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梅干し村へようこそ


 山あいに沈む夕日が、古い日本家屋の畳を赤く染めていた。 「はぁ・・・」  荷解きの手を止め、都市子は重いため息をついた。夫の仕事の都合とはいえ、こんな山奥に引っ越してくることになるとは。窓の外を見ても、人っ子一人通らない。 「みんなお年寄りばっかりだし、方言も強いし・・・正直、村人と仲良くやれる自信がない」  本当にここで暮らせるのだろうか。不安が胸をよぎったその時、静まり返った家にチャイムの音が響いた。


「え、誰!? もう近所付き合い!?」  びくっとしてドアを開けると、そこには大きな籠を抱えた小柄な老婆が立っていた。 「あらあら、新しいお嫁さんかい? わしは梅干し屋のウメじゃよ! ようこそこの村へ! ささ、土産じゃ土産!」  有無を言わさぬ勢いで、ウメは籠を差し出した。 「あ、ありがとうございます・・・梅干し・・・ですね?」


 警戒しながら礼を言う都市子に、ウメは身を乗り出して言った。 「それだけじゃないよ! 今日は村のお祭りの準備があるけん、手伝ってくれんかね?」 「お祭り? こんな小さな村にお祭りなんてあるの・・・?」  都市子は小声で呟きながら、引きつった笑顔を作った。


「え、ええ、喜んで・・・どんなお祭りなんですか?」

「毎年やってる『梅干し大感謝祭』じゃ! 村中が梅干し一色になるんじゃよ!」  ウメの目が爛々と輝く。 「メインイベントは『梅干し早食い耐久レース』! 制限時間内に何粒食えるか競うんじゃが、去年は米屋の旦那が三百粒食べて救急車で運ばれたんじゃ! 今年は四百粒目指すって息巻いとるよ!」 「・・・は、はあ・・・すごいお祭りですね・・・」 (村人と仲良くやれる自信が、ますますなくなってきた・・・)


 数日後、またチャイムが鳴った。ドアを開けると、案の定ウメが立っている。 「おお、また会ったね! 今日は大事な話じゃよ。新人さんに当番が回ってきたよ!」 「当番?」 「そうそう! 『夜回り梅干し番』じゃ! 夜中に村を一周して、各家の玄関に梅干しを一個置いて回るんじゃよ。置いた梅干しを朝まで誰かが盗んだら、その家は一年間『梅干し税』を払わんといかんルールじゃ!」  理解不能なルールに都市子は困惑した。「梅干し税って何ですか?」 「梅干し百個納めるんじゃよ! 盗んだ人は正義の味方扱いされて村中から称賛されるけん、みんな必死で盗みに行くんじゃ! 去年は魚屋の息子が八十個盗んで英雄になったよ!」 「そ、そんな当番、私にはちょっと・・・」 「だめじゃよ! 新人さんは必ずやらんといかん! 伝統じゃ!」 (村人と仲良くやれる自信が、ゼロになった・・・)


 さらに数日後、またしてもチャイムが鳴る。都市子はもう慣れた手つきでドアを開けた。 「はいはい、ウメさんですね・・・今日は何の当番ですか?」  ウメはにこにこしながら答える。「今日は何もないよ。ただ顔を見に来ただけじゃ」 「ウメさん。寂しいなら言ってください。話し相手くらいならいくらでもなります。びっくりしましたよ、この村に『梅干し大感謝祭』も『夜回り梅干し番』もないと聞いた時は。いつでも話し相手になりますから、こういうのはやめましょう」


 諭すように言う都市子に、ウメはニヤリと笑った。 「バレたか・・・でもね、わしを見くびるんじゃないよ! 梅干し屋の看板娘じゃぞ! 話し相手なら村中にいくらでもおるよ! 米屋もパン屋も八百屋も魚屋も薬屋も、みんなわしの友達じゃ!」 「じゃあ、なんで嘘のお祭りの準備をしたり、存在しない当番がまわってくるんですか?」 「ふふ・・・それはな」  ウメは籠から、いつもの土産――梅干しチョコ、梅干しパン、梅干しグミにゼリー、サプリまでを取り出した。 「これ全部、米屋、パン屋、八百屋、魚屋、薬屋と手を組んで作ったんじゃよ。それぞれの店の商品にしか反応しない中毒性の漢方を、こっそり混ぜてあるんじゃ!」  都市子の血の気が引いた。「・・・え?」 「もうこの村の食べ物しか美味しく感じられん体になっとるはずじゃよ! はははは!」 (この村、完全にヤバい・・・村人と仲良くやれる自信が、マイナスになった・・・)

「もうわしの梅干しなしには生きていけんじゃろー! はははは!」  高笑いするウメを前に、都市子は一瞬考え、突然お腹を押さえて苦しみだした。 「うーーーーー!!」 「それみたことか!」と叫ぶウメに、都市子はケロッとした顔で告げた。 「・・・ぜーんぜん、大丈夫でーす!」 「そんなわけないだろー」 「わたしも主人も梅が苦手なんです・・・」  ウメの動きが止まった。「・・・な、なんとー!?」  ウメはその場に膝から崩れ落ち、地面に這いつくばった。 「残念でしたー」 「くっ・・・都会の女を見くびっとった・・・!」

 這いつくばるウメの背中を見下ろし、都市子は静かに独り言をこぼした。 「・・・やっぱり村人と仲良くやれる自信、ないわ」


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