045 ローランド:関係改善
レオンハルトとローランドは空き部屋に移動した。
クッション性の低いソファに座って向かい合う。
二人の間にある木製のローテーブルにはコーラが置かれていた。
「それで、お話とは何ですかな?」
ローランドは立ち上がり、左手を腰に当て、コーラを飲んだ。
恍惚とした表情で天井にげっぷを放つと、何食わぬ顔で腰を下ろす。
貴族の作法に則った由緒正しきコーラの飲み方である。
「ショッピングモールの調子はいかがですか?」
レオンハルトは座りながらペットボトルの蓋を開けた。
そして、「座ったまま失礼します」と断ってコーラを口にする。
こうして一声かけるのも貴族の作法だ。
(なんというもったいない飲み方だ。座ったままではコーラの味を最大限に楽しめないではないか)
そう思いつつ、ローランドは答えた。
「それは嫌味ですかな? ご存じのとおり不調ですよ」
「失礼、嫌味のつもりはありませんでした。ただ、適切な話の切り出し方が浮かばなかったのです。それで、何か対策は考えておられますか?」
「対策?」
ローランドは訝しむように目を細めた。
「もし何かしらの案が既におありなら、この話は聞き流していただいて結構ですが、そうでなければ良い提案がございます」
「ご提案ですか? レオンハルト様が、侯爵派閥のこの私に?」
レオンハルトは「いえ」と笑った。
「私からではございません。マリアからの提案です」
「マリア……」
ローランドは「またあいつか」と思った。
「〈ドーフェン〉でハンバーガーが流行っていることはご存じですか?」
「もちろん。その名は我が領にも轟いています。すっかり〈ドーフェン〉の名物料理になりましたな。……で、それが何か?」
「マリアは〈モルディアン〉のショッピングモールにハンバーガーの調理環境を提供したいと申しています。もちろん、ケチャップの製法や原料のトマトも必要なだけ提供いたします」
「なんですと!?」
ローランドは思わず声を上げてしまった。
慌てて「失敬」と頭を下げる。
「ハンバーガーの調理設備は多岐にわたり、すべてを揃えるには相応の費用を要します。そのため、マリアはハンバーガーの調理設備を他所に提供しておりません」
ローランドは頷くと、不思議そうに尋ねた。
「それなのに、どうして当方にハンバーガーの調理設備を提供してくださるのですか?」
「マリアによると、その理由は二つあります」
「二つ?」
「一つは〈モルディアン〉の市民に美味しいハンバーガーを食べてもらいたいからです。〈ドーフェン〉は我が領の領民ですら気軽に行ける場所ではないため、〈モルディアン〉の市民にとってはなおさら遠く感じるでしょう」
「なるほど。実にマリアらしい理由ですね。では、もう一つの理由は?」
「ショッピングモールを応援したいとのことです」
「ほう? それはどうしてですかな? 生まれ故郷の〈モルディアン〉だからですか?」
「それもありますが、どうやらエステル様を応援しているようです」
「エステル様を? 本当ですか?」
「マリア本人がそのように申していました」
ローランドは「信じられませんな」と腕を組んだ。
「レオンハルト様もご存じだと思いますが、ショッピングモールのプレオープン日に、エステル様とマリアの間にはトラブルがありました。詳細は不明ですが、マリアの発言に対してエステル様がひどくご立腹になったようです」
「もちろん存じております。私もその場にいましたので」
「エステル様は今でもマリアをライバル視しています。にもかかわらず、どうしてマリアはエステル様に尽くすのですか? 彼女の性格上、自分のほうが格上であることを誇示したいわけではございますまい」
「さすがはローランド殿、おっしゃるとおりです。マリア・ホーネットという女は、そのような器の小さい女ではございません。そして、私もローランド殿とまったく同じ疑問をマリアにぶつけました」
「マリアの回答は?」
「濁されてしまいました。『努力する女性は好きだ』だの『エステル様に嫌われているかどうかは関係ない』だのと言っており、とにかく応援したいとのことでした」
ローランドは「はぁ……」としか言えなかった。
マリアの真意がまったく読めなかったのだ。
「念のために申し上げますと、マリアは見返りを求めていません。そして、私は彼女の代弁をしているにすぎないため、私も見返りを求めていません。ただし、一つだけ条件がございます」
「条件とは?」
「仮にマリアの提案を受け入れてハンバーガーの調理設備を導入する際、マリアの提案であることは伏せてください」
「レオンハルト様の手柄に……ということですな?」
「いえ、ローランド殿が交渉の末に勝ち取ったという形にしていただきたい」
「なに……? それだと、私の手柄になってしまいますぞ」
「はい、マリアはそれを望んでいます」
「どういうことですかな?」
「マリア曰く、こちら側から提案だと明かした場合、エステル様が意固地になって拒否する可能性が高いとのことです」
「なるほど、たしかに……!」
ローランドは戦慄した。
マリアの読みがどこまでも的確で深いからだ。
「また、これは申し上げるまでもないかと存じますが、ハンバーガーの調理設備を提供するのはショッピングモール内の飲食店に限定させていただきます」
「もちろんでございます。ショッピングモールは王家が関与しているため、特別扱いを正当化できる……ということですな?」
レオンハルトは「はい」と頷いた。
「私の話は以上になります。ご回答はすぐでなくても問題ございませんので、必要になった際は使者をお遣わしください。国王陛下への根回しは済ませておきましたので、その点もご安心ください」
レオンハルトは「それでは」と立ち上がる。
「お待ちください、レオンハルト様」
ローランドも慌てて立ち上がると、すぐさま頭を下げた。
「ご提案に深く感謝いたします。私個人としましては、今すぐにでも提供をお願いしたいくらいです。ただ、ショッピングモールの実権はエステル様が握っているため、私の一存で調理設備を導入することができません。まずはエステル様にご相談させてください」
「もちろんです」
レオンハルトは笑みを浮かべると、右手を差し出した。
ローランドもその手に応じて、二人は固い握手を交わす。
「このご恩はいつか必ず……!」
レオンハルトは「いやいや」と苦笑した。
「先ほども申し上げたとおり見返りは求めていません」
「そうは言っても、私は侯爵派閥の人間です。対外的にも何かしらの見返りをご提供せねば――」
レオンハルトは左手でローランドの言葉を制止した。
「ローランド殿、派閥のことなどお忘れになりませんか?」
「は……?」
「以前は私も権力に執着しており、派閥を意識していました。しかし、マリアと出会ったことで、そのような考えがいかに浅はかで愚かだったかを痛感しました。そして、そんなものにこだわらないほうが、結果的に地位や名声を得られると学びました。聡明なローランド殿であれば、ご理解いただけるのではございませんか?」
「ぐぬぅ……」
ローランドは唸った。
レオンハルトの言うとおり、彼は理解していたのだ。
(たしかに、マリアは地位や名声にこだわらず、ひたすら民のことだけを思って行動している。にもかかわらず、結果的に誰よりも地位や名声を得ている。〈万能スキル〉の効果を差し引いても、彼女の評価は揺るぎない……)
「侯爵の手前、私と交流するのは気が引けるかもしれません。しかし、こちらはもう貴殿といがみ合うつもりはございません。ですので、お困りのことがあれば、いくらでも頼ってください。一緒にこの国を発展させましょう」
「……わかりました」
この瞬間、ローランドのレオンハルトに対する敵意が完全に消失した。
マリアの存在が、一つの不毛な争いに終止符を打ったのだ。
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