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追放されたシゴデキ令嬢、ユニークスキル【万能ショップ】で田舎町を発展させる  作者: 絢乃


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008 ライル:叱責

 マリアが町長に就任してから2週間が経過した。

 そのわずかな期間に、公爵領では大きな変化が起きていた。

 彼女のユニークスキルによって、郵便革命が急速に進んでいたのだ。


 郵便事業は始まるやいなや大盛況だった。

 マリアの読み通り、庶民も貴族もこぞって利用した。

 噂を聞きつけて遠くから公爵領に来る貴族もいるほどだった。


 また、マリアにとって嬉しい誤算もあった。

 インクの切れたボールペンが、廃棄物にならなかったことだ。

 捨てられることなく別の用途に再利用されていた。


 その用途は多岐にわたる。

 裁縫では目打ち――布や革に穴を開ける道具――に利用され、彫刻では木や骨に下書きの溝を引く際の引っ掻き器具(スクライバー)として活躍した。

 分解して部品の一部を装飾品に流用することもあった。


 こうした影響もあり、現代の紙とボールペンは飛ぶように売れた。


 ◇


 同じ頃、伯爵領の第二都市〈モルディアン〉では――


「なんかー、市長って思ったより貧乏なんだねー! ちょっと残念かもぉ!」


 かつてホーネット家の住居だった領主邸の執務室で、メアリーが不満そうにしていた。

 執務机の上に座り、退屈を嘆きながら脚をぶらぶらと振っている。


「ホーネット家が無欲とは知っていたが、それにしても収入が少なすぎる。これでは領主税を納めたら遊ぶ金すら残らないではないか……」


 年季の入った木の椅子に座りながら、ライルも頭を抱えていた。

 事実上、マリアの追放に成功したあと、〈モルディアン〉は彼が治めていた。


 都市の状況は極めて良好だ。

 市長が何かするまでもなく、勝手に経済が回っている。

 そうなるようにマリアが環境を整えておいたからだ。


「一年先まで婚約すらできないんだし、もう娼婦に戻ろうかなぁ」


 メアリーが呟いた。

 マリアは去ったが、彼女はまだライルの正式な恋人ではない。

 体裁を気にした伯爵が認めなかったからだ。


 マリアとライルの婚約解消は、表向きは円満に行われたとされている。

 そのため、即座にライルが別の女と婚約すると領民の反発を招く。

 こうした事情により、婚約は1年後、結婚は1年半後という話だった。


「冗談でもそんなことを言っていると捨てるぞ!」


 ライルがむすっとしながら言うと、メアリーは「冗談だって」と笑った。


「ライル様はすぐムキになるんだから! 子供みたい!」


 メアリーは手の甲でライルの頬を撫でながら笑う。


「子供って言うな。歳は一つしか変わらないだろ。それに男を馬鹿にする女は嫌いだ。女は男を立てることだけ考えていればいい。女は男に尽くすための生き物なんだよ」


 ライルの脳裏にマリアの顔がよぎる。

 一瞬イラッとしたが、次の瞬間には別のことを考えていた。


(そういえば、あの女は今どうしているんだ? たしか〈ドーフェン〉に飛ばされたとかいう話だったが)


 そんな時だ。


「ライル、貴様!」


 ノックもなく、執務室の扉が開いた。

 怒鳴りながら入ってきたのは、ライルの父ローランド伯爵だ。


「父上!? 血相を変えてどうされたのですか?」


「どうしたもクソもあるか!」


 ローランドは血管を浮き上がらせながらライルに迫ると、メアリーの髪を掴んで強引に机から引きずり下ろした。


「痛っ! 何をするんですかー!?」


「ええい! 忌々しい! お前がいなければ……! 息子をたぶらかした娼婦が! わしの視界に入るな! 失せろ!」


「…………はーい」


 メアリーは舌打ちしながら執務室を出て行った。


「父上、落ち着いてください! まずは何について怒っているのか教えてください!」


 ライルは傍若無人な態度をとるが、父親には逆らえなかった。

 曲がりなりにも不祥事がマリアの冤罪事件だけで済んでいるのは、父の言いつけを守って大人しくしていたからだ。


「マリアだ! マリア!」


「マリア……? あの女がどうかしたのですか?」


「お前、この都市の市長なのに何も知らないのか!」


「……は?」


「これだ!」


 ローランドは懐から紙とペンを取り出した。

 公爵領に広く普及している印刷用紙とボールペンだ。


「なんですか、これは……?」


「お前の捨てた女が摩訶不思議(まかふしぎ)な力で量産しているものだ!」


 ローランドはマリアや公爵領の近況を話した。

 その話を聞いて、ライルは顔を真っ青にした。


「そんなことが……! あの女にそんな力があったなんて……!」


「マリアは他にも色々と作っている。紙とペン以外は公爵領の貴族にしか出回っていないが、レオンハルトが献上したから国王陛下も持っておられる。そのせいで、陛下も〈コーラ〉なる飲み物を愛飲し、〈洗口液〉などという未知のアイテムで口腔ケアをされているそうだ!」


「コーラ……? 洗口液……?」


「わかるか? お前があの女を捨てなければ、これらの手柄はすべてわしとお前のものになっていた。それが今ではレオンハルトの功績だ。あの女の断罪に反対したのも奴だから、国王陛下のレオンハルトに対する評価は凄まじい勢いで高まっている」


「そんな……」


 ライルは口をぽかんと開けて呆然とする。


「お前が娼婦如きに惚れ込んでカスみたいなプライドを優先させた結果がこれだ!」


「父上、お待ちください! 私が婚約を解消する羽目になったのは、マリアが不貞行為を――」


「お前、その嘘がわしに通じていると思ったのか?」


「え?」


 ライルは固まった。

 彼は今まで、ローランドに対して正直でいたのだ。

 ただし、マリアの冤罪に関してのみ嘘をついていた。

 本当のことを知られると叱責されると思ったからだ。

 また、メアリーにそそのかされて実行したことも隠したかった。


「マリアが不貞行為をしたというのは、お前がでっちあげた嘘だろ?」


「どうして、それを……」


「お前はマリアとの婚約が解消されてから、わずか数日で娼婦と結婚したいと言ってきたのだぞ。文字を読めない阿呆ですらわかる」


「…………」


 ローランドの言う通りだった。

 ライルはしゅんとして俯くことしかできない。


「もっとも、お前が娼婦との結婚話を持ち出さなくてもわかっていたがな」


「え?」


 ライルは驚いた。


「ライル、お前の目にマリア・ホーネットという女はどう映っていた?」


「といいますと……?」


「わしの目には、未成年ながらに大都市をまとめあげ、わずか8年で王国全土に上下水道を整備し、空き時間を見つけては当家に挨拶へ来たり市民に声をかけたりする女に見えた」


「…………」


 ライルは黙りこくった。

 自分もまったく同じ印象を抱いていたからだ。

 しかし、それを口に出して認めたくなかった。


「わしはお前の倍以上生きているが、あれほどできた女は他に見たことがない。あんな女が色恋にうつつを抜かして道を踏み外すなどあり得ん。たとえ不貞行為に及ぶとしても、あれほどの女であればバレないようにするものだ」


「たしかに……」


「きっと国王陛下も気づいておられる。それでも極刑を宣告したのは、マリアがお前の裏工作に引っかかったからだ。『貴族は民の模範たれ』の精神に則ったやむを得ない判断にすぎん。だから、レオンハルトの言葉を受けてあっさり翻意された」


「…………」


「お前は今まで、わしの言いつけをよく守っていた。次代の伯爵としての才覚を順調に養っていただろう。そんなお前がしでかした唯一の過ちだからこそ、わしはマリアの件を黙っていた。心の隅では誇らしいとさえ思っていた。権力闘争に打ち勝つには、ときに悪事も必要になるからな」


 ローランドはそこで一呼吸置いてから、言葉を続けた。


「だが、それは大きな失敗だった。お前のせいで、我がブリッツ家の名誉は挽回できないほど失墜した。たった2週間足らずでこの有様だ。わしは完全に判断を誤ってしまった。わしはお前に対して怒っているというより、自分の無能さが腹立たしくてたまらない。八つ当たりしてすまなかったな」


 ローランドは話し終えると、執務室を出ていった。


「父上……」


 ライルは「待ってください」と言いたくて手を伸ばす。

 しかし、止めたところで何を言えばいいかわからない。

 その結果、去りゆく父の背中を眺めることしかできなかった。


 執務室の扉がバタンと勢いよく閉まる。


(クソッ! 俺のせいで父上に……ブリッツ家の看板に泥を塗ってしまった……!)


 ライルは今まで、自分の裏工作が完璧だと思っていた。

 だが、ローランドの話を聞いて情けない気持ちになった。


(恥を忍んでマリアに戻ってくるように頼むか? いや、そんなことできん。裏工作を仕組んだのが自分だと世間に公表する羽目になりかねない。そうなれば、俺は国王陛下に極刑を言い渡される。考え方を変えるんだ……)


 ライルは必死に頭を回転させた。


(そうだ!)


 そして、一つの結論に辿り着いた。


(俺が優秀であることを証明すればいいんだ! 卑怯な手段に頼る必要はない。実力でこの都市を発展させれば、父上やブリッツ家の名誉は挽回できる! 俺だって子供の頃から領地経営について叩き込まれてきたんだ! やってやる!)


 ライルは〈モルディアン〉を発展させるために動き出した。

 それが破滅へ続く道とも知らずに。

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