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018 オプションと来訪者

 顔を洗って服を着替えてから作業に入った。


 記念すべき建て替え第1号は私の家だ。

 私は最後にする予定だったが、皆の強い希望で最初になった。


「それではいきますよー!」


 先ほどまで家が建っていた場所の更地に〈万能ショップ〉を発動する。


 ドンッ!


 次の瞬間、私の新居が召喚された。

 白い漆喰を塗った外壁が特徴的なレンガ造りの家だ。

 屋根には赤色の瓦が整然と並んでいる。

 その佇まいは、イタリアのフィレンツェを彷彿とさせた。

 大都市の標準である石造りをも凌ぐ――まさに最先端の家だ。


「「「うおおおおおおおおおお!」」」


 町民たちは私の家を見てどよめいた。

 かつてない大興奮ぶりで、全員の目が輝いている。


「すげー! なんだこの家!」


「白い壁が綺麗ね。まるで大都市みたい!」


「いや、〈ノヴァリス〉や〈ルインバーグ〉にある建物より豪華だぞ!」


 皆が盛り上がる中、私は右手を挙げた。


「念のために中を確認してまいりますので、少々お待ちください!」


 私は家に入り、〈オプション〉を確認した。

 オプションとは、商品を購入する際に決められる設定のことだ。

 追加料金を払うことで機能を追加できる。


 この家には複数のオプションを付けていた。

 4万ルクスという価格は、各種オプションを含む値段だ。

 オプションを付けなければ2万ルクスで購入できた。


「まずは水回りの確認からね」


 キッチンの蛇口を捻ってみる。

 この蛇口自体もオプションであり――


「おー! ちゃんと水が流れる!」


 ――流れ出る水もオプションだ。

 もっと言えば、排水処理システムもオプションである。

 使用済みの水は、下水道ではなく異次元に流れていく。


「キッチンよし! 給湯器よし! 照明よし! コンセントよし!」


 すべてのオプションが問題ないことを確認した。

 家の外観は一世代しか進んでいないが、内装は何世代も進んでいる。

 私は笑顔で頷くと、家を出て皆に言った。


「お待たせしました! 問題ないことを確認したので、皆様のご自宅も建て替えていきます!」


 その後、私たちは協力して家の建て替えを進めた。


「すげぇ! 家の中に風呂があるぞ!」


「やべー! 公衆浴場に行かなくても風呂に入り放題だ!」


「なんてことでしょう! 温かいお湯が出るわ!」


「これなら冬も手がかじかまないで済むぜ!」


「それより何だ、この明かりは! ランプが不要だぞ!」


「夜でも手紙を書くことができるな!」


 皆は次世代の家に感動しきりだった。


「ふぅ、どうにか今日中に終わりましたね!」


 作業は16時過ぎに終了した。

 家の建て替えで大変だったのは、既存の家を解体することだ。

 約2000人の町民で連携しても、980軒の家を解体するのには苦労した。

 藁葺き屋根の木造建築でなければ、もっと時間を要していただろう。


「次は皆さんにシャンプーとボディソープを配布します! お家のお風呂でも頭や体を洗えるようにしましょう!」


「おお! ありがてぇ!」


「さすがはマリア様だ!」


「これなら雨の日も快適ね!」


 私は空いているスペースにシャンプーとボディソープを山積みにした。


 皆は手分けして持ち帰る。

 その顔は一様に嬉しそうで、見ていると私まで笑顔になった。


「マリア、お前やるじゃん! 見直したぞ!」


 四歳児のベンツがドレスの裾を引っ張ってくる。


「でしょー! でも、目上の人間を呼び捨てにしたり『お前』なんて言ったりするのはダメだぞー!」


 私は笑いながらベンツの髪をくしゃくしゃにする。

 ベンツは「やめろい!」と私の手を振り払い、笑いながら走り去った。


(ようやく町の景色を変えることができたわね)


 これまでは見えない変化しかなかったが、それももう過去の話だ。

 今回の建て替えによって、田舎町が生まれ変わった。

 もはや〈ドーフェン〉の住宅こそ、この世界の最先端である。


 そして、この情報は瞬く間に広まるだろう。

 なぜなら――


「マリア様、すげー……」


「羨ましすぎるぜ、〈ドーフェン〉の奴ら……」


 観光客が一部始終を目撃していたからだ。

 近頃は私を見ようと町に来る者がいた。

 彼らが地元に戻ったら話のネタにするだろう。


(さて、私もお風呂を満喫するとしようかしら)


 などと考え、残り少ないシャンプーとボディソープを手に取る。

 そんなときだった。


「おい! なんか豪華な馬車が来るぞ!」


「家紋が入っている! どこかの貴族だ!」


 町民たちが騒ぎ始めた。


「貴族? アポはないはずだけど……」


 この世界の貴族は、基本的にアポを取ってから会いに行く。

 相手が格下であっても、その方針に変わりはない。

 アポが不要なのは、原則として親族などの身内に限られる。


 だが、ホーネット家には私しか残っていない。

 そのため、アポなしで訪れてくる相手に心当たりがなかった。


「あれは……!」


 迫ってくる馬車を見て、私は相手が誰か分かった。

 町民たちが知らないその家紋は、ブリッツ家のものだったのだ。

 ブリッツ家とは、かつての婚約者・ライルの家である。


(ローランド様? いや、違うわね。ローランド様ならアポを取ってくる。ということは、あの馬車に乗っているのは……)


 馬車は私の前で止まった。

 〈モルディアン〉で見覚えのある御者が扉を開ける。


「久しぶりだな、マリア」


 馬車から降りてきたのは、案の定、ライルだった。


「ライル様……どうしてここに?」


 私は目を細めてライルを見た。

 久しぶりに見る彼の顔は、少しやつれていた。

 ご自慢の青い髪に艶がない。


「二人きりで話をさせてほしい。ここは目立つ」


 ライルは周囲を見回しながら言った。

 360度どこを見ても野次馬の顔が目に入る。


(たしかに目立つわね)


 ライルの用件は、極めて重大なもののはずだ。

 そうでなければ、プライドの高いこの男が会いに来ることはない。

 よしんば会いたい事情があったとしても、「〈モルディアン〉まで来るように」という趣旨の文を寄こす。

 だからこそ、私は「わかりました」と承諾した。


「私の家でお話ししましょう。役場はまだ建て替え前ですので」


「わかった」


「それでは、ご案内いたします」


 私はライルの用件を想像しながら家に向かう。


「それにしても……何だ、この家々は。田舎町の民家とは思えんな。まるで〈ノヴァリス〉の住宅街に来ているようだ」


「この町の家々に比べたら、〈ノヴァリス〉の住宅街ですら(かす)んで見えますよ」


 私は無表情で答えた。


「…………」


 ライルは何も言い返さなかった。

 てっきり「女のくせに偉そうな態度を取るな」とでも言うかと思ったが、不快そうに顔を歪めるだけだ。


(よっぽど私の力を借りたいみたいね)


 ライルの目的は不明だが、彼の立場は把握できた。

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