だい きゅう わ ~陰陽師~
「これは……! いくらなんでも!!」
「颯太君? どうしました?」
突然大声を張り上げた颯太君はバンと机を叩いていました。その衝撃で、副会長執務机の上に山積みになっていた資料がバサバサと音を立てて崩れます。
「……これを見てください、白銀先輩……!」
そう言って机に残った資料を一枚差し出します。
えーっと……これは確か、庶務の梓さんが理事長から直々に頼まれて書いた資料ですね。確か重要なお知らせがあると言っていましたが……。
「……あら?」
その資料に目を通し、私は惚けたような声を上げました。
『妖怪の生徒及び職員全員に対する腕輪による力の制御について
先日発生した同時多発家屋炎上事件について、理事会及び八百刀流陰陽師は、事件の真相がはっきりするまで妖怪の皆さんに呪術の施された腕輪を配り、力を普通の人間程度まで抑え込むようご協力をお願いしております。期限は未定ですが不自由はかけないと思いますので、なにとぞご了承下さい』
「……これがどうかしましたか?」
つい三日前のことだったでしょうか? 月波市のいくつかのアパートやマンションがほぼ同時に不審火に見舞われたという事件が発生したそうです。しかもその炎は明らかに人外の起こしたものであり、警察や陰陽師が原因を調べているらしいですが。
確か私の学年でも、アーチェリー部のキャプテンさんが入院しているそうです。
「どうかしましたか、じゃないでしょう!」
バンッ!
颯太君は再び机を叩きました。
「これ、真っ先に俺達妖怪が疑われてるじゃないですか! ここに住む妖怪は誰一人として人間に危害を加える気がないのに! それに人間だって、その気になれば人外の炎を操れるじゃないですか!」
「はあ……まあ、その通りですけどね」
私は曖昧に頷きました。颯太君の言っていることは正しいのですが、それでなぜこうも声を荒げているのかが私には分かりません。
私の返事がどうにも釈然としなかったのか、颯太君は苛立ちの矛先を生徒会室にいたもう一人に向けました。
「瀧宮! これは一体どう言うことだ!?」
「……………………」
庶務執務机でカリカリと六月に行なわれる学園祭の資料を書いていた亜麻色の髪の少女が無言で顔を上げ、そして顔を真っ赤にしている颯太君を見て、ああ嫌な物を見た、という表情を浮かべてまた手元の資料に目線を戻しました。
カリカリカリ。
一瞬、梓さんのシャープペンシルの音がやけに生徒会室に響きました。
プチン。
おや? 何の音でしょう?
「た~つ~み~や~……!!」
どうしたのでしょう、颯太君の背中から『ゴゴゴゴ……』という効果音らしき文字が見えます。これがオーラというものでしょうか。
「お前、先輩を無視するとはいい度胸だなあ!?」
「あーもう! うるさいですね! 暑苦しいんで近寄らないでもらえます!?」
「なっ……あ、暑苦しい!?」
「皆言ってますよ? 熱血漢日野原に近寄るとこっちまで暑苦しくなるって」
「し、しかたないだろ! ふらり火ってのはそういう妖怪……って、誰だそんなこと言ってる奴は!?」
「経先輩」
「あの野郎っ!!」
ふらり火は炎を纏った鳥の妖怪だそうですが、確かに颯太君は熱いヒトですね。
熱血漢とはよく言ったものです。
「って、そうじゃなく!」
バンッと庶務執務机が音を立てました。
「何だって俺達が疑われてんだよ!?」
「あたしに訊かないでもらえます?」
「お前、『瀧宮』だろうが! しかも次期当主!」
「肩書きは次期当主でも、襲名するまでは何の権力も持ってませんよ! それより、ギャアギャア騒ぐ暇があったら仕事してください! ほらほら!」
「ぬおっ!?」
「はいこれ来月の学園祭。こっちは今年度から成立した新同好会のリストです。で、今すぐこっちのポスターに掲示許可の判子ください」
「こ、こんなに一気に押し付けられても……!」
「一気にじゃありません。前々から来てる仕事です。ただでさえ生徒会は他の委員会に比べてメンバーが少ないのに、このままじゃ仕事が溜まる一方ですよ?」
「うぐっ……!」
捲くし立てるように繰り出される正論に追い詰められ、颯太君は受け取った資料の山を抱え、自分の執務机に戻っていきました。
その背中が少し哀れでした。
ですが今日の梓さんはどこか様子がおかしいです。いつもならクスクスと笑いながら私達先輩の分の仕事も勝手にやってしまうのに、今日はどこかイライラしているようです。颯太君を弄っているのはいつもの通りですが。
もしかしたら理事会とご実家の出した判断に不服を抱えているのでしょうか? 特に梓さんは妖怪のご友人が多いと聞きますし。
「あ。そう言えば、もみじ先輩」
「はい、何でしょう?」
そんなことを考えていると、梓さんが思い出したように顔を上げました。
「風紀委員から校則緩和の依頼が来てましたよ。『さすがに今時、休日の学区外での指定ジャージ着用義務はないだろ』だそうです。誰も守ってなんかいないと思いますし、いいんじゃないですか?」
「そうですね……意見状はどちらに?」
「これです」
梓さんは未処理と書かれたファイルから一枚の意見書を出しました。
そこには『校則第五十二条・休日に学区外に個人的な用件で出る場合、本校の指定されたジャージを着用すること』について廃止を求める旨が書かれていました。それもご丁寧に風紀委員長承認の判子まで押されています。
誰も守っていないような校則をわざわざ廃止する必要があるのでしょうか? 放っておいても問題はないかと思いますが。私も正直、こんな校則があるというのは今初めて知ったくらいですし。
ああ、でもあの風紀委員長の性格を考えれば、無駄なものがあるというだけで落ち着かないのでしょう。彼とは付き合いがないわけではありませんし、その辺りは分かっているつもりです。
「分かりました。後で理事長に提示しておきますね」
「はーい」
返事をしながら梓さんは変わらずシャープペンを走らせています。
仕事熱心なことはいいことです。颯太君も梓さんに叱責され、今は大人しく請け負った仕事をこなしているようです。
ですが、それにしても……。
「ナンシーさんと玲於奈さんはまだ帰ってきませんか」
「あー、そう言えば大分経ちますね」
そう言って颯太君は腕時計をチラッと見ました。
「もうかれこれ一時間になるかと」
「ま、相手があの科学部じゃしょうがないですよ」
梓さんも諦めたように呟きました。
先月の部活動勧誘で集まった部員数に合わせて、生徒会から部費が支給されます。ですがその金額に科学部から不服申し立てがあったのです。
「部員が集まらなくて部費が少なくなったのは向こうの責任だろうに……」
「そもそも科学部は経費を湯水以上に使うじゃないですか。あの経済感覚を先にどうにかしないとダメですよ」
「そのために会計コンビが乗り込んだんだがな」
はあ、と今はこの場にいない会計の二人を思い浮かべ、お二人は溜息をつきました。
あの『必要最低限以上のコスト削減』『無駄なものは経費に戻せ』がモットーのお二人でも、科学部相手の交渉に手間取っているようです。
そもそも高校の科学部が何を買うためにそれほどお金を使っているのでしょう?
分かりません。
今度部活動全体の抜き打ち視察を行った方がいいかもしれませんね。実質的な名前だけの同好会も多々あるわけですし。ナンシーさんと玲於奈さんではありませんが、不要な経費は差し戻す必要があります。
「時に……」
ふと、今まで黙って梓さんの仕事を手伝っていたもう一人の庶務が声を上げました。
「瀧宮……どうにも仕事が遅々と進まないと思っていたのだが……須々木の奴はどこに行った……?」
「え? 沙咲ちゃん? どうせまたサボりでしょ? あの娘、締め切りギリギリまで仕事ほっとく癖あるから」
「そうか……」
「うん? 昭義君、何か急ぎの仕事でもあった?」
「いや……庶務二人ではこの量はさすがに……と思って……そろそろ奴にも手伝って欲しいなと……」
「あー、沙咲ちゃん、一回仕事始めるとノンストップでやり上げるしね。ま、締め切り三日前辺りで終わってなかったら呼び出しておけば問題ないでしょ」
「そうだな……」
そう頷き、昭義君はどこかのんびりとした動きでシャープペンシルを動かします。なぜでしょう、彼を見ているとこちらが眠くなるんですよね……。
彼のゆったりとした口調と動作が催眠効果を及ぼすといいますか……。
「くー……」
「おい白川、寝るな!」
「あたっ……」
本当に眠ってしまった人が約一名いましたね。
颯太君にたたき起こされ、正志君が目を擦りながら伸びをしました。
「……いや悪い。寺田見てたら眠気が。それに昨日は徹夜しててな……」
「何で」
「彼女が寝せてくれなくて……」
「黙れカノジョいない歴十七年!」
「あ、酷でえ。オレ、これでも現在進行形で百人単位でカノジョいるのに!」
え?
初耳です……。
「正志君……お付き合いするお相手はお一人に絞った方がいいのでは……?」
「いやあ、会長。そう言われましても女の子から告られちゃ、無下には断れませんよ」
「ですが……」
「モニターの中だけだろーが! 白銀先輩も白銀先輩で本気にしないで下さい!」
「え? モニター、ですか……?」
一体何のことでしょう? モニターとはつまり、テレビやパソコンの画面のことだと思いますが……。
「おい日野原、ギャルゲーのヒロインにすらフラれたからってそうムキになるな」
「うるせえっ! お前が押し付けたゲームがクソゲーだっただけだろ!」
「オレは三日でコンプ」
「だあああっ!! ギャルゲーのヒロインなんざアレ、所詮は0と1の集合体だろうが! 俺はリアルに生きる!」
「充実してないがな」
「うっせぇっ!!」
颯太君と正志君がよく分からない会話を繰り広げています……。ですが颯太君が炎を吹き出さんばかりに叫んでいるので、きっと彼にとってはとても重要なことなのでしょう。
ですが……もう少し声のボリュームを抑えたほうがいいと思うのは私だけでしょうか? 颯太君の背後に亜麻色の髪の般若が見えるのですが……。
「うるさいのはそっちですっ!!」
「「あだぁっ!?」」
バコン、といい音と共にお二人の頭上にファイルの山が振り下ろされました。
「颯太先輩は静かに仕事してたと思ったらまた暑苦しくなるし! 正志先輩も起きたんならさっさと仕事をする! はいこれ生徒会便り! 下書きしましたので清書お願いします」
「……お、おいっす……」
「何で俺まで……」
「颯太先輩がいちいち暑苦しく反応するから正志先輩にからかわれるんです。ほら、さっさと作業再開してください。本当に仕事が終わりませんよ?」
梓さんの切れ長の目で睨まれ、すごすごと自分の執務机に向かう二年生のお二人。
これではどちらが先輩なのか分かりませんね……。まあでも、将来有望な一年生がいるというのは、今年で卒業する身としては安心できます。
「ったく、何あのチビ! すっげぇムカつくんですけど!」
「オウ、レオナ? 人のこと悪く言ったらダメだヨ?」
「つってもナンシーさん、あのクソガキ、経費はこれ以上出せないつってんのに、全っ然聞く耳持たなかったじゃないっすか」
「まあ彼女にも事情があるんでしョ? 科学者は向上することを止めたら死んじゃうのヨ」
「……つって、きっちり経費の上乗せを断ったのはどこの誰っすか」
「さあ、誰だろうネ?」
あら。
廊下からやけに賑やかな声が聞こえてきました。
「たっだいまー」
「今帰ったヨー」
「お帰りなさーい」
資料に目を落としながら梓さんが出迎えの声を上げました。
相変わらず、まるで素行の悪い女子生徒のような風体の玲於奈さんと、在日二世で日本生まれの日本育ちのはずなのに片言日本語のナンシーさん。一見生徒会役員とは思えないお二人ですが、その実態は経費の無駄をとことん弾く会計コンビです。
そう言えば、以前に正志君がお二人を『悪鬼羅刹の会計コンビ』と称していたのを思い出しました。言い得て妙だと思います。
「何となく結果は分かっていますが、首尾はどうでしたか?」
「オウ、アズサ! もちろん断ってきたヨ。どしてもお金が欲しいって、駄々を捏ねられたけどチョットきつく言っておいたから、しばらくは大人しくしてるでしョ」
「いやナンシーさん……正直あの説教の気迫、アタシもどうかと思うっすよ……」
「んん? ワタシ、そんな怖かっタ?」
「寿命が百年単位で縮んだっす」
……科学部の部室で一体何があったんでしょう。心なしか颯太君や正志君も青ざめています。
「さテ……」
ナンシーさんは腰に手を置き、さほど広くはない生徒会室を見渡しました。
そして二つ空いている執務机を目にし、ナンシーさんは小さく息を吐きました。
「今日も出席率は八割に届かないようね、モミジ」
「ええ、そうですね」
「まあミコトが来ないのはいつも通りだとして、一年のササキが来ないのはどうかと思うわヨ?」
「それはそうですけど、でも梓さんが心配ないと言っているので大丈夫ではないかと」
「はア……」
「ナンシーさん?」
「モミジ、あなたは優しすぎるヨ。いつもニコニコと優しく後輩に接するのもいいケド、たまにはきつく言ってやらないといけないヨ?」
「あら、それならそっちの面はあなたにお任せするわ。適材適所、重要なことだと思います」
「はア……。いえ、まああなたのことだからそう言うとは思っていたけどネ」
「ご理解いただけて幸いだわ」
「……何か、あなたと話してるとあなたの都合のいい方へと事が運ばれていく気がするのよネ……」
「それこそ気のせいですよ」
私は笑いました。
まったく、本当に気のせいです。ナンシーさんは考えすぎですね。
まるで私に他意があるみたいじゃないですか。
「さあ、いつものメンバーが揃ったところで、さっさと仕事を終わらせましょうね。早く終わったらあとでジュースを奢ってあげますよ」
「おーっ!!」
「マジッすか!」
正志君と玲於奈さんが大きく声を上げて反応しました。他の皆さんも顔を上げてニッコリと微笑んでいます。ナンシーさんだけは「また甘やかしテ……」と呟いていますが、心なしか作業ペースが上がっているように見えます。
さて、皆さんのやる気が上がったところで、私も仕事に取り掛かりましょう。
カリカリと、皆さん一心不乱で手を動かし仕事を片付けていきます。
それを満足げに見て、私も手を動かしました。
そして下校時刻。
「梓さん」
「はい?」
今日中にやる予定の仕事も終わり、約束通り全員にジュースを買ってあげた後です。
私は美味しそうにパック入りのフルーツ牛乳を飲んでいる梓さんに声をかけました。
「どうしました、もみじ先輩」
「ちょっとしたお願いがあるのですが」
「……もみじ先輩の頼みなら、喜んで」
ニッと、フルーツ牛乳のストローを口から離してイタズラっぽく笑いました。
私は笑う彼女の目の前に、一枚の資料を突き付けます。
瞬間、梓さんの表情が曇ります。
「これ、ですか」
「はい。これです」
資料には、『妖怪の生徒及び職員全員に対する腕輪による力の制御について』の文字が。
先ほど颯太君が怒って梓さんに問い詰めていたものです。
「さっき颯太先輩にも言いましたけど、まだあたしは何の権力も発言力も持っていません。上が考えてることはあたしにも分かりません」
「いえ、別に梓さんを問い詰めようというのではありませんよ」
私は資料を折りたたみ、スカートのポケットに突っ込みます。
「八百刀流陰陽師の本家『瀧宮』のご当主に、直接話を伺います」
「え、あのクソオヤジにっ!?」
ゲッと、上品とは言えない声を上げて梓さんの顔が壊れました……。
梓さんのお父様って……。
「何か問題でも……?」
「やー、そのー……」
乾いた笑いを浮かべる梓さん。
「あのオヤジ、月波市に住んでるくせに妖怪嫌いを公言しておりまして」
「あら」
「あくまで陰陽師は人間の味方だとか、そういう古い考えを持ってるんです」
「……なるほど」
私は苦笑して頷きました。
なるほど人間の味方ですか。それならば今回のこの処置も納得です。
ですが。
「それがどうしたというのです」
私達妖怪は、人間との共存を望んでこの町に住んでいるのです。それを一度の不祥事で信頼を失われては堪ったものではありません。
私はあの時、颯太君が声を荒げる意味が分からないと言いました。
妖怪として苛立つのはもっともです。
ですが彼は生徒会副会長。
「妖怪の生徒のために声を荒げ、理由を問い詰めるのは、生徒会長である私の仕事です」
私は言います。
すると梓さんは目を瞬き、すぐに口元に笑みを浮かべました。
「クスクスっ」
「梓さん?」
「いえ……今回のお話はてっきり、個性的な生徒会のメンバー紹介で終わるものかと思っていましたので」
「……何のお話です?」
「こちらのお話です」
なにやら深く触れない方がよさげですが。
まあそれはともかくとして。
梓さんは分かりましたと頷きます。
「ですけどもみじ先輩。身内のあたしが言うのも何ですが、あのオヤジをあまり刺激しないようにしてくださいね」
「と、言いますと?」
「あいつは人間を守るためなら、妖怪の市民だろうが関係なく、殺せる人間ですから」
梓さんの口から不穏な言葉が洩れました。
ですがそれこそ、それがどうしたというお話です。
「失礼ですが、ご当主のご年齢は?」
「え? えーっと……確か今年で五十二です」
「あら……」
私は小さく微笑みました。
「たかだか五十年と少ししか生きていない人間に、私を滅せられるものですか」
「……………………」
「人間として生きてきた期間は短いですが、私はこれでも、齢五百ですよ」
「……頼もしい」
梓さんは何故か引き攣った笑みを浮かべていました。
「でもそのこと、あまり他人にバラさないでくださいね……?」
「はい?」
「スキャンダルですんで」
……?
よく分かりません。
* * *
「陰陽師」
道中、梓さんが独白のように教えてくれました。
「加茂家、土御門家、そしてやはり有名なのが阿部家。本来は占いで吉凶を見て暦を作る陰陽寮に属する人達のことを指します。今で言う国家公務員ですかね。明治時代のゴタゴタの中で陰陽寮自体はなくなりましたけど、こういう世界においては未だ人間を怪異から守る存在としてあり続けています」
「明治時代までは政府公認の組織だったのですか?」
「はい。瀧宮家は阿部家ゆかりの血統らしいですけど、まあずいぶんと昔に別家として独立してますから、陰陽寮うんうんに関しては予備知識ですけど」
そこまで言って、梓さんはフッと自嘲的な笑みを浮かべました。
「……もみじ先輩、何であたし達瀧宮家が阿部家から独立したのか、せざるを得なかったのか分かります?」
「さあ……。本家と思想が違ったのでしょうか?」
「あ、それ大体正解です」
梓さんはグッと手を握り締め、それを見て思わずといった風でクスクスと笑いました。
「八百刀流の開祖瀧宮は、ある一人の男の復讐に手を貸すためだけに力を振るったそうです。つまりは破壊と暴力、怪異を滅する方面に特化した陰陽道。その気質は、あたし達にも脈々と受け継がれています」
目の前に大きな木造の門が現れました。表札には重厚な圧力を醸し出す毛筆で『瀧宮』とあります。
ここまでくる途中、高い白壁の塀が延々と続いていましたが、やはり梓さんのご実家は大層ご立派なお屋敷のようです。
前を歩いていた梓さんは言葉を区切り、足を止めて振り向きました。
その瞳からは不安の色が伺えました。
「もみじ先輩が五百年の歳月を生きた妖怪でも、心配なのは心配なんです。八百刀流の暴力的で破壊的な一面は、八百刀流であるあたしが一番分かっていますから」
妖怪が単身で陰陽師の本家に乗り込むというのは、私自身も狂気の沙汰だと思います。
ですが生徒の代表として、妖怪の代表として、八百刀流のご当主に説明をさせるのは当然のことと思っています。
私はこの町が、あの学園が好きですから……。
「心配してくれるのですね」
私はそっと、梓さんの亜麻色の髪を撫でます。
彼女はどこかくすぐったそうに口元を綻ばせました。
「大丈夫。私はこんなところで死んだりなんかしませんよ」
「……分かりました」
小さく、梓さんが頷きます。
「一応あたしも同席します。もしあのクソオヤジが何かしでかそうとしたら何とか止めますから、その時は何が何でも逃げてくださいね」
「あら、頼もしい」
もう一度クシャリと亜麻色の髪を撫でます。
梓さんははにかみながら、嬉しそうに目を細めていました。
さて。
「行きますか」
呟き、梓さんが大きな門を叩きました。
ゴッゴッと、低く鈍い音が響きます。
「帰ったわ。それとお客様一人よ」
「はいはい、ただいま~」
門の奥から女性の声が聞こえてきました。
「……やはり使用人の方がいらっしゃるんですね」
門を隔てていますからくぐもって聞こえますが、お若い方のようです。
ですがふと横を見たら。
「……!?」
梓さんが物凄い表情を浮かべていました。
言葉なく、口をパクパクと動かしています。
「な、何か……?」
「いえ、気のせいだと思います……気のせいだったらいいなあ……!」
「梓さん……?」
「クスクスっ……! クスクスっ……!!」
「梓さん!?」
壊れました!
梓さんが壊れました!
彼女に一体何が起きたのですか!? 誰か説明を!
そしてギイィ、と軋みながら開けられる大きな門。
そこにいたのは、門を開けてくれたらしい一人の女性。藤色の羽織袴にピンク色の大きなリボンで髪を一つに結んでいます。そして足元には漆塗りの高下駄。まるで文明開化の時代からタイプスリップしてきたような、それでいて全く不自然さを感じさせない不思議な雰囲気です。
そして彼女の見た梓さんは。
「何をしてるんですかあああぁぁぁっ!?」
「あ、梓ちゃんお帰り~」
「ミオ様! あなた、あたし達『瀧宮』の守り神だって自覚あります!?」
「もちろんよ~。開祖から次期当主のあなた、そしてその先まで、ず~っと見守っていくつもりよ~」
「だったら! こんな使用人みたいな真似してないで奥座敷で神妙に鎮座してたらいいじゃないですか!」
「や~よ。だって暇なんだも~ん」
「ミオ様!」
「あ、わたし、これからホムラんとこで呑んでくるから、卯月ちゃんにそう伝えといてね~」
「ちょっと!?」
「じゃ、よろしく~」
そう言って、カランコロンと高下駄を鳴らしながら不思議な雰囲気の女性はどこかへと歩いてきました。
えーと……。
私は彼女を呼びとめようと伸ばした手を呆然と見つめる梓さんに声をかけました。
「えっと、梓さん……? 今のお方は……」
「……我が家の守り神のミオ様です……」
「はあ……その、何と言うか、とても親しみやすそうな神様ですね」
「……率直に俗っぽいと言ってくれません?」
ゲンナリと呟く梓さん。
その手の先にいたはずのミオ様は、あの高下駄でどうやったらそんなことができるのか、すでにずいぶんと遠くまで行ってしまっていました。
「……フン」
ふと。
背後からそう、威圧的な嘲笑が聞こえてきました。
低く、重厚な声音です。
「妖怪ごときにうちの守り神を評価される筋合いはないな」
「……あら」
振り返ると、これまた威圧的な袴に身を包んだ初老の男性が。髪には白いものが混じり、顔には年月を経て刻まれたシワが目立ちますが、まるで鋭利な刃物のような空気を感じさせます。
このお方が……。
「お初にお目にかかります。私立月波学園高等部生徒会長を務めさせて頂いております、白銀もみじと申します」
「八百刀流陰陽道本家『瀧宮』二十三代目当主、瀧宮紅鉄だ」
「このような所での挨拶の無礼をお許し下さい」
「構わん」
私は深々とお辞儀をします。ですがご当主は礼どころか微動だにせず、不動を保っていた。
妖怪ごときに下げる頭はない、と言うことですか……。
これは思った以上に石頭……いえ、初対面のお方を悪く言ってはいけませんね。
「父様、例の腕輪についての説明を聞きたいんだけど」
さすがに本人の目の前では「オヤジ」とは呼ばないんですね。
どうでもいいことを確認していると、ご当主はフンと鼻で笑いました。
「どうせそんなことだろうと思っていた」
「あ、だったら話は早いわ。ここで立ち話もなんだし、中に通して――」
「梓」
ピリッと、空気が張り裂かれたような気配がしました。
見れば、ご当主が冷酷な光を湛えた瞳で、梓さんを見下ろしています。
「……何?」
「お前を月波学園に通わせているのは、お前がそう望んだからだ。だがやはり間違いだったようだな」
「何が言いたいのよ……」
「フン! 一応は陰陽師の端くれであるお前が、妖怪と慣れ親しんでしまうような環境に放り込んだことを後悔しているだけだ」
「なっ……!」
眉間にシワを寄せ、表情を歪める梓さん。
ですがご当主は気にすることなく冷たく言い放ちました。
「妖怪を陰陽師の屋敷に上げるなど言語道断! ……お前も次期当主ならわきまえろ」
「っんの、クソオヤジ……!」
ギリッと、梓さんの奥歯が軋る音が聞こえました。そして目視できるほどの梓さんの力がオーラのように溢れ出てきました。
颯太君の時との気のせいは比べ物にならない、本物のオーラです。
……ここで親子喧嘩が勃発するのは避けなければ。
「梓さん。私は怒っていませんから……」
「もみじ先輩……!」
「ですから、ね? その溢れ出る力を抑えてください。はい、深呼吸」
「……はい」
大きく深呼吸し、梓さんは落ち着きを取り戻したようです。纏うように溢れていた力が少しずつ薄まっていきます。
「落ち着きましたか?」
「はい……すみません」
「いえ」
顔を上げた梓さんはどこか申し訳なさそうに微笑んでいました。
もう大丈夫でしょう。
私は改めてご当主に向き直ります。
「……娘さんの神経を逆撫でして、楽しいですか?」
「フン。これしきのことで力の制御ができなくなるのはそいつの力不足ゆえだ」
ご当主はあくまで、冷徹な態度を崩しません。
「それで妖怪。用があるのならさっさと済ませろ。わしはこれでも暇ではないのでな」
「存じております。それでは早速本題に……」
私は小さく微笑み、梓さんが作った資料を一枚、ご当主に差し出します。
「この腕輪について、ご当主から説明を頂きたく」
「……それはすでに、月波学園の理事長に説明した」
「いえ。人伝ではなく、直接伺いたく」
「必要がない」
「必要です。このままでは本校の妖怪の生徒は誰一人納得しません。この度は生徒を代表して私が伺いました」
「……………………」
私は再び頭を下げます。それをご当主は相変わらず不動で見下ろしているのが伝わってきました。
まるで私の一挙一動を一つ一つ確認するように。
まるで私がいつ襲い掛かっても反応できるように。
「フン」
小さく鼻で笑うのが聞こえ、私は顔を上げます。
そこには相変わらず、冷たい光を瞳に湛えるご当主の姿が。
「今回の事件は、貴様ら妖怪の仕業であることは間違いない」
「……と、言いますと?」
ご当主は静かに語りだしました。
「警察の心霊担当である第零課と、八百刀流『大峰』の狼衆がそう判断した。間違いはない」
「……さようですか」
「フン……。本当ならばこの機会に妖怪共を殲滅して諸悪の根源ごと潰してしまおうと思ったのだがな。さすがに世間体というものもあるから断念したが。ならばせめて妖怪共の力を封じ、その間に放火魔を捕らえようということになったのだ」
「なるほど……。では第零課の判断でもあるのですね」
「そうだ。……これで満足か」
「はい、もちろんです。ですが……」
「何だ。まだ何かあるのか」
「いいえ。それだけでは、妖怪を真っ先に疑っていると感じる方々もたくさんいるでしょうね、と思いまして」
「……貴様、わしに何をさせたい」
「いえ特には何も。何か難しいことを頼んでいるわけではありませんし……」
そこで私は言葉を区切り、小さく口元を緩めます。
ニイッと、わざとらしく、挑発するように。
「強いて言うなら、誠意を見せていただきたく」
「……何だと」
「私達妖怪に事件の調査のために力を抑えてもらいたいと頼む、分かりやすい誠意を」
「貴様!」
今までずっと変わらず冷たい光を湛えていた瞳が、怒りで燃え上がりました。
一瞬で、ご当主を包み込む空気が鋭利で張り詰めたものに豹変します。
そして、言霊が紡がれます。
「――抜刀、六本!」
瞬間、空中に鞘も鍔も、柄すらない六本の日本刀が具現しました。
その鋭利な刃は、今にも首を貫こうと刃先を私に向けています。
「っ!? このクソオヤジ!」
梓さんが叫び、自身もまた言霊を紡ごうと口を開きかけました。
ですが。
「梓さん」
「も、もみじ先輩!?」
私はそう一言呟き、彼女を制します。
「大丈夫ですよ、梓さん」
「……もみじ先輩……!」
「大丈夫ですから、もう少しお話をさせてください。ね?」
「……分かりました」
渋々といった風に、梓さんが引き下がります。ですがいつでも言霊を紡げるよう、力を抑えずにご当主を威嚇するように睨み付けています。
「話だと?」
ご当主は嘲笑を浮かべています。
「貴様と話すことなどない! すでに腕輪の件に関しては説明を済ませた。このまま大人しく踵を返すならよし、でなければその刃が貴様を貫く」
「……やってご覧なさい」
私は。
己の血が滾るのを感じていました。
このピリピとリ痺れるような感覚。
若かりし頃の、文字通り血気盛んだったあの頃を思い出します。
「たかだか五十年やそこらしか生きていない人間が私に挑もうなど、片腹痛いですね」
「貴様……!」
「あら、どうしました? このナマクラで私を貫くのでしょう? やってご覧なさいな、坊や?」
「……っんの、化物め!」
目元を歪めたご当主は、静かに息を吐き出します。
途端、ヒュウッと音を立てて六本の刃がその切先を私の首を目掛けて飛来しました。
「もみじ先輩!」
梓さんの悲鳴が聞こえます。
ですが、私の視線はご当主に向けられたままです。
「……くっ!」
そしてそのご当主は、顔を悔しげに歪め、シワをより深く刻んでいました。
六本の刃は。
その切先を首の皮膚のわずか数ミリの所で動けなくなっていました。
まるでそこに見えない鎧でもあるかのように、私に触れることも敵いません。
「どうしました?」
私は小さく言います。
「ここまで、届いていませんよ」
「……フン。このじゃじゃ馬を制するだけのことはある」
ムッと、視界の隅で梓さんが顔を顰めるのが見えました。
「――納刀」
言霊が紡がれ、六本の刃が霧のように消え去りました。
同時に、首の周りの圧迫感がなくなります。
「大した力だ」
「お褒めに預かりまして光栄にございます」
「フン」
面白くなさそうに鼻を鳴らすご当主。
そして彼はおもむろに、半身を動かしました。
「え……」
梓さんが息を呑むのが分かりました。
ご当主は。
梓さんを叱責する時も腕輪の説明をする時も私に刃を向ける時も、まるで石像のように微動だにしなかったご当主。
それが今、深々と頭を下げました。
妖怪の、私に対して。
「これまでの無礼を詫びよう」
ご当主はこれまでと変わらない低く重厚な声で謝罪を告げました。
「そして改めて、君達月波学園に通う妖怪達に腕輪による力の制限を依頼したい」
「……期限は」
「それは分からぬ。だが不自由はかけないつもりだ。……早急に事件を解決し、制限を解除できるよう努める。約束しよう」
そう言って、ご当主は顔を上げました。
その表情からは変わらず感情が読めません。ですが瞳の冷たい光はどこか和らいでいるように見えました。
「了承しました」
私は静かに手を差し出しました。
「何かありましたらご連絡を。お力添えができるかもしれません。連絡先は梓さんが知っていますので」
「かたじけない」
ご当主は差し出された私の手を躊躇いもなく、力強く握り返しました。
* * *
「いやー、ビックリしましたー」
梓さんがもう何度目かも分からないセリフを口にしました。
ご当主との面会の後、梓さんは「何か気まずい」の一言と共に帰宅する私について来てしまいました。
それはいいのですが、出掛けの「あ、父様、あたしとミオ様、夕飯いらないって母様に伝えといて」の言葉でご当主が初めて人間らしい表情を浮かべたのが気になります。こう、少し言い過ぎた、という後悔の表情に見えたのですが……。
どうやら厳しいのは態度と言葉だけであって、性根では子煩悩なのかもしれません。
「そう言えば梓さん。ご夕飯はどちらで?」
「え、あー。この時間だとそろそろ行燈館で夕食が出る頃なんで、ご相伴預かろうかと」
「行燈館、ですか」
「はい。あそこの新しい管理人さんとはちょっとした知り合いですし。もみじ先輩もどうです? 一人暮らしでしたよね?」
「そうですけど……。ご迷惑じゃないでしょうか?」
「大丈夫ですよ。あの下宿、人数多いんで大釜でご飯作ってるんですよ。二人分くらいなら何とかなりますって」
「はあ……」
普通、そういう下宿というのは決まった量のお食事を作るものなのでは……?
どのような管理人さんなのでしょう。
それにしても、と梓さんは口元に笑みを浮かべています。
「まさかあのオヤジが頭下げるとは」
「そうですか?」
「そうですよ。あの暴君みたいな男が」
「……身内を悪く言うものじゃありませんよ?」
「はーい」
そう言いつつも、梓さんはどこかスッキリしたような満面の笑みを浮かべていました。
「それにあなたのお父様は暴君ではありませんよ」
「え、そうですか?」
「はい。むしろ名君です」
「えー」
不満げな梓さん。
まあ身内の方には分からないかもしれませんね。
「あの場面で、暴君なら頭を下げることなんてありませんよ」
「そりゃ、まあ、そうかもしれませんけど……」
「それに自分の頭一つで私達妖怪の協力を得ることができるという判断の速さも、器の大きさが伺えます。あれは間違いなく名君の器です」
「あ、そう言えばそのことですけど」
「はい?」
「もみじ先輩、腕輪の件、引き受けちゃってよかったんですか?」
「? 私は最初から引き受けるつもりでしたが……?」
「もみじ先輩はそれでいいかもしれませんけど、他の生徒が納得するかどうか……」
特に颯太先輩みたいなヒトが、と梓さんは続けました。
ですがまあ、私はそれほど心配していないのですが。
「大丈夫です。その時は私が説き伏せますから」
「はあ……」
「私達妖怪としては、八百刀流のご当主が頭を下げて協力を要請してきた、という事実が最も重要なのですよ」
もちろん、ご当主の面子にも関わりますので、その辺りの具体的な事情については上手くはぐらかすつもりですが。
「でも説き伏せると言っても、大変なことには変わりないんじゃ……」
「あら、梓さん。私を誰だと思っているのですか?」
「え?」
「生徒会長ですよ?」
「あ」
「月波学園高等部で、最も人望のある生徒ですよ」
「あ……!」
言われてポカンと口を開けた梓さん。ですがすぐにクスクスと笑い出しました。
「そうでした……クスクスっ……庶務ともあろう者が、うっかりしてました」
私にとって生徒の説得ほど簡単な仕事はありません。
それこそ、頭一つ下げるだけでほとんどの仕事は終わったも同然ですし。
「問題は初等部、中等部の児童生徒の代表ですね」
実質的に先生方が運営している初等部の児童会はともかく、中等部生徒会とは話し合いの場を設ける必要がありますね。さすがに大学生ともなれば分別もつくでしょうし、大学の学生課は大丈夫でしょう。
ふむ……。
しばらく、生徒会の活動時間を増やした方がいいかもしれませんね。
「さて、梓さん」
「はい!」
「これからまた、忙しくなりますよ。手伝ってくださいね」
「クスクスっ。喜んで!」
笑う梓さん。
「そしてそのためにも。まずは美味しいご飯を! ほらもみじ先輩、行きますよ!」
「はいはい、そう急かさないで下さい」
その時です。
――ヴヴヴヴヴっ……
「あら」
私の携帯電話が震えました。
そう言えば放課後、電源を入れた後マナーモードを解除するのを忘れていました。
パキンと、少し古い折り畳み式の携帯電話を開きます。
液晶画面には、新着メールありの表示が。
「誰からかしら……?」
メールボックスを開きます。
そして差出人の名前を見た瞬間。
「……あら」
思わず、笑みがこぼれました。
「誰からですかー?」
見れば、梓さんが興味津々なキラキラと光った瞳でこちらを見つめています。
「その笑顔、まさか恋人ですかー?」
「はい」
「……………………」
間。
「…………………………………………え?」
笑顔のまま硬直する梓さん。
どうしたのでしょう?
「もみじ先輩」
「はい」
ガシッと、両肩を掴まれました。
目の前に梓さんの引き攣った笑みが迫ります。
「え……もみじ先輩、マジですか……?」
「は、はい」
その気迫に思わず頷きます。
「い、いつから付き合ってるんですか?」
「えっと、この町に来る前からですから、もう三年以上……いえ、四年になりますか」
「……つまり月波学園に入学する前からですか……」
はあ、と大きな溜息が洩れます。
「……もみじ先輩を口説き落とした奴が真の美男子であるという都市伝説が、ここで消え去るとは……男持ちならそりゃ、身持ち固いわけだ……!」
「え、何ですかその都市伝説は……」
私、いつから都市伝説に数えられていたんでしょう?
ですが梓さんは、そんなことより、とズズイッと顔を近付けてきました。
すごい迫力です。
「そのこと、他の人には黙っていてくださいね……! 少なくとも今回の事件が解決するまでは! 実年齢以上のスキャンダル……!」
「は、はあ……」
「じゃないと説得失敗どころか、暴動が起きますよ!」
「???」
よく分かりません。
ですが梓さんがここまで必死になるくらいなのですから、きっととても重要なことなのでしょう。
「わ、分かりました。黙っておきます」
「そうしてください……!」
どこか疲れた表情の梓さん。
「……それで、そのラッキー野郎は何て?」
「あ、はい。彼、私が月波学園に入学するとほぼ同時に海外にお仕事に出かけたのですが」
「久しぶりに、この町に帰ってくるそうです」