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055 エピローグ

 ショッピングモールの改革は、電撃的な速さで進めた。


 まずは方針の変更を大々的に打ち出した。

 具体的には、全階層を富裕層向けから庶民向けへと切り替えた。


 方針の変更に伴い、既存の店舗には契約の打ち切りを告げた。

 違約金は痛かったが、頭を抱えるほどではなかった。


 当然ながら、上層階への入場料も廃止した。

 すべての階を自由に行き来できることに重きを置いたのだ。


 また、階層ごとに店のジャンルを統一した。

 例えば、「1階は飲食店」「2階は衣料品店」のような形だ。


 もっとも、実際には1階と2階が飲食店になっている。

 改革前は衣料品店が中心だったが、改革後は飲食店を中心に据えた。

 飲食店のほうが集客しやすいからだ。


 料理は前世の知識と相性がいい。

 前世にあって現世にない料理が多いからだ。

 そして、その大半が現地の材料で再現できる。


 そういった〈未知の料理〉を〈モルディアン〉から発信した。

 もちろん、ハンバーガー屋も含まれている。


 この方針は大正解だった。

 ハンバーガー目当てにやってきた観光客が、他の料理にも感動したのだ。

 あっという間に、「〈モルディアン〉には珍しい料理がいっぱいあるぞ!」と話題になった。


 口コミが広まると、新聞で取り上げられるようになった。

 新聞は公爵領の人気コンテンツなので、情報の拡散力が段違いだ。

 伯爵領にとどまらず、公爵領全域にも速やかに知れ渡った。


 この時点で、ショッピングモールは人気を取り戻していた。

 市民は「負の遺産」ではなく、「ランドマーク」として再評価したのだ。


 また、モールの収入が増えたことで減税の実施に踏み切れた。

 といっても、エステルが増税する以前の水準に戻しただけである。

 それでも、市民は喜んでくれたし、幸福度も回復した。


 減税を実施したのは、私が着手してから約3ヶ月後のことだ。

 異例の速度での立て直しにより、私の手腕は高く評価された。


 そう、今回はライルではなく私の功績なのだ。

 ライルは市長だが、都市の経営を担っているのは私である。

 そのことは大々的に公表していた。


 私の立場上、公表することに個人的な利点はない。

 この件を抜きにしても、他の追随を許さぬ実績がある。

 今回の件を自分の功績にしたところで、得られるものは何もなかった。


 普段であれば、ライルの手柄にして恩を売っているだろう。

 そうしなかったのは、資金調達の際に株式を発行したからだ。


 資金は〈ドーフェン〉の貯金から捻出している。

 そのため、私には町民に対する説明責任があった。


 また、〈モルディアン〉の市民にも事情を説明する必要があった。

 過去に市長を務めていたとはいえ、現在は公爵領の町長だからだ。


 公爵領の貴族が、伯爵領の第二都市を操る――

 これは、日本で言う「利益相反」になりかねない。

 したがって、国王や他の貴族に対しても事情を説明する必要があった。


 そういった事情を勘案すると、ありのままを話すほうが望ましかった。

 ライルは理解しきれないようで不満げだったが、ローランドは私に賛同した。


 とはいえ、いつまでも株主として〈モルディアン〉を支配するのは望ましくない。

 今はともかく、何らかの理由で町長が代わろうものならば大問題になる。

 株式は〈ドーフェン〉の町長名義だから、後任の町長が〈モルディアン〉の支配者になってしまうのだ。


 ということで、〈モルディアン〉の株式には買い戻し条項を設けた。

 配当の代わりに、収入の一部を充当して株式を買い戻すというものだ。

 これにより、最終的には全株式が〈モルディアン〉に戻る。


 なお、買い戻された株式の議決権は消滅させることで合意している。

 つまり、〈モルディアン〉が発行済み株式の50%以上を買い戻したあとも、全株式の買い戻しが完了するまでは私に経営権があるということ。

 裏を返せば、私が〈モルディアン〉の経営権を握っているのは、それまでの間だけだ。


 どれだけ単純化しても、このあたりの取り決めは複雑になる。

 だから、ライルと交わした契約の数が一つでは済まなかったのだ。


 ◇


 公爵領の第一都市〈ルインバーグ〉。

 レオンハルトの居城にある応接間にて――


「その後も、〈モルディアン〉は順調です。経営権は依然として私が握っていますが、現地で指揮を執っているのはライル様です。その影響で、市民のライル様に対する評価が回復しつつあるようです」


 私はレオンハルトに近況を報告していた。

 下座のソファに座り、ゴブレットに注がれた緑茶を飲む。


「何もしていないのに下がった評価が、何もしていないのに上がる……ライル殿の運は強いのか弱いのかわからないな」


 上座に座るレオンハルトも、笑いながら緑茶を飲んだ。

 二人きりなので、円卓会議のときよりも表情が柔らかい。


「レオンハルト様のほうは、特に問題はございませんか?」


「問題とは?」


「その……私がエステル様を怒らせてしまったので……」


 レオンハルトは「ああ」と笑った。


「その件なら問題ないよ。エステル様とは大評定で〈ノヴァリス〉へ行くたびに話している……というか、避けようとしても声をかけられるのだが、特に懸念するような事態には陥っていない。ただ……」


 レオンハルトが口をつぐむ。


「ただ……?」


「日に日に執着心が強まっているように感じている。王城で会うだけでなく、王都の外まで追ってくることがあるからな……」


「それは……大変ですね」


 どうやらエステルはストーカーと化したようだ。


「もちろん、エステル様には何度も断っている。好意を抱いていただけるのは名誉なことだが、お気持ちにお応えすることはできない。はっきりとそう伝えているのだが……どうしたものやら」


 レオンハルトは「やれやれ」とため息をついた。

 私も「あはは」と苦笑する。


「それより、〈ドーフェン〉について話そう。君が町長に就任してからもうじき2年になるが、ずいぶんと発展したんじゃないか」


 レオンハルトが話題を変えた。


「はい。人口の増加も一段落して、現在は農業の拡大に力を注いでいます」


「トマトか」


 私は頷いた。


「盆地なので栽培に適しているのが大きいです。今はまだユニークスキルとの併用ですが、早ければ来年にも十分な収穫量に達する見込みです」


 トマトの栽培は、〈ドーフェン〉以外でも行われている。

 特に肥沃(ひよく)な土地が多い公爵領では、トマトの供給に力を注いでいた。

 今では近隣の田舎町でもトマト農家が増加している。


「そうなると、いよいよ“そのとき”が近づきつつあるな」


「そのとき?」


 私は首を傾げた。

 なんだか不穏な物言いに聞こえて警戒する。


 そんな私を見て、レオンハルトは頬を緩めた。


「前に言っていただろ? いつか〈モルディアン〉に戻りたいって」


 私は「あー」と理解した。


「たしかに言いました」


 いつだったか、レオンハルトに言ったことがある。


『〈モルディアン〉は生まれ育った思い入れのある都市ですので、いつかは戻りたいと考えています。ですが、今はそのときではありません』


 具体的な時期は忘れたが、1年以上も前のセリフだ。

 よく覚えているな、と思った。


「ですが、まだまだ先の予定です。のんびりしているので、いつになったら戻れるのかわかったものではありません」


 私は笑いながら緑茶を飲んだ。


「そうなのか? 俺からすると、すでに〈ドーフェン〉は完成されているように見えるが……。少なくとも流行の発信地にはなったじゃないか」


「こう見えて私は強欲な人間なので、ゴールにはほど遠いと考えています」


「では、マリアが見据えているゴールはどこなのだ?」


 レオンハルトは前のめりになった。


「最終的なゴールは、〈万能ショップ〉を使いたいと思わなくなったときですね」


「なに!?」


「この力は非常に強力ですが、いつまでも使えるとは限りません。造幣が困難になるリスクがないため、ルクス不足による使用制限に陥る事態はないものの、あるとき急にスキルが使えなくなる可能性はあります」


「たしかに」


「そうなったときに、今のままでは王国全体に被害が生じます。そうした事態を避けられる水準まで国を発展させるのが私の見据えるゴールです」


「遠大だな……。だが、そのゴールだと、別に〈ドーフェン〉の町長である必要はないのではないか? 王国規模の話なのだから、〈モルディアン〉に戻っても実行できるだろう」


「たしかにそうですが、〈モルディアン〉は私がいなくても回ります。しかし、〈ドーフェン〉は私がいないと回りません。これは〈ドーフェン〉固有のリスクでして、最低でもこの問題を解決する必要があります」


「なるほどな」


 レオンハルトはゴブレットの緑茶を飲み干した。

 それから、真剣な目で私を見つめて言う。


「では、君が〈ドーフェン〉を去るときが来たら、もう一度、俺との恋愛について考えてもらえないか?」


「え?」


 私はゴブレットを持ったまま固まった。


「以前、君に告白したときは、『町長として職務を全うするだけで手一杯』という理由で断られた。ゆえに、『恋人として適切に振る舞うことができない』と。おそらく今もそうだろう。だから、職務を全うし終えたあと、俺を君の恋人にしてほしい」


「…………」


 私は何も言わず、しばらく黙考した。

 その間、レオンハルトは私を見つめ続けていた。


「…………いつになるか、わかりませんよ?」


「承知している」


「もしかしたら、“そのとき”より先に死期が訪れるかもしれません。それでもお待ちいただけるのですか?」


「待たせてもらうさ。君が相手なら、いつまででも待てる」


 レオンハルトは迷うことなく言い切った。


「そこまでおっしゃっていただけるのであれば……」


 私は小さく頷いた。

 胸の奥から熱が込み上げる。

 長く眠っていた感情が、静かに目を覚ました。



 〈了〉

これにて完結になります!


〈ドーフェン〉やエステルのその後だったり、

名前が出ていない侯爵だったり書けることはまだあるのですが、

本編はこれにて終了ということで……!


強い女性が主人公の作品を書きたいと思い、

本作を執筆したのですが、いかがだったでしょうか?


採点がてら下の「☆☆☆☆☆」で評価していただければ幸いです♪


「すでに評価しているよ」という方、

応援していただきありがとうございました!


絢乃は色々な作品を書いていますので、

よろしければ他の作品も読んでやってください!


女性が主人公の作品ですと、

『婚約破棄された公爵令嬢、のんびり牧場経営で成り上がり』が

オススメです!


ではでは、ご愛読ありがとうございました!

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