026 卸売日の訪問者
二週間に一度の大行事がやってきた。
私は町を出てすぐの砂利道に立ち、視界に広がる雄大な草原を眺める。
後ろには多くの町民が並んでいた。
(すっかり立派な道になったものね)
私が町長に就任する前、足元には雑草が繁茂していた。
道は獣道のように細く、馬一頭分の幅しかなかった。
それが今では10頭分ほどの幅になっている。
これは誰かが整備したものではない。
自然とそうなったものだ。
「来たわね」
この立派な道を生み出した一団が町に近づいてくる。
それは、数えきれないほどの馬車の列だ。
公爵領の各都市にある商業ギルドの商人たちである。
そう、今日は私が彼らに商品を卸す日なのだ。
「おはようございます! マリア様!」
先頭の商人が元気よく挨拶してきた。
公爵領の第三都市で商業ギルドの会長を務めるバイホーンだ。
彼はまだ若いこともあり、会長の身でありながら自ら現場に出ていた。
「おはようございます! バイホーン様!」
「いつも申しておりますが、自分ごときに様付けはおやめください! あまりにも畏れ多いです!」
バイホーンは馬から下りると、私の前で跪いた。
「私もいつも申しておりますが、私ごときにそこまで大仰な振る舞いはおやめください! あまりにも畏れ多いです!」
私は笑いながら応じ、本題を切り出した。
「今回の目録は?」
「こちらになります!」
バイホーンから目録を受け取る。
その内容に従って、馬車の荷台を商品で埋めていく。
「ありがとうございます、マリア様! それでは失礼します!」
荷台が埋まると、バイホーンは速やかに去っていく。
他の商人が控えているため、雑談は最小限に抑えていた。
「次の方ー!」
同じ要領ですべての商人に対応していく。
一方、その頃、私の後ろにいた町民たちは――
「このドレス、買います!」
「ちょっと! そのドレスは私が買う予定だったのよ!」
行商人に群がり、上等な衣服などを買っていた。
(すっかり贅沢を覚えちゃって……)
私はドレスの取り合いをする二人の女性を見ながら笑う。
数ヶ月前には考えられなかった光景だ。
ドレスは庶民にとって高価な代物だ。
どれだけ安くても5000ルクスを下回らない。
にもかかわらず、町民たちは大喜びで買い漁っていた。
皆が値段を気にすることなく買えるのには理由がある。
商品価格の9割を町が負担しているからだ。
もちろん、すべての行商人を対象にしているわけではない。
公爵領の政策に基づいてやってくる定期の行商人だけが対象だ。
そして、今回の行商人はその対象である。
町民たちには、すべての商品が一桁安く見えているだろう。
1万ルクスのドレスも、彼女らの目には1000ルクスに見えるわけだ。
また、私は転売を容認していた。
例えば1万ルクスのドレスを買う際、町民が負担するのは1000ルクスだ。
しかし、そのドレスを買い取りに出すと数千ルクスになる。
紛れもない制度の悪用だが、私は知ったうえで認めていた。
ただし、他所の市町村へ自分で持っていくことが条件だ。
その程度の苦労はすべきだし、観光にもなってちょうどいい。
(ユニークスキルのおかげで、あっさり皆の希望を叶えられたわね)
町長に就任した日、私は皆に希望を聞いて回った。
その時、町民の多くが「たくさん稼ぎたい」と言っていた。
理由は行商人から物を買いたいからだ。
その目標は達成したと言えるだろう。
皆の笑顔が何よりの証拠だ。
(ここからは私の目標ね)
町民たちは現状に満足しているが、私は違っていた。
ここまでは序章にすぎない。
私は〈ドーフェン〉をもっと発展させたいと考えていた。
かつてレオンハルトに言ったように、誰もが羨む最先端の町にする。
都市部から流行を取り入れるのではなく、ここから流行を発信していく。
そういう町にするのが私の目標だ。
「ありがとうございます、マリア様!」
最後の商人が去っていく。
(結構なルクスを消費したわね。金庫のお金もほとんど残っていないし、今度〈ルインバーグ〉に行ったらお金を下ろしてこないとね)
しばらく前から、商品の支払い方法を変更していた。
今は公爵領の第一都市〈ルインバーグ〉に収入の大部分を預けている。
この世界における銀行のようなものだ。
収入額が大きすぎて、さすがに田舎町では管理しきれなくなっていた。
お金を預けるにあたり、相応の手数料を支払っている。
レオンハルトは無償でいいと言っていたが、私が払いたいと言った。
優遇してもらえるのは嬉しいが、恨みや妬みの原因にもなり得る。
だから、可能な限り公平に扱ってもらうようにしていた。
「あれ?」
すべての商人に商品を卸したのに、まだ馬車が残っていた。
荷台ではなく、人を乗せるための客席が備わっている。
天井のない質素なタイプで、乗客の姿が見えた。
重厚なローブをまとった長い白髭の老人だ。
無数の皺に覆われた顔は、この世界では非常に珍しい。
大半の人間は、その年齢に至ることなく寿命を迎えるからだ。
「ここで結構。ありがとう」
老人は馬車から降りて、御者に代金を支払った。
外見は80歳以上に見えるが、足取りはしっかりしている。
木の杖を突いているが、別になくても問題なさそうに感じた。
「あなたは……?」
私が尋ねると、老人は真顔で答えた。
「わしは王都〈ノヴァリス〉に住むベンゼル・グラハムベルと申します」
「ベンゼル・グラハムベル……賢者の異名を持つあのベンゼルさんですか!?」
老人ことベンゼルは「いかにも」と頷いた。
「ただ長生きしているだけで、賢者と呼ばれるほどの人間ではありませんが」
ベンゼルは笑いながら付け加えた。
私は「いやいや」と笑い流すと、ベンゼルに一礼した。
「自己紹介が遅れました。私の名はマリア・ホーネット。ここ〈ドーフェン〉で町長を務めています」
「でしょうな。先ほどのユニークスキル、しかと拝見しました」
ベンゼルが真顔で話す。
丁寧語を用いているのは、私が貴族だからだろうか。
「それで……ベンゼルさんは、どうしてこの町に?」
「あなたの〈万能ショップ〉で買っていただきたいものがあり、そのお願いをするためにやってまいりました」
「そうでしたか。ただ、私は原則として直接のお取引はしておりません。今回はご足労いただいたことに報いるため例外的に対応いたしますが、今後は公爵領の商人からお買い求めくださいますよう、よろしくお願い申し上げます」
「ご配慮いただきありがとうございます。ただ、今回お願いしたいものは、一般に流通しているものではございません。商人経由では買うことができないのです。それで、こうしてお願いにまいりました」
「なるほど」
商人から買えないものとは、貴族にだけ売っているものを指す。
コーラや歯磨き粉、歯ブラシや香水などが該当する。
「それでは、ベンゼルさんがお求めになっている商品についてお教えください」
私は〈万能ショップ〉を発動した。
通販サイトのような画面が視界に現れる。
この画面は半透明で、私以外には見えない仕様だ。
(本命は香水かな? ファミリーネームを持つ唯一の平民だし、自分用の香水を求めそう)
などと予想したが、答えはまったく違っていた。
「経済学と経営学に関する参考書をお願いします。初心者向けから専門的なものまで、幅広く揃えていただけると助かります」
「え?」
耳を疑った。
この世界の人間が「経済学」や「経営学」という単語を口にしたからだ。
「参考書」という単語も、この世界では珍しいものだった。
「おっと、言い忘れておりました」
驚く私を見て、ベンゼルがニッと笑う。
「わしも前世は地球人なのです」
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