039 ハンバーガー
「できたー! マリア特製ハンバーガーだよー!」
私はお皿にハンバーガーを載せて食卓に運ぶ。
硬めのバンズで挟んだ、現代に比べると不格好な一品だ。
具材はパティ、レタス、ベーコン、玉ねぎ、トマト、ピクルスの6つ。
レタスは「葉レタス」や「リーフレタス」と呼ばれるものだ。
「なんだこれー! トレンチャーの豪華版かぁ?」
ベンツが言う「トレンチャー」とは、この世界では一般的なパン料理だ。
平らな硬いパンを皿に見立てて、そこに肉などを載せて食べる。
私は「チッチッチ」と指を振った。
「全然違うよ! トレンチャーと違って、ハンバーガーはバンズ……すなわちパンも大事にしているから!」
トレンチャーの場合、パンは犬や使用人に与えるものとされていた。
つまり、パンを食べることは卑しいものとみなされていたのだ。
「で、なんで二つもあるんだ?」
ベンツが自分の前に置かれた皿を見る。
ハンバーガーが二つ並んでいた。
「ソースが違うのよ。一つはケチャップとマヨネーズ、もう一つはケチャップとマスタード。どっちが合うかわからないし、お腹が空いたってうるさいから二つも作ってあげたの!」
「仕方ねぇなぁ! 食ってやるかぁ!」
と言いつつ、ベンツはハンバーガーに手を伸ばさない。
おそらく食べ方が分からないのだろう。
椅子に座ったトーマスも、ハンバーガーと私を交互に眺めていた。
「ハンバーガーはこうやって食べるの!」
私は「いただきます」と言ってからハンバーガーを食べた。
両手で掴んで、がぶりと豪快にかぶりつく。
バンズは硬めだが、中の具材はいい感じだ。
焼きたてのパティから肉汁が溢れていた。
「んふぅ! やっぱりハンバーガーって最高! あなたたちも冷める前に食べなさいな!」
「へっ! 食べてやらぁ!」
「いただきます!」
ベンツとトーマスが私の真似をしてハンバーガーを食べる。
「わー! すごく美味しいよ、マリアお姉ちゃん!」
トーマスが声を弾ませた。
一方、ベンツは――
「うんめぇ! なんだこれ! うめぇー!」
トーマス以上に興奮していた。
凄まじい勢いで一つ目を平らげて、二つ目を食べ始める。
それから、コップに入っている山羊乳をゴクゴク飲んだ。
「ぷはー! 冷えた山羊乳を用意しておいたのは正解ね!」
山羊乳は、今朝、搾乳したものだ。
加熱殺菌して冷蔵庫で冷やしておいた。
「マリア、お前って料理の才能あるよなぁ! 町長よりシェフに向いているんじゃねぇか?」
ベンツが上機嫌に笑っている。
お腹がポコッと膨らんでいて、少し苦しそうにしていた。
四歳児には多すぎたようだ。
「ふふ、マリアは優秀なのよ」
「やっぱり大人になったら結婚してやろうかなぁ! 32歳のババアでもマリアなら許せるかも!」
「でもマリアはモテモテだからなぁ! ベンツみたいなお子様はこちらからお断りしちゃうかも?」
私がニヤニヤしながら返すと、ベンツは「ちぇ」と笑った。
「マリアお姉ちゃん、おかわりちょうだい! もっと食べたい!」
トーマスが追加のハンバーガーを要求してくる。
控えめな性格に反して、食欲は旺盛だった。
◇
ベンツやトーマスは、しばしば私の家で料理を食べる。
いつも満足しているが、今回はかつてない喜びようだった。
この世界には存在しないはずのトマトもあっさり受け入れていた。
そこで、私はハンバーガーを町民にも広めることにした。
真の狙いはトマトの普及にある。
皆がトマトを気に入れば、この町で大規模栽培を始める予定だ。
そうすれば、商業ギルドにもトマトの供給が可能になる。
町の新たな収入源になるわけだ。
ということで、私は料理講座を開くことにした。
手の空いている町民を集めて、ハンバーガーの作り方を教える。
「最後に具材を挟んだら……完成! これがハンバーガーです!」
町の広場で、約100人の町民がハンバーガーを作る。
外での作業に必要な道具は、すべて〈万能ショップ〉で揃えた。
「それでは食べましょう! 私の食べ方をよく見ていてくださいね! いきますよー! では、いただきます!」
「「「いただきます!」」」
私は本日3個目のハンバーガーを食べた。
それを見て、町民たちも自作のハンバーガーを口にする。
次の瞬間、誰もが感動していた。
「どうだ、母ちゃん! めっちゃ美味いだろ!」
ベンツが母親の服を引っ張りながら言う。
彼の母は「本当だわ!」と声を弾ませた。
「すごく美味しい!」
「だろー! こんなに美味いもん、食ったことねぇよな!」
ベンツが嬉しそうに笑っている。
他の参加者も絶賛していた。
「このトマトっていう野菜、すごく便利だな!」
「そのまま食べても美味いし、ケチャップに加工してもいける!」
「ケチャップは他の料理にも使えそうだ!」
「マヨネーズもいいぞ! こりゃたまらん!」
皆の喜ぶ顔を見て、私は笑みを浮かべた。
同時に、トマトの大規模栽培が成功することを確信した。
「今後は〈ドーフェン〉でトマトの栽培を始めましょう! 必要な環境は〈万能ショップ〉で整えますからご安心ください! 栽培方法も教えます!」
皆が「おお!」と歓声を上げた。
「トマトの栽培はいいですよ! なんといっても他所には存在しない作物ですからね! 味や使い勝手の良さは皆様もご存じのとおりですし、おそらくめちゃくちゃ儲かりますよ!」
「マリア様、わしら夫婦にトマトの栽培をやらせてください!」
最初に手を挙げたのは、50歳を迎える老夫婦だ。
他領からやってきた移住者である。
「もちろんです! ありがとうございます!」
「マリア様、俺もやりたいです!」
「俺も!」「私も!」
多くの町民がトマトの栽培を希望してくれた。
(思ったよりも意欲的な人が多いわね)
純粋な感動だけでは、これほど希望者が出ない。
きっと「そろそろ働きたいな」と思っている人が多かったのだろう。
参加者の大半が転売で食いつないでいる無職だからだ。
「わかりました! では、皆で美味しいトマトを作りましょう! あと、最初の収穫期を迎えるまでは、ユニークスキルで買ったトマトを配布しますのでご安心ください!」
こうして、〈ドーフェン〉はトマトの大規模栽培に乗り出した。
(ようやくユニークスキルに頼らない収入源の拡大ができそうね)
トマトの栽培において、〈万能ショップ〉に頼るのは最初だけだ。
その後はユニークスキルを使わなくても済む。
それはつまり、私に依存しきっている現状からの脱却を意味する。
町民たちの自立に繋がるわけだ。
まだ始まりにすぎないが、いずれは完全な自立を実現したい。
それが私の最終目標だ。
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