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017 万能ショップの欠点

「マリア様、町長就任3ヶ月、おめでとうございます!」


「「「おめでとうございます!」」」


 早朝、私は広場で町民たちに囲まれていた。

 寝ていたところを「大変です!」と叩き起こされて、何事だと思って外に出たところで現在に至る。

 この世界には存在しない肌触りのいいパジャマ姿のまま、口の端に涎の跡を残したまま広場の中央に立っていた。


「あ、ありがとうございます……!」


 どうやら今日でちょうど3ヶ月らしい。

 皆に祝ってもらうまで、すっかり忘れていた。


(もう3ヶ月かぁ)


 振り返るとあっという間だった。

 この3ヶ月で、〈ドーフェン〉は少しだけ変わっていた。

 とはいえ、今はまだ「少しだけ」だ。


 そのため、一見すると藁葺き屋根の木造住宅が並ぶ田舎町のままだ。

 ただし、細かい部分では最先端技術が投入されていた。


 この町は農業が盛んなので、主に持ち運び可能な農業機械を広めた。

 最初に作った草刈り機以外では、耕運機(こううんき)播種機(はしゆき)が該当する。


 草刈り機を含めて、いずれも見た目は似ている。

 バッテリー駆動という点も同じだ。


 もっと言えば使い方も同じである。

 電源を入れたら、あとは手で持って前に進むだけでいい。

 草刈り機で雑草を刈り、耕運機で土を耕し、播種機で種をまく。

 以前よりも効率的で体の負担が少なく、さらに作物の品質が上がった。


 ちなみに、バッテリーの充電はポータブル電源で行っている。

 ソーラーパネル付きのポータブル電源を配布していた。


「おい、マリアー! いつになったら家をピカピカにしてくれるんだよー! 母ちゃんが怒ってたぞ!」


 四歳児のベンツが後ろからお尻を蹴ってきた。


「こら! ベンツ! なんてことをするの!」


 ベンツの母親が慌てて飛び出し、私に「すみません!」と頭を下げる。

 息子の口を塞いで、それ以上余計なことを言わせないようにしていた。


「わ、私は、決して怒ってなどおりません! ただ『いつになるのかしら』と話していただけなんです! マリア様、どうかお許しください! 息子にはあとでしっかり言い聞かせますから!」


「あはは。お気になさらずに。むしろお怒りはごもっともです。きっと他にも同様のご不満をお持ちの方がいらっしゃると思います。私も可能な限り早く実施したいと考えておりますので、もう少々、お時間をください!」


 郵便革命と衛生革命によって、町の収入は膨れ上がっていた。

 一見すると分からない部分で現代化を進めているのに、それでも金庫には10億ルクス以上のお金が蓄えられている。


 このお金を使って、私は皆の住居を新しくすると約束していた。

 家も〈万能ショップ〉で買えて、価格は商品によって大きく異なっている。

 どれを選ぶかはすでに決まっていて、価格は1軒につき4万ルクスだ。


 この町には、980軒の民家が建っている。

 単純計算で3920万ルクスあれば、家の建て替えは可能だ。

 つまり、今なら涼しい顔で実行できるということ。


 にもかかわらず、私が実行に移さないのには理由があった。


「ベンツ、前にマリア様も言っていたでしょ! 国王陛下の承認を待っているのよ!」


 ベンツの母親が言うとおり、今は国王の承認を待っている状況だ。


 本来、家の建て替えに国王の承認は必要ない。

 税収をどう使うかは、各市町村の長に委ねられているからだ。

 ただし、私がレオンハルトに提案して承認制にしてもらった。


 理由は、〈万能ショップ〉の欠点にある。

 このスキルは文字どおり万能だが、一点だけ重大な問題があった。

 それが「商品を買うたびにルクスが消滅する」ということだ。


 通常の商取引では相手に代金が渡るけれど、〈万能ショップ〉は違う。

 代金の渡る先が異次元の彼方である。


 そのため、好き放題にスキルを使うと問題が発生してしまう。

 通貨の供給量が圧倒的に不足して、究極のデフレに陥ってしまうのだ。

 あらゆるものが1ルクスになりかねない。


 デフレ自体は、この世界ではそこまで悪くない。

 問題なのは〈万能ショップ〉の商品価格が変わらないということ。

 つまり、無策でいた場合、いずれルクスが足りなくなって何も買えなくなる。


 この問題を避けるため、私は二つの制度を導入してもらった。


 一つは、先ほど説明した国王陛下による承認制だ。

 もう一つは、〈万能ショップ〉で消費した分のルクスを造幣する制度である。

 造幣の効率を上げるために必要な道具も提供済みだ。


 なお、これらはすべてレオンハルト経由で行った。

 私の立場だと、国王に謁見する権限がないからだ。


(レオンハルト様に経済の説明をするのには苦労したなぁ)


 承認制を導入するまでの経緯を思い返す。

 国王を説得するのがレオンハルトなので、彼には何が問題なのかを完全に叩き込む必要があった。

 この世界では経済学が発展しておらず、しかも単一国家のため、本当に大変だった。


「まいどー! 郵便配達人でございます!」


 話していると馬車がやってきた。

 荷台には手紙の入った木箱が積まれている。


「来た! 手紙だ!」


「待っていたわ!」


 皆が配達人に群がる。


「ちょっと! 手紙の入った木箱は郵便局に届ける決まりで……って、この町の人はいつもこれだよ。まぁ他の町も同じなんだけどさ」


 配達人は苦笑すると、〈ドーフェン〉と書かれた木箱を荷台から下ろした。

 それを地面に置いたあと、私に深々と一礼してから去って行った。


「〈ルインバーグ〉のリーゼちゃんから返事が届いているかなぁ!」


「え、お前もリーゼちゃんと文通してんの!?」


「その言い方だとお前もかよ! クソ! リーゼちゃんは一途で可憐な子だと思っていたのに!」


 町民たちが木箱の中から手紙を取り出していく。

 誰かが宛名を読み上げると、別の誰かが「それは俺だ!」と返す。

 郵便局員が行う仕分け作業を勝手にこなしていた。


(本当に元気な町ね)


 私は笑みを浮かべながらその様子を見守る。


「マリア様! お手紙が届いていますよ!」


 そんな私にも手紙が届いていた。


「私の手紙は箱の中に残しておいてください。あとで役場に行ってすべて読みますから!」


 木箱に入っている手紙の大半が私に宛てたものだ。

 いわゆる感謝状である。


「でも、この手紙は読んだほうがいいかと! 差出人がレオンハルト様になっていますよ!」


 皆が「えっ」と驚く。


「レオンハルト様から!?」


 私は慌てて駆け寄り、手紙の内容を確認した。


---------------------

 ドーフェンの町長

 マリア・ホーネットへ


 国王陛下から承認が下りたよ。

 本来であれば使者を送るべきところだが、あえて手紙で伝えてみた。

 君の驚く顔を想像すると、思わず笑みがこぼれてしまうよ。


 公爵

 レオンハルト・ノーブル

---------------------


 まさかの重要な用件だった。

 現代日本では思いもよらない茶目っ気の出し方だ。


(いや、こんな大事なことを手紙で伝えたらダメでしょ!)


 心の中でツッコミを入れる。

 それから、私は皆に言った。


「たった今、国王陛下から承認が下りました! これより皆様の家を建て替えます! 各々お手紙の内容が気になるところだとは思いますが、まずは家の中にある荷物をまとめて外に出してください!」


 家の建て替え方法は簡単だ。

 解体して、同じ場所に〈万能ショップ〉で新たな家を買うだけである。

 皆で協力すれば、全980軒の家を今日中に建て替えることも可能だ。


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