040 思わぬ人気
ハンバーガーはたちまち〈ドーフェン〉でブームになった。
どの家庭でも作られるようになり、酒場などの飲食店でも提供された。
各家庭や飲食店では、独自のアレンジが加えられるようになった。
バンズを小麦からライ麦に変えたハード系、塩漬けの発酵キャベツを足してザワークラウト風、エトセトラ……。
一番人気は私が披露したオーソドックスなものだが、派生した品々も皆に愛されていた。
また、ハンバーガーに感動してトマト農家を希望する町民が増えた。
後押しするため、私は必要な農地や農機を無償で貸し与えることにした。
もちろん、農機は持ち運び可能な小型に限っている。
車両タイプの大型農機は、事故のリスクを考えて買わなかった。
ここまでは私の想定通りだ。
一方、想定外の出来事も起きた。
ハンバーガーのブームが〈ドーフェン〉に留まらなかったことだ。
〈ドーフェン〉は片田舎の小さな町だが、最近は観光客が多い。
レンガ造りの住宅や私の姿を一目見ようと、わざわざやってくるのだ。
そうした観光客の口コミがハンバーガーの知名度を上げた。
ひとたび口コミで広まると、もう情報の拡散は止まらない。
噂を聞きつけた記者が新聞で紹介し、公爵領の全域に広まった。
私が初めてハンバーガーを作ってから約1ヶ月で、ハンバーガーは誰もが知る料理になった。
◇
ハンバーガーの普及は、必ずしも嬉しいことばかりではなかった。
その理由は、家の外に出た瞬間にわかる。
「ハンバーガー、3つくれ!」
「俺には4つ売ってくれ!」
「私は2つ買うわ!」
世界中から〈ドーフェン〉に人が集まっていたのだ。
もはやどこを見回しても観光客の姿が目につく。
誰もがハンバーガーを求めていた。
(今日も今日とてとんでもない数ね……)
〈ドーフェン〉には約50店のハンバーガー屋がある。
店といっても、家の前に販売用の屋台を設置しただけだ。
家の中でハンバーガーを作り、それを販売している。
この世界では珍しいテイクアウト専門店だ。
人口約2000人の町で、約50店も揃えるのは難しい。
転売で生きている無職の町民たちをあの手この手で奮い立たせて、やっとの思いで実現させた。
しかし、数が全く足りていなかった。
どの店にも長蛇の列ができているのだ。
当然、これだけ人が多いと治安を維持しきれない。
〈モルディアン〉と違って人口密度は低いけれど、観光客が増えればスリが多発してしまう。
そこで、公爵領の市長たちに頼んで衛兵を派遣してもらっていた。
現代でいうところの「アウトソーシング」、すなわち「外注」だ。
結構な費用を要したが、財政を逼迫するほどではなかった。
(需要と供給のバランスが完全に崩れているわ……)
人で溢れかえった町を眺めながらため息をつく。
こうなってしまった理由は一つしかない。
ハンバーガーを安価で供給できるのが〈ドーフェン〉だけだからだ。
ハンバーガーの製法は世間に公開している。
そのため、トマトさえあればどこでも調理可能だ。
問題なのは製造コストだ。
〈ドーフェン〉と他所では、黒字化に必要な条件が大きく異なっていた。
他所でハンバーガー屋を展開するなら、〈ドーフェン〉の数十倍の価格で売る必要がある。
それほどまでに生産効率の差が生じていた。
最大のネックは、ハンバーガーの命たるパティにある。
〈ドーフェン〉でパティを作るのは簡単だ。
電動ミキサーを使って挽肉を用意し、成形して焼けばいい。
火入れも簡単で、フライパンに油をひいてガスコンロで楽に焼ける。
さらに冷蔵庫があるため、挽肉を事前に準備できる。
しかし、他所ではそうもいかない。
電動ミキサーがないため、包丁で細かく刻む必要がある。
ガスコンロやフライパンがないため、火入れも大変だ。
窯焼きにするか、炉に石板や陶板を置いて焼く必要がある。
なにより冷蔵庫がないため、挽肉を事前に準備できない。
結果、他所でハンバーガーが食べられるのは高級店だけだった。
そう、〈ドーフェン〉以外では、ハンバーガーは高級料理なのだ。
庶民が興味本位で食べられるものではなかった。
『悩むくらいなら、他所でも調理環境を用意してやればいいじゃないっすか?』
先日、ルッチに言われたセリフを思い出す。
そういう意見は多く聞こえたが、実際に採用することはできない。
採用した場合、間違いなく「不公平だ」と文句を言われるからだ。
導入するのであれば、全員に供給しなくてはならない。
しかし、現実問題としてそんなことは不可能だ。
だから、ハンバーガーの特大ブームは純粋に喜べなかった。
町が賑わって嬉しい反面、頭を抱える原因でもあるのだ。
◇
さらに1ヶ月が経過した。
夏が過ぎて、秋の到来を予感させる今日この頃。
ハンバーガーの人気は衰えるどころか高まっていた。
近頃は平民だけでなく、貴族まで食べに来ている。
そんなある日、私は町長室にいた。
バイホーンが公務でやってきていたからだ。
「ハンバーガーは相変わらず凄まじい人気ですね」
バイホーンはソファに深く腰掛け、私に向かって笑みを浮かべた。
「どれだけ値上げしても客足が鈍らないのが悩みどころですね。観光客に来ていただけて嬉しいのですが、こうも多いと町民の生活に支障が出ますから」
私はリクライニングチェアにもたれた。
「新聞のインタビューでもそのようにおっしゃっていましたし、先日の円卓会議でも同様のお悩みを口にされていましたので、今日は素晴らしい解決策を持って参りました!」
バイホーンが声を弾ませる。
事前に商談をしたいと聞いていたが、内容は知らされていなかった。
「解決策ですか?」
私が尋ねると、バイホーンは「はい!」と元気よく頷いた。
「通常であれば、マナー違反になるのですが――」
そう前置きしたうえで、バイホーンは切り出した。
「――我々にも〈ドーフェン〉で商売をさせていただけませんか?」
「それは……なかなかのマナー違反ですね」
バイホーンは「はい」と笑顔で頷いた。
商業ギルドは各都市に存在している。
ギルドには暗黙の了解があり、その一つが領外での商売禁止だ。
ここでいう領外とは、「同じ大貴族に属する別の自治区」を意味する。
すなわち、他領は含まれない。
バイホーンは公爵領の第三都市で商売をしている。
そのため、公爵領の〈ドーフェン〉で商売をするのはマナー違反だ。
今回の提案は、それを理解したうえでの申し出になる。
(さて、ここからどう話を運んでくるのかしら?)
バイホーンがここから何を語るのか、私は楽しみだった。
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