044 ローランド:大評定
その日、王都〈ノヴァリス〉では月例の大評定が開かれていた。
謁見の間に大貴族が集い、ガブリエル国王に領地の状況を報告する。
「今回も問題なしか。上下水道の整備以降、すっかり健康問題が起きなくなったのう」
国王が嬉しそうに笑う。
それに合わせて大貴族たちも笑みを浮かべた。
「わしからは以上だが、皆のほうからは何かあるか?」
国王が問いかけると、二人の男が手を挙げた。
レオンハルト公爵とフリード男爵だ。
(やはり動いてきたか。マリアの言うとおりだな)
レオンハルトはフリードを一瞥する。
一方のフリードも、レオンハルトを睨んでいた。
「ではレオンハルトから――」
「陛下、私よりフリード殿を先に」
レオンハルトはすっと手を下ろした。
「そうか。では、フリード、申してみよ」
フリードは胸に手を当て、「はっ」と言って前に出た。
「〈ドーフェン〉の町長、マリアの件で提案したいことがございます!」
フリードは声を張った。
「「マリアの件だと?」」
反応したのは国王とローランド伯爵だ。
「マリアの〈万能ショップ〉なる力によって、長きにわたって保たれていた王国の均衡に乱れが生じているものと考えます」
フリードが話し始める。
「均衡に乱れ? マリアは公爵領以外にも〈万能ショップ〉で買った物品を提供しているだろう。何が問題なのだ?」
国王が眉間に皺を寄せた。
「問題は〈ドーフェン〉にございます。マリアは〈万能ショップ〉の力を使い、町を急速に発展させています。それによって多くの観光客が〈ドーフェン〉を訪れるようになり、公爵領以外は領地収入が下がり続けています」
(これもまたマリアの読みどおりだな)
レオンハルトの口角が上がる。
「ふむ」
国王は腕を組む。
すでにフリードが言わんとしていることを察していた。
「聞いた話では、ローランド様の肝いりであるショッピングモールも、ここしばらくは経営状況が振るわないとのこと」
フリードの言葉に、ローランドは「ぐっ」と唸った。
「ショッピングモールは伯爵家と王家の共同事業です。それですら軟調になるのですから、〈万能ショップ〉の力に太刀打ちする術はございません」
「それで?」
気乗りしない国王は、冷たい口調で続きを促した。
「〈ドーフェン〉を以前の状態に戻すか、あるいは公爵領以外の田舎町にも〈ドーフェン〉と同じ環境を設けるべきです。〈万能ショップ〉などという卑怯な手で独占的に利益を享受するのは言語道断です!」
フリードはドヤ顔で言い放った。
侯爵と伯爵は頷き、公爵と子爵は無反応だ。
そのかすかな所作に各々の立場が表れていた。
「なるほど、言い分はよくわかった」
そこで言葉を区切ると、国王はフリードを睨みながら言った。
「提案を却下する」
「なっ……!?」
フリードがたじろぐ。
侯爵と伯爵も唖然としていた。
(陛下が検討の余地すら与えずに却下なさるとは……。それほどまでにマリアの手腕を評価しているということか……!)
ローランドの分析は正しかった。
国王はこれまでの経験から、マリアに全幅の信頼を寄せていたのだ。
そのため、大貴族からの不満であろうと一刀両断で拒否した。
「陛下、お待ちください」
しかし、ここでレオンハルトが手を挙げた。
「私……いえ、マリアから提案がございます」
「なんじゃと?」
国王は組んでいた腕を解き、前のめりになった。
「フリード殿が述べられた不満につきまして、実は当のマリア本人も問題視しております。そこで、彼女は特例的に他の大貴族も〈ドーフェン〉で商売ができるようにしてはどうかと提案しております」
「「「なにぃ!?」」」
これには国王だけでなく、レオンハルト以外の大貴族たちも驚いた。
「レオンハルト、詳しく聞かせるのじゃ」
国王の言葉に、レオンハルトは「はっ!」と頷いた。
「現在、〈ドーフェン〉では町民だけでなく、我が領の各都市にある商業ギルドが商売を行っています。商業ギルドはマリアと覚書を締結しており、〈ドーフェン〉での商売はその覚書に則って行われています」
「なるほど、それで?」
国王は興味深そうに耳を傾ける。
フリードの意見を聞いているときとは態度が大違いだ。
「この覚書と同じ条件をすべての大貴族に適用する……というのがマリアの案です。フリード殿のご提案は負担が大きいため、こちらの案が現実的だと考えます」
「負担が大きい?」と首を傾げるフリード。
「〈ドーフェン〉を以前の田舎町に戻した場合、町民たちは強い不満を抱くでしょう。かといって他領の田舎町を〈ドーフェン〉と同じ水準にしようものなら、マリアは王国中を頻繁に移動せねばなりません。それに、複数の町に〈ドーフェン〉と同じ環境を構築すると、観光客が分散してしまいます」
「「たしかに」」
またしても国王とローランドの言葉が被る。
「悪くない案ですが、それでもまだ問題はあります」
フリードは食い下がった。
「問題といいますと?」
「税金ですよ。〈ドーフェン〉で商売させていただけるのはありがたいですが、売上にかかる税金によって〈ドーフェン〉が潤います。そして、そのお金は領主税という形で公爵領に支払われます。結局のところ、公爵領が得をする提案であるという事実に変わりはありません!」
「ふっ」
レオンハルトは思わず笑ってしまった。
「何が面白いのですか?」
フリードがレオンハルトを睨む。
自分の半分ほどしか生きていない若者の嘲笑が不快だった。
「フリード殿の懸念については、私やマリアも重々承知しております。そこで、マリアは〈ドーフェン〉の領主税についても特例的な措置を求めています」
「特例的な措置とは何じゃ?」と国王が尋ねる。
「〈ドーフェン〉に関してのみ、領主税をすべての大貴族に支払うというものです」
「「「なにぃ!?」」」
またしても謁見の間がどよめいた。
「ローランド殿ならご存じだと思いますが、マリアは領主税を下限分しか払いません。地位や名誉に興味がなく、領民が快適に暮らせることだけを考えているからです」
ローランドは「ああ」と頷いた。
「ですから、フリード殿が思われているほど〈ドーフェン〉の利益は私のところに還元されていません。ただ、ご不満に思われるのはごもっともですので、すべての大貴族に対して同額の領主税を支払いたいとマリアは申しております」
「し、しかし、まだ〈ドーフェン〉で商売をするにあたっての輸送コストが――」
フリードが苦し紛れに何やら言おうとするが、レオンハルトが遮った。
「もちろん輸送コストは我が領で負担させていただきます。なにしろ我が領はマリアのおかげで絶好調ですから」
「素晴らしい! 実に素晴らしい! まさに『貴族は民の模範たれ』を体現した案と言えよう! フリード、まだ何か反論はあるのか?」
国王がフリードを睨む。
他の大貴族たちもフリードを見る。
「ございません……。実に素晴らしい案だと思います……」
フリードは言い返せなかった。
(馬鹿な奴め、自ら恥をかきに行くとは間抜けもいいところだ)
ローランドは心の中でほくそ笑む。
――が、その直後に背筋が凍りついた。
(待てよ。レオンハルトは『マリアの提案』と言っていた。実際、このような欲のない案を出せるのはマリアしかいないだろう。とすれば、マリアはこの展開を見越していたことになる。なんという切れ者だ……!)
ローランド以外の大貴族も、少し遅れて同じ結論に至る。
口に出す者はいないが、誰もがマリアの読みの深さに衝撃を受けていた。
「他に何かあるか?」
国王が問いかける。
「「「…………」」」
誰も答えない。
「では、今回の大評定はこれにて終了とする。皆、ご苦労であった」
大貴族たちは国王に一礼してから謁見の間を後にする。
(マリアを失ったのは本当に痛いな。馬鹿な息子のせいでレオンハルトの思い通りの展開が続いて面白うないわい)
謁見の間を出ると、ローランドはため息をついた。
そのまま廊下を歩いて王城から出ようとするが――
「ローランド殿、少しよろしいでしょうか?」
背後からレオンハルトに声をかけられた。
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