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だい じゅうに わ ~狐憑き~




「今日も……あずさちゃん、来なかったね……」

「……だな」

 朝倉あさくらはぽっかりと空いた教室のど真ん中の席を見て呟く。

 どうにもここ数日、教室全体にいまいち覇気がない。

 まさかあいつが連日欠席しているというだけでここまで雰囲気がガラリと変わるとは思わなかった。

「まあ原因を考えれば分からないこともないけど」

「ユッくん、何か知ってるの……?」

「……知ってはいる」

 ああ、知ってるさ。

 僕はその場に立ち会っていたんだから。

 あの夜。

 最悪の深海色がこの町に帰ってきた夜。

 梓に命じられ、僕はもみじさんを家まで送り届けることになった。

 そう言えばもみじさんは月波学園一有名な生徒だけどどこに住んでるんだろう、などと割かしどうでもいいように思えて、実は結構重要なんじゃないかという疑問を頭に浮かべながら、二人で夜道を歩いていた。

 非公式ファンクラブ『もみじ駆り』(紅葉狩りと、もみじさんのために駆けつける、をかけているつもりらしい。上手くない)のメンバーにみたら私刑に遭いそうなシチュエーションだった。

 今になって冷静に思い返せば冷や汗が流れ落ちる……。

 ともかく。

 あの日の夜は、そんな美味しい状況を楽しみながら歩いていた。

 そんな折。


 ――あら。


 もみじさんは頬を緩めた。


 ――どうしたんですか?


 僕は訊ねた。


 ――ちょっと懐かしい方がいましたので、少し寄り道しますね。

 ――寄り道って……。

 ――時間がかかると思うので、ここまででいいですよ。

 ――あっ、ちょっと……!


 呼び止めるも、もみじさんは一人軽やかな足取りで駆けていった。

 何か気になるな、いつもニコニコと笑っているけどあんなに嬉しそうに微笑むのは初めてじゃないかな、などと考えた矢先。

 ふと思い出した。

 待て待て。待って下さい。僕は梓にもみじさんを家まで送るよう命じられたんだよね? それなのにもみじさんが勝手に一人で帰ったら……。

 うん、後で梓に何をされるか分かったものじゃないね。

 一気に体温が下がった僕は慌ててもみじさんを追いかけた。

 正確には、追いかけようとした。


 ――あれ?


 僕は体に違和感を覚えた。

 足が動かない。

 いや、足が動かないという表現は正確じゃないかもしれない。

 足を動かそう(・・・・・・)という意志(・・・・・)が働かない(・・・・・)

 とでも表現すべきか。

 しかし後ずさろうとすれば、それは何の支障もなくできた。


 ――つまりは、僕が立っているここから先にだけ、行こうという意思が削がれるのか。


 僕は妙に落ち着いて分析をした。

 こういう、月波市という奇異な都市から見ても異常な事態には、悲しいかな陰陽師という生き物はむしろ冷静になってしまうんだ。

 そして冷静になった頭で思い出す。

 僕はこの不可解なほど力任せな人払いの結界を知っている。

 確か数年前、発端はどうでもいいことだったと思うが。

 ミオ様とホムラ様が珍しく喧嘩をしたのだ。土地神と一家の守り神とじゃ地力がそもそも違うわけだからホムラ様がミオ様を圧倒したわけだが、それにふて腐れたミオ様が、わざわざホムラ様の社に人払いの結界までかけて引きこもったのだった。

 人どころか神様にすら作用したその結界によってホムラ様は社を追い出され、僕と梓に助けを求めてきたのだった。

 溜息混じりに僕たちはミオ様を訪ねようとしたが、なぜか僕だけ社に近付くこともできなかった。

 梓はミオ様の加護を受けた一族の出だから効かなかったのだろうけど。

 とにかく。

 この人払いの結界は、あの時の感覚に酷似している。

 酷似どころか。

 そのもの。

 僕は事態を確認してすぐに行燈館へ連絡を入れた。


 ――何かあったようじゃの。


 電話には、まるでその目で見ていたかのような口調のホムラ様が出たのだった。

 いや、ホムラ様は実際に見ていたのだろう。

 自分の土地で起こっていることなのだから。


 ――ミオ様に代わってください。街中に龍の人払いが発動しています。

 ――あい解った。


 ホムラ様がミオ様に電話を変わる間、僕はふと「あれ?」と思った。


 ――もみじさんは、どうしてこの人払いの結界の中に入れたんだろう?


 もみじさんは別段、ミオ様の加護を受けているわけでもない。

 かと言って、もみじさんが龍の一族であるという話も聞いたことがない。

 ……そもそも、あのヒトが何の妖怪なのか、僕は知らない。


 ――はいは~い、ミオで~す。


 首を傾げていると、電話口からやけに暢気な口が聞こえてきた。


 ――ホムラちゃんから大体聞いたわよ~。今どこ~?

 ――……………………。


 事態を把握しておいてその暢気な口調はどうかと思いますが。

 ともかく。

 僕は今自分がいるところを告げ、数分後にはミオ様と合流し、一時的にミオ様の加護を受け、僕らは結界の中に足を踏み入れた。

 この異常事態の原因ともみじさんを探す。

 そして僕は。

 亜麻色と深海色が対峙し。

 夜空色が深海色の隣に立っているという。

 混沌とした現場に居合わせることとなった。

 ……以上、回想終了。

 朝倉は僕の「知ってる」発言に、彼女にしては珍しく食いつき気味に訊ねた。

「え、ユッくん知ってるの……? 梓ちゃんに何かあったの……?」

「何かあったっていうか、ね」

「わ、わたしには言えないこと……?」

「そういうわけでもないんだけど……」

 でもこれはあくまで、梓の問題だからな……。

「強いて言うなら、壮絶な兄妹喧嘩かな?」

「え……梓ちゃん、お兄さんがいるの?」

「正確には、いた、かな」

「……?」

 小首を傾げる朝倉。

 まあこのご時勢、勘当なんかが実在するとは思わないだろう。

 それでも。

 あの人は、梓の唯一の兄なんだ。

 過去の因縁も含めて、あの二人には和解してもらいたいものだが……。

「とてもじゃないけど無理だろうな……」

「え……?」

「いや、こっちの話だよ」

 そう、土台無理な話なのだ。

 あの人はあの人で、自分から歩み寄るなんてことは絶対にしないし、梓は梓で完全にあの人を敵視しているんだから。

 落ち着いて話し合えと言いたいところだけど、あいつらのことだから言葉を交わすたびに溝は深まるだろうし……。

 でも。

 あの人は梓の味方じゃないけど――

「あ……。ねえ、ユッくん」

「ん?」

 窓から外を見ていた朝倉が声をかけてきた。

「あの娘、今日も来てるよ……?」

「……………………」

 僕は無言で窓の向こうを覗いた。

 帰りのホームルームも終わり、部活のない生徒たちが下校する中、その少女はやけに目立った。

 白い着流しに白く長い髪。そして長く尖った獣の耳とフワフワの尻尾。

「あ!」

 少女は僕が窓から見ているのに気付くと、周囲の視線を全く気にすることなくこちらに大きく手を振ってきた。

「ユーターカー!!」

「……………………」

 僕の名前を大声で呼ぶな。

 関係者だと思われるだろうが。

 せめてもの救いは、僕の本名がなぜか友人たちにあまり認知されていないことか。



       *  *  *



「ねえユタカ! あれ何?」

「……………………」

「ユタカ、これからどこ行くの?」

「……………………」

「あ、ねえねえユタカ見て! あいつ変な髪の色してる!」

「……………………」

「……ねえ、ユタカ?」

「……おぉ?」

 あ、僕か。

「どうしたの? ビャクちゃん」

「何で何度も呼んだのに返事してくれないのよ!」

「……いや、何か本名呼ばれることに慣れなくて……」

 はあ? と首を傾げるビャクちゃん。

 まあ意味不明だよね、本名呼ばれるのに慣れない、って。

 高等部に上がって、名前で呼んでくれる数少ない知り合いだった鍋島なべしま先生と会う機会も少なくなったからなー。

「贅沢な悩みねー。こっちは本名忘れてるっていうのに」

「……ごめん」

「……別に謝らなくてもいいわよ。いつまでもウジウジしてるわけにもいかないしね」

「だね」

 あの人が帰ってきた日の朝、ビャクちゃんは行燈館の前に行き倒れていた。

 それも土地神ホムラ様の血縁のだというのだから驚きだ。

 しかしそれよりも驚くべきは、彼女が魂と記憶の大半を何者かに奪われているということか。

 瀧宮たつみやのアホ兄妹も大変だけど、今はこっちも重要だった。

 ホムラ様の提案で、ビャクちゃんは僕に妖狐として憑くことで、辛うじて一命を保っている状態なのだ。

「……………………」

 だからと言って、何も毎日学園まで来なくてもいいのに。

 ビャクちゃんは良くも悪くも目立つ外見なんだから、こっちの身にもなって欲しい……。

 おかげでここ数日、僕が白い美少女を侍らせているという意味不明な噂がはびこっている。半分事実みたいなものだけど。

 全く……。ハルさんと親しげに話しているだけで視線が痛いというのに。

 その上、もみじさんと夜道を二人で歩いていたことが誰かに見られていたらと思うと……。うう、怖い。

「ねえユタカ」

「ん?」

「帰るんじゃないの? 校門はこっちじゃないでしょ」

「今日は部活の日。せっかくここまで来てくれてアレだけど、先に帰ってもいいよ? どうせ僕の部活風景なんて見てても面白くないと思うよ?」

「部活って、生徒が趣味に勤しむことでしょ?」

「まあ、ざっくりと言えばそうだけど」

「見てみたい!」

「いや、本当に見ても面白くないと思うけど……」

 渋い表情を浮かべるも、ビャクちゃんは「連れてけ見せろ」の一点張り。

 でもなあ……。あんまりビャクちゃんの存在を部活の人たちに知られたくないんだよね……。

 リア充爆ぜろな人たちだから、変な誤解を招きかねない。

 ……まあいいか。

 どうせ遅かれ早かれ、バレる時はバレるんだから。

 他に断る理由もないし。

 いっそ、覚悟を決めて紹介し袋叩きに遭った方が、奇襲されるより断然マシかもしれない。

 できればどっちも避けたいけど。

「じゃあ、行こうか」

「うん!」

 喜色満面とはこのことか。

 ビャクちゃんはとても嬉しそうに笑いながら僕の後を付いて来る。

 まあでも、ホムラ様の話によると、ビャクちゃんはこの数十年日本中をあっちこっちフラフラしていたらしい。それが原因で力が衰えてきてはいたらしいけど、それはひとえに彼女の好奇心の強さがための話だろう。

 月波市のような人外異能の住民が集まる街は他にも存在するらしいが、そう多くはない。

 ビャクちゃんにとって、この人と妖怪が共に暮らしているこの町は目新しいのだろう。

 齢数百年の大妖怪がケータイ使うような町だし。

「着いたよ」

「ここ?」

「うん」

 僕は一軒の大きな建物の前で足を止めた。

「ここのどこの部屋でやってるの?」

「いや、正確には、この建物全体でやってる」

「え?」

「射撃部なんだ、僕。で、ここは射撃場」

「???」

 よく分からないようだ。

 まさか縁日のあれを思い浮かべているんじゃなかろうか。

 まあでも、歴史深き陰陽師の一族が銃火器を使うなんて、世界広しと言えでも『穂波』だけだろうけど。

 首を傾げるビャクちゃんを連れ、僕は建物の中に入る。

 ロビーで僕の名前と、見学者としてビャクちゃんの名前を書く。穂村(ほむら)(びゃく)という名前を、一時的にホムラ様から貰っていたのだ。

「……………………」

 さて。

 僕は見学者室のドアノブに手を伸ばし、身震いしていた。

 ここ、普段見学者なんて来ないから、部員の溜まり場になってるんだよなー……。でも見学者はここに案内する決まりになってるしなー……。

「何してるのよ。早く入るわよ」

「あ」

「お邪魔するわよ」

 ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!

 勝手に入っちゃった!!

 まだ心の準備が出来てないのに!!

 しかし見学者だけ部屋に入れて同伴者が入らないわけにもいかず。

「こ、こんにちはー……」

 恐る恐る部屋に足を入れる。

 その瞬間。


 ジャコン。


「ぬわっ!?」

 目の前に銃口が突きつけられていた。

沼田ぬまた副部長。こいつが裏切り者のようです」

「よし、後ろ手に縛って座らせろ」

「はっ」

 で、あっという間に僕はやたらと偉そうにパイプ椅子にふんぞり返って座る英明(ひであき)さんの前に正座させられた。

 見えないけど、どうやら手首の感触から手錠で後ろ手に拘束されているらしい。

 どこで用意したこんなもん、というか手際がよすぎだろ!

平田(ひらた)平部員、罪状を読み上げろ」

「はい。穂波(ほなみ)平部員は本日、神聖なる射撃場に女人を連れ込みました。これは特殊男子同盟条例の第一条に反することであり、厳重な処罰が求められます」

「何ですかそれ僕はそんな同盟に入った記憶はないです!!」

「被告は発言を慎め!」

 背中に何やら冷たい物が押し付けられる。

 待て待て! ここでそれはシャレにならないって!

 ここ射撃部で射撃場だよ!?

「ユタカ! 大丈夫!?」

 そしてよく見れば、部屋の隅の椅子にビャクちゃんが両脇を平部員に固められて座らされている。

 こいつら、この娘がホムラ様の血縁だと聞いたらビビるだろうなあ。

 などと考える余裕はなかった。

 自分の身が危ない!

「ユタカ、だと……? 弁護人、やけに親しげにこいつを呼ぶな」

「……!」

 まずいまずいまずい! 非常にまずい!

 英明さんの目が剣呑なものに!

「ビャクちゃん! 僕は大丈夫だから! だから少し大人しく――」

「ビャクちゃん、だと……?」

「げっ!!」


 パンッ!!


 炸裂音!?

 僕の足元のタイルにクモの巣状の亀裂が走っていた。

「ちょっ、え!? それ実弾!?」

 犯罪犯罪!

 アウトだって!

「いやいや穂波被告。よく見ろ」

 そう言って、僕の背後で銃を構えていた正輝(まさき)さんが手にしたていものを見せてくれた。

 それは回転式拳銃S&W60……のエアガンだった。

 つまりは偽物。

 なーんだじゃあ安心だね。

「って! 何でBB弾で床が割れるんですか!」

「ああ、もちろん当然のように改造してある」

「アウト!」

「銃口からパチンコ玉が飛び出すぜ」

「アウトアウト! それ外に持ち出したら完全にアウト!」

「安心しろ。その辺は弁えてる。だっておれら射撃部だぜ?」

「正輝さんが僕の立場だったら安心できるんですか!?」

 僕はさっきから冷や汗が止まらないよ!?

 喚くが、正輝さんは再び銃口を背中に押し付けた。

 だから危ないって!

 あのレベルの改造エアガンのゼロ距離射撃は実弾に匹敵するって!

「判決を言い渡す!」

「僕の弁護が終わってないのに!?」

「被告、穂波……えーと……穂波雄太(ゆうた)?」

ゆたかです英明さん! 誰ですか雄太って! 発音一文字しかあってないじゃないですか!」

「ええい、細かいことでグチグチと……!」

「細かくない! 全然細かくない!」

「穂波被告に判決を言い渡す!」

「誤魔化した!?」

「実弾演習中の的の前、五十メートル走に処す!」

「死刑判決!?」

 しかも銃殺刑だ! 僕は軍人か!?

 クックックと、英明さんは暗い笑みを浮かべる。

「穂波よ……我らが特殊男子同盟の掟に歯向かうとこうなるのだ」

「ですから入った覚えはありませんって!」

「ではこう言い換えよう」

「はい?」

 すう、と英明さんが息を大きく吸い込む。

 そして部屋の中にいた他の部員たちと声を合わせてこう叫んだ。


『女子と仲良く一緒に歩いて同じ空気吸ってんじゃねえ! リア充爆ぜろ!!』


「もう救いようがないくらい私怨で結成されてますねその同盟!!」

「うるせえ黙れ! こちとらお前が毎日毎日そこのケモ耳美少女と帰ってるのを目撃してんだよ!」

「クソ羨ましい! この恨み、晴らさいでか!!」

「ただ一緒に帰ってるだけなら、帰る方向が同じだけかと見逃していたものを! わざわざ射撃部に連れ込むたあいい度胸だ!」

 ダメだこの人たち、色々と終わってる……!

 これじゃあ僕とビャクちゃんは別にそんな関係じゃないって言っても、聞く耳持たないだろうなあ……。

 と言うか!

「射撃部にだって少ないながらも女子部員はいるじゃないですか! そもそも部長のイブさんが女性でしょうが!」

「あんなおっかねえゴスロリガンナー、女じゃねえ!!」

「……へえ」

 フッと。

 たったそれだけの言葉で、無駄に熱くなっていた部屋の温度が冷めたような気がした。

 ギギギッと、壊れた人形のようなぎこちなさで、英明さんを始めとする射撃部員が首を巡らせて声のした方を見る。

「へえ……アタシが女じゃない、かあ。アンタたちがそういう風に思ってたなんて、知らなかったなあ」

 そこには、射撃場には場違いな、たっぷりのフリルがあしらわれたド派手なゴスロリ衣装を身にまとい、左手に白いウサギのヌイグルミを抱えた小柄な少女がいた。

 外見こそ幼いものの、これでも月波大学の教育学部に所属する三年生だというから驚きだ。

 本名は知らない。

 部員たちは、普段から着ているゴスロリ衣装の効果も相まってか年齢のわりにずいぶん幼く見える可愛らしい射撃部部長を、イヴさんと呼んでいた。

 けれど。

 今目の前にいるイヴさんからは可愛さの欠片も見られない。

 乾いた笑みを浮かべて英明さんたちを見つめるイヴさんは、気のせいではない暗黒なオーラを全身に漂わせていた。

 しかもウサギを抱えている方とは反対側の手には、なぜかバレットM99……大型ボルトアクション式狙撃銃が……。

 あの、それ、本物じゃないですよね? ガスガンですよね?

「ねえ、ルーイン。アタシって、そんなに女っぽくないかしら? 『ケケケッ! いやいやオメェは十分女らしいと思うぜぇ?』 そうだよねえ? アタシも女の子だもんねえ」

「……………………」

 あー、ヤバイ。完全にお怒りだ。わざわざウサギのルーインに腹話術(無駄に上手い)でわざとらしく確認するくらいお怒りだ。

 徐々に怒りで顔を赤くしていくイヴさん。それに反比例するように、射撃部員たちは顔を青くしていく。

「で?」

 ビクッと震える面々。

「アタシの的になりたいのは、誰かな?」

「スミマセンでしたっ!!」

 騒動の主犯格、英明さんのジャンピング土下座と全フロアの掃除を約束することで、何とか許してもらえた。



       *  *  *



「狐憑き」

 ビャクちゃんは出されたお菓子を摘みながらそう説明した。

「古来より私たち狐は人間に取り憑いて、精神的異常を引き起こしたとされているわ。祓うためには神職者に頼むしかないとか言われてるけど、実際は精神病の一種だからあんまり意味はないんじゃないかしら?」

「ふうん。そうなんだ。『だったらよぅ、タカは正確には狐憑きたぁ言わねぇんじゃねぇか?』」

「んー。でも私はこうしてユタカに憑いてるし、狐憑きって言ってもいいんじゃない?」

「まあ確かに狐に憑かれたから狐憑きよねえ」

「……………………」

 なぜか和気藹々と談笑している女子二人組み。

 何でいきなりこんなに仲良くなってるの、この二人?

 しかも普通にルーインと会話してるし。僕なんかあれに慣れるのに半年もかかったのに……。

 と言うか。

「ビャクちゃん、何なのその格好?」

「似合う?」

「いや、似合う似合わないの問題じゃなくって……」

 ビャクちゃんはいつもの白い着流しから、黒地に大量のフリルがあしらわれたゴスロリワンピースに着替えていた。

 似合うか似合わないかで言ったら、綺麗な白髪と色白な肌がよく映えて、うん、とても似合ってるけど……。けどこの場合、似合ってるって褒められたことかな?

「……………………」

「ビャクちゃん、ユッキュンは似合ってるけど恥ずかしくて素直に褒めれないのよ」

「イヴさん、僕の無言に勝手な解釈をつけないで下さい」

「じゃあ似合ってないって言うの? 『イヴ自ら見繕ったんだぜぇ?』」

「まあ……似合ってますけど……」

「だって」

「うん、ありがとうユタカ!」

 ニッコリと笑うビャクちゃん。

 いや、喜ばれてもねえ……。

「あらユッキュン、どこ行くの?」

「射撃場に。さっきのゴタゴタで結構時間食いましたからね」

「そ。いってらあ」

 ヒラヒラとルーインに手を振らせて見送るイヴさん。僕はビャクちゃんを連れて射撃場に向かい……って。

「ビャクちゃん、ここから先は許可がないと入れないんだ」

「えーっ」

「だからここで待ってて」

「射撃、って何やるのかよくわかんないから見たかったのに……」

「見れるわよ?」

 ビャクちゃんが残したお菓子を口に運びながらそう言った。

「ここも部活やってない時は一般に開放してるからねえ。ちゃんと見学できるようにしたフロアもあるわ」

「だってさ」

「そうなの?」

「と言うわけでビャクちゃん、ユッキュンが撃つとこ見たかったらついといで」

「うんっ」

 外見相応の無邪気さではしゃぎながらイヴさんの後に続くビャクちゃん。

 うーん、でもやっぱり、見てても面白くないと思うけどな。

 まあ何と言っても当の本人が興味を示してるんだから、僕があれこれ言うのは野暮かもしれない。

 僕は共用練習用の空気銃を持って射撃場に入った。

 普段なら誰かしらがクレー射撃なりライフル射撃なりを行なっているのだが、今日は全員で急遽大掃除をやっているので僕一人だ。

 ラッキー。

 まあでも、一人しかいないってことは、的の準備も一人でしなきゃいけないってことだけど。

 地下通路を通り、僕は立ち位置から十メートルのところに的を固定し、空気銃に銃弾を五発装填する。

 その間、チラッと二階を見上げる。

 この射撃場は元々二階が吹き抜けだったらしい。それを二階の部分に防弾ガラスをはめ込むことによって、一般人も射撃の光景を見学ができるようにしたそうだ。

 そしてそこには現在、ビャクちゃんが目を輝かせながら興味津々といった風にガラスに張り付いている。

 ……そうガン見されちゃ、ちょっとやりにくいな……。

 僕は大きく深呼吸し、空気銃を構えて狙いを定める。

 そして。


 パンッ!


 銃声と共に、的に穴が空く。

 ど真ん中、とはさすがにいかなかったけど、まあ真ん中と言ってもいいかな?

 そして残りの四発も順々に狙いを定めて撃っていく。

 結果はまずまず……か。見学者がいる緊張感の中ではよくやったと思う。

 気になって二階を見上げると、手を叩いて笑っているビャクちゃんがいた。隣に立っているイヴさんが的を指差しながら何やら話しかけているところを見るに、ビャクちゃんにルールを教えているらしい。

 さて、そろそろ本気でいこうかな。

 そう心構えをただし、次の五発を装填する。

「相変わらずいい腕だな」

「……っ!?」

 不意に。

 背後に誰かが立った。

「よお、ユウ」

「……羽黒はくろ、さん……!」

 そこに、いた。

 黒の革ジャンに濃すぎてもはや青というより黒い色のジーパン。中性的な顔つきだが目付きが無闇やたらに悪いため、女性的な要素を打ち消している。

 究極の青にして、絶対的な黒。

 最悪にして、災厄。

 梓の実兄。

 瀧宮羽黒の姿があった。

「……何しに来たんですか?」

「何って、射撃」

 そう言って羽黒さんは軽薄そうな笑みを浮かべたまま、手にしていたスモールボアライフルを示した。

「……それは資格がないと撃てないですよ」

「問題ない。俺はビッグボアも撃てる」

「……………………」

 誰だよこんな人に資格与えた奴は。

 僕が警戒心を全開にして対峙しているというのに、この人はまるで気にする風もなく銃弾を装填していく。

 ……本当に射撃しに来ただけなのか?

「ユウ、的頼むわ」

「あ、はい」

 ……………………。

 って、何普通に頼まれてんだ僕。

 しかし返事をしてしまったので、地下通路を通って的を設置してくる。

 スモールボアライフルだと、的は立ち位置から五十メートルのところとなるため少し大変だ。ちなみにビッグボアライフルだと三百メートル。ここの施設じゃ狭すぎて撃てない。

 ダッシュで戻ると、羽黒さんは律儀にも僕を待っていたらしい。煙草を咥えて手持ち無沙汰にボーっとしていた。

 って!?

「羽黒さん、ここ火気厳禁!!」

「分かってるよ。ほれ」

 そう言って煙草の先をズイッと僕の目の前に突きつける。

 あ、火、点いてないのか……。

 冷や汗が一気に引っ込む。

「て言うか、煙草、始めたんですか?」

「いや、別に。気晴らしに思い出してたまに一本吸うくらいだな」

 そう言って、煙草を無造作に革ジャンの胸ポケットに突っ込む羽黒さん。

「つーか、ユウ」

「はい?」

「お前はいきなり俺に喧嘩をふっかけないのな」

 一瞬、何のことを言っているのか分からなかった。だけどすぐに数日前、羽黒さんがこの町に帰ってきた日の夜のことを思い出す。

 羽黒さんの実妹、梓は問答無用で羽黒さんに斬りかかっていた。

「……まあ、僕はどう足掻いてもあなたに傷一つ付けられるとは思いませんから」

「そうかい。まあ俺も、わざわざお前のフィールドでやり合おうとは思わんが」

 戦闘狂トリガーハッピーは俺も怖い、と。

 羽黒さんは軽薄そうな笑みを崩さないままライフルを構えた。

 そしてろくに狙いも定めずに、引き金を引く。


 パンッ!!


 銃声。

 しかしさすがに、五十メートルも先の的に空いた穴の位置など、肉眼で確認するのは無理だ。

 ……当たったのかな?

「羽黒さん」

「あ?」

「いくつか質問していいですか?」

「いいぜ」

 ライフルのスコープを覗いたまま返事をする羽黒さん。

「何であの夜、あの場にいたんですか?」

「ノーコメント」


 パンッ!!


「もみじさんとは、どういう関係なんですか?」

「ノーコメント」


 パンッ!!


「梓のこと、どう思ってるんですか?」

「ノーコメント」


 パンッ!!


「あなたが、黒炎の犯人なんですか?」

「ノーコメント」


 パンッ!!


 五発全てを撃ち終え、羽黒さんはライフルのスコープから目を離した。

「……羽黒さん、答える気ないでしょう?」

「まあな。俺は質問は許したが答えるとは一言も言ってねーし」

「相変わらず、最悪ですね」

「そりゃどーも」

 軽薄な笑みを浮かべながら、羽黒さんはライフルを置いた。

「もう撃たないんですか?」

「ああ。飽きた。ユウ、的持って来てくれ」

「……はい」

 何かもう、どうでもよくなってきた……。本当にこの人は、六年経っても全く変わっていない。

 僕は大人しく的を取ってきて羽黒さんに見せた。

「ん……? 穴一つ? おいおい、一発しか当たらなかったのかよ」

 適当に撃ちすぎたか、と羽黒さんは愚痴った。

 羽黒さんが使った的は、ど真ん中に一つだけ穴が空いていた。

「まあいいか。んじゃ、俺は帰るわ」

「あ、羽黒さん」

「うん?」

「もう二つ、質問」

「……いいぜ」

 目を細め、どこか皮肉めいた口調でそう返した。

 僕は羽黒さんの深海の如き暗い黒瞳を見据えた。

「何でまた、この町に帰ってきたんですか? あなたはもう、この町に未練なんてないはずです」

「……仕事だよ」

 ノーコメント、とは。

 羽黒さんは答えなかった。

「ちょいとデカイ仕事を頼まれてな。不本意ながら帰ってきた」

「それだけですか?」

「それだけだ。まあそれに、久しぶりにもみじの顔も見たかったしな」

「梓は?」

「んー、二の次」

 ……本当にこの人は。

 いや、瀧宮羽黒という最悪なキャラクターは、僕はよく知っているじゃないか。この程度の問答で苛立っていては、この人と対話なんか不可能だ。

「で、もう一つは何だ?」

「……彼女」

 僕は二階の方をチラリと見た。

 もう僕が銃を置いたためか興味が失せたらしいビャクちゃんは、イヴさんと何やら談笑していた。

「……何だあのゴスロリ二人組みは」

「片方……白髪じゃない方はうちの部長ですが」

「……………………」

「ともかく、二人のゴスロリのうち、白髪の方です」

「あいつがどうかしたか?」

「あの娘のこと、どう思います?」

「どうって……獣の耳が生えてるな。ありゃ狐か?」

「そうじゃなくって……」

「つーか、ユウ、お前あいつとどういう関係だよ」

「……………………」

 うーん……。

 どう答えたらいいものか……。

 この最悪から、僕の欲しい返事を引き出すには、どう答えたらいいものか……。

 僕は一瞬のうちに考えを巡らせ、そしてフッと頭に浮かんだ単語を考えなしに口にした。

「僕の恋人です」

「……へえ」

「……………………」

 し。

 しまった……。

 考えなしもいいところじゃないか……。

 僕とビャクちゃんはそんな関係じゃないっての……!

 羽黒さんは珍しく驚いた顔をしているが。

「まあ、いいんじゃねーの?」

「は、はあ」

「つっても、会ったこともない奴のことをアレコレ言うほど、俺も野暮じゃねーけどさ」

 そう言って。

 羽黒さんはライフルを僕に押し付けた。

「見た感じ、妖怪としての力はあんまり強くなさそうだな。守ってやれよ?」

「は、はい」

「じゃあな」

 最後の方は妙にはやし立てるような口調だった。

「羽黒さん」

 僕は背を向け、すでに歩き出していた羽黒さんを呼び止めた。

「これからどこへ?」

「商談。狂悪と醜悪のとこに」

「……あんまり派手に暴れないでくださいね。ここ最近、梓が殺気立ってますんで」

「忠告ありがとう」

 それじゃ、と。

 羽黒さんは今度こそ立ち去ろうとする。

「羽黒さん」

 それを、僕は再び呼び止める。

「……何だよ、ユウ。言いたいことは一回で済ませろ」

「すみません。これで最後です」

 そう言いつつ、僕は苦笑いを浮かべた。

 もしこの場面を梓に見られたら、間違いなく僕も敵視されるだろうな。

 そんなことを考えつつも、僕はこう口にした。

「お帰りなさい」

「……………………」

 一瞬、羽黒さんは虚を突かれたような顔をした。しかし、すぐにいつもの軽薄そうな笑みを浮かべ、軽く手を振って射撃場を後にした。

 ガチャンと扉が閉まる音がする。

 そして十数秒、僕は羽黒さんが出て行った扉を注視し、

「ぶはっ!?」

 溜まっていたものを吐き出すように巨大な溜息を吐いた。

「……っとに、相変わらず何てプレッシャーだ」

 ただ対話しているだけなのに、これほど精神を削り取られるとは。

 その内に潜む力があまりにも巨大すぎて、話しているだけで呑み込まれそうだった。

「しかも、抑えてアレか……」

 ホント、梓を尊敬するよ。

 我を失っていたとは言え、よくあんな人に刃を向けることができるものだ。

「それに……」

 チラッと、僕は手にしていた的を目にした。

 一見、的のど真ん中に穴が一つだけ空いているように見える。が、よく見ればその穴は若干いびつで、一発の銃弾による銃痕ではなかった。

「一発目で空いた穴に寸分違わず残り四発をぶち込むって、ホント、規格外な人だ……」

 まあでも、あの人が何かとんでもないことを成し遂げても、あまり驚きはない。

 あの人は昔から、そういう人だったんだから。

「っと、それより……」

 僕は抱えていた的とライフルを規定の場所に戻し、二階の見学フロアに向かった。

 そこでは変わらず、ビャクちゃんとイヴさんが談笑をしていた。

「あら、ユッキュン。もういいの?」

「はい。今日はもうこの辺で」

「そ。じゃあビャクちゃん、ユッキュンはいつも月曜日と水曜日、金曜日にここに来るから、また撃つとこ見たかったらいらっしゃい」

「うん、ありがとうイヴ! あ、この服どうしよう」

「いいわよ一着ぐらい。お近づきの印と思って着て帰りなさいな」

「わっ、いいの? 遠慮なくもらうわよ?」

「どうぞどうぞ」

「……………………」

 出来れば遠慮して欲しかった。

 ただでさえ白髪獣耳尻尾と、目立つ容姿をしているのに、この上ゴスロリとか……。

 しかしビャクちゃんはすっかりその気になって嬉しそうに裾をヒラヒラと振っている。

「はあ……。もう、何かどうでもよくなってきたな……」

「ユタカ、何か言った?」

「何でもないよ。……帰ろっか」

「うん」

 でもまだ、帰る前にやることがある。

 やることと言うか、聞くこと。

 僕は歩きながらビャクちゃんに訊ねた。

「ねえ、ビャクちゃん」

「何?」

「さっき、僕と話してた黒い人、見た?」

「え……。あ、うん。見てた」

 あれ?

 何か心無し、ビャクちゃんの顔が赤くなったような……?

 ……ま、いいか。

「で、その黒い人なんだけど、どう思った?」

「どうって……。うん、まあ凄いんじゃない? 人間にしとくにはもったいない力を持ってたみたいだし」

「それだけ?」

「他に何かあるの?」

「……いや、何もないならいいよ」

 そうか。

 何もないのか。

 これではっきりした。

 羽黒さんは、今回の黒炎事件の犯人ではない。

 ホムラ様の話だと、ビャクちゃんは黒炎の術者に魂と記憶を奪われたんだ。もし羽黒さんが黒炎を操っているのなら、ビャクちゃんを見て何かしらの反応を示すはずなんだ。

 もちろん羽黒さんが素知らぬ風を装っていたということも考えられる。

 しかし、それならビャクちゃんが羽黒さんを見ても何も感じないという可能性は低い。

 何せ自身の魂を奪っていった張本人だ。記憶を失っているとは言え、何かしら思うところがあるはずなんだ。

 例えば――恐怖とか。自身の記憶が失われていると気付いたあの時のように、取り乱してもおかしくない。

 でもこの通り、ビャクちゃんはケロッとしている。

 要素的にはまだ不十分かもしれないけど、それでも、あの人のキャラクターを考えれば、今回の犯人である可能性はほぼゼロと言ってもいい。

 あとはまあ、梓にどう言って説明するかだけど……。

「……これが一番大変そうだ……」

「ユタカ?」

 おっと。

 独り言として呟いていたらしい。

 僕は軽く手を振って何でもないと示した。

「そう。それならいいけど……」

 と、ビャクちゃんはスカートの裾をつかみ、何やらソワソワとし始めた。

 ……? どうしたんだろう?

「……あ」

 そうか。

「トイレならそこの角を曲がってすぐだよ」

「違うわよっ!!」

「あたっ!」

 思いっきり向こう脛を蹴られた!

 今はいつもの足袋じゃなくてゴスロリ衣装に合わせたブーツを履いてるからメチャクチャ痛い!

 て言うかイヴさん、ブーツまでくれたんだ……。後で改めてお礼しないと……。

 じゃなくて。

「じゃあ、何?」

「えっと……ね」

 再びソワソワとするビャクちゃん。

 本当にどうしたんだろう……?

 そして意を決した風に、ビャクちゃんは僕に向き直った。

「さっき! あの黒い奴と話してた……こと、なんだ……け、ど…………」

「え?」

「その…………私、を………………」

「え、え?」

 始めの方はともかく、セリフの後の方は声が小さくなっててよく聞こえない。

 何て言おうとしてるんだろう?

「その……………………私……こ…………こ、こい……………………」

「え? 鯉?」

 いきなり脈絡がなくなったと言うか……。

「ビャクちゃん、鯉が食べたいの?」

「……は?」

「どうだろう? あの手の川魚はあんまり簡単に手に入らないと言うか」

「……………………」

「それに調理も難しいし……って、ビャクちゃん?」

「知らないわよっ! フンッ!」

「あたたたたたっ!?」

「どうせそんなことだろうと思ったわよ!」

 ゲシゲシとつま先を何度も踏まれる。これは痛い……!

「ちょ、いきなり何んで怒ったのさ」

「自分で考えなさい、このバカ!」

「痛い!?」

 トドメとばかりに思い切り、脛を硬いブーツで蹴り抜かれた。

 ぐおおお……!

 痛さで悶えて歩けない僕を尻目に、ビャクちゃんはさっさと歩いて行ってしまった。

 僕、何かしたかな……?

 痛みに耐えながら、僕は小走りでビャクちゃんに追いつく。

「ねえ、ビャクちゃん」

「……………………」

「おーい」

「……………………」

 うわあお。完全に無視ですよこれ。

 ああもう、どうしよう……。そんなに鯉が食べたかったのかな?

 ……しかたない。

「ねえ、ビャクちゃん」

「……………………」

「その、鯉は食べれないけど、今夜の夜食にキツネうどんを作るつもりなんだ」

「……っ!」

 ピクッと耳が動き、ザワリと尻尾が振られた。

 うーん、この手の動物は分かりやすいなあ。

「今夜一緒に食べない?」

「……油揚げ、何枚?」

「二枚」

「……三枚」

「えっと、さすがにそれは……」

「三枚。それで仲直り」

「……分かったよ。僕の分の一枚を上げるよ。それで三枚。いい?」

「うんっ!」

 ……うーん。

 女心と秋の空、とはよく言うけど、油揚げで釣られる女の子はビャクちゃんだけじゃなかろうか?

 まあ狐に憑かれてるとは言え、憑いてる狐はただの狐じゃないんだ。大事にしないと。

 不機嫌から一転、ニコニコと嬉しそうに笑うビャクちゃんと並んで、僕は行燈館に帰った。


 後日、特殊男子同盟の面々に「ケモ耳尻尾のゴスロリ美少女と一緒に歩いていたところを目撃したが、どう言い訳する?」と問い詰められたことは、言うまでもない。

 はい、マジで死ぬかと思いました……。





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