基地はもちろん、くだらない度胸試しにド派手な喧嘩。

 考え付く限りのことをウチらは実行に移し、遊び回っていた。

 最悪の羽黒。

 狂悪の昌太郎。

 そして、醜悪の美郷。

 三人合わせて、三匹の悪ガキ。

 そんな風に呼ばれていたのも、もうとっくの昔だ。

 他の二人はともかく、本当に子供だった頃はウチも『醜悪』なんて呼ばれてもただ格好いいとしか思っていなかったけど、思春期に入り、さすがに『醜い』と呼ばれて嫌がらないわけがない。

 それでも。

 三人揃って何かイタズラをすることはなくなっても、ウチら三人はその後も仲は良かったけど。

 六年前。

 最悪な事件をアイツが起こし、この町から出て行き。

 ウチもショウちゃんも、アイツのことはなるべく触れないように生きてきた。

 それなのに。

「帰ってきてるとは聞いたが」

 門下生たちは疾風さんに頼んで先に居間まで避難させた。

 避難、と言えば大袈裟に聞こえるが、こいつは災厄そのもの以上だから、避難で正しいだろう。

 今、道場内にはウチとショウちゃん、そして最悪の三人だけだ。

 ショウちゃんは変わらず、嫌みったらしい笑みを狂悪に歪めている。

「まさか、わざわざオレたちのところに出向くとわな」

「悪いか」

「いや。それでこそ、最悪だ。それにそもそも、オレたちは揃いも揃って『悪』だろうが」

「それもそうか」

 そう言って。

 最悪は軽薄そうな笑みを浮かべた。

「……で、何の用よ。用がないならとっとと帰って。じゃないと(あずさ)ちゃん呼ぶよ?」

「おー怖い」

 そう笑って最悪はポケットから折れ曲がった煙草を取り出し口に咥える。

「ショウ、火くれ」

「おう」

 ショウちゃんはごく自然な動作で煙草にライターで火をつけようとする。

 が。

「ここは禁煙よっ!!」

 パン、と。

 ウチは最悪が咥えた煙草を蹴り飛ばした。

 最悪は、巻紙が弾け跳びフィルターだけとなった煙草を、軽薄な笑みを浮かべたまま見つめる。

 そしてその鼻先を、意味もなくライターの火が照らす。

「そもそも何で当たり前のように火あげようとしてんのよアンタは!?」

「最初に突っ込むべきはそこだろ。禁煙うんぬんの前に」

 と言って、ショウちゃんは悪びれる様子もなく嫌みったらしく笑う。

「冗談はともかく」

 と言って、最悪も軽薄な笑みを浮かべ続ける。

 ……ああもう! この二人、並ぶとホンットにタチ悪いわ……!

「俺はちょいと商談に来たんだよ」

「商談?」

「そう。商談」

 胡散臭いわね。

 ウチは顔をしかめるも、最悪は気にする風でもなく話を続ける。

「なかなかデカイ仕事が舞い込んできてな。俺一人でやってもいいんだが、これがどうも骨が折れそうなんだ。で、どうせ帰ってきてるんだから昔馴染みのお前らに協力してもらおうと思ったまでだ」

「そんな与太話、信じると思う?」

「金は出すぜ?」

「そういう問題じゃないわよ!」

 ウチは吐き捨てるように声を荒げる。

「あんな事件を起こして町を出て行った男が持ち込んだ仕事なんかに、手を貸す馬鹿はいないわよ!」

「……それもそうか」

 そう呟いた最悪は。

 どことなく、寂しそうな笑みを一瞬だけ浮かべた。

 だがすぐに軽薄な笑みを浮かべ、指の関節をゴキゴキと鳴らす。

「だったら、力ずくでも協力してもらおうかね! お前としても、金に釣られて力貸したなんて後ろ指を指されんのも御免だろうしな!」

「言ってなさい。例え本家の出でも、体術で『兼山』に勝とうなんて考えるのが間違いよ」

 言うが早いか。

 ウチは余裕を見せ付けていた最悪のジャケットの襟を掴み、半ば力任せに畳みに叩き付ける。

 もちろん、これは試合なんかじゃない。

 言うならば、死合。

 背負い投げなんて生易しいものじゃない。

 バンと盛大な音と共に、頭から思いっきり叩きつけた。

「おいおい」

 つもりだった。

「相変わらず……しぶとい」

「まーな」

 最悪は両腕を脳天と畳の間に挟み込み、全くのノーダメージでケロリとしていた。

「今の、俺じゃなかったら死んでたぜ?」

「心配なく。アンタ以外には絶対にやんないから」

「そりゃ、光栄なことで!」

 ブンと、鼻先を蹴りが掠めた。

 そのまま最悪は、カポエラの要領で蹴りをかましながらヒョイと立ち上がる。

 ……コイツ、重力とか関係ないの?

「さて、先手は譲ってやったんだ」

 最悪は、軽薄そうな笑みを崩さない。

「次はこっちか、ら!?」

 ウチの道着の襟を掴みにかかってきた最悪を、またも投げ飛ばす。

 今度こそ、綺麗な背負い投げ。

 だが今度は、音すら鳴らなかった。

「はー。ビックリしたぜ」

「っ!?」

 どうすればそんな芸当ができるのか。

 最悪は、己の両足と掴んだウチの襟と袖を支えに、あたかもブリッジの姿勢のように背を浮かせていた。

 そしてそのまま。

「おらっ!」

「くっ!?」

 上半身のバネ運動に乗せられ、ウチは宙を舞っていた。

 畳に叩きつけられる前に、ウチは何とか受身を取って立ち上がる。

「これ、一本じゃね?」

「何が一本よ。そもそもアンタ、さっきから柔道でも空手でも、合気道でも何でもない力任せな技ばっかりじゃない」

「ま、ちゃんとしたルール知らんし?」

 それを言ったらお前も色々ルール違反だろう、と指摘されるも素直に頷くのも腹立たしいのでスルーする。

 その代わり。

「だったら……これで問題ないわね?」

 ウチは帯を解き、道着を脱ぎ捨てる。

 下穿きも脱ぎ捨て、その辺に投げる。

 あっという間に、ウチはタンクトップとスパッツというラフすぎる格好になる。

「……いや、お前のメリハリのない体躯でストリップやられてもな」

「鍛え上げられたと言いなさい! 殺すわよ?」

 ダンッと畳を踏み抜く。

 別に、怒りに任せての行為ではない。

「……おいおい」

 最悪は軽薄な笑みを浮かべたまま、道場内を見渡す。

 そこに、先ほどまであった枠線がない。

 枠線として使っていた赤い畳が、ウチの震脚で全てひっくり返っていた。

「……こっから先は、真にルール無用か」

「ええ。感謝なさい。ウチの本気を味わえるんだから」

 そう言って。

 ウチは四肢に力を込めて醜悪に歪んだ笑みを浮かべる。

 そして全身に、醜く奔る刺青が浮かび上がってきた。



       *  *  *



「刺青呪術」

 最悪はウチの肌を見据えながら呟いた。

「刺青は不浄や穢れを意味する一方、呪術的な要素も多い。世の権力者や巫女、呪術者などの間では刺青はごく当たり前に扱われてきた。現代でも一部の仏教圏では魔除けとして背中に刺青を施すらしいが」

 そこで最悪は言葉を区切った。

「やっぱり、『兼山』の一族が生まれながらにして持つ刺青が、一番美しい」

「……その言葉にだけは素直に礼を言うわ。この刺青を綺麗とか美しいとか言ってくれたのは、後にも先にもショウちゃんとアンタだけだもん」

 言いながら、ウチは構えを崩さない。

 ここから先は、本当の意味でスポーツでも何でもない。

 術者同士のぶつかり合いだ。

「――《瀑布》」

「ぬっ……!」

 言霊と共に、両足の刺青の一部が黒く光る。

 そして同時に、ウチは最悪の懐に潜り込んでいた。

「――《煉獄》」

 腕の刺青が赤く光る。

 バコンと、異様な音が道場内に響いた。

 比喩でも何でもなく、道場中の畳が全て浮かび上がるほどのパワーで最悪を叩き付ける。

「がはっ!?」

 最悪の口から短い悲鳴が上がる。

 だがここで終わらせない。

 腕を掴み、決めながら足で上半身を押さえ込む。

「――《崩崖》!」

 全身の刺青から黄色の光が洩れ、同時に軋むような音が最悪の腕とアバラから聞こえる。

「ぐあああああ……!? てめえ! 背負い投げに腕挫十字固とか! ベタ過ぎんだよ!」

「文句言う元気あるならとっとと外してみなさいよ!」

 無理だろうけど。

《崩崖》によって、最悪にかかっている負荷は文字通り崖崩れに匹敵しているんだから。

 このまま絞め落としてやろうかとも考える。

 だけど、ウチも鬼じゃない。

「どう? 大人しくこの町から出て行くなら、外してあげるけど」

「ふざけんなよ……!」

「あ、そう」

 ウチは両腕に力を込める。

「ぐおおおおおっ!!」

 ギシギシと軋む音と悲鳴が道場内に響く。

 けれど、存外しぶとい。

 もう少しきつくしても問題ないかと考えた。

 その矢先。

「……なーんてな」

「へ?」

 気付いた時には視界が反転していた。

 そしてすぐ目の前に、畳の目があった。

「――《鉄壁》!?」

 とっさに言霊を紡ぎ、全身の刺青を硬化させて衝撃を和らげる。

「ぐっ……」

 さすがにノーダメージというわけにはいかず、一瞬だけめまいがした。

 それでも何とか立ち上がり、何が起きたのかを把握した。

「ふう」

 まるで何もなかったかのように、最悪は締め上げられた腕をグルングルンと回していた。

 その腕は若干、歪に曲がっている。

「ま。さすがの龍鱗も関節技や絞め技には意味がないからな。抜けるためにはこうするしかなかったぜ」

「……アンタ……! まさか、自分で腕を圧し折ったの!?」

「そうだが?」

「一体どんな神経してんのよ……?」

 コイツが龍殺しに身を堕としたのは聞いていた。それゆえ、ウチも打撃技は意味がないと思って絞め技を選んだのに。

 ゴキンと鈍い音がする。

「……こんなもんか」

 見れば、さっきまで歪んでいた最悪の腕が戻っている。

 もう治ったって言うの……!?

「アンタ、本当に人間……?」

「ああ。俺は人間だ」

 色々と混じっちまったがな、と。

 最悪は感情もなく呟いた。

「で、どうする」

 最悪は訊ねる。

「まだ続けるか?」

「……くっ!」

 もう、十分理解できる。

 瀧宮羽黒は、もうウチがどうこうできる相手じゃない。

 二度とあの頃の三人には、戻れない。

 コイツは、ウチとは遠く離れた所に立っている。

「……条件があるわ」

「ほう?」

 ウチは苦々しく告げる。

「アンタがこの町で何をしようと勝手だけど、八百刀流の監視をつける。もし何か妙な行動を起こしたら、八百刀流陰陽師全てが敵になると思いなさい」

「……まあ何人が相手でも結果は変わらんと思うがな」

 大袈裟に肩をすくめ、最悪は軽薄な笑みを浮かべる。

「オーケー。それでいい。元より俺は怪しい動きをするつもりもないしな」

「そう。だったら、ウチとは交渉成立ね」

「……あ?」

「じゃ、次の相手も頑張りなさい」

 そう言って、ウチは早々に道場の隅に避難する。

 同時に。

「かははっ!! ようやくオレの出番かっ!!」

 ズンッと、重苦しい圧力が道場内に満ちる。

 ショウちゃんはその内に秘める力を一片も隠すことなくさらけ出しながら、一歩一歩最悪に近付いていく。

「おいおい……」

 さすがの最悪も、皮肉げに呟く。

「醜悪の次は狂悪かよ。何なんだ今日は」

「かははっ! まあそう言うなよ! オレは別にお前がこの町で何をしようか知ったこっちゃないからよ。だからオレを楽しませてくれたら、見てみぬ振りしてやるどころか素直に協力してやるよ!!」

「ったく、戦闘狂バトルマニアは健在か」

 ショウちゃんが口を利く度に、冗談抜きで大気が震える。

 耳鳴りがするようなその力の中、最悪は平然と狂悪に対峙する。

 だが。

「悪いが、お前の期待には応えねえよ」

「あぁ?」

 訝しげに顔を歪めるショウちゃん。

「おいおい。あそこまで楽しそうなバトルを見せ付けといて、今さらそれはないだろ、最悪」

「だからこそ、最悪なんだろうが。だがまあ、俺も対狂悪用の交渉材料は持ってきてんだよ」

 そう言って最悪はポケットをゴソゴソと漁り、一枚の紙切れを取り出す。

「ほれ」

「何だ? ……こ、こいつは……!」

 ショウちゃんはその紙切れを受け取ると、顔一面に嫌みったらしい笑みを広げた。

 同時に、異様な力の気配がショウちゃんの中に引っ込む。

 どうやら最悪と狂悪のバトルはなさそうなので、ウチも気になったので二人に近付いた。

 が。

「何よこれっ!?」

「見ての通り、五千万円の小切手」

 平然と、最悪は言い放つ。

「今回の仕事の依頼料だ。成功報酬でさらに七千万が俺の懐に入るわけだが、依頼料をそっくりそのままお前にやろう」

「かははっ! クロ、お前分かってんじゃねえか」

「おうよ! ショウ、手伝ってくれるな?」

「当たり前だ! オレどころか『大峰』は全力でお前に力を貸してやる!」

「そいつは心強い」

 軽薄な笑い声と嫌みったらしい笑い声が道場に響く。

 気付けば、ウチはプルプルと震える拳を握り締めていた。

 そしてその耳障りな笑い声を打ち消すように、全力で叫ぶ。

「アホかああああああああああっ!! 買収するな! 買収されるな! ショウちゃんとクロちゃんのバーカバーカっ!!」

「そう怒鳴るなよ。あ、そうだミサ。飴をやるよ」

「あ。ありがと……じゃないっ!! 何でショウちゃんがお金でウチが飴玉一個よっ!?」

「二個やろうか」

「いるかっ!!」


 怒鳴り散らすも、二人はウチの反応を見て、さらに可笑しそうに笑うばかりだった。

 ホント、最悪!

 ……ちなみに、最悪を昔からの呼び名で呼んでしまったのは、それから数分後のことである。




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