034 エステル:竣工
マリアが〈ドーフェン〉の町長に就任してから半年が経過した。
その頃、〈モルディアン〉では、ショッピングモールの建造が完了しようとしていた。
建物の規模を考えると、尋常ではない急ピッチの作業だった。
それを可能にしたのが、債券の発行で調達した膨大な軍資金だ。
金に物を言わせて、伯爵領のあらゆる自治体から作業員を集めた。
前代未聞の突貫工事だ。
「壮観ですね、エステル様」
ライルが目を輝かせながら言う。
「これほどの建物は王都〈ノヴァリス〉にすらありません」
エステルが自信に満ちた表情で答えた。
二人の前には、四角錐台の建物がそびえ立っている。
〈モルディアン〉で最も大きい四階建ての建物――ショッピングモールだ。
この世界では初となる商業施設である。
「ここに王国中から名店が集まるのか……!」
「すげー! わくわくするなぁ!」
「見るだけでも楽しそうね!」
市民たちも胸を躍らせている。
誰もがショッピングモールを好意的に見ていた。
「それにしてもライル様はすごいよなぁ」
「増税することなくこれほどの建物を建てるんだもんな」
「王家の人間まで招聘するし、すごい才能だ!」
「政略的なものとはいえ、マリア様の婚約者だっただけのことはあるな!」
また、ライルの評価も右肩上がりだ。
ローランドとエステルの取り決めにより、表向きはライルの功績になっていた。
(俺は何もしていないが……皆に崇拝されると気分がいいな)
ライルは心の中でニヤけた。
それと同時に、こうも思っていた。
(優秀な人間に働かせて、功績は自分のものにする……これが上に立つ者のやり方なんだ! マリアみたいに自分で考えようとしたのが俺の失敗だったんだ。適材適所ってやつだな!)
何もしていないにもかかわらず、ライルは調子に乗り始めていた。
「お手紙を拝見して馳せ参じましたが……まさか本当に竣工を迎えようとしているとは思いませんでした」
そう言って登場したのはベンゼルだ。
(誰だ? この爺さん)
ライルは何も言わずに首を傾げた。
「ベンゼル殿、お久しぶりです! いかがですか? これが世界初のショッピングモールです!」
エステルは声を弾ませながらベンゼルに駆け寄った。
その反応を見て、ライルは目の前の老人が王都の賢者だと知った。
「素晴らしい出来だと思います。外観はすでに完成しているようなので、残す作業は内装だけですか?」
「はい! 問題が起きなければ今週中には完成します!」
「かなりの突貫工事ですが、建物の品質は維持できていますか?」
「もちろんです! ただ急がせるだけでなく、人数と資材を確保して品質の維持に努めております! 高級志向なので、その辺りは抜かりありません!」
ベンゼルは「完璧ですね」と笑顔で頷いた。
「あとはオープン日を決めるだけですが、何か改善点はございますでしょうか?」
エステルが尋ねる。
その発言に、ライルはむっとした。
(改善点なんてあるわけないだろ……というか、俺にはそんなこと一度も聞いてきたことなかったのに!)
とはいえ、ライルは何も言わずに黙っていた。
無表情を装いつつ、不快感は心の中に留めておく。
「改善点というほどのことではありませんが、正式オープンの前にプレオープンをしてはいかがでしょうか?」
「プレオープン?」
「要するに予行演習です。国王陛下や大貴族を招いて、実際にショッピングモールをご体験いただくのです。特別感を演出できますし、もしかすると改善点が見つかるかもしれません」
そこで言葉を区切ると、ベンゼルはエステルに耳打ちする。
「それに、レオンハルト公爵をお招きする口実にもなります」
「たしかに! それは名案ですわ!」
エステルの目的は、自身の実力をレオンハルトに証明することだ。
「私はあなたよりも知性的で、あなたに相応しい女なのよ」と。
そのためには、実際にショッピングモールを見てもらうのが一番だ。
「ライル様ー! 中もめっちゃいい感じよー! 久しぶりに楽しくなってきたかも! マジでいいじゃん! ショッピングモール!」
ショッピングモールからメアリーが出てきた。
彼女は手を振りながらライルに駆け寄る。
「あの娘は?」
ベンゼルはエステルに尋ねた。
その目は怪訝そうにメアリーを捉えている。
「ライル様の婚約者ですわ」
エステルは呆れた様子で答えた。
「あの娘がメアリー殿ですか」
ベンゼルはライルを一瞥した。
それだけで、ライルはベンゼルの言いたいことを察した。
『マリアよりあんな女を選ぶなんて、なんて愚かな男なんだ』
それがベンゼルの考えであり、ライルの察した内容だ。
(どいつもこいつも同じ目で俺を見やがって……! 女は男を立てればそれでいい。メアリーは馬鹿だが、あれくらいでちょうどいいんだよ!)
ライルは心の中で毒づいた。
「ねーねー! ライル様も中へ入ろうよ! めっちゃ楽しいから!」
メアリーがライルの手を引っ張る。
「わかったから引っ張るな。自分で歩ける」
ライルはエステルに一礼すると、ショッピングモールに向かった。
(ま、どんな風に見られようと関係ない。ショッピングモールは俺の功績なんだからな。父上だって『プライドには何の価値もない』と言っていた。俺も実利を優先させてもらうだけさ。馬鹿にしたければするがいい)
去りゆくライルたちを眺めながら、エステルはベンゼルに尋ねた。
「私はショッピングモールに集中していましたが、ベンゼル殿はいかがお過ごしでしたか?」
「わしは勉強をしていました。マリア様との約束で、人に勉強を教える必要がございまして」
「マリアとの約束?」
「ご安心ください。エステル様の恋愛には関係しないことですので」
ベンゼルは詳細を話さなかった。
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