人通力
君は白い墓の前で泣いている。
芝が一面に生えた美しい平地に、無数に並ぶ西洋風の墓の数々。僕は彼女の背後で存在感無くうっすらと立ちすくむ。
辺りには誰もらおらず、墓地に居るのは彼女だけだった。
添えられた花束と新しい墓碑に、顔を覆う両手の隙間から雫を落としていた。
彼女はその場に崩れたかのように座り、泣き声を出さずにいる。むしろ出せずにいる。
僕は表情さえ伺えない彼女の心の内側が黙視できた。俗に「千里眼」と呼ばれる、隠れたものを見通す神通力である。
僕は彼女の心に隠されている真意を透かし見た。今は誰かが傍に居てやらなければならないと解った。
肩に手をやると、彼女はそれを払い除ける仕草を見せた。
「一人にさせて」
独り言を呟いたが、僕には見えている。
彼女はそう言いながら、本心では自分の言葉を押し切ってでも誰かに居て欲しい事を。
僕は黙って彼女の隣に腰を下ろし、深い溜め息を漏らした。
『……ごめん』
彼女は依然として顔を手で覆い隠していたが、僕はそれを見れずに墓ばかり眺めて言った。
「……ばか」
『慰めになってないよね……ごめん』
静寂が聞こえ、僕の心に響いた。痛ましい沈黙が続いた。独り言を言い合っている感じだ。それでも彼女の傍に居てやらなければならない。
思い切って沈黙を破る他になかった。
『顔を上げれば、僕が居るよ』
「もう、逝っちゃったんだね……」
『僕は千里眼を持っている。人では、なくなったから。実は誰でも持っているんだよ。本当は神通力なんかじゃないんだ』
彼女は顔を上げ、誰も居ない所に座る僕を見た。
『だって、人は相手の気持ちになって考える事ができる。君には僕が見えるだろう?
本当は見えないのに、君だから見えるんだよ』
彼女は涙を拭い、僕を見た。日は沈みつつある。
『いつでも会えるから。さあ、立って』
彼女は僕の声に呼応して頷いた。初めて会話をした感じだ。立ち上がって墓を一瞥し、彼女は去っていく。
「また来るからね」
僕に背を向けたまま言い放った。
『うん、ありがと』
彼女の姿が見えなくなるまで見送ると、僕は墓前で消えていった。
テーマは「絆」。珍しくほのぼの系でしょうか。
あえて「僕」の括弧を変え、彼女しかいないような表現をしています。何故かは墓が誰の墓か解れば同時に解る筈です。
タイトルは神通力と掛けた造語です。