だい きゅうじゅうはち わ ~百鬼夜行~
現世、月波市――行燈館。
「えー、ご近所の皆さん、お集まりいただきありがとうございます」
ぺこりと、穂波穂が頭を下げる。
彼女の前には、近所の家々から集まった人々が座して彼女に視線を注いでいる。それに対し、穂波穂は多少の緊張はあるものの、しっかりと前を見据えて口上を述べる。
「皆さん術が解け始めて、ご友人やお知り合いの皆さんのことを思い出し始めていることと思いますが、今、街では大変なことが起きています。妖怪の皆さんを始めとして、多くの住民があの世に連れ去られてしまいました」
ざわりと、騒然となる。
陰陽分離の術が崩れ始めて違和感に気付き始めていた人々が、一斉に目を覚ました。
「お静かに。……ですが落ち着いてください。あの世にはユーくん……私の弟と、瀧宮家のご兄妹が助けに向かいました。今こうして術が解けているのも、あの世での作戦が順調である証拠です」
瀧宮羽黒から送られた式神のカンペに穂波穂流のアレンジを加えながら、朗々と語る。
「そしてあの世から皆さんのご友人たちを助け出すためには、皆さんの協力が必要です。あの世から、何万もの妖怪さんたちを連れてくるには、莫大なエネルギーが必要だからです」
「穂ちゃん、あたしたちはどうすりゃいいの?」
行燈館に集まった市民の一人の中から、兼山美郷が声を上げる。
その表情は、自分たちにできることなら何でもやってやる、という活力に溢れている。
「私たちにやれること、それはいたってシンプルです」
穂波穂がにこりと笑う。
最初は生まれ育ったこの街が怖くて、親の転勤を理由に逃げ出した。
「昔から、あの世とこの世を繋ぐ方法は沢山ありますが――百鬼夜行を呼び出すのは、この方法が一番手っ取り早いです」
しかしこの一年この妖怪屋敷で管理人をしてきて、ようやく、自分たちと変わらないと気付けた。
「語りましょう。皆さんの友人との思い出を――百物語を」
* * *
声が響くという言葉では生ぬるい、爆音響。
その発生源の大男――神崎尊はすこぶる機嫌が良かった。さもありなん。土地神焔御前の命によりこの一カ月半、鬱々と、黙々と天使の指示に従って大人しく檻に閉じこもっていたのだ。
それが今日、ようやく解放された。
それに加えて――
「がっはっは!! 今日はまた一段と喉の調子が良いぜ!!」
「そりゃそうネ。だってワタシがいるんだもノ」
神崎尊の肩に腰かけるナンシー・タキザワ――彼女の恩恵を受け入れたことにより、神崎尊の「声」は快調そのものだ。
「こりゃいい! 今の俺なら白銀の奴にも勝てるんじゃねえか!?」
「調子に乗っちゃメ、ヨ。アレは勝つとか負けるとかそういう次元にいないんだかラ」
「試してみなけりゃ分からんだろう。あいつも冥府にいるんだろ、見かけたら喧嘩吹っ掛けてみっか!」
「はいはい、でもまずは――目の前にわらわらと湧いてきた天使を倒してからネ」
* * *
「三年コンビは絶好調ですなあ」
「アレに加えてもみじ先輩もいた前期生徒会三年って今更だけどどんだけよ……」
「俺たち、ちゃんとやってけるかね」
霧に姿を変えた白川正志、継ぎ接ぎの怪物姿の針ヶ瀬玲於奈、炎をまとった半鳥半人の日野原颯太は揃って溜息を吐く。自分たちに妖怪としての自信がないわけではない。だが比較対象があまりにも高すぎる。
「いやいや先輩方。アレと比べる方がおこがましいというやつですよ。先輩方ならきっとやれます。別に皆さんを慮ってるわけじゃあないですけどね」
「……すぴー」
と、眠りこけている――ふりをしている寺田昭義を背負う須々木沙咲。彼女は相変わらず抑揚はないくせに流暢な語り口で先輩三人を激励(?)する。
「それに自信なさげですけどこんな山作っておいて何を言っているんですって感じですよね」
「むにゃ……」
五人の背後には、気を失った天使たちが昭和のヤンキー漫画のように山積みにされていた。針ヶ瀬玲於奈と須々木沙咲が悪乗りで築き上げたものだが、相当な高さとなっており下にいる天使は顔色が浅黒くなっている。
「つってもコレ、わらわら寄ってくるのを白川が迷わせて、寺田が眠らせて、とどめをオレと針ヶ瀬で刺してるだけだからなあ」
「……それだけ分担作業ができてるんなら……心配ないでしょう」
と、今起きた風を装って欠伸をした寺田昭義が呟く。
「そうですね。個が尋常じゃなく強かった三年生に対して団結して取り組むのが今期生徒会の良いところですよ」
彼女にしては珍しく微笑んで、今ここにいないもう一人を思い浮かべながら、須々木沙咲はそう口にした。
* * *
「うおおおおおおおおおおおおっ!?」
風間昇平は風を操り、追いかけてくる天使を威嚇程度に切り裂きながら逃げ回っていた。平時の彼ならばこの程度の相手は細切れにだってしてやれるが、今はそうはいかなかった。
「風間センセーうじゃうじゃきてるっス!」
「……すみません、足を引っ張ってしまって」
「本当にな!!」
小脇に抱えた澤泉が警告を発し、肩に担いだ猿山紅が申し訳なさそうに謝る。
二人とも、陽動で破壊しまくった街の崩壊に巻き込まれ、軽いものの天使から逃げるには危うい程度の怪我を負ってしまっていた。その連絡を受けた風間昇平が駆けつけたという手はずなのだが、うっかり天使の小隊とエンカウントしてしまったのだった。
流石に、多感な中学生の目の前で天使を細切れにするわけにはいかない。
そのためあくまで威嚇射撃程度に鎌鼬を発生させ、牽制するしかないのだ。
「待てやこらあああああ!!」
「逃がさねえぞ!!」
下賤な輩丸出しの形相で追いかけてくる天使たち。このまま他の陽動部隊が暴れているところまで誘導できれば助かるが、このままではじり貧で追いつかれてしまう。小柄な澤泉はともかく、中学生のわりに図体のでかい猿山紅が重いのだ。
と、その時。
「うにゃああああああああああああああんっ!!」
間の抜けた叫び声。
それと同時に、ガラガラと巨大な車輪が回る音が聞こえ――ドカン! と天使たちが巨大な何かに撥ねられた。
「「ぎゃあああああああああああああああっ!?」」
「ふう、間に合ったね!」
空の彼方に吹っ飛んでいった天使たちを確認し、車輪に炎がついた牛車――火車から鍋島美弥が顔を出した。
「鍋島、良いところに来た!」
「ほいほい、二人は中に入ってねー」
教師らしく手際よく怪我をした二人を火車に乗せると、安全確認もそこそこに火車はうなりをあげて走り出した。
「「ぎゃあああああああああああああああっ!?」」
火車から漏れる二人の悲鳴。そう言えばあいつ度を越したスピード狂だったな、と風間昇平は他人事のようにポリポリと頭を掻いた。
* * *
ふう、と瓦礫の上で腕組みをしながら大峰昌太郎は紫煙を吐き出した。
視線の先には、礼儀正しく、折り目正しく行列を作り、実験区画の一角に急ごしらえした避難所へと向かう妖怪たちの行列がある。
と、彼の影に何かが這入り込む気配がした。
「疾風か。状況は」
「避難列の周囲百メートルに天使は近付いていません。稀に討ち漏らしはいますが、避難行列に参加している腕の立つ有志が対処しています。全て事前の訓練通りの動きです」
「死神どもは」
「先刻までは傍観に徹していましたが、現在は裏で浄土管理室の妨害工作に動いているようです。澪ノ守も封印されたままですが、死神たちの手によって所定の座標まで移送中とのことです」
「好し。引き続き、天使どもを牽制をしろ」
「はっ」
影から気配が発つ。
もう一度煙草を咥えて紫煙を吸い込むと、行列の移動に合わせて大峰昌太郎もまた行動を開始した。
* * *
「はーい、戦えない奴らはこっちにー!」
「慌てず、走らず、ゆっくりでいいので移動して下さーい!」
藤原経とハル・S・ラインは避難民の誘導に尽力していた。本当ならば藤原経も戦闘に参加して陽動を起こす役割を振られていたのだが、彼を兄と慕う市丸味香に見つかってしまい、離れなくなってしまったのだ。
「こっちでーす!」
そして当の本人は何が楽しいのか、藤原経に肩車されながら二人の真似をして遊んでいる。正直、誘導係と言ってもたまに討ち漏らしの天使が突っ込んでくることがあるため危ないのでさっさと避難してほしいのだが、どうしても離れないので困っている。
「……戻った」
「ただいまー」
「向こうの区画の避難は終わったようじゃぞ」
と、人狼の姿を露わにした駒野明良、開戦と同時に手洗鬼として変化を解いてあらかじめ無人にしていた区画を踏み荒らした香川相良、そして香川相良にくっついていたラミアのシャシャが合流した。
駒野明良とシャシャには嗅覚、香川相良には高い視点から避難状況の確認をさせていたが、どうやらそれも完了したらしい。
「しかし、やれやれ、やっと帰れるな」
「うむ。帰ったらまず部屋の掃除をせねばな」
「……道場にも顔を出さなければ」
「店長、店員が全員こっち連れてこられちゃって一人で店回してたことになるけど、大丈夫かな」
「あの店長ならじゃろ。ちゅーか、なんでこの世界の魔物ではないわらわまで拉致られたのか、まことに謎じゃよな」
わいわい騒ぎながら移動を開始する。それを見ながらよし、と藤原経も避難民の最後尾に並ぶ。
「俺たちも作戦通り、護衛を続けながら避難するぞ!」
* * *
白沢メイはいっとう高い建物から実験区画を見下ろしていた。
これでようやく、今回の浄土管理室長の計画は幕引きだ。色々あったが、まあまあ何とか上手くいったようで何よりだ。
「それもこれも、あなたたちが細々と動いた結果なのかしらぁ?」
「ひひ……」
「ふふ……」
背後からわざとらしい笑い声が聞こえる。
振り向くと、オーバーサイズのパーカーを身に着けフードを目深にかぶった二人組が立っていた。人丑九弾に人丑九段――未来を予見する人面牛体の性悪兄妹だ。
「あの街がなくなるのはオレたちにとっても面白くないからな」
「ワタシたちはほんの少しだけ、面白くなるよう未来を微調整しただけよ」
「ホムンクルス開発が上手くいくようにしたり」
「忘却の魔術師を悪魔の開封術書に誘導したり」
「それだけじゃないでしょう」
白沢メイの追及に、件は笑う。
「それはもしかして――忘却の魔術師の兄を誘導して彼女だけを助けたり」
「ドッペルゲンガーを焚きつけて最高の白を喰わせたことを言っているのかな?」
「……件の領分を超えているわよぉ……今回は見逃してあげるけど、次はないわよ」
白沢メイが声を低めると、兄妹は肩を竦めて笑った。
「怖い怖い。だがそういうセリフは自分の身を自分だけで守れるようになってから言えって話だと思うぜ?」
「無理を言っちゃいけないわ兄さん。神獣は見守ることが本懐だもの。万物を識るのに見つめることしかできないなんて、可哀そう」
「……失せなさい」
「ひひ……」
「ふふ……」
笑い声だけを残して、件の兄妹は妖の行列の中へと紛れ――姿を消した。
* * *
「あなたたちはどうするの?」
ライナ・フォレストルージュは避難の列を眺めながら、背後の三人に声をかけた。
「ふん、そもそも我々は冥府の住民。瀧宮羽黒の計であの街に縛られていたに過ぎん」
「わざわざ戻る必要もないし、俺たちゃいつでも現世にゃ遊びに行けるかんな。とりまこのまま一旦地獄に帰るわ」
「えー、二人は残るのかよー。ウチはまだ遊び足りないから一緒に戻ろうかな。アハハ、超ウケる!」
「そう」
それだけ口にすると、妹のレイナ・フォレストルージュの手を引き、ライナ・フォレストルージュは避難民の中に加わった。
* * *
「ここにいたか」
焔御前は一棟の建屋の扉を開け、紅い瞳を細める。
そこに保管されていたのは止めどなく毒々しい妖気を垂れ流す、小さな石の欠片。
それを慈しむように拾い上げると、きゅっと、胸元に抱き寄せた。
「帰るぞ。御主は望まぬだろうが、あの街には御主が必要でな」
ぞわり、と。
悪態を吐くように、瘴気が一段と濃くなった。
* * *
「百鬼夜行」
どこかの誰かが、その光景を目の当たりにして呟いた。
「鬼や妖怪が練り歩く行列のことで、人々はそれそのものをとても恐れ――畏れていた」
言いながら、どこかの誰かも笑みを浮かべ、その行列に加わった。
* * *
死神局の長とその補佐官は、冥府の一角――極楽浄土へと足を運んだ。
『来ましたね』
「ジズ」
庭園のアーチに留まっていた黒翼の猛禽が、リンに声をかける。
「事の顛末は既に報告したのでしょう?」
『ええ、まあ。ただ端的に――「計画は失敗しました」とだけ。貴女に特段、責はないと』
「え……?」
『レヴィアタンもベヒモスも死にました。今ワタクシがすべきことは、貴女を責めることではなく、残された勝者を祝福することです――受け取りなさい、人間よ』
言うと、ジズは虹色の光を放ちながらその大きな翼を羽ばたかせ、どこかへと飛び立っていった。
「……祝福とはなんだろうな」
「さあ。ともかく、室長殿には報告に行かなければ」
「ああ」
二人で並んで、庭園の奥へと進む。
そしてテーブルセットとティーカップが並べられた定位置に、いつも通り隠形した浄土管理室長が待っていた。
『やあ。計画は失敗しちゃったみたいだね』
「はい」
『ジズから報告は受けてるよ。うーん、やっぱり元人間とは言え、神になっちゃうと細かい計画の突き詰めは出来なくなるのかなあ。ま、仕方ない仕方ない、この経験は次に活かそう!』
と、浄土管理室長は独白する。
ジズがどういう報告をしたのかは知らないが、本当にリンたちを責めるつもりはないようだ。
そのことに若干の気味の悪さを覚えながらも、それ以上に、計画が失敗したにもかかわらず声音がどことなく弾んでいる方が気になった。
「室長殿、なにやら機嫌が良さそうですが」
『あ、分かる? うふふ!』
うきうきというオノマトペが似合う声音で、室長が語る。
『今回の計画の肝だった「次元の壁が極端に薄くなった後、極端に厚くなるタイミング」なんだけどさ、次の周期は三千年後くらいらしいんだ! 今まで全く見通しが立たなかったんだけど、ジズが教えてくれたんだ。いやあ、三千年かあ! 思ったよりもすぐだよね! もう今から次の計画を立てるのが楽しみでさあ!』
「「…………」」
リンとキシが顔を見合わせる。
なるほど、これが祝福――浄土管理室長は向こう三千年は準備にかかりきりで、変な気を起こすことはない、ということか。
「当分、あの街は平和だな」
「三千年後まであの街が今のままの形で残っていられるかは分かりませんが……」
まあそれは、三千年後の誰かが何とかするだろう。
今回、まあまあ何とかなったように。
* * *
「はあ……はあ……!!」
最後の魔石の砂粒を噛み砕きながら、朝倉真奈は魔方陣の維持に注力する。
次元の穴は既に人一人がギリギリ通れる程度まで小さくなってしまっていた。その大きさを維持するだけでも、多大な魔力が必要となる。それでもある時を境にフッと負担が軽くなったのを感じた。恐らく冥府で柱にされていた三人が解放され、術式が瓦解したのだろうと安堵した。
しかしだからと言って、次元の穴の維持の負担がなくなるわけではない。今度は自然の摂理に従って閉じようとする穴を、無理やり広げ続けなければならない。
『真奈、これ以上は無理だ。術を解除しなさい!』
朝倉真奈の脳内に、声が響く。
彼女の前世の人格――千歳だ。
『彼らならば向こう側から何とかして戻ってこれる! 彼らを信じて――』
「約束、したから……! 皆が帰ってくるための道を、守るって……!」
『真奈、君のそれは愚直と言うんだ! 勇気や正義と取り違えるな!』
しかし朝倉真奈の思考力は、既に停止して久しい。あまりにも長時間複雑な魔方陣の維持に負担を裂いた結果、そのことしか考えられなくなっていた。もはや、冥府に旅立った三人を待つことしか頭にない。
とは言え外付けの備蓄魔力も底をついた。これ以上の次元の穴の維持も限界だった。
「魔力……魔力、もう少しだけ……!」
『真奈!』
千歳の声も、もう届いていない。
朦朧とした意識の中、ふと朝倉真奈の脳裏にある定説が過った。
妖怪は、人間と比べ物にならない莫大な妖力――魔力を凝り固めて肉体を形成している。
だったら、逆に人間の肉体も分解すれば魔力になるのでは?
『……っ!! 真奈! それ以上はダメだ!!』
朝倉真奈の思考を読み取った千歳が叫ぶ。
しかし、声は届かない。
肉体を分解し、魔力へと還元する術式が次元の穴の維持と並行して構築されていく。
『イヴ! イヴ、聞こえているんだろう! 彼女を止めてくれ!』
と、近くの木陰に腰かけ、じっと成り行きを見守っていた悪魔に声をかける。しかし悪魔は無言で首を横に振る。
「ごめんね、千歳。アタシはその子がどうなろうと知ったこっちゃないの。むしろ千歳の魂の回収時期が早まってラッキーくらいの認識なんだよね」
『くっ……この悪魔め!』
悪態を吐くが、それで朝倉真奈が止まるわけではない。
千歳は必死で思考する。
朝倉真奈と千歳は一つの肉体を共有している。脳のリソースもまた同じだ。千歳が深く思考するたびに、朝倉真奈が肉体を魔力に変換する術式の構築速度が鈍くなる。
しかしそれを利用しても、ほんの時間稼ぎにしかならない。
元々は朝倉真奈に主導権のある肉体だ。久しく彼女の中で眠っていた千歳には分が悪い。
それでもようやく辿り着いた答えは、最善ではないにせよ、この場においては辛うじて無難と呼べる解答であった。
『イヴ! お願いだ!!』
「……っ」
その言葉に、悪魔が反応する。
「千歳、もうアナタは三つの願いを口にしているわ。四つ目の願いは流石に聞けないわよ?」
『ああ、分かっている! だからこれは、君の友人としての個人的なお願いだ!』
「…………」
悪魔は、にこりと笑う。
悪魔のように、笑う。
「確かに、千歳とアタシは友人だね。それは一つ目の契約にもある通り……そして友人とは、ごく自然にお願いしたりされたりする関係だ……考えたなあ、千歳」
『イヴ!』
「だがほんの少しだけ……浅慮だぜぇ? 悪魔は約束は守るが――全力で、約束の穴を探して『望まぬ形で願いを叶える』もんだ」
言うと。
悪魔は朝倉真奈を後ろから抱きしめ――ずるりと、彼女の中に這入り込んだ。
『イヴ! お前!?』
『はっはー!! 千歳の魂いただきぃ!! そんでもって融合完了!! これで千歳は永遠に俺のものだ!!』
にいっと、朝倉真奈が笑みを浮かべる。
普段の彼女からは考えられない、悪魔のような凄惨な笑み。
『見てろよ嬢ちゃん!! 人間のちゃちな魔術じゃねえ! これが最高位悪魔の使う、本物の魔法だ!!』
次元の穴を維持していた魔方陣が変化する。
緻密な陣が力そのものに塗り替えられ、みしみしと幻聴が聞こえるほど強引に、穴がこじ開けられていく。
『おらァ!! 俺がここまでやってやるんだ!! とっとと帰ってこいや人間ども!!』
バリン! と、穴の淵が歪にひび割れ、砕け散った。