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054 追放

「解任……? 私を切るつもりですか?」


 エステルがライルを睨む。


「申し訳ございません……」


 ライルは目を逸らした。


「ローランド伯爵、正気ですか?」


 エステルの目がローランドに向く。


「ご安心ください。副市長職を廃止に伴う措置ですから、エステル様の名声を損なうことはありません」


「そういうことではございません!」


「では、どういうことでしょうか?」


 ライルと違い、ローランドは堂々としていた。


「そ、そもそも、どうしてこのようなことをされるのですか? 我々の間で締結していた契約はすでに解除しており、私には何の力もございません。それなのに、わざわざ解任するなんてどうかしています」


「それについては私がお答えします」


 私は立ち上がった。


「あなたは黙っていなさい」


「いえ、黙りません。エステル様の解任を決めたのは、ローランド様ではなく私だからです」


「なんですって!?」


 エステルが私を睨む。


「エステル様のおっしゃるとおり、エステル様はすでに経営権を放棄しているため、解任しなくても都市の再建には影響しません。しかし、それは現状での話なのです」


「現状での話……?」


「エステル様は私のことを恋敵だと思い込み、過度に敵視していますよね?」


「そ、それが何ですの?」


「将来的には妨害される恐れがあると私は考えています」


「妨害ですって!?」


「はい。副市長職は形だけの役職にすぎませんが、庶民からすれば立派な肩書きになります。そういった立場から私の再建策に異議を唱えられるのは、妨害に他なりません。市長と副市長が揉めていると、市民は動揺しますから」


「…………」


 エステルは黙りこくった。


「それに、たとえエステル様に妨害の意思がなかったとしても、やはり解任する必要がございます」


「どうしてですか?」


「ショッピングモールの経営に失敗した責任を取らねばならないからです」


「……!」


「失敗したこと自体は問題ございません。挑戦なくして成功はないですし、成功の裏には多くの失敗があるものです。問題なのは、合理的とは言えないやり方で失敗したことです」


「合理的とは言えないやり方……?」


「例えばローランド伯爵が提示した『ハンバーガーの調理設備を提供する案』をお断りになりましたよね? どうしてですか?」


「それは……あなたに話すことではございません」


「話したくないのであれば結構です。ただ、揺るぎない事実として、エステル様は経営を投げ出しました。債券を発行することで伯爵領の全都市を巻き込み、さらには増税によって市民の負担を高めた挙げ句、何の説明責任を果たすことなく放棄したのです」


「…………」


「私の生まれ故郷で、そのようなふざけた振る舞いは断じて許されない」


「ひぃ」


 エステルが震え上がった。

 ライルは怯えた目をしており、ローランドも驚いている。


 どうやら私の怒気が伝わってしまったようだ。

 自分では淡々と話しているつもりだった。


「エステル様が経営学や経済学の勉強を頑張っていたことは存じています。レオンハルト公爵に認めてもらいたい……その一心で債券の仕組みを理解するに至ったのは尊敬に値します。ですから、私は心からエステル様のことを応援していましたし、エステル様が私に筋違いの怒りをぶちまけたときも気に留めませんでした」


 そこで言葉を区切ると、私は言った。


「しかし、それももうおしまいです。どうぞ〈ノヴァリス〉にお帰りください」


「ぐっ……!」


 エステルは俯き、しばらく固まっていた。

 両手に拳を握り、肩を震わせ、歯を食いしばっている。

 そして、数分にも及ぶ沈黙の末に、彼女は口を開いた。


「わかりました。私は〈ノヴァリス〉に帰ります。ですが、王家の者に対してこんなことをして、ただで済むとは思わないでください。マリアも、ローランド伯爵も、必ず後悔しますよ」


 エステルは私たちを睨んだあと、静かに去っていった。


「父上、本当に大丈夫なのでしょうか……?」


 エステルがいなくなった瞬間、ライルが不安そうな顔で言った。


「問題ない。貴族として正しく振る舞っている限り、民は我々のことを支持する。そして、我々が支持されている限り、たとえ王家であろうと容易には手出しできん」


 ローランドの言葉に、私は「同感です」と頷いた。


「マリア様、今後とも何卒よろしくお願いいたします」


 ローランドは立ち上がり、私に向かって頭を下げる。


「お任せください。全力で立て直してみせます」


 私は頷き、ローランドと握手を交わした。


 ◇


 翌日から、〈モルディアン〉の再建が始まった。


 最初に着手したのは、エステルが発行した債券の早期償還(しようかん)だ。

 償還とは、元本の全額返済を意味している。


 早期償還の条件は、債券発行時に決めるのが一般的だ。

 条件が定められていない場合は、原則として早期償還はできない。


 残念ながら、エステルの債券には早期償還に関する記載がなかった。

 したがって、通常であれば満期まで利払いを続ける必要があった。


 だが、この点はローランドの説得で解決した。

 元本割れを起こしたわけではないため、誰からも不満が出なかった。

 貴族社会かつ債券に馴染みない世界だからこその寛容さである。


 それよりも問題だったのは、償還に必要な資金の確保だ。

 債券の発行で調達したお金は、ショッピングモールの建設費と出店支援金に使い切っていた。


 当然ながら、そのままでは資金不足で早期償還ができない。

 対応策として、新たな手段で資金を調達することにした。


 それが、世界初となる〈株式〉の発行だ。

 株式であれば、配当を出さない限り追加のコストが発生しない。

 ライルと交わした複数からなる契約書の正体がこれである。


 発行した株式は、私が〈ドーフェン〉の町長としてすべて購入した。

 購入総額は債券の調達額と同額だ。

 これにより、〈モルディアン〉は償還に必要な資金を調達した。


 一方、〈ドーフェン〉は貯め込んでいたお金の8割を取り崩した。

 大きな支出ではあるが、町の財政に影響を与えるほどではない。

 法的にも町長に認められた権限の範疇(はんちゆう)で行動しており、何ら問題はなかった。


 株式の誕生により、〈モルディアン〉は株主のものになった。

 市長は現場の最高責任者にすぎず、経営権は株主にあるという扱いだ。


 わざわざ株式を発行したのには理由がある。

 合法的に〈ドーフェン〉のお金を〈モルディアン〉に流したかったからだ。

 無条件でお金を送ると問題になるため、皆に説明できる形が必要だった。


 株式であれば説明が容易だ。

 堂々と〈モルディアン〉を〈ドーフェン〉が買ったと言える。


 ちなみに、この世界の株式は、地球の株式とは細部で異なっている。

 金融システムが地球ほど複雑ではないため、仕様を単純化しておいた。


 かくして債券の早期償還が完了し、私はショッピングモールの改革に乗り出した。


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