003 プロローグ③:覚醒
「ライル様、どうして……」
私にはまったく理解できなかった。
嫌われる振る舞いをした覚えが一切なかったからだ。
そもそも、私は長い間、上下水道の整備で忙しかった。
各地を転々として、水道工事のトラブルに対処していたのだ。
逆に好かれるのであれば理解できる。
私の活躍によって、伯爵家の地位が著しく向上したからだ。
実際、権力の虜であるライルの父は、私に深く感謝していた。
口を開けば「未来の伯爵夫人」などと褒めちぎってきたくらいだ。
「目立ちすぎなんだよ」
ライルがぽつりと呟いた。
「え?」
「マリア、お前……女のくせに目立ちすぎなんだよ! 女は男を立てる生き物だろ! しかも俺は伯爵家の人間で、お前は伯爵家に仕える貴族だろ! 言うなれば家来みたいなもんだ! 家来がご主人様より目立ってどうすんだよ!」
ライルが吠え始めた。
「ちょ、ちょっと待ってください」
私は右手で額を押さえながら俯き、左手をライルに伸ばす。
あまりにも不格好だが、衝撃のあまり無意識にそうしていた。
「もしかして、もしかしてなのですが、ライル様は私に嫉妬していて、それを拗らせたことが冤罪騒動を引き起こした原因ということですか?」
「そういうことだ! お前に俺の屈辱をわからせてやるために、そして男のほうが上だと思い知らせるために仕組んだ! お前みたいな目立ちたがりの女より、男の立て方を熟知している女のほうがいいんだよ! 女が調子に乗るな!」
「…………」
私は絶句した。
コレの婚約者だったことが恥ずかしく思えた。
「ライル様ぁー! お嫁ちゃん参上だよーん!」
話していると、黒い巻き髪の女が部屋に入ってきた。
派手な格好に厚化粧で、見るからに娼婦である。
「おー、きたか、メアリー! ちょうどお前の話をしていたんだ!」
「えー、私のいないところで私の話ぃ?」
メアリーは馬鹿みたいな話し方で返す。
そのあと、私に気づいて「あっ」と驚いた。
「マリア様じゃん! ごめんね、ライル様のこと奪っちゃったー! もう私のダーリンだけどー、最後くらい話す時間をあげるよー! 存分に話していーからね! 私、束縛とかしないんでぇ! お金と権力があればなんでもいいしー!」
メアリーは勝ち誇ったようにウインクする。
(まるでギャルね……)
この世界に「ギャル」という言葉は存在しない。
だが、存在していれば、メアリーはそう言われていたに違いない。
「いいえ、結構です。状況は把握できましたので、残っている私物をまとめたら出ていきます」
「ほーい! じゃあねー、マリア様ぁ!」
「これに懲りたら、二度と女のくせに出しゃばるんじゃないぞ。レオンハルトのおかげで助かった命だ。せいぜい無駄にするなよ!」
二人がニヤニヤしながら言う。
「貴重な助言、ありがとうございます」
そこで一呼吸置くと、私はライルに向かって微笑んだ。
「ライル様こそ、後悔しても知りませんよ」
「貴様……! まだ身のほどをわかっていないようだな!」
ライルが前のめりになるが、メアリーが間に入って止めた。
「まーまー、最後くらい好きに言わせたらいいじゃん! それよりライル様、早く私たちの都市に行こうよー! あの女を追い出したら、〈モルディアン〉が私たちのものになるんでしょ?」
「ああ、そうだな!」
どうやら、私の後任はライルが務めるようだ。
(こんなボンクラが市長なのは心配になるけれど……現状維持でも勝手に発展するくらい立派な都市に仕上げたから問題ないか。それよりも、今は自分のことを考えないとね)
私は静かにライル邸を去った。
◇
数日後、私は公爵領の町〈ドーフェン〉にやってきた。
地面は舗装されていない砂利道で、雨が降ればたちまちぬかるむだろう。
建物は藁葺き屋根の木造家屋が大半を占め、石造りは協会しか見当たらない。
〈モルディアン〉に比べると、まるで数世紀は遅れているように感じられた。
「到着いたしました! こちらがマリア様のお館でございます!」
御者が馬車の扉を開けてくれた。
私は礼を言って馬車から降りる。
「本物のマリア様だ!」
「まさか私たちの町の町長になってくださるなんて!」
「レオンハルト様はやり手との噂だが、どうやら本当みたいじゃのう!」
「ようこそ、マリア様!」
町民たちは私を見て声を弾ませた。
ぞろぞろと集まってきて、あっという間に人だかりができる。
「はじめまして! 本日より〈ドーフェン〉の町長に就任しました、マリア・ホーネットと申します! この町の発展に貢献できるよう、精一杯、頑張ります! よろしくお願いいたします!」
私は笑顔で挨拶した。
「こちらこそ、よろしく!」
「マリア様、俺の感謝状は読んでくれましたか!?」
「馬鹿、お前、名前を言わないとどの感謝状かわからねぇだろ! マリア様のもとにはきっと大量の感謝状が届いているって!」
「それもそうか! がっはっは!」
上下水道を整備した功績によって、最初から歓迎ムードだ。
(ライル様のことは腹立たしいけど、ああいう馬鹿にかまっていても時間の無駄。これからはこの町の発展に尽力しないとね!)
町民たちのおかげで、私も前を向くことができた。
◇
前世の私は会社を経営していた。
いわゆる「キャリアウーマン」と呼ばれる仕事人間だ。
この世界で上下水道の整備をやり遂げたのも、そのときの経験が大きい。
前世にも、ライルみたいな女を下に見る男はごまんといた。
ときには「女の経営者だから」という理由で商談が流れたこともある。
だからこそ、私には忍耐強さと領地経営のノウハウが備わっていた。
「あのー、よかったらお話をしませんか?」
新たな自宅で一休みしたあと、私は多くの町民にこう言って回った。
経営で最も大切なのは、皆の気持ちを把握することだ。
会社なら従業員、この町なら町民の考えを知ることが第一歩となる。
例えば私がこの町を現代化させたとして、町民が喜ぶかはわからない。
地面は舗装したほうが快適だけれど、砂利道を好んでいるかもしれない。
だからこそ、まずは皆がどういう町にしたいのかを理解しておく。
その結果――
(思ったより意欲的ね)
町民の多くが、強い向上心を持っているとわかった。
言い換えるなら「可能な限りたくさんお金を稼ぎたい」ということ。
理由は行商人から物を買いたいからだ。
公爵領では、すべての集落に行商人が訪れる決まりになっている。
そのため、片田舎の〈ドーフェン〉にも定期的に行商人が来るそうだ。
行商人を通じて、町民たちは都会の文化に触れている。
流行りの服や町では手に入らない食材を買い、生活を充実させていた。
(そういうことなら、町を挙げてお金を稼がないとね)
私は次の一手を考えた。
町の人口は約2000人だが、その全員を動員できるわけではない。
何か事業を始めるとして、動員できる数は数十人が関の山だろう。
軌道に乗って収益が安定してきても150人程度といったところか。
(町の中で経済を回してもお金は増えないし、町民の希望を叶えるなら他所の集落に物を売る必要がある。まずは特産品になるものを考えて――)
「マリア様、少しよろしいでしょうか?」
考え事をしながら町を歩いていると、一人の女性に声をかけられた。
20代後半から30代前半と思しき人で、不安そうな顔をしている。
「どうかされたのですか?」
「息子が近くの森に入ったきり帰ってこなくて……。捜索をお願いできないでしょうか?」
「もちろんです! お子さんの特徴を教えてください! 私も捜索に参加します!」
「え!? マリア様が自ら捜索に!?」
「はい! 絶対に見つけ出してみせます!」
「ありがとうございます……!」
急遽、女性の息子ことトーマスを捜すことになった。
考え事は後回しだ。
◇
「おーい! トーマスくん!」
20人の捜索隊を率いて、私は目的地の森に入った。
肉食獣のいない安全な森だが、広大なため捜索難度は高い。
時間との勝負だ。
「手分けしましょう! 皆さん、扇状に展開してください! また、道に迷わないよう、木の枝に布を括りつけるなど、目印の作成を徹底してください!」
「「「了解!」」」
効率を重視して、捜索範囲を拡散する。
ドレスの裾を持ち上げて、すたすたと走り回った。
「あれは……」
捜索していると洞窟を発見した。
小さな洞窟だが、外からでは最奥部が見えない。
中に何かあるようで、入口から光が漏れていた。
「なんだろう?」
私は導かれるように洞窟の中へ入った。
「トーマスくん、いるー?」
洞窟の中で声を張り上げるが、残念ながら返事はなかった。
もちろんトーマスもいなかったけれど、代わりに別のものがあった。
「水晶玉……?」
最奥部には石の台座があり、そこに水晶玉が置いてあった。
強烈な輝きを放っており、入口に漏れていた光の正体だとわかる。
驚くことに眩しくはなくて、それがなんとも不思議だった。
「変な玉……」
ふと玉を持ち上げてみる。
その瞬間、玉が粉々に砕け散った。
「嘘!? これ、まずいんじゃないの!?」
玉が何かは不明だが、間違いなく大切なものだ。
それを粉砕したのだから、きっと大問題になる。
トーマスを見つけたら、町民たちにこの件を話して謝ろう。
そんなことを思っていると――
『ユニークスキル〈万能ショップ〉を習得しました』
脳内に謎の声が流れた。
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