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追放されたシゴデキ令嬢、ユニークスキル【万能ショップ】で田舎町を発展させる  作者: 絢乃


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030 エステル:始動

「お久しぶりです、ベンゼル殿」


「予定より数日早いですね、エステル様」


「待ちきれずに来てしまいましたわ!」


 その日、王孫のエステルは、ベンゼルの家に出向いていた。

 経済学と経営学について学ぶためだ。


(前と内装が違うわね……)


 家に入ったエステルは、一目で違いに気づいた。

 机や椅子が新調されていたのだ。

 木製で、どちらも一人用である。


 また、この世界には存在しないホワイトボードも置いていた。

 これは、マリアに頼んで特別に買ってもらったものだ。

 数日前に公爵領の商人に持ってきてもらった。


 他にも、部屋の隅には分厚い参考書が積まれていた。

 この世界ではお目にかかれない現代の本である。

 ゆえにエステルは、それが本であると気づかなかった。


「まぁいいでしょう。基礎の理論は頭に叩き込んでいます」


 ベンゼルはエステルを座らせた。

 それから、彼女の前の机にノート、下敷き、筆記具を置く。


「なんですか? これらは……」


 エステルが首を傾げる。

 彼女にわかるものは一つもなかった。

 とはいえ、見た目から察しはついていた。


「ノートと下敷き、あと筆記具です。ノートは見ての通り紙を束ねたもので、書き込む際はこれを下に敷きます。また、こちらは〈鉛筆〉といって、ボールペンと違って書いた文字を消すことができます。消すための道具がこの〈消しゴム〉です」


 ベンゼルは優しい口調で説明した。


「すごい……! ベンゼル殿、このボールペンは?」


「それはボールペンではなく〈蛍光ペン〉といいます。文字を書くためではなく、文字を強調するために使います。細かい使い方は授業を進める過程でご説明いたします」


 ベンゼルはホワイトボードの前に立つと、黒のマーカーを手に取った。

 それを使って、ボードに『経済学と経営学:第1回』と書き込む。


「え? その白い掲示板に直接文字を書き込むのですか? そして、書くのに使ったペンも見たことがない……」


「これは〈ホワイトボード〉というもので、掲示板ではなく文字を書くためのものです。それより、授業に専念しましょう」


 エステルは「いえ」と言って立ち上がった。


「一つ確認させてください。これらの道具、私は今までに見たことがありません。どうやって手に入れられたのですか?」


 答えのわかっている問いだ。

 だからエステルも「確認」という表現を使った。


「マリア様に買っていただきました」


「マリアですって!?」


 わかっていても、エステルの顔が赤く染まる。

 嫉妬の炎が燃え上がった。

 そのせいで、ベンゼルがマリアを「様」付けで呼んでいることに気づいていない。

 前回は呼び捨てだった。


「以前、エステル様に経済学と経営学を教えるためには、わし自身も詳しくなる必要があると言ったことを覚えていますか?」


「はい」


「そのためには参考書が不可欠だったため、マリア様にお願いしました」


「参考書?」


「これらの本です」


 ベンゼルは隅に置かれている参考書を何冊か手に取った。

 その中から、初心者用のいわゆる入門書をエステルの机に置く。


「これは……!」


 エステルは参考書を手に取ってめくってみた。

 入門書なので、文字が大きくてイラストや図が多用されている。


(すごい……! 情報がわかりやすくまとまっている……!)


 直感的に「わかりやすい」とは思うが、内容は理解できなかった。

 この世界には存在しない単語が頻出してくるからだ。

 例えば「失業率」という簡単な単語でさえ、この世界では耳にしない。


(すごい、これが地球の技術……って、そうじゃない!)


 エステルは濡れた犬のように首を振った。

 それからベンゼルを睨んで言う。


「マリアにはどう説明して協力を取り付けたのですか?」


「ありのままを話しました」


「ありのまま? つまり、私がレオンハルト様を慕っていることも?」


 ベンゼルは「はい」と真顔で頷いた。


「どうしてですか! そんな屈辱的なこと――」


「落ち着きなさい」


 ベンゼルが言葉を遮った。

 初めての命令に、エステルは口をつぐんだ。


「前回、マリアに敵対する気がないことは確認したはずです。あなたも『レオンハルト公爵と恋仲になれるなら、マリア様のことはどうでもいい』とおっしゃっていたではありませんか」


「そうですが……まるで施しではありませんか。ライバルに助けてもらうなんて……」


「その考えは二つの点で間違いがあります」


「え?」


「まず、エステル様は困っているからわしに頼られた。そして、わしはエステル様を助けようとしている。同様に、わしも困っているからマリア様に頼り、マリア様はわしを助けた。困っている者を、助けられる者が助けたにすぎません。それは何ら恥ずかしい行為ではございません。王家だから施しを受けないと言うのであれば、そもそもわしを頼ったことが間違いなのです」


「ぐっ……」


「また、マリア様はライバルではございません。彼女はレオンハルト公爵に対して、恋愛感情を持ち合わせていないと断言していました」


「それは強がりですわ。レオンハルト様に惹かれない女性などおりません!」


「お気持ちはわかりますが、わしはマリア様が強がっているようには見えませんでした。マリア様はわしが思っていた以上に器が大きく、それでいて献身的で、エステル様の成功を心から願っておられました」


「…………」


 エステルは反論できなかった。

 自分が一方的にライバル視していると知り恥ずかしくなる。

 同時に悔しい気持ちも込み上げてきて、嫉妬の念が強まった。


「どうしてもマリア様のお力を頼りたくないのであれば、それでもかまいません。口頭で説明します。ですが、それではあまりに非効率的で、まともな知識を身につけるのに最低でも1年はかかるでしょう」


「1年……!」


 あまりにも長すぎた。

 そんなにも待つことはできない。


「どうなさいますか?」


「……使えるものは何でも使います。あとであなたからマリアに感謝の手紙を出しておいてください。私は面識がございませんので、いきなり送るのは失礼でしょうから」


 それがエステルにできる最大限の強がりだった。


「わかりました。では、机にある参考書を開いてください。まずは経済学とは何か、というところから始めていきましょう」


 ベンゼルは微笑み、授業を開始した。

 最初こそ一悶着あったが、ひとたび始まると流れるように進んだ。

 エステルはマリアに関する文句を封印して授業に専念したのだ。

 その姿勢は、ベンゼルも評価するほどだった。


 以降、エステルは休みなくベンゼルのもとへ訪れた。

 休憩を挟みつつ、毎日8時間、全力で経済学と経営学を学んだ。

 家でも参考書を読んで自習するなど、非常に優秀だった。


 そして――


「驚きました。まさかこれほどの短期間で教えることがなくなるとは……!」


 わずか数週間で、エステルは必要な知識を身につけた。

 今では「失業率」や〈万能ショップ〉の欠点も理解している。

 デフレとインフレの説明をすることも朝飯前だ。


 もちろん、現代の基準だと上級者の域には達していない。

 中級者といったところだろう。


 ただし、それは現代の基準での話である。

 この世界の基準では超が付くほどの上級者だ。


「ありがとうございました、ベンゼル殿! この数週間、非常に有意義でした! 教わったことを活かし、〈モルディアン〉で成果を出して、必ずやレオンハルト様を振り向かせてみせます!」


「応援しております。ところで、最後くらいはマリア様にお礼の手紙を書いてはいかがでしょうか? わしのほうからすでに何度か手紙で状況を伝えておりますゆえ、エステル様からのお手紙に戸惑うこともございません」


「……いえ、やめておきます」


 エステルは少し迷った末に断った。


「マリアは恋敵ではありませんし、きっといい人なのだと思います。それでも、レオンハルト様がマリアに好意を抱いている限り、私は彼女に対して穏やかな気持ちで接することができません!」


 ベンゼルは「そうですか」と笑った。

 呆れているのではなく、微笑ましく思っていた。


「改めて、今までありがとうございました!」


 エステルは深く一礼すると、ベンゼルの家を後にした。


 数日後――

 伯爵領の第一都市〈リベンポート〉にて。


「お久しぶりです、ローランド様、ライル殿。本日はお時間をいただきありがとうございます」


 伯爵邸の応接間で、エステルはローランドとライルに会っていた。

 〈モルディアン〉の再建に向けて動き出したのだ。


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