048 救命
「陛下、大丈夫ですか!?」
私は駆け寄り、国王に声をかけた。
軽く肩を揺らしながら、何度も呼びかける。
「「「陛下!」」」
衛兵たちも駆け寄ってくる。
その間も、国王は反応を示さなかった。
「陛下を寝室にお運びします!」
私は〈万能ショップ〉で担架を購入した。
「これに陛下を乗せて、二人で持ってください」
「「はっ!」」
二人の衛兵が指示に従う。
「自分は宮廷医師を呼んできます!」
手の空いている衛兵が言うが、私は「いえ」と首を振った。
「宮廷医師じゃ役に立ちません! それより、ベンゼル・グラハムベルを呼んでください!」
「ベンゼル様ですか?」
「今すぐに!」
「は、はい!」
衛兵は他の者にも声をかけて、謁見の間を飛び出して行った。
「陛下の寝室まで私も同行します。あなた、案内してください」
私は一人の衛兵に言った。
衛兵は呆然と立ち尽くしていたが、私の声で我に返った。
「かしこまりました! こちらです!」
その衛兵が案内役となり、私と国王の運搬担当の二人が続く。
全員の顔が緊張で強張っていた。
◇
国王を寝室のベッドに寝かせると、私は運搬役の衛兵たちに指示を出した。
「一人は早馬で〈ルインバーグ〉へ行き、レオンハルト公爵に状況をお伝えください。もう一人はこの場で待機してください」
「「はっ!」」
片方が駆け足で部屋を出ていく。
それを確認すると、案内役を務めた若い衛兵に指示を出した。
「あなたは扉の外に立ち、ベンゼルさん以外は誰も入れないでください。宮廷医師だけでなく、大貴族や王家の者ですら入室させないように徹底してください」
「わかりました!」
案内役の衛兵も慌てて部屋を後にする。
「陛下、意識はありますか?」
私は再び話しかけながら、国王の容態を確認する。
うんともすんとも言わない。
「呼吸をしていない……!」
耳を国王の顔に近づけるが、かすかな呼吸音すら聞こえない。
また、息がかかることもなかった。
続けて脈拍を確認するが、私が素人だからかさっぱりわからない。
(陛下は倒れる直前に胸を押さえていた。強い胸痛を訴える暇もなく崩れたから、急性の心筋梗塞に伴う不整脈の可能性が考えられるわね)
とりあえず、やれることはやっておこう。
結果として裏目に出たとしても、何もしないで後悔するよりマシだ。
そう考えた私は、〈万能ショップ〉で聴診器を購入した。
「マリア様、それは……?」
「静かに」
慣れない聴診器で国王の心音を確認する。
念のため、服を脱がせて地肌に聴診器を当てた。
しかし、残念ながら何も聞こえなかった。
「やっぱり……!」
心停止だ。
(どれだけ急いでも、ベンゼルさんが到着するまでには1時間近くかかる。おそらく実際はそれ以上。そんなにも待てない……!)
これ以上は医師に任せるべきだが、この世界の医師は頼りにならない。
というのも、彼らの医学は現代医学と大きく異なっているからだ。
地球では「ガレノスの医学」や「四体液説」と呼ばれる古い理論である。
この理論では、病気は体液バランスの乱れと考えられていた。
言い方を変えると「体液バランスを整えれば病は治る」と信じている。
ゆえに、治療法も現代医学からすれば見当外れなものが多い。
ときには無駄に血を抜くこともあった。
もちろん、場合によっては多少の効果が見られる。
信奉される理論なだけあり、完全なでたらめというわけではない。
しかし、今回のようなケースでは何の役にも立たなかった。
「衛兵さん、あなたのお名前は?」
私は振り返り、衛兵に尋ねた。
唐突だったため、衛兵は「え?」と驚いた。
「ジークスと申します」
「ジークスさん、これからすることは見なかったことにしてくださいね。驚くかもしれませんが、これは私なりの治療ですから。信じてください」
私はジークスの返事を待たずに〈万能ショップ〉でAEDを購入した。
『音声の指示に従ってください』
電源を入れると、本体から機械音声が流れた。
「今の声は!?」と驚くジークス。
「この世界にはない医療機器です」
私はAEDの指示に従い、国王に電極パッドを貼っていく。
一枚目は右胸の鎖骨の下、二枚目は左側胸部の腋の下との指示だった。
『解析を開始します。患者から離れてください』
AEDが国王の解析を始める。
結果はすぐに出た。
『電気ショックが必要です。ショックボタンを押してください』
案内に従い、ただちにショックボタンを押す。
医療ドラマのように体が大きく跳ねることはなく、肩や胸が軽く動く程度だった。
『ショックが完了しました。ただちに胸骨圧迫を開始してください』
次の指示だ。
私はベッドに上がり、国王に跨がった。
「マリア様、何を……?」
私はジークスを無視して胸骨圧迫を始めた。
『30回の胸骨圧迫と2回の人工呼吸を繰り返してください。2分後に再度解析します。音声が流れるまで続けてください』
必死の私に対して、AEDが淡々と指示を出す。
(まさかこの世界でキスした最初の異性が国王陛下になるとはね)
そんなことを思いつつ、躊躇なく人工呼吸を行う。
「なっ……!」
ジークスはただただ驚いていた。
(人払いをしておいて正解だったわね)
入室を禁止したのは、この展開を予想していたからだ。
ジークスのように呆然とするだけならいいが、必ずしもそうとは限らない。
一刻を争う状況なのにもかかわらず、質問責めを受けて妨害されるが恐れあった。
(そろそろ次の解析かしら?)
そう思ったとき、国王に変化があった。
全身がビクッと動いたのだ。
「陛下!」
私は慌ててベッドから降り、国王の呼吸を確認する。
「息をしている……!」
小さな呼吸音が聞こえた。
それが次第に大きくなっていき、深い呼吸に変わる。
「ゲホッ! ゲホッ!」
国王が咳き込み、意識が覚醒した。
「うぅ……わしは……?」
「「陛下!」」
私とジークスが同時に叫んだ。
「マリア……! それに、お主は……」
「ジークスでございます! 陛下!」
ジークスは目に涙を浮かべ、嬉しそうに笑った。
◇
私は国王に状況を説明しながら作業を進めた。
AEDを外し、〈万能ショップ〉で血圧計とパルスオキシメーターを購入する。
それらを装着したあと、今度は現代医学の入門書を買った。
「なるほど、心電図ね」
独り言をもらしながら、ポータブル心電計を追加購入する。
それを使って国王の心電図を測定した。
「マリア、わしは病気なのか?」
国王が不安そうに尋ねてくる。
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