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だい きゅうじゅうきゅう わ ~青行燈~

「青行燈」

 ぽっかりと開いた次元の穴を前に、青葉(あおば)の婆さんが独白する。

「百物語の九十九話目に現れ、自ら百話目を語り、あの世とこの世を繋ぐ道を開く鬼……くくく」

 手にはぶらりと青い鬼火の燈った提灯をぶら下げている。

「現世じゃ今頃、残された人間たちがあんたら妖怪のことについて語ってる頃だ。その数は百や千じゃきかねえよ。……準備は万端だ。あとはあんたが冥府から道を開くだけだ」

「よくまあそんなことを考えたもんだね、羽黒(はくろ)坊。確かにこの方法なら、この人数の妖怪たちを現世に連れて行ける」

 冥府の実験区画の片隅に避難してきた数万の妖たちという壮観な絵面に、青葉は流石に引き攣った笑みを浮かべる。

「何緊張してるのサ、青葉」

「そうよ、らしくないわね」

「…………」

 いつもつるんでいる橋姫の桜河(おうか)、雪女の氷室(ひむろ)、そして迷い家の舞香(まいか)がにやにやと青葉を眺めている。

 それをみて青葉は不機嫌そうに舌打ちをする。

「チッチッチ、逆に聞くが、緊張しないわけないだろ馬鹿ども。ホムラ様でもない、他の神でもない、一鬼のあたしがこの規模の百鬼夜行の先頭を歩くんだよ」

「それが青行燈の役目だろ、覚悟決めろよ」

「チッチ、羽黒坊、あっちに戻ったら覚えておきなよ!」

 歯の裏のやにを取るように舌を打ち鳴らし、青葉が開き直ったように大きくゆっくり提灯を振る。

 それを見た数万の妖たちが「おおお!!」と歓声を上げた。

 皆、この時を待ちわびていたのだ。

 現世に帰る、この時を。

「青葉婆さん、後は頼んだぞ」

「ああ、任せな」

 こっちはもう大丈夫。

 俺は踵を返し、(あずさ)たちとの合流地点へと駆け出した。



          * * *



「梓!?」

「……兄貴」

 合流地点につくと、梓もユウも、白羽(しらは)とビャクを救出して待っていた。しかし俺の目に真っ先に飛び込んできたのは、もみじに支えられ、ぐったりとしながらも立って待っていた梓だった。

 梓は俺を目にした途端、膝から崩れ込んできた。

「……太刀……返すわ」

 どくんと心臓が高鳴る。それと同時に太刀と共に封じられた俺の魂が肉体に戻ってくる感覚が全身を駆け巡る。しかしそんなことよりも、腕の中の梓の様子が気掛かりだ。

「お前、なんでこんな消耗して……俺の太刀は使ったんだよな!?」

「使った……使ったよ……でも、ちょっと、意地張った」

 絞り出すようなかすれ声。見ると、喉元を締められたような火傷痕が出来ていた。

「……馬鹿野郎、レヴィアタン相手に……!」

「へへ……やっぱ、兄貴はすげーや……瞬殺だったわ……」

 力なく笑うと、緊張の糸が切れたのか、梓はぐにゃりと俺の腕の中に倒れ込んだ。

 慌てて抱き留めるが、すうすうと深い寝息が聞こえてきた。目立った外傷と言えば火傷の痕くらいで、他は特に見当たらない。気力に限界が来て眠りについただけのようだ。

 それに安堵しつつも、今度は銀髪姿のもみじが困り顔で声をかけてきた。

「羽黒、申し訳ありませんが消耗しているのは梓さんだけではありません。柱にされていた白羽さんもビャクさんも消耗しきっています。二人とも命に別状はありませんが……」

「なんだ?」

「ミオ様が開けたこの次元の穴を逆走するには、少々危険かと」

「羽黒さんが来るまでに少し話したんですが」

 と、気を失っているらしいビャクを抱きかかえていたユウが、ごくりと唾を飲んで言葉を引き継いだ。

「もみじさんに頼んで、妖怪側の穴からビャクちゃんと白羽ちゃんを運んでもらおうかってなりまして」

「……なるほど」

 確かに、そもそも人外であるビャクは妖怪側の穴の方がすんなり現世に戻れる。そして魂はともかく、肉体的にはホムンクルスである白羽もそちらのほうが負担は少なそうだ。

「そっちの方が安全に連れ出せるか」

「僕も、もみじさんなら安心してビャクちゃんを任せられます」

「梓さんは、羽黒が守りながらなら突き進めばなんとか耐えられる程度には回復しています。レヴィアタンを倒したことにより身体能力も底上げされているようですね。……羽黒、決断を」

「もみじ、頼んだ」

 即断。

「お任せを。何人たりとも触れさせはしません」

 それに応えるようにもみじは白羽とビャクを抱え、美しい銀髪を翻して妖怪たちが現世に移動を始めている穴の方へと駆けて行った。

修二(しゅうじ)、準備は良いか」

「……ちょっとだけ、待ってもらえますか」

 次元の穴を維持していた修二に声をかけると、小さく首を横に振った。

 何事かと思ってそちらに視線を向けると、修二の影から妹のアヤカがひょっこりと顔を出した。

「アヤカ……?」

『えへへ……羽黒さん、ちょっと、大事な話がありまして』

「…………」

『ウチら幽霊は話し合った結果、このまま冥府に残ることにしたんだー』

 あくまで軽く、アヤカはそう口にした。

「……そうか」

 予想はしていたことだ。

 死者の魂が現世を彷徨っていることに関しては、そっちの方が摂理に反しているのだ。妖怪が冥府から迷い出るのとは話が違う。

『だから……へへ、ちょっぴり、お別れ』

「またすぐに会えるさ。どうせお前らはみんな揃って死神局行きだ」

『だよねー……休日とか有休とかあるのかな』

「あるんじゃねえの」

『うん……その時には、会いに行くから』

 そっとアヤカが手の平を掲げる。それに俺はパチンと、手を合わせた。

 思えば、俺はアヤカと直接触れ合ったのはこれが初めてか。幽体が実体を持つ冥府ならではだ。

『じゃあね、皆。……兄ちゃんも、早くキメなよー。うかうかしてると逃げられちゃうかもよ』

「アヤカ、一言余計」

 精いっぱい苦笑する修二。そうして、冥府の奥へと駆け出すアヤカの背中を見送る。


『じゃあね!! みんな!!』


 最後に一度振り返り、アヤカは元気に手を振り――ポウっと光の塊となり、姿を消した。

「さて……改めて、行くか」

 梓を抱きかかえ直すと、ユウがぐずっと鼻を啜りながら小さく頷いた。

「はい」

「先頭は任せてください」

 と、修二が先陣を切って次元の穴に身を投じる。

 それに続き、俺は梓を庇うように出来る限り身を盾にして一歩、次元の穴に足を踏み入れる。

 と、その時。


「いたぞ!!」

「人間どもだ!! 逃がすな!!」

「こっちだ、集まれ!!」


 怒号が実験区画の奥から聞こえてくる。振り返ると、この騒動でボロボロになった白衣を身に纏った天使どもが、それでも血気盛んにこっちに向かって猛追してきていた。

「ちっ! 天使ども、空気読めよ!」

 烏合の衆のくせにタイミングばかり完璧だ。あと少しで完全撤退できたというのに。

「羽黒さん!!」

 がしゃん、とユウが両手に銃火器を具現化させ、銃口を天使たちに向ける。そして、雨霰のような勢いで弾丸をばら撒く。

「僕が足止めします! 羽黒さんは先に行ってください!」

「ユウ!?」

「ぎゃあああああっ!?」

「あぶっ、あぶっ!?」

 銃弾を足元に食らい、下手糞なダンスを見せる天使ども。それを確認しながら、ユウは手を止めずに次々に銃火器を取り出して発砲する。

「こっちは次元の穴の魔力風に向かって逆走しなきゃいけないのに、連中はすんなり通れるんでしょう!? そんなの、あっという間に追いつかれる! 足止めが必要です!」

「足止めなら俺が――」

「梓を守りながら次元の穴を進めるのは羽黒さんだけです! 早く!」

 ……確かに、ユウに梓を庇いながら魔力風に逆らって次元の穴を行けというのは厳しい話だ。しかし、だからと言って――

「……お前はどうするつもりだ!? もう穴は塞がるぞ!」

「キシさんにでも頼んで、後で送ってもらいますよ! 進級したら部活選びするって約束してるんで大丈夫です、なんとかなります! ……ちょっと、時間はかかるかもですけど!」

「ユウ!」

「羽黒さん、行って!!」

「……っ!! 絶対に戻って来いよ!!」


 もう、穴は閉じかけていた。一刻の猶予もなかった。

 俺はユウに背を向け――背を預け、次元の穴に体を突っ込んだ。



          * * *



「あれ……ここは……」

 現世、行燈館。

「すまん――本当にすまん……」

 意識を取り戻したビャクに対し、俺は、謝ることしかできなかった。


 ビャクが目を覚ましたのは、冥府の状況が全く掴めないまま、既に十日が経とうとしていた頃だった。

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