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追放されたシゴデキ令嬢、ユニークスキル【万能ショップ】で田舎町を発展させる  作者: 絢乃


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037 今さら遅い

 エステルのショッピングモールは、どこまでも富裕層に特化していた。

 全階層が高級店で占められており、庶民は眺めることしかできない。


 とりわけ驚いたのは入場料という制度だ。

 1階は無料だが、2階以上へ行くにはお金を支払わなくてはならない。

 入場料は上層階ほど高く、3階以上は庶民の衣服一着よりも値が張った。


 もちろん店舗の質は非の打ちどころがない。

 全国の名店を引き抜いて集めただけのことはある。


(思った以上に高級志向ね)


 ここが地球なら、まず間違いなく成功するだろう。

 名の知れた店を独占しているのだから、失敗する要素はない。


 しかし、ここは地球とは異なる世界だ。

 庶民の幸福度をどうやって維持するかが課題になる。

 その点を見落としているように感じた。


「以上となります! いかがでしたか? レオンハルト様!」


 4階の案内が終わると、エステルが誇らしげな顔で尋ねた。


「実にすごかった。これなら伯爵領の貴族だけではなく、他領の貴族……いや、大貴族も訪れたくなるだろうな」


「はい! まさにそういう場所を目指しました!」


 エステルが満足げに頷く。

 私の隣にいるライルも、なぜか同じような表情を浮かべていた。


「表向きはライル様の功績になっていますが、実際のところ、ライル様はショッピングモールの建設にどのように関与なさいましたか?」


 私は意地悪な質問をしてみた。

 ライルがどうして勝ち誇ったような顔をしているか気になったからだ。


「俺は何もしていないさ」


 ライルは堂々と言い放った。


「何もしていないのですか?」


「そうだ。上に立つ者の責務は、汗水を垂らして走り回ったり知恵を振り絞って政策を考えたりすることではない」


「は、はぁ……」


 どうやら、私の知らない間に謎の『学び』があったようだ。

 もしかしたら、残念なプライドを保つために認識を歪めたのかもしれない。

 往々にしてあることなので、大して気にならなかった。

 ただし……


(自分で考えられなくなったようだし、人間としては完全におしまいね)


 人は自分で考え、失敗を繰り返し、そのうえで成長する。

 どんな天才だろうと、失敗しない人生など決してあり得ない。


 しかし、ライルは失敗から逃げた。

 もはや彼に成長の余地など残されていない。

 実に哀れだ。


「マリア、よろしいですか?」


 エステルが話しかけてきた。


「どうなさいましたか?」


「少し二人きりでお話しをさせてください」


「もちろんです! 私は市内を歩き回っていますので、どうぞレオンハルト様とお二人で――」


「いえ、あなたと二人きりでお話ししたいのです」


「え?」


 私は耳を疑った。

 レオンハルトも驚いた様子で見ている。


「よろしいでしょうか?」


「はい、それは結構ですが……」


「それでは、こちらへ」


 エステルが手で進路を示しながら歩き始める。

 私はレオンハルトとライルに会釈をしてから後に続いた。


 ◇


 エステルが向かったのは4階の隅だ。


 窓際に3人掛けのソファが設置されていた。

 驚いたことに、そのソファは現代的なものだ。

 この世界の職人には作れない。


 つまり、以前、私が〈万能ショップ〉で買ったものだ。

 おそらく王家に送ったものの一つを持ってきたのだろう。


「ここでいいでしょう」


 エステルがソファの端に腰を下ろす。

 私は「失礼します」と言い、反対側の端に座る。

 目の前は一面ガラス張りで、〈モルディアン〉の景色がよく見えた。


「それで、エステル様、私と二人きりでお話をしたいとのことですが……」


 ここまで、エステルとはまったく話していない。

 最初に「いろいろとお世話になった」と礼を言われただけだ。

 施設の案内中、彼女はひたすらレオンハルトと話していた。


「あなたの協力についてはベンゼル殿から伺っています。そのことについて、改めてお礼を言わせてください。ありがとうございました」


「いえ! お役に立てたのであれば幸いです! 私も応援しています!」


「ところで、ショッピングモールはいかがでしたか?」


 エステルは私の言葉に反応することなく話を進めた。


「すごく大きくて、立派な建物だと思いました! 中に入っているお店も名店ばかりでびっくりしました!」


 私はさらりと言ってのけた。

 悪く思った部分には触れず、良い点のみを褒める。

 前世でもこういう機会は多くあったため、対応に慣れていた。

 しかし、エステルは満足してくれなかった。


「本音で話していただけませんか?」


「今のが本音ですが……」


 実際、嘘を言っているわけではない。

 建物が大きくて立派なのは事実であり、名店ばかりで驚いたのも事実だ。


「では、言い方を変えましょう。成功すると思いますか?」


 エステルが真顔で私を見つめる。


「本音で答えてくださいね」


 私が答える前に、エステルが念を押してきた。


「成功するかどうかですか……」


「はい」


 どうやらエステルは、おべっかを求めていないようだ。

 そう判断したため、私は取り繕うことなく答えた。


「それは、何をもって成功とするかによると思います」


「どういうことですか?」


「例えば〈モルディアン〉を高級店の集まる都市にしたいのであれば、現時点でも成功と言えるでしょう。ランドマークの建設を目的とする場合でも、すでに成功していると言えます」


「含みのある言い方ですね。では、どういう解釈なら失敗すると思うのですか?」


 エステルが苛立った様子で言った。


「長期的に事業を継続させることが目的であれば、それは失敗すると思います」


「どうしてですか?」


「すべての階層をご案内いただきましたが、庶民向けの階層が一つもありませんでした。入場料の高さも考えると、庶民がショッピングモールに来ても1階でお店を眺めることしかできません」


「それが何か?」


「何かと反感を買いやすい構造だと思いました。例えば、私たちが座っているこの席も同様です。外を見下ろせる造りですが、見下ろされる庶民は快く思わないのではないでしょうか? この席に誰でも座れるのならまだしも、高い入場料が必要になりますので、必然的に富裕層が庶民を見下ろす構図になってしまいます」


「私には何が問題なのか理解できませんね。マリア、あなたも市民の声を聞いたでしょう? 彼らはこの建物を好意的に見ていますよ?」


「今はそうですね」


「今は?」


「いつまでも続くとは思いません。最初に申し上げたとおり、私は長期的な事業継続を前提にして話しています。短期的には物珍しさもあって成功すると思いますが、長期的には幸福度の低下を招いて失敗する可能性が高いと考えます」


 エステルの眉間に(しわ)が寄る。

 機嫌を損ねていることは誰の目にも明らかだ。

 だから、私は慌てて取り繕った。


「わ、私は悲観的でして、その、決して批判しているわけではなくて、えっと、その……」


「もしかして負け惜しみですか?」


「え?」


「私が画期的な案を閃いたことが悔しいのでしょう!」


 エステルの声が大きくなる。


「えっと……エステル様?」


「ベンゼル殿も絶賛していました! 市民も喜んでいます! 誰が見ても褒めるところしかありません! あなたはそれを手放しで褒められないだけなのではありませんか? 私に敗北を認めるのが悔しいのでしょう!」


 エステルがヒートアップする。

 レオンハルトや他の大貴族が遠巻きにこちらを見ている。


(やってしまった……! 怒らせてしまった……!)


 エステルの「本音で話して」を信じたのは失敗だった。

 彼女が求めていたのは率直な感想ではなく盛大な賛辞だったのだ。

 完全に見誤った。


「申し訳ございません、エステル様のおっしゃるとおりです」


 私は深々と頭を下げた。

 ここで言い返しても、得られるものなど何もない。


「今さら遅いですわ!」


 エステルが立ち上がった。


「やはりあなたも私と同じなのですね、マリア」


「……といいますと?」


「本当はレオンハルト様に恋心を抱いているのでしょう?」


「え?」


「だから、私のことを素直に認められなかった。そうでなければ、先ほどのような筋の通らないケチをつけるはずがありません。つまるところ、あなたは私を見下しているのです。ベンゼル殿に参考書を提供したのも、決して優しさからではありません。私がどれだけ頑張っても自分には及ばないと確信しているのでしょう」


「いや、それは何もかも誤りで――」


「黙らっしゃい!」


 エステルが怒鳴った。


「あなたの本性がわかりました。ベンゼル殿は違うと言っていましたが、あなたは私のライバルに他なりません。絶対に負けませんよ」


 そう宣言すると、エステルはレオンハルトのもとに向かった。


(すっかり嫌われちゃったなぁ)


 エステルは大きな誤解をしている。

 だが、もはやそれを説明することはできないだろう。

 また、真実を話しても、かえってプライドを傷つける恐れがある。

 どうしてもレオンハルトを振った件について話すことになるからだ。


「まあ、何でもいいか」


 後悔しても仕方ないので、気にしないことにした。


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