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追放されたシゴデキ令嬢、ユニークスキル【万能ショップ】で田舎町を発展させる  作者: 絢乃


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033 発展策

「相談? 何でしょうか?」


 そう返す私に対して、レオンハルトは言った。


「郵便事業を発展させたいと思うのだが、何か案はないか?」


「郵便事業の発展……」


「文通はすっかり根付き、都市部では習字教室や漢字教室といった新たなビジネスが始まっている。それは知っているな?」


 私は「はい」とだけ答える。

 習字教室は日本にもあったが、漢字教室は馴染みがなかった。


 漢字教室というのは、その名の通り漢字の読み書きを教える場所だ。

 この世界では、日本語とアラビア数字が採用されている。


 ただし、平民の大半が漢字を知らない。

 掲示板の貼り紙などには、必ずルビが振られていた。


「郵便事業も安定期に入ってきたことだし、何かしらの発展策がほしいと考えている。習字教室や漢字教室の盛り上がりを後押しできればと思ってな」


「なるほど」


 私は即座に二つの案を閃いた。


 一つは、いずれ提案しようとしていた通販だ。

 地球で言うところのカタログギフトを販売しようと考えていた。

 公爵領で行われている行商人の定期便を発展させたものだ。

 円卓会議でも、通販について匂わせる程度の発言はしている。

 しかし――


(通販はレオンハルト様の要望を満たすものにはならなさそうね)


 ということで、この案は別の機会に出すとしよう。

 私はもう一つの案を口にした。


「それでしたら〈新聞〉はいかがでしょうか?」


「新聞……?」


 当然ながら、レオンハルトは首を傾げた。


「簡単に説明すると、さまざまな最新情報をまとめた紙になります。内容は方向性次第ですが、例えば、レオンハルト様が視察先の〈ドーフェン〉に滞在する……とかでもかまいません」


「なるほど。情報を紙にまとめて売るわけか。文通とは異なる新たな活用方法だな」


「はい!」


「間違いなく人気になるだろう。だが、新聞の書き手を確保するのが大変じゃないか? マリアが文字を書くのに使っている機械……」


「タイプライターのことですか?」


「そうだ。あれを使ったとしても、1枚の新聞を作るのに結構な時間を要するだろう。それを何枚もとなれば、とてつもない労力を要すると思うが?」


「その点はご心配いりません! 最初の1枚さえ作れば、あとは複製できますから!」


「複製?」


「こちらを使います!」


 私は〈万能ショップ〉で業務用の〈コピー機〉を買った。

 オプションでインクと印刷用紙を無限化しておいた。

 その副作用で、給紙カセットから未使用の用紙を取り出せなくなっている。


「これが複製するための機械か?」


「はい! 〈コピー機〉と言って、紙を複製できます!」


 実演してみせることにした。

 適当な紙にボールペンで落書きすると、コピー機にセットする。


「おっと、忘れるところだった」


 コピー機のプラグをコンセントに差し込む。


「その変な穴は、機械を接続するためのものだったのか」


 変な穴とはコンセントのことだ。


「コピー機の使い方ですが、このように複製したい紙をセットして――」


 私は開始ボタンを押した。

 コピー機が「ウィーン!」と唸り、瞬く間に印刷を終える。

 本体の中段にあるトレイに紙が出てきた。


「――このように複製されます!」


 私はレオンハルトに出力紙を渡した。


「おお……! 本当に複製されている! あの一瞬で……!」


 レオンハルトは原版と複製を見比べて感嘆する。


「今まで言っていなかったのですが、印刷用紙にはサイズがあります。世間一般に普及している紙はA4というサイズですが、このコピー機では最大でB0サイズを印刷できます」


「A4やB0と言われてもさっぱりわからないな」


 当然の反応だ。

 私は「ですよね」と笑った。


「B0のサイズは縦横ともA4の約5倍です。面積で言えば約23倍です」


「それは相当な大きさだな」


「はい。さすがにB0は大きすぎますが、縦横ともA4の2倍、面積比で4倍に相当するA2であれば、新聞に最適だと思います。新聞を執筆する者のことを『記者』と呼ぶのですが、記者を何人か用意してA4用紙にネタを書いてもらいます。このネタのことを『記事』と呼びます」


「数人に記事を執筆させるのか」


「それが得策です。記者が1人では記事の内容や文体が偏ってしまい、読者がすぐに飽きてしまいます。なにより記者の負担が大きすぎます」


「なるほど」


 私は説明しながらA4用紙を3枚手に取り、それぞれに番号を振った。

 最初の落書きにも番号を振って、①から④の紙を用意する。

 それをコピー機に並べてセットした。


「A4の紙をこうして縦と横に2枚ずつ並べたあと、コピー機の用紙設定をA2に指定して印刷します。すると――」


 私は印刷された紙を手に取り、レオンハルトに見せた。


「――このように、1枚の紙になります!」


 レオンハルトは「おお!」と感嘆した。


「ただ複製するだけではなく、複数の紙を1枚にまとめられるのか! たしかに数人の記者が書いた記事をこの1枚で読めたら楽しそうだ!」


「この町の町民に限らず、田舎の人々は都会に、都会の人々は貴族に憧れます。そうした人々が憧れる情報や他領の流行などを新聞として広めれば、きっと盛り上がると思います」


「素晴らしい! 採用だ! マリア、〈ルインバーグ〉でも新聞を発行できるようにしてくれ!」


「わかりました。〈ルインバーグ〉の建物にはコンセントがございませんので、電力を無限化したポータブル電源も一緒に買うこととします。その際のコストは――」


 私は〈万能ショップ〉を開きながら計算した。


「――1セットにつき3万5000ルクスになります」


「それは原価か?」


「今回は販売価格でもあります」


「なに? 価格を上乗せしないのか?」


 私は「はい」と笑顔で頷いた。


「レオンハルト様のご協力により、〈ドーフェン〉の財政は潤っています。必要な収入はすでに確保できていますので、これまでのお礼も含めて原価でご提供いたします」


 そこで一呼吸置いてから、私は「ただし……」と続けた。


「〈ルインバーグ〉だけではなく、〈アルケオン〉など他の都市でも新聞の発行体制を整備してほしいです。もちろん、それらの都市にも原価でご提供いたします」


「かまわないが……どうしてだ?」


 レオンハルトが好奇心に満ちた目で私を見る。


「他の商売と同じで、競い合うことが成長に繋がります。それに、そのほうが世界中の把握しやすくなりますから」


 この世界で最も大変なのが情報収集だ。

 領内ですら情報の拡散速度が遅い。

 領外の情報ともなればなおさらだ。


 例えば、ライルとメアリーの婚約などがわかりやすい。

 2ヶ月以上も前のことだが、公爵領ではあまり知られていなかった。

 周知の事実になっているのは伯爵領だけだ。


「わかった。では、マリアの意見に従うとしよう」


「ありがとうございます」


「礼を言うのはこちらのほうさ。いつも想像以上の解決策を一瞬で導き出してもらえて助かっている」


 私は「いえ」とだけ言って笑みを浮かべた。


「明日は一緒に〈ルインバーグ〉に行こう。一刻も早く新聞を普及させたい。すでに体がうずいてたまらないよ」


「あはは。お気に召したようでなによりです」


「俺は宿屋に行って、騎士たちに今後のスケジュールを話してくる。マリア、明日もよろしく」


「こちらこそ、よろしくお願いいたします!」


 レオンハルトは立ち上がり、町長室の外に向かう。

 私が扉を開けようとすると、手で制止してきた。


「気遣いは不要だ。見送りもしなくていい。私の都合で時間を取らせたのだからな」


「わかりました」


 私は一歩下がり、レオンハルトが出ていくのを眺めた。

 静かに扉が閉まったのを確認すると、「ふぅ」と安堵の息をつく。


(まさかコピー機で新聞を作る日が来るとはね)


 地球では、新聞は輪転機によって印刷されている。

 輪転機とは、円筒状の版を高速回転させてロール紙に印刷する機械だ。

 印刷速度に優れ、新聞や雑誌などの大量印刷に向いている。


 それなのにコピー機を採用した理由は二つ。


 一つは、コピー機のほうが提案しやすかったからだ。

「既存の印刷用紙を4枚並べてボタンを押すだけ」と言えば伝わる。

 説明が容易で、導入方法も簡単だ。


 もう一つは、私が輪転機について詳しくなかった。

 前世で輪転機を操作する機会がなかったからだ。

 実物をまじまじと見たこともない。

 だから、提案には不向きだった。


(それにしても……)


 私はコピー機に目を向けた。

 執務机の手前に鎮座している。

 隅に移そうとしても、重くて一人では動かせない。

 扉の幅よりも大きいため、部屋から出すこともできなかった。


「別の場所に設置すべきだったわね」


 苦笑しながら呟く。

 あとでルッチに頼んで動かしてもらおう。

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